詩集「にっちもさっちも」

1 「にっちもさっちも」


墓墓墓墓
そして一滴の思念
夕刻へ傾くドローンのような雲

Die Zeit wird die Rute aus Weichselbolz.

空を暗くするには遅すぎる

神の愛を拭うための雑巾をくれ

煉獄の便所に座るウェルギリウスように
神に飽きた
ケルベロスに飽きた
追憶に脚を浸して
三十六計走るにしかず
追憶の鼓動を聞いて
もっと過去を燻せ
よれた記憶よれた記憶
宇宙会議を破れ
ツェラン、シャール、ベケット
三角形を結べば
芭蕉の厠が浮かぶ
われはまた汝を援護する

淀川近くの花屋の離れに臥して
緑色のチューリップを夢に見る
潰瘍のように膨れながら輝いている
重湯の椀の縁で輝いている

最後の含蓄
空を輝かせるには遅すぎる
われはまたわれはまた汝を援護する

 

 

2 「夢判断」


沖縄はスコットランドに倣い独立を買い戻す
きみの手の中の地政学の遺体
一二〇回ローンは痛い
そしてイマジネールはきみの眼の上のコンモドゥス

 

3 「没入論」


直立猿人たちは行ってしまった──
黒とオレンジの、イメージだけ残して。
私は夢に追われて
シャールのように壁の前に来てみたが
飛び越えるすべを知らず
ハイチ人たちがリズムを
刻む音だけ聞いていた。
だが夜よ それは、
楽器ではなく武器だった──
そして霧のロンドンへ
MI6(英国情報部)がスコットランドヤード(ロンドン警視庁)に潜入し
恋の手ほどきを受けていた
スイート・テムズ!
ぼくはもうまともな日本語が書けない

 

4 「イリオス」


ムーサたちよわが戦ひのリポートを

オリーブや奴隷女の濃き睫毛

牛屠り子羊屠り日が暮れる

 

5 「内藤さとの恋歌」


すでに死んでいる祖母の頬の温かい冷たさ
それはダンテもツラトゥストラも知らない森に咲く
うす紫の花で、祖母の庭の百日草とはかけ離れた優雅な姿
それはミケランジェロとダヴィンチがその腕を競った市庁舎の壁の
表裏が作る影よりも隠された暗号
エリオットはタイプライターでおしゃべりを続け
ヘンリー・ジェームズは兄のウィリアムに手紙を書く
「意識の流れ」それは彼の心理学者の兄が考え出した概念
鏡に映る祖母の記憶
それをとらえるために、私は書き始めなければならないだろう
時を見出し、ついでに天使に遣いをいいつけ
騎士団は解散させ、王を突き落とし
最後に茄子の馬は救わねばならないだろう
なぜ人は、それが幸福な人生だったとして、年老いた醜い姿で
死んでいかねばならないのだろう? 生まれた時はぴかぴかで
この問いは、伊藤仁斎にも解けない
祖母はたったひとりの男だけ愛した
それは私の祖父なのだけど
姿は知らない なぜならすでに死んでいた
それから生きていくために、べつの男と同棲し
その人が祖父だと思い込んでいたが、
位牌に刻んだ自分の名前のとなりに刻んだ名は
最初の夫のだった
歌え! 祖母の家から見える小さな森の花々
歌え! 祖母の家から見える墓地の人魂たち
内藤さとの恋歌を



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