9月22日(火曜日)
突如、万年筆で、原稿用紙に書きたくなり、万年筆を買う。原稿用紙は、その昔、藤原書店の読者カードに書いた意見がPR誌に採用されたとき、なんと、宅配便で送ってきた(二度も)のがあったので、それを使うことにする。
というのも、10月から、いよいよ配本となる橋本センセイの『双調平家物語』(もちろん、予約したともー!)のパンフレットを見たからだ。銀田一(知ってるヒトは知ってるだろう)ではないが、やっぱ、そうだよなー……である。
万年筆の形も、なるべく、橋本センセイのに似せた。もちろん、試し書きして、自分の気に入った書き心地のにしたのは言うまでもないが。私は、「ワープロ」によって、デビューできた「作家」なので、なんと、万年筆は持ってなかったのである。
ぬあんというミーハーであるが、気分は文豪である。それで、新作を書き始めた。

↑藤原書店の原稿用紙は、200字詰であったが、狭いコタツの上(苦笑)にはちょうどよい(なんせ、ノート・パソコンも載っているのである)。たくさん書いた気になれるしー。(ちなみに、立花隆サンちの「シェ・タチバナ」でも、原稿用紙を売っているが、あんまり興味ない)。
もちろん、キーボード作品も、続行中であるが。
ついでに、集英社のPR誌『青春と読書』に、橋本センセイの対談が載っていたので、もらってきた。ぱらぱらめくるうち、辻仁成がニューヨークから帰ってきたそうで、「帰ってきた辻仁成」という、大げさな特集をしていたので、辻と、ニュースキャスターの安藤優子の対談に目がいき、全部読んだわけではないが、ちらっと目に入った部分だけ見ただけだが、相変わらず、辻仁成は、すっげーバカ!
私は安藤優子なるキャスターが、あまりすきではなかったが、これを見て、「このヒトは、あんまりバカじゃないんだ」と好感を持った。内容は、辻がNYで、いかなる英語体験をしたかであるが、彼は、自分は英語は片言しかしゃべれないけど、雰囲気をつかむのは得意だから、しゃべれるように思われた、とか言ってるが、どうも、英語力は中学生以下(その記事を読めばわかる)なのに、本人気づいてないようである。さすがに安藤優子は気づいてるようで、テキトーに受け流してる、そこに感心した。
そこで思ったのだが、芥川賞にも、英語力を見る試験をもうけろー! である。すごくできろ、とは言わんが、せめて、中学卒業程度の力はないと、受賞できないとかにしたらどうだろう?
やー、もう、ほんとに、「作家」って、ピンキリですねー!
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フランス大使館主催の、ワイン試飲会通訳のお仕事がまた来てしまい、(「文豪」がそんなことしてていいのかー?)とは思えど、やはり贅沢言ってるバアイではないと、受けてしまった。今度は、どこのワインでしょう?
9月23日(水曜日)
博多で、ひさびさ、アルモドバルの『ライブ・フレッシュ』。つきぬけた毒々しさを期待したが、意外や、あっさりめで、しかも「純愛」。しかし細部は彼独特のしつこさで描かれ、アメリカ映画とは対極的な作品になっている。
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小倉に帰り、デパートの新館プレ・オープン(ケッコー、くだらない動きではあるが)に出向くも、途中で、へんなものを見る。
リュックを背負ったオバサンと、それより若いサエナイ男たちが大半を占めるデモ。かなりの人数。プラカードを持ち、シュプレヒコール。曰く、
「フリン、ハンタイ!」
プラカードには、
「不倫、反対」、「失楽園、ペケ」、「われわれは純愛を支持します!」、「ピュア・ラブ!」……。
こいつらはいったい何者なのか? どこの団体かはいっさい明記されてない。ただそう叫びながら、練り歩いている。なかに、ひとり、白人の男も見かけた。
KKKか?
もちろん、このグループの「純愛」は、アルモドバル描く純愛とは何の関係もない。
いかにも、「不倫」どころか、フツーの男女カンケイさえあやしいようなオバハンやブオトコばかりである。
それにしても、「不倫」かどうかは、個人のプライバシーの問題であり、それに立ち入って「ハンタイ」とはいかなることか。
スター独立検察官は、こんなドイナカの国のやつらにまでつけあがらせる素地を作ってしまったことに対して、ホントーに責任を取ってもらいたい。
「失楽園、ペケ」というダサイ「表現」もなんとも言えない。
ものすごーい不快感。
いっそのこと、婚姻制度など廃止してしまえ!
9月24日(木曜日)
ここを訪れる数少ない「訪問者」のみなさんは、もし、何度も来られているなら、何を期待して、ここへ来られているのでしょう? 私はあんまり本も読みませんし、私生活も、みなさんが思っているほどにはさらしていません。
はっきりいって、もうやめてしまおうかなー、と思ったりしますが、一度始めたものは、なかなかやめられません。
それでは、どんなカタチのWebがいいのかと考えても、あまり思いつきません。
とにかく、「毎回」、ありがとうございます。
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変わりばえのしない日々を綴ってもなー……。食べ物にも、テレビにも、ほかの作家にも、興味ないし。
見栄を張ってもしょうがないし、かといって、惨めさをさらすのも嫌だし、宣伝するような「仕事」はないし、あっても、たぶん、ありがちな「作家」のサイトみたいな、「宣伝」はしたくないし、ま、だいたい、作家じゃないですけどね。
リンクで、ありがたくも「作家」と紹介してくださっている方もいらっしゃいますが(自分で、言ってたこともあるので(って、22日にも言ってますね(笑)、ま、一応、「小説書いてる」って意味です)しょうがないけど)、ま、訂正してください、とまでは、言いません。手間ですし、どうでもいいことですから。
だいたい、作家なんか、あんまり尊敬してませんから。
9月25日(金曜日)
橋本治+なんとかいう絵描きの「大人の絵本」、『女賊』(集英社)を、立ち読みする。これは、江戸川乱歩の『黒蜥蜴』を脚色したものだそうで、三島由紀夫の『黒蜥蜴』からは、一行も引用していないそうで、三島への挑戦でもあるとかで、橋本センセイの場合、全篇女一人のモノローグ(って、モノローグは一人でするものだが(笑))にしたそうである。
そして、この作品は、いまをときめく、女形役者、篠井英介のために書かれたものであり、そのうち篠井主演、橋本演出で、上演されるみたいである。
『黒蜥蜴』っていやあ、三十年近く前に見た、テレビの劇場中継の、美輪明宏の姿がいまだに目に浮かぶ。鏡を見ながら、独り言、
「あたくしのほんとうの姿なんて、なーいのよ!」
これを、妹と、よくマネしたものである。
一方、篠井であるが、この人の芝居は一回だけ見たことあります。そのときは、突然姿を消した女子大生の姉という役どころで、現代のOLって、感じでしたが、一時人気のあった、ニューハーフのなんたらを思わせる「清純派」でした。
あの篠井が、橋本センセイの「黒蜥蜴」をねえ……。
はっきりいって、これは、もう見ない先から、見えちゃいましたね。
たぶん、美輪明宏は超えられないでしょう。
篠井つーのは、毒がないんですよ。
で、本の方ですが、なんか、アール・デコだかなんだかしらんが、「挿絵」がごてごてして、文章もそれなりに華麗なんだろうけど、相殺されちゃった感じ。読みにくいんだわ。
絵がなかったら、もう少し、イメージがわいたかも。
定価は2000円、財布の中身は5000円……ちょっと迷ったが、今回は、パース!
橋本センセイ、ごめんなさーーーい!(尊敬してんだかなんだか……)
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『象形文字』の「招待作品」として、中井久夫氏のリッツォスの訳詩を掲載しています。秋の夜長は詩でも鑑賞しよう!
9月26日(土曜日)
やっぱり買っちゃいました、橋本センセイの『女賊』(苦笑)。
感想は後日……。
(こういうふうに、二段構えで書くと、印象に残るでしょ? ふっふ)
9月27日(日曜日)
かねてより、ハギオさんに誘われ、つかこうへいの「おっかけ」。今回は、氏のふるさと、福岡県飯塚市の、嘉穂劇場。昭和の初期に建った、木造の劇場です。炭鉱華やかなりしころは、この町に、33もの劇場があったとか。いまは、この嘉穂劇場ひとつ。

出し物は、『寝取られ宗助’98__徳川六代将軍・家宣の若き日の恋』。
出演、西岡徳馬、藤山直美。

またして、昔の作品に手をいれたものであるが、今回、書き加えられた、劇中劇の、時代劇部分は、おもしろかった。
ぬあんと江戸時代には、お女郎がたの下の毛を整える、「下剃り」という職業があったとか。
「ねえさん、下の毛がずいぶん荒れ放題になってやすぜ、それじゃあ、旦那がたも痛がって商売あがったりだ。ひとつ、あっしが、粋な菊のカタチに剃ってさしあげやしょう」
なんつーのが、あったんだってー! 初耳。
「民の心を知るためには、女の不浄を身に浴びる必要がある」
と言った、将軍さまがいたとか(フィクションですからね>そこのオトーサン)。
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藤山直美の芸風は、ほんとに寛美に生き写し。うまい!
9月28日(月曜日)
スティーブン・スピルバーグ『プライベート・ライアン』___なるほど、冒頭の戦闘シーンは凄まじいが、コンセプトがよくわからん、映画である。
やはりスピルバーグは、ドイツ人が嫌いなのか。まさに、人間じゃないみたいに描かれている。
エマソンやエブラハム・リンカーンを引用し、戦争を賛美しているような感じもする。
結局、べつに「救出」に行かなくても、ライアンは、生きて帰ったかもしれない、と思った。
「マット・デーモンがなかなか出てこーん!」と思ったら、3分の2をすぎたところでやっと出てきた……と言えば、何の役か、わかるだろう。
9月29日(火曜日)
ぺらぺらっと見て積んどく本二冊→鹿島茂『暇がないから読書ができる』(文藝春秋)『空気げんこつ』(ネスコ/文藝春秋)。