6月3日(日曜日)
『ザ・カップ 夢のアンテナ』___ケンツェ・ノルブ監督(ブータンの高僧だそうである)+ジェレミー・トーマス制作+ブータンの僧侶たち
ブータンの高僧にしては映画づくりが堂にいっている。これはひとつ、バチカンの高僧にもメガホンを取ってもらいたいものである。
少なくとも、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』よりは、中身のある映画である。
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モデルの川原亜矢子のサイン会に遭遇し、普通は前もって本を買った人限定300人までだったが、本が余ってるようで、今買った人もサインしてくれるというので買ってサインしてもらう。
もと「パリ・コレ」モデルといえば、どれほどわれわれ「庶民」と違うか、至近距離から見てみたかったのである。感想は、ただ痩せて背が高いだけじゃん。でも、センスも感じもいい人でした。
6月4日(月曜日)
『マレーナ』___ジュゼッペ・トルナトーレ監督+モニカ・ベルッチ+ジュゼッペ・アスファーロ(少年)+エンニオ・モリコーネ音楽
ドラマはほとんど音楽によって作られているといってもいい。
『ニュー・シネマ・パラダイス』、『海の上のピアニスト』と観てきて、トルナトーレの「趣味」がわかった。彼が求めるものは、「文学的感動」のようなものである。
「文学的感動」を映像に置き換えるのがこの人のテーマでもある。
しかし、映画的感動というのは、もっとべつのものではないのか?
6月7日(木曜日)
『ユリイカ』___青山真治監督・脚本・音楽+役所広司+宮崎あおい+宮崎将
うーーーん……これは、ヨーロッパのマーケットを完全に意識した映画ですね。制作会社のJ-WORKSは、「日本から世界市場へ新世紀を担う新しい映画をプロデュースするプロジェクト」であり、この映画はその第一弾であると、チラシに書いてある。
題材は、このあいだ佐賀発の高速バスで起こったバスジャック事件に、インスパイアされているのかもしれないが、それとは、全然べつの次元の映画である。
その事件の「生き残り」の兄妹と運転手がトラウマを克服する道のり、という筋立てになっているが、それはただの「設定」にすぎないだろう。
この映画の本質は、役所広司扮する「英雄」の、「オデュッセイア」である。ゆえに、出てくる人々もできごとも、繊細さを欠いてる。ハナシはたいてい予想のつくものばかりである。
それを、北野武の映画と地続きのようなリズムで見せる。
無表情な日本人役者たちの特性を生かしたミドルショットないしはロングショットの多用も効いている。
3時間37分という長さも、中央ではない、どこか片隅の田舎町というのも「叙事詩」的である。
と、いうわけで、欧米人はケッコー感動するだろう。
九州弁のアクセントは完全に正確ではないような気がした。ハリウッドなら一人一人に「方言コーチ」がつくが、そのへんは「端折った」かもなー。どうせ、ガイジンにはわからんしー。
脚本は伏線が効いていてよくできている。三島賞おめでとうございます。
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余談ながら、実際のバスジャック殺人事件というのは、こんなもんじゃないだろうというのが、私の推測である。
6月10日(日曜日)
『デンジャラス・ビューティー』___主演・制作サンドラ・ブロック+ドナルド・ピートリー監督+共演マイケル・ケイン+ベンジャミン・ブラット+キャンディス・バーゲン
色気もへったくれもない、仕事一筋のFBI捜査官が、覆面捜査で、ミスコンに出るはめになり、美しくヘンシン……。チラシによれば、これで、サンドラ・ブロックはゴールデン・グローブ賞にノミネートされたとか。まあ、サンドラの演技は悪くない(結構体を使ってるところが好ましい)。しっかし……、ひとつの作品として全体を見た場合、いくら覆面捜査でも、FBIの捜査官が、わざわざミスコンの「出場者」になる必要があるのだろうか? それに、事件もなにやら「小規模」な感じが否めない。あ、これは、「コメディ」なのか。それにしても、「ハーレクイン」的御都合主義が随所に感じられて、さすがの私も、もひとつノリ切れないものがあった。
6月13日(水曜日)
『ハムナプトラ2』___スティーブン・ソマーズ監督+ブレンダン・フレイザー+レイチェル・ワイズ
いったいどういうハナシなのか……。前回でも寝てしまったが、今回も、三回ほど「コクッ」となる。
6月17日(日曜日)
『誘拐犯』___クリストファー・マックァリー監督+ライアン・フィリップ+ベニチオ・デル・トロ+ジュリエット・ルイス+ジェームズ・カーン(
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予告編では結構期待していた。最近気に入ってるベニチオ・デル・トロもでるし。……しかし……物語は、いろんな人物に焦点があたりすぎて、ボケてしまった。だいたい、なんで、すでにジジイのジェームズ・カーンがあげに活躍せにゃならんのか、全然わからん。
監督は、『ユージュアル・サスペクツ』の脚本家で、本作品初監督ということだが、確かに、『ユージュアル……』のように、筋は複雑で、どんでん返しのようなものも用意されているが、今回の場合、その「どんでん返し」が、皮肉にも、映画のスケールを小さくした。
思えば、『ユージュアル……』の「どんでん返し」が生きたのは、ひとえに、ケビン・スペーシーの演技力だったか、と今さらながらの感心。映画は確かに、脚本の面白さも大切だが、やっぱ、「演出」と「役者」だよね。
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『ギター弾きの恋』___ウディ・アレン脚本・監督+ショーン・ペン+サマンサ・モートン
ウディ・アレン30本めの映画だそうである。1930年のジャズ的雰囲気は、どちらかというと好みではない。しかし、「愛は失った時に気づく」というアレンの恋愛観が、この映画にも投影されていて泣かせる。
どこか「メタ」にしてしまう工夫がいつもなされていて、やはり、ウディ・アレンだなと安心する。
6月20日(水曜日)
『鳥類学者のファンタジア』___奥泉光著(集英社、2001年4月刊)
これは、二人の女の話である。一人は20世紀末の東京に生きる30代半ばのジャズピアニスト(と言っても大西順子ほど有名ではない)、もう一人は、1944年のドイツにいる日本人ピアニスト。二人の関係は、孫娘と祖母であり、同じKirikoという名前を持ち、同じピアニストであり、実は、音楽に関して、悩みを持っている。20世紀末の女は、スランプに、1944年の女は、音楽を音楽と認められない(精神病の一種にそんなのがあったと思うが)病にかかっている。二人の女は音楽を愛しているはずなのに、それが苦痛ですらありはじめている……。
『すばる』連載時のタイトルは、『フォギー あこがれの霧子』。アピール力はいまいちだが、作者の「気持ち」はなんとなくわかるような気がする。つまり、二人の女は、時空を越えて、「あこがれ合う」。互いが互いのあこがれである。
この二人の出会いを中心に、ナチス支配下のドイツという、キッチュな世界が描かれる。こと、戦時下とか、海軍とか、潜水艦とか、そういう世界を描かせたら、もはや奥泉光の独壇場である。しかし、その世界は、あくまで、「キッチュ」であるという感じが、私には否めない。
確かに20世紀の女、通称「フォギー」は、多くの戦死者やホロコーストのユダヤ人にも心を痛める。しかし、それは、作者が、心を痛めた、と書いているからにすぎなくて、ほんとうに思い遣っているのかどうかはわからない。
ゆえに、この、祖母に出会うために時空を越えた旅は、どんなに辛い目に合おうと、やがては帰れることが決まっている、「楽しい旅」なのである。
その旅の楽しさなら、たっぷり堪能させてくれる。風景も食事も、人々との交流も、そして何より、豪華なのは、音楽である。
そういう旅をして、結局、二人の女は、再び、それぞれの音楽を見い出す。そういう小説である。
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主人公「フォギー」の風貌は、ずっと、あの大西順子を思い描きながら読んでいた。もちろん、生で彼女のプレイを聴いたことがある。彼女の、ぐいぐい叩きつけるような、度胸のいい演奏は、この小説の主人公に似合っているようなが気がするが、ただ、大西順子の方が、少し若いような気もする(そのぶん線が細い)。
6月21日(木曜日)
『ギフト』___サム・ライミ監督+ビリー・ボブ・ソーントン脚本+ケイト・ブランシェット+キアヌ・リーブス+ヒラリー・スワンク
田舎町の超能力者が主人公の映画と言えば、なんとなく、ズレた感じもする。しかし、この映画は、徹底的にリアルな生活感を追求するサム・ライミの演出と、卓抜したケイト・ブランシェットの演技力によって、不思議な魅力をたたえた映画となっている。
ケイト・ブランシェットはほんとうにうまい。この、占いで生活の糧のある程度を補っている、若くして寡婦となった、三人の子持ちの女性の、心優しさ、強さ、誠実さを、一瞬たりとも緩むことなく演じている。彼女の一挙手一投足を追っていくだけで、われわれは、はらはらするミステリーに引き込まれている。