金色日記 Diary in Gold


7月11日(日曜日)

 『STAR WARS エピソード1』___ジョージ・ルーカス脚本・監督+豪華キャスト+豪華SFX+豪華キャラクター・グッズ+莫大な宣伝費=????

 そのスピードと、誇大妄想的規模の壮大さでは、やはり他のSFの追随を許さない。これは、昔の、エピソード4、5、6(「スター・ウォーズ・クラシコ」(私が勝手に命名)の「はじまり」の部分であるのは周知のごとくであるが、なんか最後のシーンを見たら、一抹の不安を覚えた。

 ひょっとして、この物語は、「クラシコ」へと続いていくのではなく、『マーズ・アタック』へと繋がって行くのではないかという不安である(だってさー、ナタリー・ポートマンちゃんも出たしー)。

 どうですか?>ノストラダムスさん



7月13日(火曜日)

 3のつく日には、30パーセント・オフになる文房具屋さんがある。なんか3のつく日には、妙に足がそっちに向いてしまうのである。いつものように、そこでいろいろ物色しているとピッチが鳴った。すぐに切れてしまい、コールバックすると、案の定、ハギオさんであった。「いまどこにおるん?」。で、いろいろ用事をすませて、待ち合わせの「ドトール・コーヒー」に。
 ハギオさんとは久々であるが、また映画の話になって、

 ハギオ「『交渉人』のあの人なんか惹きつけられるねー」
 私「ケビン・スペイシーのこと? 目がカワイイもんねー」
 ハギオ「うん。もう一人の方は(サミュエル・L・ジャクソンのこと)アフリカ系だから(と、指で大きく楕円系に、自分の鼻の穴をなぞり)どーもすきになれん」
 私「『どーもすきになれん』て、あんたねー、ハギオタカシ(ハギオさんのダンナ)じゃないんだからねー」

 註:ハギオさんの言動にときおり見られる差別的ともとれる発言に関して、当方ははいっさい責任を追いかねますので御了承ください。こちらは、彼女の言動をそのまま写し、その場では、できるかぎり「注意」いたしておりますが。



7月15日(木曜日)

 N書店のFさんに貸すと約束したビデオを、まだ見てなかったので、見る(最近じゃ、録画も見ることもしないが、前にとったやつが山ほどたまってるんだよねー)。

 ベルナルド・ベルトルッチ脚本・監督+ボルヘス原作『暗殺のオペラ』(70年、イタリア)__いかにもボルヘスタッチのミステリーである。でも途中で寝ちゃったのだ。ワイン飲んでたもんで。こういうときビデオは巻き戻せるからいいなー。でも巻き戻しても、どこで寝たのかわかんないよー(笑)。とにかく映像は美しい。主人公は、加藤健一にちょっと似とったー。



 某社からコラムのお金を送って来る(なんと、為替だよー)。やめよう! と何度思ったことか。しかしまだ続けている。以前は大勢いた執筆者も、なんか、あんまりいなくなった(ようだ)。

 匿名コラムなもんで、「これ!」 とおおっぴらには言えないけど。吉田健一センセイも、東京新聞の「大波小波」で、腹黒頑太みたいな名前で書いていたしー。

 思っていたより金額が多いので、どーしたのかなー? あっちのマチガイ? こっちのマチガイ? でも知らん顔さー、多い分には。それに気をよくして、(私って、やっぱ、コラムニストなのかなー? 肩書きはコラムニストにすべきかなー……)などと考えつつ、また一個書くが、

 いざ、印刷しようとすると、プリンタが壊れた。これは通販のソ****で買って、一回壊れて修理に出し、ソ****の人とケンカしちゃったんで、もー修理はイヤ!

 と思って買いにいった。最新式のモバイル用。チョイスはほとんどなし。「オフィス2000」の紙袋に入れてくれたよーん。原稿料より高いよーん(苦笑)。



7月19日(月曜日)

 ♪今日からは赤い爪をあなたに見せない〜(意味なし)。

 「月日は流れ、私は残る」ってか。



 文具売り場の画材コーナーを見ていると、いろいろな新しい画材が出ており、突如絵心に目覚める。

 ドイツ製のデッサン鉛筆+コンテ+消しゴム(粘土のようにべたつくやつ)のセットがバーゲンになっていて、それを買い、クロッキー用のスケッチ・ブックも買い、ダ・ヴィンチの画集より、「少女の顔」のデッサンを模写する。

 模写してわかるのは、やっぱりダ・ヴィンチは天才だということ、べつに模写しないでもわかるかー。

 しっかし、どーも、私の描く顔は平べったいというか、彫りが浅いんだよなー。これは、日本にいて、日本人ばかり見ているからだ。やっぱり、ダ・ヴィンチのように描くには、向こうにいって、そういう顔を見つづけないとなー。いっちょ、パリにでも留学するかー、とか。そういうとこまで行ってしまった。



7月21日(水曜日)

 ♪そぞろ歩きは軟派でも、心も軟派の血が通うー(っと)。

 そうですか、江藤氏は死にましたか。Yomiuri-ONLINE、ASAHI.com……なぜか、毎日Jamjamには載ってませんでした、午前3時過ぎ。



 時間は前後するが、毎年メロンを送ってくれる山形の男から数日前にメロンが届いたので、お礼の電話を昨日したが(午後10時半頃……遅いか)、お父様が出られて、「就寝中」とのこと。で、けふする(午後9時すぎ)。お母様が出られて、感じよくアイサツされる(嫁ッ子候補じゃないってー)。

 サトウ「なんかオモシロイ映画ありますか?」
 私「そうだねー、『交渉人』とかー……」
 サトウ「こっちではやってないんですよー」
 私「やってる街へ見に行けばー?」
 サトウ「いちばん近くの街でも2時間以上かかるんですよー」
 私「じゃあ、いったい何をやってるのー?」
 サトウ「『スターウォーズ』しかやってないんですよー」
 私「……(ドイナカと思ったが口にせず)」



 快晴、蝉(もはや22日のアサーッ)。



7月23日(金曜日)

 キューブリックの『アイズ・ワイド・シャット』の……原作、『夢奇譚』アルトゥル・シュニッツラー、池田香代子訳、文春文庫)を読んでしまう。

 うーーーん……そういうハナシだったのかー。原題は、『Traumnovell』。ドイツ語だけど、なんとなくわかっちゃうよねー。

 そうか、トム・クルーズとニコール・キッドマンはそういうカンケイだったのか。そして、あの鏡の前でキスしたり愛撫し合ったりしてるのは、そういう意味だったのかー……。

 予告編と本編と原作の関係もミステリーなら、原作の内容もミステリー……っちゅうか、人間の内面世界は、結局、そういう構造になっているのだ。

 19世紀末のウィーンを舞台にした、クリムト的ともシーレ的ともフロイト的とも言える、かなりおもしろい小説だ。

 故キューブリックは、『アイズ・ワイド・シャット』をこれまでで最高の作品と言ったとか。いかにもひとつのキューブリック的世界である。

 しかし、この文春文庫、映画原作として急遽出されたみたいだけど、実は、すでに岩波文庫で訳があったのだ。『夢小説・闇への逃走』(池内紀・武村知子訳)つーのが。 



7月24日(土曜日)

 『ホーホケキョ となりの山田くん』___高畑勲脚本・監督+田辺修演出(演出と監督はどーちがうのか?→ちなみに私の専攻も「演出」でしたが)+矢野顕子(あんまりスキなタイプではないが、この映画音楽は「よい!」)+(そして当然)いしいひさいち原作+「もののけ姫」を超える15万枚の作画+水彩画タッチにしてフルデジタル処理。

 うーーーん……なんか山下さんのヘタウマ、じゃない、ヘタヘタの一本指デジタル画のコンセプトにも通じる前衛的作品である(さりげなく)。

 どこがすごいって、あの「朝日」連載のおなじみの四コマ漫画を、「ホーホケキョ」(シブイ俳句味をプラスして))として「作りなおして」しまったところである。

 創作にとって、ストーリーなどというものは、なくてもいいものなのである、とこの作品が証明している。

 こういう作業を「脱構築」ってゆーのでわ?



7月25日(日曜日)

 遅れ馳せながら、23日付「毎日新聞」夕刊で、福田和也の江藤淳の死を美化した文章を読んだ。なんでも江藤氏はすべてにスタイルを持った人で、それは、「すべてを汚染して行きながら、誰もその崩れに気づかない戦後日本の崩落のなかで、喪失に耐えるためのささやかな砦だった」とか。

 福田はそうした趣旨のもと、江藤宅へ行った時の、紅茶の出され方、江藤氏の妻の「秘書ぶり」、江藤氏のタバコの吸い方、原稿の書き方などなど、およそそばにいて、「かわいがられていなければ、見ることができないであろう」様子の数々を、いちいち挙げ、とってつけたような美文で、賛美するのであった。

 言っちゃあなんだが、江藤氏の今回の自殺は、なんら思想的、文学的なるものとは関係がないと私は見る。ほらさー、よく、なんでも妻にやってもらっていた老人が、妻に先立たれ、自分も病気がちで、どうしていいかわからずに死んでしまう、そういう世間によくある自殺だと思う。

 ただ、世間の「平均」(?)からしたら、江藤氏の66才って年齢は、若いかもしれない。世の中の、ひとりぼっちになって、どうしていいかわからず死んでしまう老人て、たいてい70過ぎてるもん。

 ま、それだけ、老けてたっていうか……。

 つまり、評論家江藤淳てのは、ただの老人であったっていうそれだけのことではないの? 全面的に頼っていた妻に先立たれ、「電球も取り換えることができない」で自殺してしまう、世の中のすべての老人がお気の毒という意味においては、お気の毒ではあるが。

 まあさ、福田和也もこれだけの「追悼文」を書くなら、どうだね、あとを追ってわ? とか。



7月27日(火曜日)

 いやー……私もなー、誰か大物文学者にかわいがられたいなー……でも無理だろうなー……どうせ顰蹙買うのがオチだろーなー……。



 クロワッサンの店で仕入れた35cm×35cm×35cmの箱を組み合わせて、本棚とも机ともつかないものを作ったが、上に載せた板(これも売ってる)が長くてドアが完全に開かないようになって、風通しがワリィ。従って、既製品ではあるが、端を少し切ろうとしている。

 安物のノコギリ買ってきて。しっかし、なかなか切れへん。それで毎日少しずつやっている。ギコギコ……と。まるで脱獄犯のノリ(とゆーのか?)である。

はじめくんからのはがき
 


7月29日(木曜日)

 『プリンス・オブ・エジプト』___(ブレンダ・チャップマン+スティーブ・ヒックナー+サイモン・ウェルズ)監督+(ヴァル・キルマー+レイフ・ファインズ+ミシェル・ファイファー+サンドラ・ブロック)声+(ホイットニー・ヒューストン+マライア・キャリー)主題歌=製作ドリーム・ワークス

 なんか豪華なアニメを作ろう。題材は何がいいだろう? とくれば、当然、誰もが知っている偉大なあの物語、モーセの物語がいい! ということになるのは、当然の帰結であろう。

 主要登場人物の一人一人、主要シーンの一つ一つに専門スタッフのグループがつき、各パートごとに力を入れる。

 単純化されたアニメの人物像と、複雑な輝きと動きの「背景」(海や川の水や砂漠)……。

 そして、豪華キャストの声の出演と、『ジーザズ・クライスト・スーパースター』を思わせる壮大なコーラス。

 これはもう、思想どーした宗教がどーしたなどと言ってられないんじゃないか? そういうコンセプトじゃないんだから。

 ……とは言うものの、『旧約』39文書中、とくに有名な「モーセ五書」中の、(『創世記』と)『出エジプト記』は読んでもいいのではないか? 少なくとも、なんとかダムスの「なんとかブックス」よりは。
 
 




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