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2011/1/9(日曜日)
「学識とは、イヤミである?」 ──蓮實重彦『随想』(新潮社 2010年8月30日刊)
本書を読み出すと、「頭がよくなる……」とか、「勉強法」とか、「脳がどーたら」といった、「高度消費社会」で、「勝ち抜いていくための指南書」とは、いったいなんだろうと思ってしまう。私も、それらの「指南書」に、相当な金額をつぎ込んだ一人であるが、それはそれで、なにか映画のクライマックスシーンを見ているような興奮をもたらしてくれたが、果たして、そういったものを読んで、あるいは、そこに書かれてあることを参考に「勉強して」、ほんとうに、頭がよくなるのだろうかと疑問に思い始めた。などというまでもなく、すでに、ほんとうに頭のよい人々は、そんなものを歯牙にもかけずに、必要な書物を読み進んでいるのだと思うが、どうも「高度消費社会」に、沈みかけそうな我が身としては、そういう悟りきったこともできず、アップアップしていたわけである。
私はかつて、評論家、蓮實重彦の愛読者で、愛読者などと言えるほど氏の著作を読み込んでいるわけではないが、読めば必ず深く共感し、というより、あらためて教えられることが多く、つい、心に抑制をかけながら、ページを先へと送ってしまう。氏の追随者の評論家たちのように、文体がそっくりそのままの口まねにならないように気をつけながら、これを書き始めた。
まず本書を読み進んで頭を叩かれるのは、その情報量の多さである。さりげなく、氏独特の皮肉を込めながら書き進められる記述に、展開されるリファランスは、フランス、あるいは、ヨーロッパ、アメリカの知識人情報、あるいは、古今の文学的知識が、あるテーマに沿って書くために、必要な量だけ提示される。それは、なにも、「おれはこれだけ知ってるんだ」という書き方ではない。ある主張を読者に納得させるに足るだけ表示されるが、それが、たぶん、欧米のまっとうな学者の世界ではあたりまえなのだろうが、日本に流通している、いわゆる知識人の書いた本では、あまり見かけない、そういった目配せのリファレンス提示である。
私などは、日仏学館で、「会話とニュース記事」といったタイトルの授業を受講し、そのために、「ル・モンド」ネット版などの記事を追ってはいるが、そういうものを授業で取り上げられて、どうこう言い合っていることが、語学の力量はさておいても、いかに「紋切り型」か、頭を殴られたようである。
蓮實氏は、遠い昔、映画評論を主に書いているとき、氏の映画日記を見て、池袋の小さなポルノ館の映画まで観ていて、こんな片隅の映画までフォローしているのかと、感心してしまったことがあるが、それとまったく同様のスタンスで、フランス文学、本書では、ノーベル文学書受賞当時の、ル・クレジオについて書いている。しかも、それほど周到に擁護しながら、結局、文学の評価は、クロード・シモンに及ばないものとしている。それとこれとはべつである。それさえ、欧米の、まっとうな評論家の基準から言えば、あたりまえのことである。T・S・エリオットしかり。
氏の『小説から遠く離れて』(日本文芸社 1989)を読めば、氏がどのような小説を評価しないかはわかるので、そういったものに、「たやすく説話論的な還元に屈してしまう」村上春樹の小説を評価しないのは、誰にでも理解されることである。「説話論的還元」とは、私なりの解釈では、紋切り型ということである。私は村上春樹の小説はほとんど読んだことがないが、それでも最近、文庫本が多く出回って、「買え買え」と叫んでいるようなので、つい買ってしまった(笑)、『ノルウェイの森』について言えば、これは、この小説にも随所に出てくる、トーマス・マン『魔の山』なのである。その紋切り型の枠だけ、そっくりいただいているのである。しかし、これについて、また別稿で詳しく検討してみたい思うが……。
それで、村上春樹を高く評価する内田樹氏が、ブログで、「私は蓮實の評価に同意しないが、これはこれでひとつの見識であると思う。だが、その見識に自信があり、発言に責任を取る気があるなら、(村上春樹のノーベル賞(山下補記))受賞に際しては『スウェーデン・アカデミーもまた詐欺に騙された。どいつもこいつもバカばかりである』ときっぱりコメントするのが筋目というものだろう。私は蓮實氏がそうしたら、その気概に深い敬意を示す」(「内田樹の研究室」→蓮實引用を孫引き)と書いたのも、蓮實氏の文学観はおろか、ノーベル賞の実態をもよくわかっていないことを露呈してしまったものであることを、蓮實氏は、周到に、イヤミったらしく(笑)、ノーベル賞の事情、フランス知識人界の事情等も紹介しながら、説明している。
ま、しかし、私などからいえば、相手にされただけマシである(笑)。引用箇所で氏名をあげるだけで(これがまた周到なイヤミではあるが(笑))、文中では、「ブログの書き手」としか、呼ばれていないが(笑)、それでも、長々と批判が書かれているのだから、大したものだよ、内田サンということになる。
で、本書を読んで、絶対必読の書と思ったものを、以下をあげておく。
クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼訳 1960年 白水社)
トマス・ピンチョン『重力の虹』〈1〉〈2〉(越川芳明ほか訳 1990年 国書刊行会)
さらに興味があれば……
ル・クレジオ『アフリカのひと──父の肖像』(集英社 2006年)
『調書』