5月26日(水曜日)
『プラクティカル・マジック』__サンドラ・ブロック+ニコール・キッドマン……and
エイダン・クィン(
)
うーーーん、女はさあ、待ってるんだよねー、「夢見た男」が目の前に現れることを。ほら、マジソン群の農家の主婦にさえ、ちょうどよい時に、おあつらえ向きのいい男がやってきたじゃない。
この映画は、そういうことを積極的に、風水術じゃないけど、「よく効くおまじない」で自分のもとに引き寄せようという映画なのだ。志はそれほど高いというわけじゃないけどねー。しかし、よい男を待つ女に志の高い低いなんてカンケイあるだろうか?
実は、このなかの、「いい男」役、エイダン・クィンは私が前から目をつけていた男。えっ? メルさまじゃなかったのかって? ほらー、メルも年取るしさー……。
しかしこのエイダン・クィンも、年齢的には、それほど若くないと思うけど。
やー……もろタイプなんだわ。『妹の恋人』では、自閉ぎみのメアリー・スチュアート・マスターソンの、しっかりもののお兄さん。『レジェンド・オブ・フォール』では、ブラピ三兄弟の、弟の恋人に思いを寄せながら、感情を押し殺して実業の世界に生きる長男──。なんか「長男顔」してるんだわ。
こないだは、題度忘れだけど、やっと主役をやらせてもらえて、テロリストとそれを討つエージェントの二役をやったけど、まったく似たような、ブルース・ウィリス+リチャード・ギアが出る映画に負けていた。
スターにはなれないタイプ? いまいちフツーっぽくて。そこがいいんだけど……
(肝心の『プラクティカル・マジック』はどうなったのか?)
5月28日(金曜日)
やっと、ミロセヴィッチが、旧ユーゴ国際犯罪法廷に、起訴されましたね(
)。
国家元首が、国際犯罪法廷の戦犯として起訴されるのは初めてのことです("Liberation"
5/28トップ)。
この起訴によって、コソボ和平調停は難しくなるそうです。というのも、戦犯の大統領は、和平交渉の対象者としての資格がなくなるからだそうです(『毎日新聞』5/27夕刊)。
この旧ユーゴ国際犯罪法廷というのは、1993年5月25日に、安全保障理事会決議827によって、採択されたもので、当時は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国での「犯罪」を、そして、「予測し得る」将来の「犯罪」をも睨んだものでした。
起訴するまでには、おそらく、夥しい「資料」が必要だったことでしょう。
なんでこんなに詳しいのか? それは、3月はじめの拙「日記」を見てくれたまえ! 私は、「外交フランス語入門講座」に出て、研修として、山ほどの資料の中から、これを選んだのだよ、はっはっは。
これで、NATOの空爆はより正当化されるでしょう。で、クリントンの支持率は、「不倫疑惑」当時(60〜70%を維持!)よりも、落ちている(53%)そうです。
*
「空爆」と言えば、インド、パキスタン。ほんとはこちらの方がコワイ。簡単に核とかを持ち出しちゃう国だから。イギリス、「The
TIMES」(オンライン)のトップ・ニュースはこれ(5/28)。「インドはパキスタンのカシミール侵犯に対する空爆を続行するだろう、と発表」。
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そして、日本は、衆院法務委員会にて、「組織的犯罪対策3法案」が可決。これは、問題の、「通信傍受法案」を含んだものです。
やー……『エネミー・オブ・アメリカ』(←必見!)の世界が絵空事ではなくなるのだ!
組織的犯罪を防ぐため、というけど、個人の基本的人権を侵してまで、犯罪を防ぐ必要があるのか?
「病気は治った、患者は死んだ」つーのに、通じやしないか?
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なんか、ちょっと、一気に志高めてみましたが……。
5月31日(月曜日)
稼ぐだけ稼ぎ、あとは名誉といふ作家かな(商人が貴族の称号を欲しがるに似たり)
。
(ワープロを筆ペンに変えてみたところでねー……)
6月1日(火曜日)
『RONIN』__ジョン・フランケンハイマー監督+ロバート・デ・ニーロ+ジャン・レノ
チラシに曰く、「観る者を五分刻みで欺く、先の読めないストーリー」
確かに……。しかし、これが最初から最後まで続いて行ったドラマを想像したんさい。
あとは……
しかしなー、「samuraiが仕える主君を失ったとき、彼らはもはや、samuraiとは呼ばれず、roninと呼ばれるのだ」などと言いながら、結局はデ・ニーロは**のニンゲンだったんだもんなー。
問題:上の**に入ることば(漢字2字)を入れなさい。(相当やさしい問題だと思うよー)。
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そうですか、ソニーのロボドッグは完売しましたか……。
6月3日(木曜日)
高橋直子『アイ・ラヴ・エース!』(朝日新聞社)___一応帯には、「期待の物語作家が描く傑作長編小説。」と、ある。だがしかし、この本は、べつの読まれ方をするだろう。そう、「某直木賞作家の家庭内暴力を暴露した」とかゆー、西舘好子サンの本(←こちら、立ち読みですませました)みたいに。
じじつ、「夫に離婚を言い渡されたタカハシさんの奥さんは絶望し、歩道橋から身を投げようとする」ところから、この「小説」は始まります。
だからってこの先、「そういうハナシ」が展開するわけではない。
そこはそれ、この「作家」のキャラで全篇埋まっている。
この「作家」のキャラって?
つまり……イイトシして少女趣味で、飽くまでそういう女(水森亜土チャン、とまではいわないが、かなり近い女)を演じきろうとしている根性を持ってるとかー……。
うーーーん……男に捨てられる典型?
(こっからは邪推であるが)たぶん、ホンモノの夫のタカハシさん(この小説にはついに登場せず)は、もはや、そういう女がカワイイとは思えなくなったんでせう。つーか、一度鬱陶しいと思うと、もうどうにもたまらなくなったんじゃないですかー?
しかし、そういう女にも生きる道はある。それは、京唄子として生きる道である→自分が捨てられたことをメシのタネにし、しかも、捨てた夫を尊敬し続け、ときには、仕事さえいっしょにこなし、死に際にも立ち会って、「顔を手術してまで生きるケイちゃんはケイちゃんやない!」とか言ってのける女の道である。
このとき、彼女は、元夫を超えるであろう。
私はホンモノのタカハシさんの愛人がどんな人か知りませんが、おそらく、今度は、子供作ったりしてフツーの家庭にするんだろーなー……とゆー単なる予測はある。
週刊ナントカにも、この「暴露小説」の記事は載ったみたいだけど、読んでません。第一、これは、「暴露小説」なんかじゃないんです。ま、ほんまの、ファンタジーですね。
そして、ホンモノのタカハシさんは、そういうファンタジー女がイヤになった。
しっかし……この(元)夫婦、似たもの夫婦なんですよー、文体も展開も、相似形(おそらく奥さんが「門前の小僧」になっちゃったんでせう)。
しかし、「タカハシさんの奥さん」も、「タハカシさんの奥さん」だったからこそ、こうした小説が、朝日新聞社から本にしてもらえたんでせう。これが無名の作家の持ち込み原稿だったら、どーなんでせう? 確かに「おもしろい」ところもありますがー。案外、朝日新聞社も、郷ひろみの『ダディ』本のつもりだったのでわ……?
しかし「タカハシ」さんは、郷ひろみじゃないしなー……。
知ってるヒト以外は誰も知らないよとゆーのもある。
いやー……傑作でした。まだ、夫を愛している、らしいところが、うるわしい(涙)。
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会話いっぱい、なかスカスカの300枚超ってとこか。
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小説の評価とは全然カンケイないけど、ピンク・ハウス(系)を着た中年女ってのは、ひとつのタイプではあるが、カンベンしてヨー、である。
6月5日(土曜日)
恋の至極は忍ぶ恋一生忍んで思い死にすることこそ恋の本意なれ。
解説:この「忍ぶ恋」は、夜の新宿の裏通りで逢引きをするという例の八代亜紀のなにではない。これは、武士が、心に秘めた人への思いを誰にも告げることなく、死ぬまで自分の中だけにおさめておくことを言う。それが最高の恋というものだよ、という、山本常朝=三島由紀夫の恋愛観である。
思えば、遠くヨーロッパ中世の騎士も、幼い時から、だれか「心の恋人」たる貴婦人を選ぶことが奨励された。騎士は、「心の恋人」を文字通り心に抱き、辛い修錬や苦しい戦いに耐えた。
だから、なんなのさー? なんなんでせう?
いや、ちがう、拙者は「武士道」について考えてみたいのだった。
武士道とは死ぬことと見つけたり。
やー……なんかこの言葉が、今日は美しく見えるー>ミシマさん。
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I went to some kind of party tonight...
付けてったフレグランスは……エルメスの 24,Faubourg(のサンプル←情けな〜い)。
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そういや、佐賀のおみやげに、「葉隠れまんじゅう」つーのがあったなー、とか。
6月6日(日曜日)
ウンベルト・エーコ『前日島(ぜんじつとう)』(藤村昌昭訳、文藝春秋)……まだ34ページしか読んでなかった(チャン、チャン)。
6月7日(月曜日)
……そういや、きのう、
(「博多座」←すげぇー劇場である! 柿落葺落大歌舞伎)
近松門左衛門作『恋湊博多調(こいみなとはかたのひとふし)』__團十郎+鴈治朗
長唄囃子連中『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』__鴈治朗
河竹黙阿弥作『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』__菊五郎(
)+團十郎
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「知らざあ、言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が歌に残した盗人の、種は尽きねえ七里ヶ浜、その白浪の夜働き、以前を言やあ江の島で年季勤めの稚児ヶ淵……」(「おとわやー!」)
いやー、富司純子のダンナ、もろタイプなんだよねー。この役はこの人のためにあるようなもの。あちしのテーマだしねー。
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5月29日には、商都博多での興行を告げる「船乗り込み」が博多川であった。上記のお役者衆が船に乗り込んで川下りをする。たまたまこの劇場そばには、お誂え向きの川があったから、昔の儀式を復活させたのだとか。さっそく「歩くガイド・ブック」のハギオさんがこれを見物、彼女の報告によれば、
「菊五郎は真っ黒やったよ」
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ちなみに博多座は、博多座+スーパー・ブランド・シティー(ビルの上から下まですべて一流ブランド・ショップ)+ホテル・オークラがワンセットになった、なんというか、すげぇー金かかっていそうな集合ビルの一つとして、このたび、博多は中州川端に誕生したのである。
しかし、客層はねー、さすが**だから、なかには、嘉穂劇場(ごめむ)がお似合い……という人々も。
注:「嘉穂劇場」__炭坑の街飯塚にある、大衆演劇の座長大会などが行なわれる伝統的な劇場(なんせ桟敷のマス席である)。こないだは、そこで、つかこうへいの芝居があったが。
(実は私は、(自称)「劇場研究家」でもあったのら)
6月8日(火曜日)
(昨日のつづき)振袖の似合う男って、菊五郎しかいないよなー。
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(↓この絵は上記の文とはなんらカンケイありません)

(しかし、ものすごい名前……↑)
6月9日(水曜日)
北野武監督+脚本+編集『菊次郎の夏』___ヨーロッパやアメリカ(でも!)では、たけしフリークが存在する。なんでなのか、実のところ、蓮実ではないので、よくわかんない。私は前からそう買ってない。今回、ややアピールに欠けたかな、という感じ。ヨーロッパ芸術派への。それがカンヌ落選の理由か。ま、いいんじゃない、勲章もらったんだから。
岸本加代子は、今回のような役の方があっている。彼女だけはよかった。彼女で、日本版『グロリア』でも撮ったらどーかね、たけしさん、じゃなくて、大島(渚)さん。
余談ではあるが、東京は浅草に、祖母と暮らす少年が、菊次郎という、ろくでもないオジさんに付き添われて、まだ見ぬ母を訪ねていくロードムービーだが、その母の居所が、なんと、わがふるさと、豊橋であった(笑)。フィルムを見るかぎり、浜松とか、郊外の方で撮影したみたいで、あまり「らしき」ところは出て来ないのだが。
祖母の話では、母親は、「働きに行ってる」ということになっているが、東京から豊橋に働きに行くかねー? とか。