10月11日(水曜日)
『コリオレイナス』___ウィリアム・シェークスピア作+ジョナサン・ケント演出+レイフ・ファインズ+ライナス・ローチ=「アルメイダ劇場」来日公演+ホリプロ制作(於:赤坂ACTシアター)
ロンドンの「アルメイダ劇場」というのは、映画スターを起用して、シェークスピア劇など、芸術作品を上演している劇団だそうである。この企画を雑誌で知った時、映画スターというものを生で見てみたいと思った、というのが正直な動機である。
あの、『シンドラーのリスト』や『イングリッシュ・ペイシェント』のスター、レイフ・ファインズと、『鳩の翼』のライナス・ローチがシェークスピアを演ずる……。だいたいイギリスの映画俳優というのは、舞台の経験を積んだ人が多い。ファインズもローチも、ロイヤル・シェークスピア劇団で修行を積んでいる。
だからきっと、それなりにすばらしいシェークスピア劇にちがいない、と期待していった。
しかし、である。もともと『コリオレイナス』という作品が地味すぎるのか(自慢ではないが、私も読んではいない)、使われている英語が古すぎるのか、なにを言っているのか、ほとんどわからない(笑)。ただがなりたてているだけのような……。あんな作品でした?>シェークスピアさん。
それに、永久に終わらないかと思うぐらい長い。周りで居眠りしていた二名は、一幕が終わったところで帰った(笑)。
んーーー……。だいたいホリプロが主催だしねー……。
その昔、正真正銘のロイヤル・シェークスピア劇団の『真夏の夜の夢』を観たときには、それなりに、「すごい! ホンモノは違う!」と思ったが、あれは、作品が面白かったのか、私が若かったのか、ねえ>シェークスピアさん。
ちなみに、かなり昔、劇団『雲』だったかの公演で、『コリオレイナス』があり、主演のコリオレイナスを、あの、刑事コロンボの声で有名になった、今は亡き小池朝雄が演じていた(のを、テレビの中継で観たのか、実際観たのか、定かでない(笑+合掌))。
10月12日(木曜日)
『魔笛』__新国立劇場2000/2001シーズンオペラ=村中大祐指揮
午後2時からのマチネの回ゆえか、小ギャルが大量に発生していた。
よおこういう荒唐無稽な筋を考えるよモーツァルトは、と思ったが、台本は、モーツァルトに作曲を依頼した興行主のエマヌエル・シカネーダーだ。
指揮の村中大祐は、イタリアで活躍していたようだが、本作が日本でのデビュー作とか。
んーーー……オペラというのは、ありがたいものなんだろうなー……。だから、「演出」とかも羽目を外すことなど問題外なんだろーなー……。
新国立劇場は、ドイツ語の語尾も子音もきれいに聞き取れるすばらしい劇場だが、なんか、つかこうへいのアナーキーな芝居が恋しくなってしまったよ(笑)。
10月16日(月曜日)
……だったか?
『シベリアの理髪師』___ニキータ・ミハルコフ監督+ジュリア・オーモンド+オレグ・メンシコフ
んーーー……ニキータ・ミハルコフは、なんかすきじゃないんだよねー。俗っぽいというのか、ナルシズムっぽいというのか……。
これは巷では感動ものの作品ということになっている。しかし、なぜか、私は感情移入できず。前作『太陽に灼かれて』で、秘密警察を演じたオレグ・メンシコフのネズミを思わせる黒くちっこい目がすきになれないからか。
これが、二十歳の士官候補生ですからねー。ほかの仲間は、みんなほんとうにその年頃の役者がやってるってのがわかるけど、その中では、やっぱり、「トシ」ってのがわかりますねー。
ほんと、ロシアには、これしか役者はいないのかー? である。
でも、シベリアの風景は、意外であった。紅葉があり、大地の温もりがあり、収穫された作物があって、「荒涼とした」というイメージとは違っていた。私が勝手にそう思っていただけか。
10月19日(木曜日)
トシなのか、この頃根気がなくなって、その日に見た映画について、その日のうちに日記に書くことが、だるくてだるくて、できない。したがって、これを書いているのは、なんと、22日の午前1時である。だからなんなのさ、ではあるが。
ネット界も飽きてしまったのか、お買い物か、検索か、用事でもないかぎり、「オフ・ライン」にいることが多い。「私信メール」も絶えはてたしさ(笑)。
『あの子を探して』(1999年ベネチア映画祭グランプリ)__チャン・イーモウ監督+素人の子供たち+おとなたち
原題は、『一個都不能少』(Not one less)(一人がいなくても)。
中国にもチャン・イーモウにも、それほどの関心はなかったが、この映画を観て、考えが変わった。成熟したチャン・イーモウは、肩の力が抜け、洗練され、看板女優であったコン・リーと別れた。そこにあるのは、かつて「学校ごっこ」をやったことのあるものなら、容易に思い出すことができる、懐かしいような、眩しいような、感覚である。
確かに生活は苦しく、生きていくことはきびしい。それでも、われわれは、輝いていた。そういうことを、観念ではなく、「生きた時間」として、再現してくれる映画だ。
13歳の代用教員、ウェイ・ミンジ(Herself)の顔がよい。
はじめて、中国に行ってみたくなった。そして中国語も勉強してみたくなった。
もちろん、
10月23日(月曜日)
『ダンサー』__リュック・ベッソンの「発案」なれど、彼が脚本を書いているわけでもなく、監督をしているわけでもないが、とりあえず、「リュック・ベッソンの映画」として巷に出ている映画。『Taxi』が、「ベッソン・ブランド」のセカンド・ラインだとすれば、これは、「サード・ライン」に「位置する」のではないか?
それでかどうか、低予算なのはわかるが、「研究所」がなにを研究しているのかもわからず、それは伏せられていてもいいのだが、研究員が、「所長」と「部下」(物語の「ヒーロー」)の二人しかいなくて、しかも、どこのビルか知らないが、でっかいビルの全体を写して、「うちの研究所だ」とくる。それなのに、「所員」は二人。秘密の研究だからか?
それと「ダンサー」とどういう関係があるのか? それは見てのお楽しみ。と、言えるのが、「ミソ」の映画か。