金色日記 Diary in Gold


5月14日(金曜日)

 ボランティアをばおへてかえりぬと、べつのボランティアしごとわれをまちぬ。よに「情はひとのためならず」といふも、かくも重なりしは、「情はひとのためなり」とわれひとりごつ。

 さて、むかし、われは、「思慮ぶかきひとは、やたらにメールを書かぬ」といへど、そのうちに、われははいらずなり。もとより思慮なきひとゆえ、こよひも、うさばらしにと、いみなきメール、掲示板への書きこみしつ(カキコなどといふことばはいとあじけなし。げろふどものつかふことばなり)。

 さういへば、HPしょしんしゃの頃、われがメール書きて知りあいしわかきおのこより、ひさかたのメールあり。「覚えてますかー? 実は吉田健一という人からメールをもらったんで、びっくりしました」。さういふ報告か。かのおのこも、なをば、吉田健一といへり、ただただこの名にひかれてメール書きし過去われにあり。

 吉田健一といふなは、さしてめずらしからず。されどかのひとは、われのせいでかの「吉田健一」にめざめぬ。よきことなり。

 わが吉田健一、(いまだ)23才、170センチ、50キロなり。この体重にわれだまりぬ。

 まことこよひは、書の一ページも読まず、さいあくなり。



5月15日(土曜日)

 れいの吉田、メールにての「体重の軽さ」のわが指摘に対し、「この頃太り傾向で」とのたまふ。われ、ふたたび絶句す。吉田青年は、わが日記を読まずばなり。ま、いっか。

 さて、いとおくればせながら、米本昌平「知価社会を実現するために──投資としての研究・消費としての研究」(『中央公論』4月号)を読みぬ。これは、個人の研究欲を、権利として、社会的に確立するための方策なり。学術研究等、あらゆる「研究」、知的好奇心を満たすことは、職業学者の特権ではありぬべし。それを具体的に、政治政策的に、いかに展開すべきか、説いた論なり。

 続けて、わが師、橋本治の「男女雇用機会均等法と風紀に関する一考察」(同)も読むなり。これは、「男女機会均等法」の「進展」が、ひょっとして「不義はお家のご法度」といふ、江戸時代に逆戻りした状況を作り出しているのではないかといふ「問題提起」なり。真摯ではあるが、あいかわらず、いと笑える論なり。

 余談ではあるが、中央公論の女性誌『Marie Claire』、いまは角川書店のザッシとなりぬ。ナベツネのこのみにはあわず?



5月16日(日曜日)

 ヨシダーッ(と呼びてもかのおのこは答えず、わが日記を読まずばなり)の次は、山本なり。

 われ、思いたちて『岩波古語辞典』(90年版)を紐解きしに、ぼんやりと箱の帯を眺めぬ──。「各氏推薦のことば」→丸谷才一、俵万智、はよかれども、並びたる山本十次なる名前を見て驚きし。

 「なんだ、高校の古典のセンコーじゃんかよー!!」……いとはしたなしことばなり(汗)。

 われウン十年前、かの師のクラスにおれり、担任にして古典の担当者なり。当然のことながら、われ、劣等生なり。師は、さすがに、すぐれたひとなり。いまも覚えていることばあり、

 「芸術とは、永遠への挑戦である!」

 おそらく師は、きわめて抜きん出てもいぬ、われを覚えてはおらずなり。されど、われ、以前にも新聞紙上で師の名前を見たり。そは、あの、バトンルージュなるアメリカの町にて射殺されし、服部クンの高校の「校長先生の談話」なり。

 服部クンは、名古屋の旭丘高校といふ名門校の生徒なり。われはどってことない高校なり。しかれども、昔は、さなる高校にも、りっぱな教師のいたること、いとありがたきかな。

 昔、われ、古典が苦手なり。いまも得意とはいへず。しかれども、運命の皮肉がいま、われにかようなる日記(にき)を書かすなり。いとをかし。

 ちなみに、師、いまだ、わが実家(さと)の近くに住めり。いろいろ、いろめきたるウワサ(mini-heart)を聞くも、凡人にはあらずばなり。いったひ、おいくつになられしやら? 遠きひとには変わりなし。

 さらに、この師、こぞに亡くなりしわが叔父をも担任されしゆえ、まこと、世間は狭きものなり。叔父は54才にて、師より先に亡くなりし。いとあはれなり。



5月17日(月曜日)

 わがサイトの訪問者よりメール来り。わが日記を普通の文体に戻せのよし。

 「うっせーな、オレがどんな文体で自分の日記を書こうと自由だろ?」

 とは、思えど、返事は出さず。ゆへに、ここに記しおくべし。読まれるか読まれぬかはしらねど。

 われは、商売でこのサイトを開くにあらず、ましてや、「お客さまに媚びる」つもり毛頭なし。「お客さま」といふも、まことは、ある種の「レトリック」なり。プロバイダのサーバにおかれしわがファイルを人が勝手に覗いているにすぎぬ。
 百歩譲りて「サービス業」のメタファーをつかふなら、わがサイトは、数で競う「ファミリーレトラン」にはあらず。ここは、「わかる人にのみわかればよい通の店」なり。
 誰ひとり訪問者のなくとも、われは一向に困らぬなり。好き勝手なことをかくことに意味のあるなり。

 いま、われ、つたなき古語とも、文語ともつかぬ、まして、いつの時代のことばともわからぬ、ことばをつかひて日記を書きしは、たまたま、日本の古典などを読みておるゆへであり、かふして、まちがひの多々あるをしのびつつ記すも、それなりの勉強になるからであり、いまの気分は、この「エクリチュール」のふさわしきゆえなり。

 われ、いまだ「職業作家」にはあらずも、とりあえず「プロ」なり。プロの作家がいかなる文体を選ぶかを、他者に指示されしは前代未聞なり。

 さらに気分の悪かりしおりは、

 「理解できないのは、アンタのアタマが悪いからだろ?」

 などと、いひたきも、ことあらだてる意図なきゆへに、このてひどにとどめぬる。

 (丸谷センセイ、谷崎センセイ、ごめんなさーい)。



5月18日(火曜日)

 ながらく中断せし、デリダへのインタビュー「最悪の抑圧の一つ、言語の抑圧について」(吉田晴海訳、『現代思想』3月号)など読みおへる。

 ここにてデリダいひたきことは、彼のつねにいひたきことと変わらず、と見えしなり。すなはち、「言語は(たとえ「母語」であれ)誰のものでもない」「言語自体に(たとえ抑圧者の言語であれ)罪はない」。

 これと関わりありやなしや、きのふのメールなり、「日記を普通の文体に戻せ」なるは、一種の命令なり。きのふは、「プロの作家に……」などといひたりけれど、たとへ普通の人に対してであれ、かような「命令」をくだせし態度は許しがたき傲慢なり。はたして、「差出人」はいかなる権利がありて、われに「命令」をくだすなり?

 あるひは、百歩譲って、これを「注文」だとしても、いかなる権利ありて、かような「注文」をつけるなり?

 (また、「普通の文体」とは、いかなる文体なり?)

 この単純かつ短き文をもっても、「差出人」の「すがた」の見えし。こは、「ヤボな国侍」なり。さては、吉原のおひらんにすら、「いやでありんす」といふ権利ありしを知らずばなり(参照→橋本センセイ「男女雇用機会均等法と風紀に関する一考察」『中央公論』4月号)。

 われはケッコーしつこき性格なり。へたに口を出さぬがためなり(mini-heart


5月19日(水曜日)

 メルさま in 『ペイバック』

 はっはっは。メルは特別な男。世間にいい男は多いが、私にとって、メル以上の男はいない。どこがーっ? ……て。

 まずぅー、今回は、完璧なハードボイルドなのね。原作はリチャード・スターク『The Hunter』、脚本+監督は、『L.A.コンフィデンシャル』の脚本家、ブライアン・ヘルゲランド。これは、まず誰がやってもそれなりにおもしろい作品にはなると思う。脚本も無駄がなく、演出のテンポもいい。

 でもぉー、そこに、メルさまが加わると、なんかハードなものに、深みというか陰影が出る。これは、彼自身の「まなざし」から来る印象かもしれないけど、とにかく、彼以外の誰も、そのような「まなざし」を持った人を見たことはないの。

 拙宅には何箇所にも、メルのシャシンを飾ってある。これは、その一つである(後ろの本がなんともいえんが(笑))。

メルさま(はあと)


 ♪禿げてもいい、太ってもいい、愛はとおといわぁ〜〜〜。



 (いとしきものについて語るとき、なんとわれは凡庸になってしまうのであろう。悪口言ってた方がいきいきしてるね!)



5月21日(金曜日)

 よ、吉田クン、あんた、この「日記」見てたのね(汗)。うれぴーわ。「覗き見してますよ」といふメール。「仏の顔も三度までといいますが、あの後どうなるか、楽しみにしていたのに、変なメールがあったみたいでお怒りモードになったので、メール書けなかった」とのこと。

 いやー、なんか、「仏の顔も」なんて、持ち出されると、ドキッとするけど、たぶん、少し使い方違ってるみたい、でも許す。若い男のすることはみんな許す。でも、40になるまでには「修得してね!」(

 あー、よかったー。これでうちのサイトの訪問者の平均年齢もぐっと下がるでせう。めでたしめでたし。

 しかし、私も吉田の日本語がどーたらと言えた立場にはないのだ。なんせ、このホームページが「一枚看板」の頃、「作ったから見てねー」なんて、得意満面でメールして、吉田クンはちゃんと見てくれて、

 「これからすばらしいページになっていくんだろうな、と思いました」なんて、「おとな」なお返事をくれたのでした。彼は忘れているかもしれないけど、私はいつまでも覚えてます。

 彼も神戸の男なんです。なんかこのへん、やたら、そっち方面が多いみたいだけど。



5月23日(日曜日)

 テオ・アンゲロプロス脚本+監督『永遠と一日』___アンゲロプロスは、この作で、やっと、カンヌの大賞を獲った。完成度の高い作品。
 
 タルコフスキー+ベルイマン……つったら、怒られるかもしれない、アンゲロプロス・ファンに。

 しかし、チェーホフ的な夏の別荘の思い出は、タルコフスキーっぽいし、芝居がかった演出は、ベルイマンを思わせる。しかし、上記二者より、はるかに現代的である。

 あいかわらず、主人公は、過酷な「旅」を生きる。しかし、かすむ水平線にどっしりとたたずむ、チャコールグレイのように見えるコートはアルマーニである。

 ますます、怒られるかもしれないが、今回、これがいちばん目に焼きついた。このコートが雨や夜霧に濡れたり、女を抱きしめたり、少年をそっとかばったり、バスに乗ったり降りたりする。彼は決してこのコートを脱がず、それが彼自身でもある。やっぱり、ちょっぴり、ベンダースも入っているか。しかしいろいろな映画作家を含みながら、やはり、アンゲロプロス以外のなにものでもない。才能というものはそういうものであろう。

 パンフ情報によれば、これは、死を前にした作家を演じたブルーノ・ガンツの私物だそうである。

 やっと、この役者のよさがわかった私だった。

 (お話ですかー? お話は映画を見てください)


 
 5月17日あたりの日記で叱り飛ばした「(自称)ジーサマ」から、お詫びのメールが来た。「還暦前の白髪頭に免じてお許しを」なんて、「おでぇかんさま、どうかご慈悲を」みたいである(笑)。

 「マジにあやまるなー!」ですけどね。

 べつに「題材」として使わせてもらってるだけなんですから。

 ついでに書いてあった、住所と郵便番号はどーゆー意味なんでしょう?

 住所も郵便番号も、数字の間に入るハイフンが音引きになっていて、思わず添削して送り返したくなりましたが。SOHOのお仕事求めている人は、もうこんなマチガイだけでアウトだとか……。
 


5月25日(火曜日)

 母親と話そうと、実家に電話すると、毎度のことのように弟が出る。母親に代わってと言おうとすると、
 「アーッ! バッカだなー! あんなの落してー!」と突然受話器に向かって怒鳴る。なんのことかと思いきや、野球の中継を見ているのだった。

 「バカヤロー! おまえは中日が自我か!」などと常々思っていることを口にしたら最後なので言わず、母親は? と聞くと、
 「犬の散歩」
 夜の十時に? 犬をもらってきたのは父親なのに、である。この家では、もう何十年も前からこういうことが続いている……sigh...



 某人気作家が編集する「経済のお勉強」のメール・マガジンを、つれづれなるまま取っているが、これもまた、他のニュース・レターと同じ運命を辿って、Unread回し。でも開いたとき、ふと目に入ってしまう部分もある。それは、その作家と風俗嬢の「文通」部分である。毎週交互に「お手紙」が公開される。

 この風俗嬢、経歴紹介を見ると、父親の転勤で、パリで子供時代から青春時代を過ごし、今は法律を専攻する大学院生でありながら、SMクラブとかで働いている、とか。

 要するに、「インテリのお嬢」風俗嬢(フツー、風俗嬢というのは、売春までするものを言うのでは? こういうSMクラブも一応、「風俗嬢」というのか……? というか、風俗の世界も幅広いねー)である。

 流行作家が、ゴールデン・ウィーク(自由業なのにー?)にパリへ行けば、パリの話が弾む。彼女は昔の思い出を語ったり、その作家の仏訳本をおねだりする。

 ……どーでもいいんだけどさー、まー、この作家にとって、その種のニンゲンと「対等に」語り合うってのが、ひとつのウリなんだろうけど、この風俗嬢、ちょい、恵まれていやしません? そりゃ、「お店」でいろんなイヤなめにもあうでしょうよ。でも、なんのために、こんな仕事してんの? オッカサンの薬代とかのためじゃないでしょう。自分がすきでやってるんだろーが。

 いまは、風俗嬢といやあ、こんなんばっかりか。

 なんでも作家は、どこたらでワインを買ってきたから、今度いっしょに飲もう、とも誘っていた。

 これを読んで、「いいねー」と思う人は少なくないだろう。

 いやー……なにを目的にしているのか全然わからん「企画」ではある。しかし、毎回、Unreadの印を付ける前に読んでしまう私ではあった(←おまえの行動の方がよっぽどわからんぞーとか)。
 
 (どーして、こういうことを書くと長くなってしまうんでせう?)
 
 




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