金色日記 Diary in Gold


3月1日(月曜日)

 第一日目……なにやら、どこかの小説のようであるが(笑)。福岡の九州日仏学館において、ペルピニョン大学のFLD講座に通うことになった。5日間の集中講座である。授業料は、なんと、タダ。しかし、ほんとは、(好奇心から)申し込んだものの、寸前まで、「行くべきか、行かざるべきか」悩んでいた。ゆえに、実を言えば、このサイトにどんな人が来ているか、そんな問題は、どうでもいいものであった。

 そして、第一日目が経過したあとも、まだ、「続けて通うべきか、どうか」悩んでいる。

 というのも、この講座は、「入門」とは言うものの、生半可な仏語力ではついていけないほど、難しいからである。

 FLDとは、何か? Francais Langue Diplomatique (外交言語としてのフランス語?)

 実のところ、よー、わからんのだ(笑)。

 まあ、おぼろげながら、つかんだところによると、国と国との政治的交渉に必要な、専門的なフランス語、ということだろうか。

 国と国が、「コミュニケート」する場合、それが、経済レベルであれ、戦線布告であれ、もっと簡単な事務的批准であれ、専門の「言い方」、というか「ルール」がある、ということで、それを学ぼうというのである。

 したがって、「正しい生徒」というものがあるとしたら、それは、政治、法律などの学者、外交官等である。

 いやー……だからさー、場違いなんだよねー。でもまあ、そこは「入門」だから、それほど厳格じゃないけど。

 23人ほどいる「受講生」のなかには、フランス語の教師、とか仏文系の先生もいる。しかし、デキル生徒は、法律とか政治をやっている語学系以外の人々である。それらの人々の方が、フランス語も流暢である。フランス人4人、イギリス人も1名も混じっている。

 いやー……「落ちこぼれ」の気持ちがほんとにわかりましたわー。

 続けるべきか、続けざるべきか、迷いつつ、(とにかくこの地獄の特訓(一日6時間)に耐えぬいたら、5日間で、下手な語学学校の数年ぶんの実力はつくな)という考えも頭をよぎるのだった……

 ま、それもこれも、みんな芸のためやー。

 講義の最後の方では討論も、グループにわけての「実習」もあるとか、困っただなや。



 えっと、この「日記」は、一見感情のままに見えても、志村けんよろしく、「作り込んだ芸」なので、念のため。



3月2日(火曜日)

 第二日目……どうってことない内容だとわかってくる(笑)。やっぱり、タダの講座か。あのオイチャン(って教授のことですけど)も、大したことないや。それより痩せなくっちゃ……。



3月3日(水曜日)

 第三日目……その昔、小中学校で、授業についていけなくて、黙りこくっている生徒がいた。今の私がそれである(笑)。

 だってハンデがあるよねー。受講生である日本人のなかには、@専門(言語学、法学、政治学)でフランスに正規留学していたやつら(いわゆる、ペラペラ)と、A大学でフランス語を教えている人々(ピンキリ。全体にはわりとおとなしめ)と、われわれのような、Bカンケイないけど紛れ込んだ(笑)者たちが混じっているのだ。

 要するにこの講座は、フランスの大学の講座(「外交フランス語」→新しい分野みたい)の「お試品」みたいなもので、われわれは、モルモットのようなものなのだ。教室で配られる数センチの厚さの資料のプリントもすべてタダ、ということは、おそらくフランス政府からお金が出ているのかも。

 それにしても、もしいい気になってフランスに留学していたら、こんな日々(身も心も疲れ果て)の状態が何年も続いていたのだ。5日間でもすでに「死にそー」なのに。あー、5日で終ってよかったー……というか、いたずらに「留学したい」などとは言うまい(苦笑)。

 アリナミンEXとキャベジンを飲んで、下調べをして寝る。



 フランス語なんかできても全然エラかない!……という感想を持つまでになる(笑)。



 なんか、世の中が、これまでとは違ったふうに見えてくる。



 学者には向かない性格。



3月4日(木曜日)

 第四日目……いよいよ、グループに分かれ、資料を分析し、発表する準備をする。このFrancais lingue diplomatiqueという学問は、手紙、法律文など、ありとあらゆる「外交」関係のテキストを、歴史的、言語的レベルで解明するという、ケッコー難しい学問であった。

 政治学と言語学の学者が、われわれのチームの花形である。とくに、言語学のやつは、すごーいクセのあるやつで、しかもフランス語で、よどみなく自説が展開できる、このコースきっての実力派である。聞くところによれば、東京外語→パリ第三大学って言うんだから、NHKのラジオ講座(笑)の私と大違いである。

 しかし、負けてもいられない。ただの劣等生じゃしょうがないので、全体の流れをしきる。

 「あなたたち、すきなだけ自説を展開したらー? 私が最後にまとめるから」

 と、言う。
 

3月5日

 第五日目(最終日)……グループごとに前で出て、分析の発表。お昼は最終日なので、全員でランチ。学館の近くには、外装も調度も、メニューも、パリにあるカフェそのまんまのカフェがある。そこのテラスに横一列に並んで、教授夫妻、館長を囲んで。

 なんちゅうか、フランス語より、人間ウォッチングに気を取られてしまった。そのコースに参加した、ほとんどすべての人間と接触する。ペラペラの「オバサン」は、シラク大統領が来たときの通訳もしたという、福岡市国際交流センターの「高級通訳」(笑)であった。できる人たちは、たいてい、フランスに一年以上、(語学留学ではなく、専門の学科で)留学した経験のある人ばかりである。観光で二回だけ行ったことがある、というのは私だけである(笑)。

 行くからには、全出席するのが目標であったから、ま、目標は達成した。「終了証」ももらったし。

 しかし、結局のところ、ホントーに、場違いな場所に潜り込んでしまった、というのが実感である。

 メンバーのなかで、いちばん、気が合いそうだったのは、もちろん、若い男である。

 例の若者がかけている横長の眼鏡で、しかもフレームの上半分が赤、というユニークなものをときどきかけるNクンは、皮パンツで、ファッションも決まっていて、しかも優秀な国際法学者である。

 もはや、だっせーファッションのオッサンの、いかにもの学者はお呼びでない。

 私はNクンについて、国際法についてお勉強してしまった。そういや、われわれの発表したテキストも、国連の「安全保障理事会の決議書」であった。それは、Nクン指導のもとに私が選んだ。それを、あらゆる言語的レベルで分析するのである。もちろん、フランス語で。



 結論。やー……私、この五日間何していたんでしょう(笑)?



 最後の紙片……正直に言えば、授業の理解度は30パーセントといったところだろうか(笑)。しかしフランス語は飽きた。今度はドイツ語とイタリア語をやろっと♪



3月7日(日曜日)

 ブライアン・デ・パルマ+ニコラス・ケイジ『スネーク・アイズ』

 デ・パルマは、ヒチコックのマネで名前を売った。それは、結局、マネにすぎなかった。だから、数作でダメになった。これもその駄作の1つ。まるで、書きなれない人が書いたミステリーのようである。

 カジノもホテルもある、ボクシング会場で要人の暗殺が起きる。「目撃者14000人、容疑者14000人!」というコピーに騙されてみると、なんのことはない、物語はほんの5、6人を中心に展開するだけ。始めから怪しいやつが、途中で「犯人」と明かされてしまい、最後までどんでん返しはなし。

 やっぱりデパルマは、アタマが悪い! 平然とそんな映画に出てしまうニコラス・ケイジもアタマが悪い!

 あ、また言ってしまった……(笑)。



 やっぱ、期待は『交渉人』だよなー。



3月10日(水曜日)

 そろそろ更新しないと、いろいろ勘繰られるからなー……。ほんとは書くことなくて、やる気を失ってるだけなんだが……。まったくうっせーんだよなー。どんなにためつすがめつしても、人の生活など「見える」わけないのに。

 あまりにテレビを見なさすぎて、何チャンネルが何テレビか、わからなくなる。35って、どうやって、かけたらいいの?とか。それでも、「評判」の『とんねるずの生でだらだらいかせて』の木梨バレエを見る。一応アタシも、「バレエ歴2年」だから。若い子はほんとに、きれいだなー。

 コモン氏(あ、彼も参加していたのだ)が例のFLD講座のシャシンを送ってくる。超丁重な手紙といっしょに(それにはわけがあるのだが)。みんなでランチのシャシン。見れば、ダッセーオッサン(ひょっとしたら私より年下かもしれませんが(笑))と思っていた男が意外とカワイイ顔して笑っているので、なんか許す気になる。「許す」だなんて、エラソーに、ではあるが……。

 エーコの『薔薇の名前』の次の作品、『フーコーの振り子』(文芸春秋)を読み出すが、お話が一向に見えない。これは完全に挫折するかも。なんか訳が悪いような気もする。

 「それは君のアブのような珪素渓谷で製造されたものではなく」

 って、本気で訳してるのだろうか?

 そうでなくても、エーコ自身もそれほどアタマがいいようにも思えず。なんせ、「ステラ・マリス」(っていったか、星座が見えるやつ)みたいなソフトに、涙を流すほど感動してんだからなー……。ワープロの、パスワード探しに、こんなに紙数を費やすなー!とか。いったいこの「ワープロ」は、パソコンではないのだろうか? 一応1988年の作だけどねー。



 おくればせながら(ニュースはABCオンラインで新聞より早く知ったが)、キューブリック追悼、「作品ベスト3」を。

 1「博士の異常な愛情」
 2「2001年宇宙の旅」
 3「現金に体を張れ」


***

 追加(書き出すと止まらなくなる(笑))

 毎日新聞10日付夕刊の加賀乙彦氏の「脳死移植への視点」中『過剰報道と遺族のプライバシー・礼失した臓器運搬の映像」は、きわめてまっとうな意見であった。

 テレビを見ないはずの私にも、なぜか、氏が批判される「空輸されるアイスボックスの映像」は脳裏に焼き付いている。

 毎日500アクセスほどある、某詩人の「一行日記」には、そのとき、「空飛ぶ心臓。移植を受けた方々の一日も早い回復をお祈りします」てなコメントがあった。

 毎度のことながら、その無神経でノーテンキな「良識ぶり」には苦笑いせずにはいられなかった。この人の自我というのは、ほとんどマスコミと重なっているのでは……。そういう無神経ぶりが「良識」に転化してしまって以来、私は、ほとんどテレビを見るのをやめたのだ。

 話はそれるが、この一日一句俳句を紹介しているサイトには、日に何回もいってしまうこともある。ただ手が動くだけなのだが。それに、そのサイトの「本体」である、俳句とその解説はほとんど読んでいない。ただ呆れたいがために、この「一行日記」を読むだけである。

 ついでにいえば、ほかにも行くことを習慣にしているいくつかのサイトも、「玄関」だけで、ほとんど中身を読んでない。じゃあ、なんで行くのかって? そこはそれ、習慣というものは恐ろしいものである(笑)。





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