タイムトラベル 2003.08.30
架空戦記というのが大流行(おおはやり)なのでしょうか?
実際に売れているのかどうか知りませんが、本屋にはたくさんの架空戦記本があふれています。 「究極の連合艦隊」「超空母大和」「イージス艦ミッドウェーへ」「我ニューヨークを空襲せり」「エノラゲイ撃墜」とかなんとか怪しげなものばかり
架空戦記本がたくさんあっても、その設定の大半は現代の軍艦・軍用機がタイムスリップして太平洋戦争に参戦するというのがほとんどです。
第二次大戦と太平洋戦争は違います。
正しくは大東亜戦争というらしいのですが、私も詳しくありません。
なお、『Pacific War』とは平和のための戦争じゃなく、Pacific Oceanの戦争のことで日本語の『太平洋戦争』の英語訳だそうです。
mikasa.jpg 架空戦記本の作者や読者は日本が負けたのが悔しくて、せめてSF小説の中でだけでも勝ちたいのでしょうか?
不思議なことに第二次大戦の軍艦が日露戦争に参加するとか、日露戦争の軍艦が日清戦争にタイムスリップするというのは見かけません。(あるかもしれませんが)
それらの戦争は勝ったのでわざわざ小説で応援することもないのでしょうか?
だったら日清戦争時代の軍艦が黒船襲来の時に幕府軍に参加するというお話はなぜ作らないのでしょうか?

架空戦記物の草分けに「戦国自衛隊」という古い本がある。この小説では自衛隊が戦国時代にタイムスリップする。そしてやはり現代の兵器で戦うわけだが、他の小説と違うところがある。現代の武器に頼らず現代の戦術や情報を活用する。そして20世紀の武器弾薬が尽きても当時の兵士と武器でありながら作戦により勝利を収めていく。進歩した武器を使うことによる勝利より、武器は同じでも進歩した戦術による勝利のほうがすがすがしくないか?

某新聞に「200年のこども」という連載小説がある。
老木の幹の空洞がタイムマシンになっているという設定で過去や未来を訪れて子供がいろいろな体験をするというお話である。
こんな設定は過去より掃いて捨てるほどあるので陳腐としか言いようがないが、そのストーリー展開も陳腐そのものだ。
すべてのものごとは原因があって結果がある。その原因や背景を省みずにその時代を自分の生きている社会の価値観で見て評価するなんてことはとんでもないことである。
それは不遜であるだけでなく、大きな誤りである。
野麦峠という映画があった。
彼女たちは不幸だったのだろうか?
そりゃ現代の女性たちと違い、粗末なものをまとい、化粧もできず、休みもなく、グルメどころではなく、あかぎれの手で必死に働いていた。じゃあその時代に今のあなたと同じ優雅な暮らしをしていた人たちがいたのか?
当時の工場経営者たちは女工をこき使い、立派な服を着て住み心地の良い部屋でタバコをふかし、酒を飲んでいたのだろうか?
そうではなかった。
彼らは女工以上に必死に働いていた。それも肉体労働を、
名のある資本家も労働者と同じ格好でいっしょになって働いていたというのを読んだことがある。(出典は忘れた)
企業家たちも西欧資本に負けないために必死に戦っていたのである。
女工たちがかわいそう、資本家が悪いといったところでその当時の日本ではそれ以外の選択はありえない。当時の政治を変えれば今と同じ生活が享受できたとでもお思いでしょうか?
ひとつの時代を別な時代の人間が批評し断ずることは許されるはずがない。
どの時代においても人々は一生懸命努力し、向上しようとしていた。だからその結果として今があるのだ。
タイムトラベルをして異なる時代を知り、その時代の精神を学ぼうとするならよしとしよう。しかし、単に今より技術的に社会的に遅れていることをあげつらい批評するものであるならたとえ小説であっても許されるはずがない。
あなた100年後の人が現代に来て、あなたの生活を考えを行動を評価されたらどんな気がしますか?
あなたは自分なりに一生懸命に働き、家族にそして周りの人に尽くしているはずだ。その考えや行動を簡単に評価されることは異議を感じないか?
レオナルドダビンチがヘリコプターを作れなかったのはエンジンがなかったからだ。
ノイマンが計算機を作れなかったのは技術がなかったからである。しかし技術がなかったから理論を考えたと言えないか?
ネピアは計算機がなかったから対数を考えたのではないか?現在のように何十桁の計算もキーボードから入力するとあっというまにできたなら対数なんて思いも付かなかっただろう。ネピアのおかげで計算尺ができそのおかげで技術が進んだ。
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ガスパールモンジュが三角法を考えたのは三次元CADがなかったからに違いない。
断じて彼らが現代の科学者より劣っていたからではない。
太平洋戦争で日本がアメリカに負けたのは単純なことだ。
科学技術の遅れと総体としての国力がなかったからだ。
国力といってわかりにくければ、車を乗り回している若者を集めて自動車部隊を編成するのと、エンジンもキャブレターも見たことのない若者で自動車部隊を編成するのの違いである。
戦争であろうと平和時の経済競争であろうと大和魂とか奉仕の精神ではなく単に国力の差である。
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架空戦記に倣ってスパーゼロ戦を作るとしよう。
電線の絶縁材料はどうするのか?当時の日本の化学工業で作れるのかい?
ゼロ戦とムスタングの最大の違いは層流翼だ。日本では層流翼を作れなかったのだ。
故障破損してもすぐに交換できる互換性のある部品を作る精度の高い機械加工はできるのだろうか?

nogisu.jpg ミツトヨという計測器メーカーがあります。このメーカーは計測機のすばらしい博物館を有しています。まさに日本の機械加工測定の歴史です。でもそれをみると第二次大戦当時の機械加工の精度がいかほどだったかがわかります。
測定器を見ただけでも時代の進歩は歴然です。


今トヨタは車のエンジンを厚さ数ミリという鋳鉄鋳物で作っています。ゼロ戦のエンジンもその技術で作れたらものすごい軽量化が図れるでしょう。しかしそんなことはありえないのです。

dangan.jpg 小銃の薬莢を作る機械の話を読んだことがあります。
かの有名な西堀栄三郎が若い時、薬莢の不良を下げよという命令を受けて製造しているプレスと型を調べたら、なんと明治時代のものでそれ以降数十年精度検査をしてなかったというオチでありました。
技術だけでなく品質管理、工程管理といった底辺が整っていないのです。
このようにたったひとつの兵器でもその後にはものすごい裾野を持つ技術によって支えられている。


ひとりの人間の生活習慣、行動あるいは思想も住んでいる社会、生きている時代の集大成なのであって第三者がそれを見て『遅れてるー』なんて言えるものではない。

タイムマシンとタイムトラベルあるいは架空戦記を書くならば、歴史に敬意を持って書くべきであると信じる。
決して現代人の目で見るのではなく、その時代の目で見てその必然性を理解すべきである。




荒木様からお便りを頂きました(06.07.12)
層流翼
日本では層流翼は作れなかったとのお言葉ですが、既に東大谷教授がLB翼型なる層流翼を開発、水戦強風から使用しています。戦後、米国NACA(現在のNASAの前身)の研究者たちが、自分たちは秘密保持のため発表しなかったが、谷教授はどんどん発表するのでひやひやした、と谷教授に言って共に笑ったとされています。
荒木様 ご指導ありがとうございます。
おっしゃるとおり、日本でも大戦末期になりますと雷電をはじめ層流翼を採用した戦闘機がいろいろありました。
私は若いとき、職業も現場作業でありましたし、工学、特に技術史が大好きでいろいろな本を読みあさりました。機械精度に関する本に、日本の戦闘機の層流翼を仕上げるためにパテを盛って研磨して大変だったと書いてありました。
科学技術といいますが、科学と技術は違います。更に言えば技術と技能は違います。
戦闘機の翼を一品料理で仕上げることではなく、飛行してしわができたり破損したりしたとき、サット交換できることが層流翼を実用化したというのではないでしょうか?
調整とか修正を要せずに、均一な層流翼が大量生産できなかったということは技術がないということです。
スーパーカーというのがはやった時代がありました。スーパーカーなんて生産台数がせいぜい数百台です。スーパーカーの車体はあらましはプレスしても、形を仕上げるにはガスであぶって叩いて、そして最後の仕上げは半田を盛って研磨して塗装したとものの本に書いてあります。
日本のいかなる車もそんなことをしてません。プレスして塗装して終わりです。それでいて表面に凹凸はありません。そうでなくては低価格で売れません。
設計品質と製造品質は違うということでしょう。



荒木様からお便りを頂きました(06.07.15)
拝復
返答を期待してなかったので、ご懇切なお便り嬉しく拝受しました。推薦強風を取り上げたのは、貴便にもありました様に、表面粗度を上げるためにパテ、塗料を重ねたため、「厚化粧のお嬢さん」と呼ばれたのが有名だったからで、翼型デザインについては前にもお伝えした様に、却って日本の方が進んでいる面もあったやに聞き及びます。
科学、技術、技能の差についてのお説ですが、敢えて加えれば、科学、工業、技術、技能とも言えると存じます。どれほど技術が優れていても、それを支える裾野がなければ、実現出来ないので、私事にて恐縮ですが、それまで無かった全く新しい製品を、製造方法、主要機器、関連機器、それらに関わる操業技術、主原料から副原料、機器運転のための補助材料まで全部0から開発し工業製品化した経験がありますので、大東亜戦争中、裾野がない状態で最先端の兵器を開発しなければならなかった先輩たちの御労苦が思いやられます。
それでもその結果、戦後、良く引き合いに出される新幹線、電子機器、産業機器、自動車等々を世界水準に引き上げることが出来たのですから、持って瞑すべしと言うべきかも知れませんね。
新しい知見、ご意見などありましたら、是非お聞かせ下さいますよう。
  荒木拝
荒木様 ご指導ありがとうございます。
今後ともご指導をお願いいたします。


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