2月10日(水曜日)
おくればせながら、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』(上下巻、河島英昭訳 東京創元社)を読了した。すごい!……って、どこがすごいのか、考えてみよう。
まず、中世や神学についての知識である。
それから、それを用いて記号学を、「わかりやすく」解いた論文として。
あと、それをまたまた用いて、「読ませる」ミステリーに仕上げたことである。
だいたいのとこ、それだけで、そう思ってるみると、そんなにすごくないような気もしてくるが……(笑)。
ミステリーというからには、「犯罪」が起こり、「犯罪」が起こったからには、「犯人」とか「動機」もあるのだが、それが哲学的なテーマと重なっているとこが、やはりすごいとこか。
いや、このミステリーの真相というかオチと、論文としての主題が重なるというか。論文として論じようとすると、ネタばらしにもなるというジレンマに陥る作品でもある(苦笑)。
しかしなー……90年には、これはヨーロッパでは大ベスト・セラーになり、日本でもそれなりに話題になり、文春の傑作ミステリー・ベスト10では、海外の第一位になっているんだけど、そんなに簡単に読めるシロモノでもないような気がする。果たして、どれだけの人が読み通したことやら……?
それで、このなかの技でいちばんすごいのは何かといえば、やはり、中世と神学についての知識である。あるいは、哲学史、書誌学とか。それらに目を奪われるから、すごいような気がするが、「文学」としては、中の上くらいかも……。
って、読者は勝手なことを言うものである。書き手として考えたら、果たしてこれだけのものをどう書いたか、途方に暮れるのみである。
2月11日(木曜日)
(↑つづき(笑))
私にとって、読むに値する本とは、ポストイットをどれだけ入れれるかってことなんだけど、『薔薇の名前』は上巻10コ、下巻19コ、いれましたね。って、それがどーした? なんですけど(笑)。
また、ポストイットはよみさしの「栞」代わりにも使ってます。この方が落ちなくていいし、本にもなじむ。巻末などに註がある場合は、その場所にもあらかじめ入れておきます(野口悠紀雄になったような気分)。
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よい小説はアフォリズムの宝庫でもある。ポストイットの位置がアフォリズムとはかぎらないけど。そういうアフォリズムをいちいち、わがサイトの「アフォリズム」に入れていたらきりがない。
だからここに、一個だけあげときましょう。
「残り時間が少ないときに、冷静さを失ったら最後だ。わたしたちの前に永遠があるように振る舞わなければ」(下巻、P311)
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だけどこれ、日本語版だと、上巻、下巻と大げさだけど、英語版のペーパーバックは、どってことない一冊本ですけどねー。
2月12日(金曜日)
『ユー・ガット・メール』ノーラ・エフロン監督+トム・ハンクス+メグ・ライアン___ニューヨークのアッパー・サイドウェストの風俗と、メグ・ライアンのファッションと、トム・ハンクスの演技以外のいったい何を見ろ、というのだ?
それだけあれば、十分じゃないか。
いま、あちらではやっている飲み物は、カプチーノかー。
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題字を綴れば、"You've Got M@il"。フランス発のニュースレターには、これをもじって、"You've
Got Merde"という見出しがあった。さすがフランス人。
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また、ちらちらと雪が降る。
2月14日(日曜日)
そりゃあ、私は『日経パソコン』を定期講読してます、でも、全然、開かないで山積みの日々です。たまに、日経のほかのも取れといって、宣伝が来ます。
『日経ビジネス』『日経マルチメディア』『日経バイト』……
「マルチメディア」と「インターネット」とか、内容にどういう違いがあるのか、わからないのもいっぱいある。
だから、冗談で、かつてこういうバナーを作ってみた。→
しかし、これがかならずしも冗談にはならない世の中となっていることを知った。
ホームレスのサイトがあったのである。→Homeless
Online
この中には、 ホームレスの、ホームレスによる、ホームレスのためのサイト、"Love
on the Tracks" もある(まあ、場所がシリコンバレーだからねー)。
明日はわが身。だから、ホームレスにテントを売りつけるといった、あこぎな商売はせんように>大阪城のテント売り。
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今日は、誰もが知ってるバレンタイン・デー。日本(と韓国)だけらしい、「女が男にチョコを贈る日」なのは。
欧米だと、ただ「愛の日」だから、愛する人に贈り物(チョコもそのひとつ。でも、日本の「本命チョコより豪華)をする。
なんで、日本ではこのようなビンボー臭い事態となったのか。以下、分析↓
1、チョコは安い(100円でも買える)。
2、チョコは長持ちする。
3、チョコは見栄えがする。
4、チョコはイメージがきれい。
などなどから、日本のケチ臭い女どもに受け入れられたのではないかと思う。
アメリカのオンライン・ショッピングのサイトでも「バレンタイン・プレゼント」としてチョコの写真が載っているけど、悪いけど、さっきも言ったように、日本の、いわゆる「本命チョコ」として売り出されているものより、はるかにゴージャスなんである。あー、ああいうのがほしい!
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で、こちら本物のバナーです。→![]()
2月17日(水曜日)
これは一応「日記」なんで、思ったことを書くけど、ひとの日記を覗いておいて、そういう態度はけしからんみたいなことは言うなよなー……って、だれに言ってんだろ?
数日前のことだけど、というか、一日遅れぐらいの新聞を平気で読んで、「えーっ? こんなことがあったのかー?」とか、一日遅れで驚いてたりする私です。
最近新聞開いて、たまたま目に入った記事、
毎日夕刊のチョーつまらんコラム「ダブルクリック」。毎回、「著名人」(?)がチョーつまらんコラムを書いてます。こんなんで通ってるなんて許せーん! と読んでしまう(のだ、ときどき(苦笑))たびに思う。
今週(?)は芥川賞(とったと思うけど)作家、藤沢周。自分のもと勤めていた会社のことを書いてます(2/16付、西部版)。
「私が以前勤めていた書評紙の老舗・図書新聞……」つーかねー? ふつー?
これを言い換えると、「私が以前勤めていた大新聞社・×社」とかなるんだけど。
太字にしたとこは、たしかにそれは「事実」かもしれない、でもそれを関係していた本人が言うとなんかヘン。まあ、もっとうがった見方をすると、「図書新聞」だから、あえていれたんでしょうが。
だいたいこのコラム、今回のも前のも全然面白くない。一人で「大作家」気分に浸ってるだけ。こういうのは、チラシのモデルから女優になって、それでアカデミー賞候補になっちゃったぐらいな気持ちかしら、本人わ。
この頃は、ちょっとした文章にもその人の「意識」みたいなものが見えてしまってしょうがない。「何様のつもり?」ってのが多くって……。
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一方、こちら「アマチュア」。
「朝日」の「声」欄。そんなもん、読むなよなーって言われても、目がいっちゃったんだもん。
24才の中国の女(留学生)のお手紙。
「私は、男女平等で女の人が仕事をもつのが当然の中国から、『女社長になりたい』と夢をもって日本へ勉強にきました。しかし、日本の社会、生活、専業主婦を見ていて、考えが変わってきました」
といって、この人は、専業主婦になりたい、といい、「女は家の仕事、男は外で働く」「先祖がくれた文化」を大切にすべき、などと言っている。
よー、こんな意見載せるよねー、である。
この人は根本的に間違っている。中国が、女も働くのが当然、であるのは、「男女平等」が実現されているからではなく、ただ単に貧しいから。そして、「女は家事、男は外で働く」のは、日本の「昔からある文化」ではなく、日本はアメリカなみに、豊かになり、やっと、「専業主婦」(=housewife)なるものが実現されたのだ。
その前は日本でも、女が働くのは当然だったんだよー。うちのカアチャンもずっと働いていたから、学校へ提出する書類に、そういうのはビンボーっぽいので、私は見栄張って、「無職」とか、書いてたんだから(笑)。
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もう一個。60何才かのオバサンの書いた「ひととき」があったけど、こんなことばっかり書いて、いたずらにメモリを消費するのもなんなんで、省略します。
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今日は、春めいて、とても気持ちのいい日でした。といっても、まだ終ってない(午後6時20分)けど、ここんとこ、飛んでたんで(日記の日付が)、早めにアップしときます。
2月19日(金曜日)
天気予報はまたまた雪マーク。寒風吹きすさぶバス停に立って、(そういや、『ビバリーヒルズ・コップ』のジャッジ・ラインホールドはこの頃どうしているだろう?)などと考える。
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実は朝から自転車(室内用のエアロ・バイクとかいうやつ)を漕ぎながら「ドイツ語」をやる、二日目(状況としては、『アメリカン・ジゴロ』のリチャード・ギアを思い出すが……)。
2月20日(土曜日)
……そっかー、「スラヴ(Slav)民族」というのは、その昔(数世紀頃?)、中央ロシアのあたりに住んでいたけど、南東や北西の遊牧民族やゲルマン民族から絶えず攻撃され続け、何千人もの人が殺されたり、捕虜になって奴隷にされたりしたので、そこから、「奴隷」(slave)というコトバができたのかー……。
なんとも悲しい歴史を背負った民族ではないか>ミロシェビッチ大統領
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実は朝から雨もよい。一日中ぐーたら。これから、「日課」(にした)の「エアロ・バイク+ドイツ語」をやるか(午後7時31分)。
2月21日(日曜日)
イギリス映画二つ。
『鳩の翼』__ヘンリー・ジェイムズ原作の心理小説映画。主演の男のライナス・ローチは、私のすきなロバート・カーライルに目つきが似ていて、タイプである。ってことは、私も、彼を一目ぼれする、アメリカ女性、ミリーと同じ「シュミ」を持っているのかー……とか。
シャーロット・ランプリングとか、エリザベス・マッガバンなどの、「懐かしのスター」が脇を固める。観客の感情は、もちろん、ヒロイン、ヘレナ・ボナム・カーターに重ねられる。
しかし、この映画は、ヒットしないであろう。なぜなら、「心理」はすでに、今では、「失われた何か」であるからだ。
『フェイス』__なぜかタイプの男、ロバート・カーライルさまが、強盗のリーダーに扮する映画。強盗ったって、カーライルさまである、ただの強盗ではない。労働運動から挫折した、権力への怒りが頂点に達したゆえの、「由緒正しき」強盗である。
ローバート・カーライルが演じる何者かは、常に、生活感を漂わせる。ハリウッド製の降って湧いたような「強盗」ではない。そこには思想があり、生活があり、ゆえに、リアリティーがある。
そして最後は、帰っていくところがある幸福な強盗でもある。
労働運動を続けている母親があり、同じ運動をする恋人がおり、「足でまといの、彼になついている」少々抜けた青年がいる。しかしこれらが、彼の「帰る家」であり、「帰る家」を持つゆえ、彼は救われる。
カーライルが「死ぬほど心配し」、泣きそうになり、そして「心から安堵する」、その表情の変化に惹きつけられずにはいられない。
「おれはいま35才だが、24才まではまともな仕事についていた、もしそのままでいたら、いまの倍は稼いでいただろう」
「強盗」は意外に引き合わない職業である。しかし彼はその道に入った……。「ハードボイルド」が絵空事にしかすぎない、思想のお言葉である。
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体調悪し。