道楽者の成り行き
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3.迷えるフィンランド人

2003年7月3日 ヘルシンキ その1


コペンハーゲン経由でヘルシンキ空港へ。バルト海を渡り陸地が近づくと、台地の緑が、幾つもの入り江の緑とつながりそこから徐々に沖合いの青へと溶け込んでいく風景が眼下にみえてきます。

     


そして、緑の森に囲まれた白い建物の街ヘルシンキ上空に。市内にも多数の湖や湾が入り組んでおり、その岸辺にたたずむオペラ・ハウスやオーケストラ・ホールが見え、また、ヘルシンキ湾にはバルト海を渡る大型フェリーがちょうど離岸したところでした。空から見ても実に美しい町です。
ロンドンとの時差は+2時間、飛行時間自体は4時間ですが、着いた時分にはもう午後4時過ぎ。そこからバスで市内へ。わずか4ユーロでした。


がどこだか分からないまま終点へ。どうやらヘルシンキ中央駅のようなので、地下鉄に乗り、一駅となりのホテルへ。それにしても、フィンランド語は全く分からず、併記されているドイツ語に似てるようで似ていないスウェーデン語も分からず、地下鉄にのるのも一苦労しました。

ホテルで旅装をとくと早速市内観光です。時間的に博物館や美術館は締まっており、またオペラもコンサートもないので、街の中心部を歩くしかありません。これが実に素晴らしい。まず、ヘルシンキ最大のデパートの前にあるアカデミア書店に向かいます、ここはフィンランドの誇る大建築家アルヴォ・アールトのデザインによる内装デザインで、確かに確かに、段差をもって競り上がる吹き抜けに三角錐の天窓、白い壁はアールトだと感じさせます。なお、2階には喫茶アールトがありましたが、寄らず。なお、書店名にもかかわらず楽譜は極わずかしか置いていませんでした。

そこから目抜き通りを朝にはマーケットが立つ港の広場に向かって歩きました。
    両サイドには高級品・ブランド品の店がならび、中央に街路樹を植えた芝生付きの歩行者道です。数種類のカモメが飛び交い、芝生の上ではさまざまな人々が座って喋りこんだり、犬と遊んだりしています。しばらく行くと観光名所にもなっているレストラン兼カフェ「カッペリ」がありました。ちょうどお腹がすいた事のでレストランに入るかどうか迷いました、というのも、価格がそれ相応に高いことのほか、ある程度の服装コードがあるとガイド・ブックには記載されていましたので、しかし、ちょっと覗くとジーパンのにいちゃん、ねいちゃん(ドイツ人だらけ)が数多くいたので、麻の上下の私でも構わないだろうと入りました。案内された席が、ガラス張りの半分個室、それも一人用のようなところでして、隔離されたような特別席のような場所でした。

      

メニューを開けると、シベリウス・コースというのが目に入ってきましたが、前菜に、魚(トラウトのムニエル)と肉(ステーキ)、さらにデザートというボリュームで、とても食べきれないと判断して、アイノ・アクテ・コースにしました(後でこの名前はもう一度出てきます)。こちらは、きゅうりのスープに、へリングか何かのフライ、それにデザートでして、それでも少食かつ最近資金難から1食のことが多くて、胃が小さくなりつつある私には多かったです(ワイングラスのデザインが良かったので、思わず帰りのお土産にしてしまいました)。

そして、港へ。その手前で、まるごと移動するバーになっている路面電車にすこし気がひかれました。
 みえますか、ビールが?

港にはニコライ1世の像が立っており、遠くには赤いウスペンスキー大聖堂が、鐘も皇帝を讃える民衆の強制された声は聞こえませんでした。
記念碑  ウスペンスキー  フィンランド大聖堂

そこから白いフィンランド大聖堂を経たところで路面電車に乗り、シベリウス公園に。この公園には、写真でおなじみのオルガンのようなオブジェとシベリウスの首から上の像があります。途中で道を間違えたこともあり、時間を食いましたが、緑深い公園の中にあるオブジェに何とかたどり着きました。行ってみて、首から上の像だと思っていたのが、金属板を打ち出したものであることを知りました(後ろから見ると良く分かる)。私以外にも外国人旅行者がおり、私と交互に好きなだけ写真をとりました。この日はこれでホテルに戻り寝ました。

全体 表  



ホテルの部屋にて。戻る途中で、こんなものが売っていたので買ってしまった。ミーすら大満足なのだからさぞ美味しいだろうと思ったら、桃の天然水のような味であった。
歓喜の舞を踊るミー。踊り死にしないことを願う。中身はこんな感じ。



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