1月25日(月曜日)
三木のり平さんは先輩ですが、それよりも私がここに墓碑銘を捧げたいのは、これまでいっしょに歩んできた、というと話が大げさになるが、マルセル・プルースト『失われた時を求めて』個人全訳を完成された井上究一郎氏(23日、午後零時死去、89才)です。
死亡記事は、西部版に関していえば、「朝日」が写真入り四段のほかは、「読売」「毎日」は一段でした。「誰それのハハ」とかいうのと同列です。
しかしこういう一流の人物は、たとえ、新聞がどんな扱いをしようと、死んだときに、そのへんの人にはない特典というものがあります。それは、いまここに、私が氏の死去を悼んでいるように、どこの誰とも知らない人に、密かに悼んでもらえるということです。
これまでずっと氏の訳を頼りに、仏語でプルーストを読んできましたが、まだ30ページしかいってません(苦笑)。
氏の訳は、それほどロマンティックではないけれど、「正確」だと思う。プルーストの文体をできるかぎり忠実に再現している。
氏自身のエッセイ集はまだ読んでないけど、新聞で読んだエピソードとして記憶に残っているのは、これほど仏語に堪能な人なのにもかかわらず、海外旅行はすべて、わけのわからんオッサン、オバサンに混じっていく「ツアー」を利用したということです。そのほうが世話がないとか。……美しいじゃないですか。合掌。
1月27日(水曜日)
笙野頼子『説教師カニバットと百人の危ない美女』(河出書房新社)の前半の作品、「説教師カニバット」だけ読む。120枚くらいかなー。
例によって例のごとく、自分のこと(とおぼしき作家)を、ブスのカルト作家と規定し、いかにブスがつらい運命を辿るかが延々と書かれている。「ブス」は、言わば、この作家の「売り物」である。
新聞等でチラッとその風貌を拝見し、また、作品のなかで描かれる(多少は誇張もあるだろう)「自画像」から得る印象としては、それは、お世辞にもキャメロン・ディアスとは言えまい。
それはお互いさまで、よく考えてみれば、この人より不細工で美女を気取っている女は、世の中にいくらもいるだろう。
同じ作家では、本作にもちらと名前が登場した、中○梓とか、林○○子とか……。この三人のなかで、いちばんマシなのは、案外、笙野頼子じゃないだろうか。
しかし、この人は断固として、どうしようもないブス的世界を生きようとする。
だもんだから、世間が、他人が、ホラーに見えてくる。それをそのまんま書いてるだけって、作風です。だいたい毎回。
でもこの末梢的感覚だけを誇張して書くってスタイルは、日本の私小説の伝統そのままで、ゆえに、この人は、自分では「カルト作家」などと自称しながら、芥川、三島、両賞をお取りになったのである。
この人の作品に、ほとんど構造なんてないよ。ただ特異な感覚の記述が延々と続いていくだけ。
本人は「顔が悪い、顔が悪い」って、ほとんど誰にもその権利だけは譲らないぞ式の強迫観念を抱いているけど、そういう彼女が気づいていないことがある。それは、
顔はともかくとして、それよりも頭の方がもっと悪いということである!
……って、いーのかなー、こんなこと言って……。
1月28日(木曜日)
↑について、笙野さんの風貌を「知らない」という方から(やっぱり本人がいうとおり「カルト作家」なんだ(笑))、「人のことをバカとか頭が悪いとかいうべきではない」とお叱りを受けてしまいました(苦笑)。
褒め言葉だったんだけど……。
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今日は休養日でしたが、「売らない」作家、山下は、ライターのお仕事のため、ステップ・アップを求めて、書類を揃える作業にケッコー時間がかかった。ほんと、頼むよー!(って、何が?)
いやー、なんのかのと言って、整理がつかないくらい書いたもんだ。ほとんど紙くずの山だぜ(笑)。
1月31日(日曜日)
1月7日、8日の「日記」で言及した作家の「探偵小説」の2冊目を読む。
んんんん……やっぱり、「文部省推薦ハードボイルド」とか、「牧歌的ハードボイルド」という形容矛盾的コピーを思いついてしまう、読後の感想として。ぐいぐい、読ませるんだけどねー。それと「解説」がなー……ダサいんだよなー。あんまりスルドクないというか。ま、解説なんか、どうだっていいんだけどー。
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その後、全然カンケイない話を執筆する。
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おっとーっ……もう2月かー……。
2月1日(月曜日)
コーエン兄弟脚本、監督の、『ビッグ・リボウスキ』__通の映画。前作の『ファーゴ』がおもしろいと思えない人には、どこがおもしろいのか、ますます、わからなくなっているかも……。以下の人は見ない方が身のためかも……。
1、映画に意味を求める人。
2、映画に感動を求める人。
3、金を払ったんだから、なんかサービスしてもらって当然と思っている人。
4、映画に美男美女や有名スターを求める人。
5、『タイタニック』を2回以上見た人。
こういう人々が見ると、アタマに来て「金返せー!」と叫ぶかもしれません。それはあなたが、単にプリミティブな頭脳の持ち主で、好色でケチで見栄っ張りだという証拠になるかもしれないので、そう思っても、人前で文句を言うのは慎むように。
で、私の感想→あー、おもしろかったー! すべてが知的センスに溢れている。俗っぽい観客は完全に無視してる。しかも同時にインテリを皮肉ってもいる。ブシェーミもタツーロも完全に楽しんで演技してる。ほんとうの「友情」っていやあ、こんなもんだろー(笑)。ひょっとしたら、私の小説もこんなかもねー……。
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今日は映画1000円の日だからなー……。もう一本。
『ラブ&デス』__ジョン・ハート主演。イギリス版、というか、アメリカ版、というか、大衆版、『ベニスに死す』……と思ってみると、ヴィスコンティにもトーマス・マンにも怒られそう。状況は似ているが、「哲学」や「お芸術」は完全に抜かれている。
ま、イギリスには、「作家」ってものが、身分と教養を保障する状況もあって、これはそういう、インテリの作家が、偶然見かけたミーハーなアイドルの男に恋しちゃう話。
大江健三郎が、陰で隠れていそいそと、ブラピかなんかの切り抜きを集めてノートに貼りつけたり、おっかけをやったりしている姿を想像すればよい。だからー?って感じもするが。
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どーでもいいんですが、この「テクスト」は「日記」と、とりあえず名前がついているけど、それはメタファーで、人がプライベート・ライフを綴るあれだと思って、ここになんらかの「私生活」を読むのは、あんたの勝手だし、説明のない部分を自分の生活から類推するのも自由だけど、ま、いかに目を凝らそうと、そういう「生な部分」など出てくるわけないじゃん。
世間には、書いてる本人も、そのつもりでいる人もいるかもしれないけど。
2月3日(水曜日)
節分である。真夜中、サクサクと雪を踏んでゴミを出しにいく。
「バレンタイン」のために買った、リンツのウィスキー・チョコを食べてしまう(←五月の柏餅じゃないって(笑)!)。
巷にチョコが溢れかえるこの季節、「いったいどのチョコがいいのかしらー?(もらうにしろ、あげるにしろ、自分で食うにしろ)」って、思ってるみなさん!
チョコ中毒患者であり、かつては、チョコ研究家のフランス人のBFとつきあっていた私がお教えしましょう。
その昔、その男がフランスのスーパーのチョコ売り場で断言したんだわ。
「おらあ、このスーパーのチョコを全メーカー、試してみたが、いっとううまいのは、リンツだったよ」
それ以来、私もリンツが安くて一番うまいような気がしている。チョコはリンツです! わーかれても〜〜リンツだよー♪
(誰か、ゴディバの三段詰くれないかなー……(笑))
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小説を更新しました。今回もたっぷりと、オモシロイよー!
2月5日(金曜日)
『メリーに首ったけ』___キャメロン・ディアスのパーフェクトなボディ以外、いったい何を見ろというのだ? (片思い暦13年の純情ダサ男、ベン・スティラーもいいけどね)。
2月8日(月曜日)
おくればせながら、↑の補足。
この映画は下ネタ満載の映画である。それを、さわやか(?)にしているのは、ひたすら、キャメロン・ディアスの陽気なキャラクターのせいである……てな評価だか、売り手側が意図的に流した宣伝モンクだかがある。
なにもあたしが、「まーヤラシーわねー!」と下ネタと聞けば眉をひそめるお堅い人間ではないことは、ここのお客サンだったら、よくご存知だと思う。
ふんでも、この映画をオタクぶって評価できないのは、単なる下ネタが下ネタの地位のままに留まっているからである。どうせ使うなら、もっと、下ネタを尊敬しろー!というわけである。
変な言い分ではるが(笑)。
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つぎっ、『レ・ミゼラブル』。ビレ・アウグスト監督、リーアム・ニーソン(with
クレア・デーンズ)VS. ジェフリー・ラッシュ(『社員』じゃなく、『シャイン』でアカデミー賞を撮ったオッサン(というトシでもないのか?))and
ユマ・サーマン。
私はいわゆる「大河ドラマ」はすきじゃない。(睡眠をとらずに見たので)たぶん、寝るだろうな、と思っていたが、引き込まれるように見てしまった。
なぜなら、これは、「大河ドラマ」ではなかったからである。
焦点は、ひたすら、リチャード・キンブルとジェラード警部……じゃなかった、ジャン・バルジャンと
ジャベール警部の対決に合わせられている。
とりわけ、シンドラーのバルジャンの父性愛に。いやあー、私はほんとに、この俳優、リーアム・ニーソンを見ているのがすきなんですよー。
身長は馬場(合掌)よりやや低いくらいなんだけど、男の色気があって、文盲をやってもどこか知的な雰囲気があって、繊細さも出せるから。もちろん、巨体だから、強さもあるし。
最初のセーヌ川(?)の水面の映像からして美しかったし。