諸行無常 2002.03.14
何かの本で読んだのですが、中世に作られた教会の窓ガラスは上の方が薄く、下のほうが厚いのだそうです。
なぜか?
昔、技術がなかったからではないのです。私たちはガラスは硬いもの、曲がったりしないものという先入観がありますが、ガラスは結晶ではありません。昔縁日で売っていた水飴のようなものだそうです。非常にゆっくりですが液体のように流れるのだそうです。
ガラス板が何百年も経つうちにだんだん上から下へ流れてきて上が薄く、下が厚くなってきたそうです。
世の中には未来永劫同じであり続けるものなどなさそうです。

川を流れる水も同じではないし、行き交う人はみな旅人です。
所詮この世は仮の宿、、
と思いますが、実は世界は決して変わらないと信じている方が多いのです。
世界観といいましょうか、歴史観といいましょうか、この世の中は今現在の価値観がず〜と、ず〜と続いていくと信じている方が実は日本の大多数ではないのでしょうか?

しかし現実はそのような事実はありませんでした。常に価値観、社会の仕組みは変動しているのです。
日本の歴史を振り返ると一目瞭然です。
私の父は明治45年生まれ、徴兵され何度も戦争に行きました。私の祖父は明治10年くらいの生まれだそうです。明治10年といえばまだ明治政府の威信が定まっておらず、不平等条約などの時代です。わずか三代で日本にはものすごい変化があったわけです。
例をあげましょう。祖父の代は行灯、ろうそくの時代です。祖父が東京へ行くとき、汽車に乗る金がなく歩いていったということです。親父は電気のない家に住んでいました。ランプ生活だったのです。でも自動車の運転手になりました。当時の運転手とは現在のパイロット以上だったのかもしれません。そのころの免許証には種別がなく、戦後免許の種類ができたとき免許のすべての種類に「1」とついていましてそれが自慢でした。実を言って「1」が付いてなかったのは大型特殊2種というものだけで、それは営業用雪上車の運転免許だそうです。
時代の変化に気づかないと俺みたいに滅亡しちゃうよ! 私の子供のときラジオは金持ちしか持ってませんでした。小学校でレコードはぜんまいを巻いて聴きました。テレビを買ったのは高校生のときです。携帯電話はウルトラマンの小道具でした。いまはみ〜んなあたりまえ、
このようにものすごい変化がありました。
ものばかりではありません。終身雇用というものはいったいいつからあったのでしょうか?
明治、大正、とんでもない、終戦後だいぶたってから形作られてきた雇用形態に過ぎません。そしてそれからわずか50年で大幅な変化が起きています。
終身雇用と対になっていた年功給はとうの昔に消滅しました。
退職金だってなくして若いときからその分給与に上積みする企業も出始めてます。
時が過ぎると共に時代は変わり、なにひとつ同じであり続けるものはないのです。

なぜ、人は変化がないと信じることができるのでしょうか?
これは日本人に限ったことでもなく、有識者、学者でも同じだそうです。
『渚にて』という映画化もされた小説を書いたネビルシュートは1929年に『飛行機は時速500kmを越えないだろう』と言っていたそうです。(『未来のプロフィル』より)彼が決してあたらない予言者であったおかげで彼が書いた『渚にて』も現実となりませんでした。メデタシ、メデタシ
『渚にて』とは核戦争で北半球の人類が死滅し、南半球にも徐々に死の灰が押し寄せ、人々は皆自殺を選択するというお話でこの手の物語のはしりでした。

預言者と予言者は違います。
預言者は神の声を代弁し、為政者や一般大衆を批判する人、
予言者は未来を語る人
彼らの行く手に悲劇が待っているのは双方に共通です。
さあて、本題に入ります。
政治でも、国際問題でも世の中は常時変わっている、永遠にあり続けるものはないという認識前提で考えなければなりません。
 もちろん人を殺しちゃいけないなんてことは時代を超えた普遍的なものです。
しかし、50年も前の価値観で外交論を説かれても困ります。
50年前の地上の楽園、北朝鮮という妄想を持っている政治家がいて、かつその主張をいまだしているという恐ろしい時代錯誤もあるのです。
今、目の前にある問題を解決できない思想、価値観は無用の長物でしかありません。
60年前の日本の行為をしきり反省して、今日本が脅かされている脅威に気が付かない人々やマスメディアは目の検査や耳の検査を受ける必要がありそうです。
携帯を使いこなし、ブランド品を身につけて時代に遅れていないと勘違いしているあなた! もっと時代の本質、価値観の変化を、そして日本を取り巻く世界の変化を知ってください
あなたが、そして日本が世界に遅れないために、


本日の結論
陳腐ではありますが、
決して変わらないのは世の中は常に変わるということだけです。



益荒男(ますらお)様より(2002.3.15)
諸行無常
「諸行無常」読みました。いつもながら佐為さんの、文章構成、展開の上手さには感心させられます。
ガラスの厚みが少しずつ変化する話に始まって、佐為さん家族3世代の人間のまわりの社会環境の変化と続き、変化するのが当たり前の人間社会の中で、50年間変わらない反日主義者達の思考パターンの「妙」−−−さすがですね。
時代の変化、科学技術の進歩ということで、小学校、中学校時代のことを思い出しました。ゲルマニウムラジオ作りに始まって、真空管ラジオ、アンプ作りに夢中になったものでしたが、液晶ディスプレイに向かい、1GHzのPCで仕事をしている自分を振り返ると、本当に40年という時代の変化はすごいものだなあと思います。今の子供達も小生と同様に科学技術の大きな変化を感じ取ることになるのでしょうかねぇ。
戦後50年間、「変化することなく」連綿と受け継がれる「反日、自虐」思想を、不思議にさえ、感じ始めました。

益荒男様、お褒めに預かり恐縮いたします。
私は以前も申し上げましたが、父と仲はよくありませんでした。
しかし、父がその時代を一生懸命生きたこと、尋常小学校しか出ていないけれど努力したこと、を知っています。私は常に自分を父と比較し彼には負けたくないと思い努力しているつもりです。
その意味で父は私を教育してくれたと尊敬します。
自分も、息子、娘にそのような影響を与えることができたらとひそかに望んでいます。



独り言の目次にもどる
スペースです