金色日記 Diary in Gold


2000年1月4日(火曜日)

 ひぇ〜〜〜、もう年が明けてしまったのかー。



 1999年12月27日から、今日まで、いったい何してたんだろ、私。

 27日の夜明けには、コラム書いてたもんなー。某社にファクスで送って、すぐ旅支度して出かけたのだ。豊橋に。

 そんで、28日には、ヒョードーの運転する車で、伊良湖ガーデン・ホテルに向かったのだ。そこで、フランス料理食べて、すぐにまた、ヤスヨちゃんの運転する車で、カラオケ・ボックスへ行って、ヤスヨちゃんと私は、ヤスヨちゃんが調達してきた、金髪カーリーや赤毛シャギーや、ゴムでできたちょんまげなどの鬘をとっかえひっかえ被って、歌いまくり、ヒョードーとオオスカさんは、ずーーーっと身の上話ばっかりしていて、あまり歌わなかった。

 そんで、またホテルへ帰って、お風呂入ったり、お菓子とか食べながら、くっちゃべり。

 29日の朝は、ホテルのレストランで、和洋折衷バイキングの朝食。

 このホテルには、ヤスヨちゃんが、自作の和紙で作った箸置きや髪留めを、みやげものとして置いているので、「顔」で、支配人みたいな人が、夕食時に、ワインを差し入れてくれた。

 全室、海が見える、レストランからも海が見える、普段はそれなりの室料を取るリゾート・ホテル。それが、一泊二食付きで、なんと、13000円。この季節だけのお得なプランのようですが、「地元」のヤスヨちゃんが、予約とかしてくれるので、毎回、よくは知らない。請求された金を払うだけ。

 29日の昼は、豊橋に戻って、ヒョードーと、べつの友達、ヨシコちゃんと、ランチ。『げんや』(漢字だと思うが、字は忘れた)という魚料理を食べさせる居酒屋風の店で、「手作り豆腐定食」というのを食べる。その場で豆腐を作り、あとは、かき揚げと、ネギトロ丼、などがついている。1500円。

 30日は、風邪で寝込む。28、29日の強行スケジュールが祟ったか。

 31日、どうにか復帰し、妹とショッピング。

 31日夜、父母、弟と、「紅白」。1日未明、近所の氏神さまへ、初詣。帰って寝る。

 1日、妹一家が、ガキを連れてくる。

 2日、風邪がよくならず、寝て暮らす。

 3日、妹がデジカメを買うというので、つきあう。

 ……つー日々を過ごすうち、現在に至ってしまったのであるよ。帰って来たら来たで、ハギオさんから電話があるしさー、あたしって、友だちが多いのかなー???

 おっと、まだ、年賀状の印刷が半分残ってるし、掃除もしてない……。とゆーわけで、変わったのは、日付だけって感じ。



1月5日(水曜日)

 昨日来たJMMのニュースレターによると、村上龍さまも、「ある事情で」とはいえ、「紅白」を見たそうである。
 すでに何かが終わってしまっているのに、まるで継続しているかのようにふるまう、「紅白」のような番組は有害である、というようなことが書いてあった。それはそのとおりだと思う。

 私も、「しょーがねーなー、毎度」「なんとかならねぇか」と思いつつ、すでに二十年あまりも「紅白」を見つづけているだろうか。親の家に行った時以外は、ほとんどテレビを見ない私がね。

 もはや、「紅白」というのは、一テレビ番組じゃないのだ。することないから、意味もなく初詣に行く神社みたいなものだ。昔からそこにあって、正月はみんな行くようだから、行くっていうそれだけのこと。しかも、べつに趣味もすることもない親とともに時間を過ごすといったら、そんなことでもするしかないじゃん、である。

 いやー……それにつけても、私の文章のひどいこと。JMMの年頭のご挨拶の、村上龍氏の、端正な文書とは大違いだな。



 風邪が治りきらない。ゴホッ、ゴホッ……。「パブロン・ゴールド顆粒」を飲んで、午後7時くらいから午前1時頃まで、「意識不明」になってしまう。



 付録

(C)こばやしあきら



1月9日(日曜日)

 なんかコドモも飽きるな……(笑)。



 『御法度』__大島渚監督+ビートたけし+松田龍平

 私は松田龍平って少年が、あの饅頭みたいな顔の、いったいどこが美少年か、全然わからなかったので、なるべく見たくないと延ばし延ばしにしていたが、そうも行かなくなって、ついに見てしまった。

 ま、思ったより、面白かったし、この少年も、わりあいよくやっていたし、大島監督の抜擢にもうなずけたけどね。

 しっかし、大島渚には、プロットの緻密さとか、論理とか、政治とか、歴史とか、そういうものを期待しても無駄だ。この人、根っからのロマンチストなのよ。そんで、ついに、「新撰組」を、そういうものにしてまった……(笑)。後世の人々がこの映画を見て、「そうか、新撰組って、そういう集団だったのかー……」と思っても、あたしゃ、しらないからね。
 
 一応「仕立て」としては、新撰組という殺しも辞さない政治集団の副局長である、土方歳三(ビートたけしの覚めた目を通して見た、「男の愛」の世界ってことになっているんだけど……。



1月11日(火曜日)

 阿部和重、東浩紀対談「対峙から突破へ!__新世代の文学と思想」1999年12月9日(『群像』2000年2月号 講談社)

 あいかわらず、東クンは威勢がいい。歯に衣きせずに、日本文壇を切りまくる。それはいいんだけど、どこまでその態度を維持してくれるだろうか? 案外、気がついたら、彼の批判しかつバカにする、「平野啓一郎」になってたりしないことを祈る、マジで。

 それに比べると、阿部和重はやはり「作家」か。それも、「『群像』からデビューした作家」。それを超える気が、全然本人にはないようだ。そもそもそういう発想が。あくまで、「純文学」として評価されたいし、そういう視線をすごく気にしているようだ。

 それに、二人は、「新世代」とか「若さ」をすごく狭くとっている。「若い」=「新しい」と単純に思い込んでいるふしが見られる。これが、あのデリダ論を書いた東だろうか? あれはアタマだけで書いていたのだろうか?

 ようわからん。東は結構曲者みたいだから、阿部に程度を合わせている(東の教養に対して、阿部は、「ハリウッド映画は……」でしか対抗できない。これでは、山下清が、「兵隊の位でいうと」と言ってたのと大差ないぞー(笑)って、わけでもないが)だけかもしれない。年寄りにきびしく、若者に甘い。

 いまの文壇の権威の誰にもおもねず、果たしてどこまで行けるか? 「業界」で生きていくとしたらね。でも、その「業界」には関心ないというか、変えたいみたいだけど。

 しかし、なんのかの言っても、今の文学界で、私がいちばん、肯定できる人はこの人なのよ。

 なんか、「編集者」という視点はまったく抜け落ちているみたいだが。

 ……んなことを思った。



 外はそぼふる冷たい雨。だから、とゆーわけでもないが、なぜか、ショパンとぜんざい(鏡開きだからなー)。



1月12日(水曜日)

 ギュンター・グラス+フアン・ゴイティソーロ対話『文学に何ができるか』(「ル・モンドディプロマティック」より、『世界』2月号 岩波書店)

 ゴイティソーロは、日本にはなじみがないが、スペインの作家で、たしか、「みすず」から翻訳が出ていたと思う。『L'EXPRESSE』で、以前、たいへんユニークな作品を書く作家として、紹介されていたのを目にして以来、注意するようになった。

 この対談を読むと、昨日の阿部、東に欠けているものが何かがよくわかる。それは、「成熟」ということであり、「成熟」とは、他者への配慮である。彼らは、自分のことしか、考えていない。

 文学に何ができるか──。もし、文学が、ただ文章を書いて、人を楽しませるだけのものなら、それは、芸人と同じである。いやしくも、「文学」を標榜するなら、「過去を隠し時には変形して新しい世代をあくまで真実から遠ざけようとする」(グラス)動きを阻止すべきである。都合のいい思想によって、覆い隠されつつある現実を明るみにだすべきである。

 そんなことをして、なんの徳になるか? 「敵に直面することによってしか自分を成長させることはでき」ない(グラス)。

 とにかく、この二人の基本姿勢に、自分さえよければいいという考えはない。こうした作家が、日本にいるだろうか? 大江の健ちゃんだって、自分の息子の将来だけを心配しているように見えるが。

 短い対談を通じて、実に多くの政治の悪が告発されるが、とりわけ彼らが擁護するのは、自国民ではなく、どこへいっても邪魔者扱いで、真っ先に犠牲になるジプシーの人々である。

 そうすると、ジプシーの生活を描いた『白猫黒猫』を撮ったセルビア人の映画監督クストリッツァなども、志の高い監督だったのだと改めて思う。

 ついでにいえば、このネット界を何かを求めてウロウロする人々も、大半は、自分が楽しむとか、得することしか考えていない。楽しめなかったり、なんらかの損を蒙ったと思うと、不平を言うのみである。恥ずかしいとは思わんか! ま、思ってたら、世の中こんなにひどくなってないか。



1月13日(木曜日)

 アーノルド・シュワルツェネッガー
in『エンド・オブ・デイズ』(監督は、ピーター・ハイアムズという人らしい)

 ま、こういう結末だから、バチカンも上映を許可したのか──。
 
 それとも、バチカンは、はなからこんなコドモじみたお話は問題にしていないか。

 シュワちゃんもさー、もう五十すぎてるんでしょ? たいへんだねー。

 こんな映画に150億円もかけたんですか……。

 同じNYのカウントダウン風景も、『ストレンジ・デイズ』(だっけ?)の方がはるかに終末感があった。



 期待は、『M・I2』。トム・クルーズ、かっこいいー! ちっこくても。なにそれ?って、もち、『Mission Impossible 2』だよ。



1月18日(火曜日)

 いま気がついたのだが、上記日記↑、12月13日と記入していた。誰も何も言ってくれないのが、さびしー。



 Walt Disney Picture presents 『ターザン』。主題歌、そのほかの歌フィル・コリンズ

 何をいまさら、ターザンなんて……。動物に育てられた人間のハナシがそれほど新鮮味があるとも思えない。いったいターザンて、どんな結末だったっけ? クリスフ・ランベール演じる『グレイストーク(の伝説?)』しか観たことない。あれは、実はターザンは貴族の息子で、ロンドンの屋敷へ戻って、人間界に復帰したのだったっけ? 人間の女=ジェーンと結婚して。

 ……などと思いきや、ここに、CGを思うままに使ったターザンが、エコロジーの思想に支えられて甦ったのだった。いまや、アメリカのアニメ映画は、一人一人の人物(や動物)を担当する、さまざまな技術分野からなるチームにわかれ、そのキャラクターのみを責任持って動かすので、まるで一人の生きた人間が演じているほどの深みを与えるまでになっている。すっかり成熟したって感じ。

 歌も歌詞も、フィル・コリンズの声もドラマティックだ。

 なんたってターザンを拾い、育てたゴリラ側の視点に立っている思想も新しい!

 やはり、ターザンは自然界へ帰っていく、ついでにジェーンとその父親も……。

 これが、「アメリカ文学史に名高いエドガー・ライス・バローズの不朽の冒険小説を、ハリウッド史上初めて忠実に映画化」したものなんだって。

 そういうハナシだったのか……。子供のいる人は、ぜひ子供連れで行ってくれ、となんかこの私が初めて言う映画だ。



1月25日(火曜日)

 鞄の中でピッチが鳴っている。どうせハギオさんである。2週間ほどまえに、突如姿を消したと思いきや、なんと、スペイン旅行へ出かけていた。しかも、はじめての海外旅行で、いきなりビジネス・クラスで。いくら「通の友達に誘われ」「安かったから」とはいえ。それも、われわれには極秘で。

 それならずーっと死ぬまで黙ってろ!って感じだが、帰って来たら、お買い物もしまくったことをいい気になってしゃべる。おみやげもらったけど、心では、もう知らん!って思っていたが……

 電話かかってくると、いそいそと出ていってしまうワタシって、案外アマちゃんだな(く……)。
 






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