お正月の意義? 2003.01.02
おせちです
お正月でございました。

どこのご家庭でも正月三が日くらいはおせちを整え、お雑煮をいただいたのではないかと思います。
私にとってお雑煮はごちそうです。いや、本当を言えばごちそうだったのです。私の子供の頃、数の子というのはダイヤと言われてました。貧乏人の口には入らないものだったのです。煮物にも蓮根がなかったですね。ハムも焼き豚もなし、伊達巻もなし、きんとんもなし、なんにもな〜し
あったのはお雑煮といかと人参、寒天くらいでしょうか?
それに比べていくら貧乏な我が家でも今のおせちは豪勢であります。ところが家内が一生懸命におせちを作りましても子供たちはあまり感激しません。
息子は元旦からご飯がいい、カレーがいいと申しております。
いや、こんなことはテレビや新聞で以前から報じられていますよね、

私は高校の時まで弁当は麦飯でした。麦飯はすぐ臭くなっちゃうんですよ。当時はもうほとんどの家庭では白米のご飯でしたから麦飯の弁当はチョット恥ずかしかったです。
そんなわけでお正月はおせちなどより米が食えるというのが楽しみでした。まさか麦飯じゃあ餅になりませんからね。餅をつくにはもち米です。

私が子供の頃、私より小さいいとこの子が「健康優良児」というものになりました。
どんなものかと言いますと、戦後の欠食児童が多い時代に始められたもののようで、市町村が標準より発育が良く、体重身長が優れている幼児を表彰したんです。今じゃそんな制度は聞きません。
欠食児童といいますのは弁当を持ってこれない子供のことです。当時は各クラスに何人かはいたもんです。昼飯時には校庭の鉄棒なんかで遊んでいました。
私が小学校に入った時、身長は107cmであったことを覚えています。ずいぶん小さいでしょう。でも昭和30年前はそんなもんで普通でした。
ちなみに現在の小学校に入る子供の平均身長は116.7cm体重21.8kg(男)115.8cm、21.3kg(女)だそうです。
10cmも違ったら大変な違いです。それにしては成人となったときの身長は私たちの年代で168cmでしたから今の172cmとあまり変わっていません。なぜなんでしょうか?

私が小学校に入った時、戦争帰りの先生に『洗濯板のような胸しやがって』と言われた記憶があります。
意味わかりますか?
洗濯板・・・聞いたことありません?
昔、洗濯機というものはありませんでした。家庭の主婦は長屋の井戸(水道はなかったし、井戸も各戸にはなかった)のところでたらいに幅30cm長さ60cmくらいの洗濯板という木の板を斜めに入れて、この上で洗濯物をこすったんです。洗濯板には横方向に溝がきってあって洗濯物をここでこすったわけです。私があまり痩せていて胸の肋骨が浮き出て洗濯板そっくりだというからかいといいますか皮肉だったのです。

たらいとは直径50cm〜60cmくらい深さ20cmくらいの桶です。
ちなみにこの先生は柔道の高段者で20貫(75kg)あるというのが自慢でした。当時は太っていることが自慢でした。今じゃ75kgなんて珍しくないでしょうけど・・・
先ほど述べた欠食児童たちは私よりもっともっとやせっぽちでしたね、かわいそうでした。
と言うわけで昭和30年少し過ぎまでは子供というのは栄養が良くて太っているのが好ましいと思われていたのです。
ところが私の子どもの時代になりますとどの子供もどの子供も太っていて、小学校などでは肥満児を集めて放課後いろいろな運動をさせるようになりました。まさに隔世の感といえましょう。

じゃあ今の子供は私たち小柄な年代に比べて健康になったのでしょうか?
確かに体位は向上しました。
広瀬香美の歌に「欲を言えば中肉中背で175cm・・・♪」という歌詞がありますが、私の年代で175cmあったら中肉中背じゃありません。のっぽですよ。今時の新入社員は180cm以上ある人がたくさんいます。
じゃあ、彼らは頑丈かといいますとそうじゃなさそうです。そりゃ起立していることができないなんてことは訓練不足というだけでしょう。だけど、喘息、アトピー、花粉症、
終戦直後の飢餓世代より頑丈ではなさそうです。
勝ったぞ!若いの


お正月と言えば年賀状、お宅には何枚届きましたか?
私は付き合いが広くありません。親類、今までお世話になった方くらいで100枚もありません。その代わり最近はEメール年賀状をいただきます。
子供たちにとっては年賀状もあまり感動はなさそうです。
彼らにとっては携帯電話が情報ツールです。顔をあわせずとも四十六時中連絡を取り合っているわけでお正月といって改めて年賀状でもなさそうです。
年賀状の抽選番号、今時の子供そんなことに関心ありません。私たちが小中学校の時、出した年賀状の番号を控えておいてそれが当たったかどうかチェックしました。当選していたらまさか返せとはいえませんが、おこづかいを期待して相手先の家まで行ったものです。
年賀状です

お年玉
私の子供は既に大きく今更お年玉でもありません。
しかし、私の子供の頃は盆と正月にしかまとまったおこづかいがもらえない時、お年玉は偉大でしたね。ありがたみはひしひしと感じたわけです。
今じゃ月々のお小遣いをもらっていればお年玉のありがたみはその分減額して当然です。


初詣
親が信心をなくしている時代、子供が神社に何を感じているか?
問うまでもありません。


『盆と正月』という言い回しがありますが、今の人はその意味が分からないでしょう。
いえ、分からないほうがよろしいのかもしれません。

   お正月は死んだのか?
   いささか飲みすぎであります。

門松です
北朝鮮に拉致された方々がすべて故国に帰れて安心できますことをお祈りいたします。


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