6月27日(日曜日)
性懲りもなく、『「超」整理法3』(野口悠紀雄著 中公新書)を読み、「うん、そうだー、捨てるんだ!」と、「書斎」(つーのか、いちおう)の中のものをいろいろ捨てる。溜めに溜めた映画のチラシ、とかー。ほとんど「焼け石に水」的な状況ではあるが。
それにしても、このオジサン、いつまでこういうことで儲けるつもりか? ってのは、『スター・ウォーズ』と同じで、今度はどこが新しい? っていえば、「バッファーの導入」である。ん? それなに? という人は、どうぞ、買って読んでください(って、べつにいくらかもらってるわけじゃないけど)。
私は自分で言うのもなんだが、このテの本は山ほど読んだ。なかではいちばん、この人は好感が持てるというか、わりあい好きなのである。どうしてかっていうと、読んでいてわかるのだが、自分のスタンスというのを崩さないから。いつも、考えていることは、「どうしたら知的活動をやりやすくできるか?」ということ。
案外、立花の隆よりは、誠実な人柄と見た。「超」が知れ渡ったわりには、あんまり「天狗」になっていないことが、文章を読むとわかる。
しかしだー、本書の内容は、新書一冊分の文字数を必要としていないのも事実である。それに、ことがパソコンのファイルの処理となると、「ちょっとなー……」と思うこともある。
非定型的な仕事を、「マゼラン的仕事」と名づけ、それが、「フローの制御」であると考察するところはよいが、どーも、パソコンとなると、まだ、MS-DOS的思考から脱却できてない、よーな感じがする。これは、早くからのパソコンの使い手の後遺症のようなものか?
6月29日(火曜日)
(尾篭なハナシで恐縮ですが)上記の野口氏は、トイレに雑誌を積んである、と書いていたが、私は、新聞を持って入るときは、いっぺんに3種類持って入る。
それでツラツラ眺めていると、ふだんは目に留めないようなところも目に留まる、というわけで、高樹のぶ子! よー、こんな小説書くよなー!
「真賀木は充子の両目に、そして鼻先にキスして、まるで食べ残した玉子焼きをいそいで片づけるように、最後に軽く唇を奪った。しかし玉子焼きは予想外に美味しかった。またゆっくりと戻ってくる。充子もそのときは、体を押し上げるようにずらして、真賀木を受けとめた」
「その横向きの体を、彼は手で押し倒し、仰向けにした。すると、乳房は二つのやわらかな盛り上がりをつくり、胃の下から臍(へそ)にかけて、湿った低地を成している。そのあたりから汗が匂ってきた」
(「朝日新聞」6/28付 『百年の預言』より)
こんな「描写」は、富島健夫(しってるヒトいるかー? だが)だって、恥ずかしくて書けないんじゃないですかねー?
朝日も朝日だなー。誰が読むかわからない「新聞」に、よー、こんな小説載せるよ。それで、「教育」とか言ってりゃ、世話ないよ。
……などということを、トイレで思うわけですワ。
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朝方、ひでー雨と風で、なんと一時期停電! いまどき珍しい。数分間だったが。
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ブレヒトの『三文オペラ』をCGアニメにしたらどうか、ということを思いついたが、誰かやってみようと思う人いますー?
7月1日(木曜日)
『鉄道員(ぽっぽや)』__高倉健が老いさらばえた体に鞭打ち、涙を誘うためなら、リアリティがなくても一向に構わないストーリーで、3年に1本くらいしか映画を見ないようなジーサン、バーサンを泣かそうとする……だが、意外にも、ジーサン、バーサンは泣かない、なして?
それは……
『学校の怪談』3だか4を見てくださーい!
なんちゃって。
私は泣きましたけどね。70近い高倉健が、17歳の広末涼子に向かって、「雪子か?」って聞いたとき。
これは、だって、江利チエミとの間に、ほんとは赤ん坊がいて、死んでいたんだって、かなり昔の週刊誌で読んだことあるから。
そう思ってみると、かなり泣けますよ、この映画。「テネシー・ワルツ」はテーマ音楽のように随所に流れるし。
しっかし、なんで、@大竹しのぶが高倉健の奥さん? A田中良子が小林稔侍の奥さん? B小林稔侍と高倉健が同い年?
@の年齢差は30歳ぐらい? Aは10数歳? Bは20歳近い?
まあさ、役者だから老け役やることもあるけどさー、要するに、この場合、単に、もはやどーしよーもないほど年取ってる高倉健を、なんとか引き立てようとした配役だと思うのだ。
だからなんちゅーか、ジーサン、バーサンが妙に、(制作側の意図に反して、泣かずに)「沈黙」してしまったわけがわかるだろー。やっぱりある種の「恐怖」を感じたのではないでしょうか?
(って、ここまで言うような映画でもないような気がするが、手が動いたので)。
7月5日(月曜日)
三日もサボってしまいましたか……。
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先回り読書。永井壮吉(荷風)『ボク東綺譚』(荷風全集第17巻 岩波書店 1994年刊)__安岡章太郎(まだ生きてたのかー!)が、最近『私のボク東綺譚』(新潮社)という本を出したので、「ふーーーん……」とか思って、本棚の肥やしにしていた荷風全集をひもといた次第である。
ちなみに、安岡氏(と気安く呼ぶのであるが)の本は、買おうとしたところ、あらゆる本屋から姿を消していた。6月の終わり頃出たばっかりなのにー。
しかたがないので、紀伊国屋Webで注文した(ので、まだ見てない)。
また、「ボク」の字であるが、これは、墨田川の意味であるが、江戸の文人に倣い、この文人の造字である、さんずいの付いた字が当てられているため、作らないと「ない」のである、さすがの紀伊国屋Webでさえもが、カタカナを用いていた。
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これは、まだ「メタ」という語が一般的でなかった時代のメタ小説である。「ある作品を書く」作家の私が、東京の下町(っていっていいのか、もっといえば、墨田川の東北の、玉の井を中心に、それと関連して、盛り場)をウォッチングしたものである。
しかし、これを、「私小説」という輩には、私は賛成はできない。
ここには、明らかに、作品として「異化」された文体があるし、作家としての教養と倫理が歴然として存在しているからである。
それなくして、なんのための、街娼街描写ぞ?
作者の覚めた目と堅持する倫理があるからこそ、遊里入り浸り生活にも意味があるのである>渡*淳*サン。
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そして、この人(って、荷風であるが)はすでに一流作家でありながら、それを表明することは、どこかで、「恥ずかしい」と思っている。こういう奥ゆかしい態度も、元来は、作家は持っていたものである。
それが、なんだ、今では、ちょっと名の売れた作家っていやあ、振舞いも意識も、芸能人の予備軍であることを自らに許してるじゃんかよー。
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話は飛びますが、**の評論家の川村某が、例の柳美里さんの「デビュー作出版差し止め判決」に関して、原告の女性に同情しながらも、法が文学の言語に立ち入るとは不幸である、という意味のことを、どこたらの新聞に書き、似たような評論家、作家の意見もあったが、私に言わせりゃ、これは本末転倒で、
文学の言語が法に介入させるような事態を招いたのは、その当の言語の責任でもある。共産主義下のロシアじゃないんだからさー。
それに、たとえ一人の人間でも、そこまで(法に頼むほどに)傷つける文章を、果たして、「文学」と言えるのか? またそれを書く人間を「作家」と言えるのか? ということです。荷風を読むと、そのことは自ずと明確になる。
作家の倫理とは、そういうものである。
まあさ、「柳美里弁護派」ってのは、こういう「私小説的」作法を弁護しないと自分がヤバいからなんでしょうけどー。
そして、そういう人々は、荷風の本作を差して、「私小説」というだろう。だが、ちがう! と、いうのは、上の通りである。
7月6日(火曜日)
そうですか、柳美里さん(と新潮社)は控訴しましたか──。こういう人は、頭の中が、「自分が、自分が……、なんで? なんで? ……」つーのでいっぱいで、他人のことなど全然見えていないんでしょう。
アドルノが「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」(『プリズメン』ちくま学芸文庫 P36)といったその「問い」を一度も「作家」として考えてみたことなどないのでしょう。
「表現の自由の不幸な制限」なんてことは、ワイドー・ショーのリポーターだっていうんじゃないのー?
だいたいさー、「出版差し止め」となったのは最初の版だけでしょー? そんなにそのテーマに執着するんなら、どうして何度も書きなおさないのかねー? 書きなおして、書きなおして、その「モデルとなった女性」に読んでもらって、「これならいい」という許可をもらおうという努力を、なぜしないのかねー(この判決もそうした「努力を怠ったこと」に対する判決なのに)?
いかにも公権力に表現の自由を奪われた被害者然とするのは、そういう前時代的な論調を張る、評論家、作家ともども、胡散臭いよなーって感じ。
たまたま本日の読売新聞(家庭欄のシリーズ物、「医療ルネサンス」)に、血管腫という病気を持つ人の記事が出ていた。この人は、医療技術短大で助教授をしている人で、「世の中には、いろんな病気で苦しんでいる人がおり、私のような血管種を持つ人もいることを知ってほしい」と、自らの病の顔を壇上に晒し、看護学生を教えている。
血管種というのは、「皮膚の血管が異常に増えたり広がったりしてできる」そうで、程度もいろいろらしい。
もちろん、この人の顔も出ていました。顔の半分が瘤のように盛りあがっている、というか。
その原告の女性が、どういう病気だったかは知りませんが、
どうってことないんですよ、「医学」として取り扱ってしまえば、それは、確かに不幸ですけど、それは、たとえば、白血病の人が不幸なのとまったく変わらない、
ただ、やはり、そういう意識を持たない周囲の人の態度によって、そういう病気を背負った人々は傷つくのだ。
その読売新聞に出ていた人も言ってました。「目に見える傷は治せても、患者の心の傷はもっと大きい」って。この人は男性ですけど。
そうした不幸を、いかなる表現にしろ、小説に描き、ただの病気に過ぎなかったものを神話化する、そのことがいちばん、その人を傷つけているということに気づけないかぎりは、
柳美里(と新潮社)の「表現の自由のための戦い」は続くであろう。
7月7日(水曜日)
『交渉人』__サミュエル・L・ジャクソン+ケビン・スペイシー(
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たぶん欠陥もあるんでしょうが、正直な話引き込まれちゃって、2時間?分、息をもつかずじっと画面を見つめっぱなし。新しいエンターテインメントというのは、こういう映画のことだろう。
大勢の警官が出て、銃器もたくさん出るが、死ぬのは、たったの二人。しかも、この二人は、主役の二人が殺したのではない。つーことは、いまや、昔の刑事モノと違って、徒に人は殺されない。
そして、「英雄」は、腕にものを言わせるというよりは、「頭」を使う。
そういうのを、ちゃんと綿密に見せてくれるなら、ま、多少のアラはどうでもよくなる。
この映画がわれわれに思い起こさせてくれる教訓は、いざというとき頼りになるのは、友人ではなく、赤の他人である、ということである。
もうホントーに、ケビン・スペイシーには惹かれるわー、アタマよさそうで。また、彼の役名がよい。クリス・セイビアンて。
アタマよさそうな顔というのは、目がきれいなんだね。
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ちなみ、人質を取ってたてこもる犯人と交渉するさい、ゼッタイに言ってはならない言葉がある。これを言うと人質は命を失うかもしれない。
それは、「NO!」という言葉である。
では、みなさんをテストしてみましょう。次の質問に英語で答えてください。
Have you ever killed anyone?
7月9日(金曜日)
長い間、N書店のFさんから借りていたビデオを見ねば見ねばと思いつつ、月日が流れ、今日やっと見る。
『ロベルトは今夜』(1977年フランス、監督ピエール・ズッカ、原作・脚本ピエール・クロソフスキー、販売アップリンク)___なんつーか、そういう映画である。
「そういう」→オタク、フェチ、プライヴェート・フィルム(クロソフスキー夫妻が出演)、一歩間違えば変態、でも豪華キャストで、しかも志も高く、問題意識もあり、芸術的でもあり、音楽もよい。
お供は、ボルドー赤ワイン(もち安物)+(アメリカ人の言うところの、レンジでチンする)テレビ・ディナー。
7月10日(土曜日)
またして、Fさんから借りていたビデオを見る(これで終わりであるが)。
『ジャン・コクトー、知られざる男の自画像』(1983年フランス、監督・脚本エドガルド・コザリンスキー、販売アップリンク)___コクトーが、自らの交遊関係について語る。その中に、彼自身の映画の断片や、人生観が挟み込まれる。
コクトーって人は、なかなかよさそうな人である。この映画を見て、非常に好感を持った。とくにレイモン・ラディゲを語るところはとても愛情に満ちていて、感動的である。
この映画には、コクトーと交遊のあったピカソ、ストラビンスキー、サティ、ココ・シャネルなど、いろんな芸術家が登場し、アフォリズムの宝庫のようでもあるが、なかでも印象的なのは、ラディゲの言葉である。
彼は15才で、杖をついてコクトーの家を訪問し、そのまま居ついた。「誰よりも若く、誰よりも年老いていた」。18才で『肉体の悪魔』を書き、20才には腸チフスで死んでしまう。寡黙な少年で、しじゅう沈黙していることが多かったが、ある画家の家にコクトーら数人で訪れたとき、絵を見せられ、その画家は、「まだ製作途中なんだが」といいわけをした。すると、ずっと黙っていたラディゲが口を開いた。
「せめて、完成させてやるのが慈悲というものだ」
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安岡章太郎『私のボク東綺譚』(新潮社)__これは、Web新潮で連載されていたものなんですねー……知らんかったァー……(紀伊国屋Webはチョー早い! 注文して数日で着いたぞー!→「取次」が入ってないしねー)。
しかし、こういったものを、Web上で読む人が果たして何人いるか?
非常にまともに書かれているんです。昔は活躍した「大物作家」が、エッセイ出すと、ボケたようなのが多いけど、これは意外に、ボケてない。書きっぷりもエラソーでもない。とくに、『ボク東綺譚』のテーマが季節の変化である、というのは、ほんとうである。
「狐狸庵先生の文章とは格段の相違」などと言っちまってる、とこもある。
これによれば、やはり、『ボク東綺譚』は、メタ・フィクションを装った完璧なフィクションであることがわかるし、モデルへの配慮(たとえ実在しないにしろ)は相当なもので、それがフィクションであることを明確にするために、わざわざ、フィクション→メタ・フィクション→フィクションの構造を取っているのである。
それにやっぱ、荷風は、娼婦というものを、ひいては、そこへと流れ着く薄幸な女というものを、彼女たちを受け入れる街というものを愛していたんだねー。
どこかの似非風俗嬢とわかったような顔をして文通している作家とはおおちがひ。
おそらく、パリの****街を覗いたとき、「なんだー、これだったら、東京のどこそこの方がよほど……」と思ったのであろう。
「洋行帰りの後、江戸趣味に傾いた」(『辞林21』)というのは、俗な見方で、やっぱり、そういうふうにヨーロッパ文明を理解したのではないですか?
ちなみに、横光利一は(ヨーロッパ理解に)失敗しちゃったようである。
そういうことも、この安岡章太郎の本に書いてある。
既成の作家ってったら、こんぐらいのもんでしょう、サイテイ。
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お察しのように、コクトーに影響され、トップ、メニューのデザインを変えてしまいましたー。