第145話「鞍上」


いやぁ、まさか本当に乗ってくれるとは思わなかったねぇ。
高木さんが声をかけた先に、早さんの笑顔があった。
リップサービスだと思いました?
僕がデビュー戦に乗りたいって言ったの。
まあ、君がリップサービスをするタイプじゃないのは知っているけど、
こっちはレース慣れが目的でまだまだ勝ち負けできるわけじゃないからねぇ。
そう、マリアサンディーちゃんの「でびゅーせん」には、早さんが乗ることになったんだ。

それに、その日は表開催の重賞に君のお手馬が出走予定でしょ。
裏開催のレースに乗ってくれるとは、普通は思わないよねぇ。
そう言いながら高木さんが笑う。
まあ、確かにそうですね。
実を言うと、他に乗る馬がいたっていうのがあるんですけどね。
ペロッと早さんが舌を出す。
あっはっは、うちのサンディー君は、ついでってわけだね。
まあ、ついででも乗ってくれるのは助かるねぇ。

いつの間にかふたりとも小声になっているぞ。
あ、そうか、サンディーちゃんに聞こえると、へそを曲げちゃうからだな。
ついで、の意味が分かるかはちょっと疑問だけど。

ねー、まだなのぉ。
サンディーちゃんの声が聞こえる。
早さんはサンディーちゃんの「ちょうきょう」に乗るために「きゅうしゃ」に来ているんだ。
ああ、ごめん、ごめん、すぐ行くよ。
早さんはそう答えると、高木さんに、それじゃあ行ってきます、と手を上げた。
そしてサンディーちゃんの方にかけて行くと、ごめん、待たせたね、と言いながらその背にまたがった。

さあ、早く行きましょ。
あたし、今日も頑張るわ。
サンディーちゃん、いつにも増してご機嫌だな。
前に早さんが乗った時に、すっごく走りやすいの、ってルンルンだったから、
楽しみでしょうがないんだろうな。
スキップするような足取りで「きゅうしゃ」を出ていくサンディーちゃんを見送りながら、
ボクはなんだかおかしくなって、ぷぷっと笑っちゃったんだ。




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