気分がむしゃくしゃする。「小説」も「エッセイ」も久しく更新してないのが、気になるけど、もうしばらくお待ちください。>「お客さま」
しかしなー・・・「ホームページ」っていったいなんだろ? 要するに、「他人のファイルの中身」でしょ?
「見る人」から言ったら。「公開する人」から言えば、「自分のファイルを、人に見せるために作ってる」。なんで「人に見せたりするの?」とか。いろいろ、考えてしまった。
ただホームページを開いているというだけで、ほんとうはまったくの赤の他人なのに、なんか知っている人のような気がする・・・。
幸か不幸か(笑)、「うち」は大して訪問者が多くないので、べつに「スター」になったような気もしないけど、訪問者が多ければ、なんか、「スター気取り」になってしまうのもしかたないだろう。
今年の1月からここを始めたのだけど、初めは、形もなってないヒドいページだった。それを少しずつ、改善していって、やっと今の形に落ち着いた。最初は、カウンターが、次の日自分が覗いた数字が、前の日の「次の数字」(笑)なんてことも、よくあった。なんと、「友達」さえも、見てくれなかったのだ(笑)。
だから、私には、ひとつひとつの数字がとても、大切に思えたものです。
ページによっては、開いて一日で、いきなり1000までいってしまうところもあるようです。しかし、ここは、1000まで行くのにとても、長い時間がかかりました。いや、100まで行くのにだって、かなりかかった。
1000人目の方が、メールをくださいました。その方には、プレゼントとして、画像を贈り(送り)ました。今日、2000人目の方が、またメールをくださいました。そして、その方は、1000人目の方と、奇しくも、同じ人でした。その方のメールにも、「この一ヶ月で、一番驚いたこと」とありました。今度は何を贈りましょう?
拙い絵を贈るのは、いまの気持ちから、少しズレてしまいました。
1000人目と2000人目の「あなた」には、「これからよいことがありますように」という祈りを贈らせていただきます。
また来てね!
私はかねがね、私が(勝手に)師と仰ぐ橋本(治)センセイは、「サカキバラ」事件(世間では、「淳君殺害事件」とか呼ばれているようであるが)をどう見るだろうか、と思っていたが、ついに、ご宣託が下ったのである(笑)。
『中央公論』8月号で、事件に関するエッセイ、「天使のウインク」の連載が始まった。第一回はまだほんのさわりであるが、橋本センセイの見方は、前にこの「日記」で、私が、犯人逮捕のニュースが伝わった日に書いた、犯人が中学生だったということで、「事件の意味が猟奇的なものから、教育的なものに変ってしまった」というのとは反対に、あくまで「猟奇的事件」としてとらえていて、そこにはまだ、「少年が犯人である」という要素は入ってきていない。
これからそれが考慮されるのかどうかわからないが、いまの段階では、猟奇は猟奇にすぎないという態度で、では、その猟奇の実体とは何なのかを分析している。
氏は、猟奇という意匠に惑わされて、本質を見失ってはいけないと言っている。
実は昨日は、12日から全国いっせいに封切りされた、『ロスト・ワールド』を観たんだよね。忘れていたが(笑)。感想は、「柳の下にいつも恐竜はいない」である。
上記のような事件が起きてしまうような世の中で、もはや、Tレックスもそれほど恐くなくて、『ジュラシック・パーク』の時にはあったゲテモノ性もすっかり色褪せてしまって、『スター・ウォーズ』とともに、いくらコンピューター・グラフィックスでがんばっても、それさえ、われわれは、「なんとも思わない」のであった。
まあ、しいて言えば、女主人公の古生物学者のジュリアン・ムーアが、暖かみを備えた学者をよく演じているなーとか、カメラマン役の若い俳優はこれから「スター」になるんだろうなーとか、役者ばかり見ていた。
お待たせしました(誰が待ってるかね?)。やっと、小説を更新しました。帰りに寄ってってや。
京極夏彦『嗤う伊右衛門』(中央公論社)を読む。書き出しがよい。ほとんど橋本治作かなー・・・と思ったが、というのも、橋本治は、かつて、「江戸時代の空というのは、どんなふうに見えただろう?」と考えながら、時代小説を書きたいと言っていたからだ。
確かにここには、江戸時代の人が見ていた空があった。
最初は『東海道四谷怪談』のパロディかなー・・・と思って読んでいたのだが、やがて、ふーん・・・よくできたミステリーかあー、と思い、やがて、登場人物が近代的な自我を持った時代劇かあー・・・に、変わり、最後は、新聞の宣伝にあったように、「究極の愛の物語」であったようだ。
最初の清冽な雰囲気は、途中、「エンターテインメントの時代劇」に変ったような気がしたが、最後はどうにか、「文学」に足をかけて終ってるという、まさに、「山あり谷あり」の作品である。
しかし・・・やはり、こういう世界を文体とディテールに目配せして破れなく、よお書くわと感心した。「すきこそものの上手なれ」で、80点(←この点数はあんまり意味のあるものじゃないけどね)。
門外不出の(笑)わがカワイイAKIAちゃんを、いよいよ旅に連れ出すこととなった。と言っても、愛知県の実家へ行くだけだが。せっかく、「モーバイルのM」なんていうキャッチ・コピーがついてるんだものね。
PHSによるPIAFSでも、フツーのモデム・カードによるダイアル・アップでも、どっちも実験成功。今は、ベース・ステーションから切り離して、CDROMも、FDDもなしで使っている。厚さは2センチくらいですか。でも重さはまだまだある。2キロぐらい?
専用のバッグも用意した。勘で選んだのだが、アメリカのTARGUSというメーカーのがよいようである。6000円くらいで、ACアダプターを収めるスペースもある。コンセントのあるところでは、やはりACアダプターを使いたい。
昨日も今日も、昔の友から次々お電話。なんでえ?っていうと、高校時代の学年全クラスの名簿が作製され、配られたようなのだ。うちにはまだ届いてないが。
二人とも演劇部(笑)の仲間で、十数年以上音沙汰がなかったが、すぐに声でわかった。われわれは、フツーのクラスメイトより、絆が強かった、というのも、ほとんど、演劇部の部室に入り浸っていたからだ。
私は同窓会の類いは全然キョーミないので、絶対に(笑)行かないが、こうしてわざわざ遠くから電話をくれて、(一人は愛知、一人は千葉)、2時間もしゃべってるなんて、やはり、私って、人気者だったんだなー・・・はっはっは・・・。
それにしても、話題は、数少ない演劇部の男子の一人、Aの消息である。
「職業欄(クラス会名簿にこういうのがあるのは、どうかと思うが)に『役者』って書いてあったよー」
「住所は東京都***区・・・ ***荘だよー」
「***荘」。なんか、まだ、そういうことやってるのか・・・・・・・・・・。
実家にて、じゅりちゃんくらぶを読みふける(笑)。←あのー、これは一応、俳句なんですけどー(笑)。
今、愛知県豊橋市の実家で、これを書いているんだけど、ここにいると、知的ボルテージが急に下がってしまって、「知的」なサイトも、「痴的」になってしまうのだった(苦笑)。
私はほとんどテレビを見ないけど、ここへ来ると、テレビが四六時中かかっていて、アタマをやられそーになる。そんなおり、弟が教えてくれた「ニュース・ステーション」、「芥川賞の背景」(この題名は、弟から聞いたので、正しいかどうかわからない)。
まず、文学界新人賞の追跡調査から始まった。山のような応募原稿の封が切られ、いくつかの山に分けられ、下読みの人々に回される。全応募者に、「なぜ、応募したか」のアンケート。一番多かったのは、半分以上の、「表現したいから」。「有名になりたい」と答えた7人へのインタビュー。なかで、注目したのは、72歳の粋なバアサマ(料亭の美人女将って感じ)。着物姿で、真っ赤な口紅で、正座してワープロを打つさまはカッコイイ。60歳ぐらいには見えた。「この歳になって、パーっと花を咲かせたいと思った」という答えも潔い。エライ!と、感心する。
結局、文学界新人賞→芥川賞候補の人は、芥川賞は取れなかった。
しかしなー・・・である。毎度思うのは、魚の稚魚が、あらゆる危機を生き延び、ほんの一握りが残っていくさまに似ている。いろいろゆった私であるが、やはり、賞を取る人はエライ!
もー、私なんか、下読みの段階で落とされてるな、と思ったもん。
あまりにテードの低い父、母、弟を見て、珍しく弱気(笑)になった私だった。
上記の「日記」に関して、「当事者」、文学界新人賞候補形容矛盾作家、Hiro
Sodaさまより「おメール」。許可なく引用させていただきます。
「 ルキボーが、18日の日記に書いてあったニュースステーションの番組のアンケート
には僕も電話で答えました。でも、色々答えたけれど、『何故書くのか』をそのインタビュアーは知りたがっていたように思えたので、『こんなこと聞いても核心に触れませんぜ』と言ってやったのですが、『ご協力ありがとうございました』と言って電話を切られてしまいました。アンケートの対象は『文学界新人賞』に応募した人だと言うことだったので、文春と朝日放送は資本関係があるのだなと思いましたが、それよりも、これは『個人情報の流失』ではないかと思いましたね。文学をする理由なんて、本人にすら分かっていないし、毎日飯喰ってうんこするみたいなものだと思ってますが、
ルキボーはどう思いますか。
形容矛盾作家 」
すみません、勝手に太字にしてしまったのは私です。
ということは、Sodaさん、性懲りもなく今回も応募したんですか・・・。
いやー、あのテレビを見て、そういうことなら、私も出せばよかった、と思いましたね。
だって、応募者全員にもれなく(笑)、アンケートが来るんでしょ?
それで、ユニークな回答をすれば、というより、「有名になりたい!」と答えたら、テレビのインタビューが来たわけですよね。
そっかあー、すでにして、「じゅんぶんがくう?」は、「ニュース・ステーション」ですか・・・。
やはり、われわれも、辻仁成のように、「美しい日本語を守るため!」とかなんとか言わなければ、サルイバル、あ違った、サバイバルできないんじゃないですか?
ついでに、「じゅんぶんがくう?」の「名づけ親」(?)、内藤陳に関するエッセイをアップしました。お帰りに寄ってってや。
上記のHiro Sodaさまが、私は公平でないとお怒りです。だいたい、「公平である」取り決めなんかどこにもないんだから、「それがどーした?」って感じでしたけど、しゃーない、「なるべく」(笑)公平にすべく、「おメール」そのまま引用させていただきます。でもさー、最低限、おたくのメールについてたFAXナンバーなんかは、「公表」しとりませんやろ?
私信と公の発言をごっちゃにするな、というご意見ですが、そういうプライバシーには配慮してるつもりです。だいたい、「面識のないNET上の『知り合い』に出すメールに、本来の『私信』の概念があてはまるのかどうか、私はよくわかりません。
以下、Hiro Sodaさまの「抗議」の「おメール」。
「本当にルキボーは『クソミソ作家』だな。私信と公言とをごっちゃにするのが趣味のようだ。日記とは言え、NETという公共の場での発言になっていることを分かってない。しかも、ルキボーの日記はCGIになってないから同じ土俵で発言できない。全くフェアでない。本当に参るよ。まー、女に繊細さを期待してもしかたないがね。この文章も日記に掲載してほしいものだね。ところで、辻仁成は『文学を守りたい』と言ったような気がするけど。」
私がメールをそのまま引用するのは、下手に要約して、「そんなことは言ってない」と言われないためで、他意はないんです。Sodaさまの「おメール」は、ひとつの意見と受け取ったので、「公の場」に発表させていただきました。
しかし、わたしゃ、この人から、「ルキボー」なんて、気安く呼ばれる筋合いはないと思うし、「クソミソ作家」という呼び方も、「一面識」もない相手に、ひでえ呼び方だとは思いますが、ま、これも、「親しみ」の表現だと、善意に解釈しておきます。
つづいて、第三信。
「クソミソ作家様
そうです。文学界にはあれ以来毎回応募しています。理由は、年2回の公募があるため、年2本の小説を書く動機づけになるからです。結果については、最終、2次、1次、と来て、前作は無印でした。これを機に、NETで発表しようと思い立ったわけです。そんなことはどうでもよろしい。ルキボーは、私のメイルの質問には答えてまへんで。あ、そうだ。最近、オチが大阪弁になってまっせ、あんた。以下のようなこともかいとるでよ、よんでやってちょーよ。
書斎の主さんからのコメント ( Date: 1997年 7月 19日土曜日 1:09:17 PM)
芥川賞、直木賞が決まった。毎年思うのだが、この賞は何処を向いて走っているのだろうか。文学
の凋落は日本において極めて顕著であるようだが、それはひとえに『読者』の消失が原因である。つまり、『読者』は『読書』以外のことに時間と金を遣うようになったのである。このような『読者』にとって、芥川賞作品も直木賞作品も『読書』に値するものではないだろう。もっと面白いものは他に幾らでもあるに違いない。それら幾らでもある面白いものと対峙しうるものこそ文学でなければと思うのだが。『伝えるべきこと』と『人間を描くこと』にこだわり、現代の日本の小説はここ数年
、20世紀の 総決算のようなことばかりやっている。『人間とは何か』という問いかけが終わった
今、『人間は 何処へ行くのか』という問いかけに移っていくべき時期なのではないだろうか。このような時期の到来を、神戸小6殺人の『少年A』は未来型の実践文学者として体現しているのかもしれない。」
メールの質問に答えてないということですが、これも、必ずしも答えなければならないという義務はないかと思われます。しかし、まあ、ここは、大サービスして答えておきましょう。
つまり、「文学をする理由?」ということですね?
わたしゃ、べつに「文学」なんか「して」いません。しかしもう少し良心的に、「小説を書く理由」というふうに解釈しておきましょう。それは、「そこに小説というジャンルがあるから」でしょう。
それから、私の実家が愛知県の豊橋ということで、なんか、名古屋弁が書いてありましたが、豊橋では名古屋弁は使いません。言葉はむしろ、浜松に近いです。
それから、SodaさんがやってらっしゃるBBSよりの発言の引用があります。
これは、すでに読ませていただいてました。いつも読んでると思われると困りますが、たまたま読みました。
この「意見」に対する「意見」は、こういうこと言ってるうちは、あんたは永遠に「アマチュア」だろうな、ということです。
しかしながら、わたくしは、Sodaさんが、一日も早く、文学界新人賞→芥川賞のコースを進み、私のような、「クソミソ作家」にこのようなメールを出さないですむような「境遇」になられることを、心よりお祈り申し上げているのでございます。
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我孫子武丸『ディプロトドンティア・マクロプス』(講談社ノベルス)を読む。
ビンボーな探偵。遺伝子操作。京都。
この三題噺の「お題」はケッコー難易度大である。
作家としては、「常識人」で、「頭もよく」、しかも「心根もよい」とお見受けする我孫子氏らしい「語り」であるが、これがこの人の作家としての欠点のようにも思われる。
ほとんど、「毒」がないのが、物足りない。(しかしこれは、持って生まれた性格のようなもので、どうしようもないかも)
しかしやはり、「プロ」のお仕事ですな。