ISO14001の4.4.6項は運用管理と名前がつけられています。英語でもオペレイショナルコントロールですが実際に読んでみると「運用」について記述していません。この要求事項では「運用する前の段取り」について書いています。
もっともISO14001規格で名は体を現さないのはこの項番だけでなく、「4.4.2力量、教育訓練及び自覚」も力量の要求はありますが教育訓練の要求はありません。
ところが現実は教育訓練が一人歩きしているようです。
- さて4.4.6の項目の最初の要求は
a)文書化された手順がないと環境方針並びに目的及び目標から逸脱するかもしれない状況を管理するために、文書化された手順を確立し、実施し、維持する。
<環境方針並びに目的及び目標>が長いので以降<約束>と略します。
つまり【<約束>から逸脱する可能性があるなら文書化した手順をつくれ】というのが要求です。
逸脱する可能性がないなら文書化した手順は不要です。逸脱する可能性がないから手順をつくらないというには、可能性がないことを立証する必要があります。
現実に逸脱したならば、逸脱する可能性のあることはあきらかで、手順を文書化する必要があります。
その反面、過去現在逸脱していないとしても、未来永劫逸脱する可能性がないことを証明することは論理的に悪魔の証明に近い。
力量を持った人をアサインしたにしても、教育訓練するにしても文書化された手順を基に行わなければならない。
「力量を持たせれば文書化はいらない」という論理は、なにを根拠に力量を証明するのかが問われ、事実上難しいのではないか？もちろん国家資格とか社会通念としての力量のレベルが認知されているならばよいが。
他方、文書化された手順があれば、逸脱があってもその原因は「手順を知らなかったのか」「手順を守らなかったのか」「文書化された手順が悪い」のかいずれかであり、それぞれの対応によって改善が進む。
それがまさにISO規格の目的とするところである。
もっともISOだからあるというわけではない。昔から標準化というのはそれが目的のひとつだったのだ。
- ｂ項は【その手順には運用基準を明記する】です。
これは文意としては簡明です。難しいのはそれを実施することです。
何かのアイデアを第三者に伝えるには、言葉であろうと、文章であろうと、絵図であろうと伝達者にはふたつのことが必要です。
・ひとつは伝えるべきことを理解していること
・ひとつはそれを分かりやすく表現する能力があること
ａ項では手順書を作れといっています。
手順書というのは範疇語ですから、具体的には会社規則、手順書、要領書、通知文、ウェブサイト、ビデオテープ、現物見本などがあるでしょうし、表現方法としては文章でもよく、三角法の図面でもよく、まんがでも良い。
しかし上記二つの要件を満たさなければ必要な情報を伝えることができません。
「何かの作業の要領書を作れ」と命じられたとき、あなたがその作業に習熟していれば当然作業の要点はつかんでいるでしょう。
担当している人に仕事の手順とか要領を質問したとき、その仕事にはコツが要るとか、いわく言い難いというならその担当者はその作業を熟知していないと私は断じます。
そして次に己の意図することを第三者に伝えるコミュニケーション能力が要求されます。自分が言いたいことを文章にかけない、絵にかけない、話して説明できないなら伝達することができません。
昔なら有能な技能者であればうまく言い表せなくても弟子は従ったでしょうが、現在では技能を持つだけでなく教師として優れていないと誰からも相手にされません。
私は現場で、新しい製品の生産開始にあたり、作業工程を展開し、各工程で必要な冶工具を設計し、たくさんの作業指示書を書いて、塗料や副資材を手配して、段取りを整えて、現場で作業者に手取り足取りして教えて、物を作らせるという仕事をしていました。
もちろん、すばらしい段取りをすれば現場での指導をしなくても物ができるのが理想です。でもそんなふうものごとはいきません。
そんな仕事をする過程で、私はたくさんの失敗をしてきました。
私の描いた梱包作業の絵でダンボールのフルート（波目）が分かりにくかったためにダンボールの方向を間違えたことがあります。
全面塗装するものを一面のみ矢印を引いて「全面塗装する」と描いたら、作業者が矢印のある面だけ塗装して客先に出荷されたこともありました。
文字が薄くコピーがきれいに映らない（レジブルでない）で読み間違えられたこともあります。
すべては己の責任です。そんなことになると今度は改修作業の手順を考えなければならないのです。
小数なら自分一人で隠れて処理することもできますが、なにしろ大量生産です。あげくに、客先に行ってしまったりすると隠すとかごまかすことができません。
仮にそのとき、「図面の読み方が悪い」とか、「普通の人なら分かるはずだ」といったところで、引かれ者の小唄、恥の上塗りでしょう。
そういう体験からａ項の【<約束>から逸脱する可能性があるなら文書化した手順をつくれ】という文にまったく同意です。そんな現実を知らず、言葉の遊びをする人は私との議論の土俵に上がってはいけない。
「力量を持つ者をアサインすれば手順書は要らない」という論は、製造現場にいた者から見れば甘いとしか言いようない。
理屈をこねても、常識で考えてだめなものはだめです。（土井たかこ調）
私の人生は失敗の積み重ねですが、そういったことから間違いを避けるにはどういう表現がいいのか、どういう絵を描くべきかということを学んできました。私自身の失敗事例を論文にまとめたこともあります。私は自分が独創性とか技能において優れているとは思いませんが、そういった失敗を踏まえて業務を標準化し再発を防止するという能力において優れていると自覚しています。
そういった考え方を学問として学んだ人もいると思いますが、私は自分の失敗から学んできたのです。
もちろんカットアンドトライだけではなく、認知心理学とか人間工学とか、文章作法などについての本も読んで活用してきました。
作業をわかりやすく説明するには三角法よりアイソメトリック図の方がいいという人もいますが、あれも適用できるときとできない場合があります。
私はむしろまんが的な絵のほうが直感的に理解されて誤解しにくいという経験があります。たとえばいろいろなサイズのねじを使う場合、図ではねじの大きさを二乗で描くのが最適だと知りました。たとえば４ｍｍのねじと５ｍｍのねじを使うとき、５mmは４mmの１．２５倍ですからその二乗で1.5倍くらいの比率に描くと作業者の間違いが減ります。もしねじを正しい比率で書けばねじの取り違えが発生するほうに1000円賭けます。私は過去に何十回もそういった賭けに負けて掛け金を払ってきたのです。
いったいこのだらだらとした文章がｂ項とどんな関係があるのか？ と不審に思われた方はいませんよね。この駄文は、ｂ項の【その手順には運用基準を明記する】そのものだと思っております。
- 最後のセンテンスであります。
c)組織が用いる物品及びサービスの特定された著しい環境側面に関する手順を確立し、実施し、維持すること、並びに請負者を含めて、供給者に適用可能な手順及び要求事項を伝達する。
文章は二つから成る。- 前半は、
- 社内業務だけでなく、調達する物品やサービスの持つ環境側面についても管理する方法を考え手順を決めなくてはならない。
- 決めた手順をその作業を請け負う人に伝えなくてはならない。
元々というか10年前は、このセンテンスの意味は部品購入ではなく、外注が該当すると考えられていた。機器メーカーが部品たとえばICを買うとしたとき、ICを作るのにどのような側面があるのか？ 更にはその側面を管理する手順を確立することなどできるわけがない。
それでそういったもの（購入品）はこの文章の対象外、対象となるのは自社が設計したものを外注で作らせるとき、その製造の過程にどのような側面があるか、どのように管理すべきかを通知することだと理解されていた。（過去形である）
具体的には洗浄剤としてトリクロロエチレンではなく界面活性剤を使えとか、処理条件を管理しないと危険だといったことを作業基準として与えることと理解されていた。（過去形である）
もうひとつの事例として、廃棄物を処理委託する場合、その有害性というか物性を伝えないと事故や怪我をするかも知れず、そのための情報提供も含めていた。現在の日本の法規制は現実の事故を反映して廃棄物契約などにその提供を明記すること、そして実際に提供することを定めている。もちろん法規制があればISO規格になくてもよいというわけではなく、相乗効果でいっそう改善していくものと思う。
法律でもなんでも、文章というのは時代とともに適用範囲が拡大し、また拡大解釈されるようである。時代とともに適用範囲が狭くなったり、縮小解釈されるようになったという例を寡聞にして聞かない。
現在はこの最後の文章はグリーン調達とかサプライチェーンマネジメント全体への要求と考える人が多くなった。まさに不幸の手紙である。
不幸の手紙とは昔からあったあれですよ、あれ！
もっとも最近じゃ、不幸のメールというのが蔓延しています。この手紙はあなたと、あなたが送る5人の人に幸運をもたらす手紙です。
この手紙とまったく同じ文章を書いて5人に差し出してください。
絶対にこの手紙を止めないでください。
もし止めたら、あなたは不幸になります
日本でISO9000とかISO14001がこれほど広まったのは、この不幸の手紙効果のせいだという論も唱えられており、それは一面正しい。
ISO9001では87年版⇒94年版⇒2000年版に至るまで調達先に品質マネジメントシステムを要求せよと規格に書いてあります。（ISO9001:1987 4.6.3ｃ や ISO9001:2000 7.4.2ｃ）今では87年版など知らない人も多いだろうが、ISOやってますとか品質保証屋ですというなら、ぜひ87年版を理解しておくことがよい。
ISO9000の認証を受けようとする会社は、部品やサービス、もちろん製外の調達に当たり、相手先に品質マネジメントシステムの構築を要求しないと認証してもらえないというのだから、これはばい菌やウイルスのごとく増殖するのは必然である。ばい菌やウイルスは近寄らないようにしていれば感染しないのだが、このISOウイルスは事業をしている限りお客様が要求してくるという非常にアクティブなのです。
読めばISO9001の2000年版がいかに87年版より退化してしまったのかがわかるだろう。
先輩のISO9000に続いて、ISO14001もこのたった一行の文章から不幸の手紙は広まりつつある。もちろん要求すればよいのであって、調達先がISO認証しなくてもそれは仕方がないというのが規格の定めである。
行政が入札条件にISO認証を要求するのはあらたな税金なのか？ もっとも最近はISOを無視することになったらしい。
もちろん、何事も間違いが起きないように継続的に管理しようとすると、一過性の教育とか覚書ではなく、会社の仕組みに取り込む必要があり、それはとりもなおさずマネジメントシステムということになる。
確かにヨーロッパの規制から始まり中国・アメリカ・日本と蔓延しつつある規制6物質を含まない部品を継続的に購入するには、部品の原材料の管理や製造工程の管理をしっかりとするだけでなく、相手先にマネジメントシステムを構築してもらわなくてはならないと考えることは妥当のように思える。
思えるのではあるが・・・その理由で資材部門が多数の調達先にやれISOを認証せよ、ISOでなくてもエコアクションでも良い、エコステージでも良いと勧めて果たして部品の6物質フリーは実現するのでしょうか？
昔・・といってもたかだか10年位前のこと、
ISO9000を認証しても品質が上がらないという認証組織、一般社会、行政などの声が世界中で聞かれた。それを反映して、ISO9000は94年版から2000年版にグレードアップ（？） された。しかし負のスパイラスという芳しくない報告が出たのは2000年度改定版が適用された後の2003年である。規格改定してもスパイラルダウンをとめることができなかったのだ。
私は品質を良くするというのは規格の文言ではなく、関わるすべての人の意識改革、行動改革がなければ成就しないと思う。
TQCなんてのは明確な規格があったわけではなく、また理論化されていたわけでもない。しかし競争力強化、あるいは人類に貢献するためにより良い製品をより安く作らなくてはならないという価値観が日本中の企業、従業員に共有されていたからTQCという手法が効果を出したと思う。もちろんその拡大実施に当たっては現場でさまざまなあつれきがあったのは事実。何事にも光と影はある。
論点を戻すと、4.6.6の最後の文章が拡大解釈された結果、6物質フリーをはじめとしてその組織のEMSの改善、パフォーマンスの向上は見込めるのだろうか？ もちろん単純に向上すればよいというのではなく投資効果が確保されなくてはならない。
私は非常に懐疑的である。ISO14001が悪いのではない、エコアクションが悪いのではない、EMSが悪いなんて口が裂けても言わない。
そうではない。
調達者がサプライチェーンマネジメント全体でEMSを確立しなくては良い製品を社会に提供できないという考えは正しいと思う。そしてそれを実現しようという高い理想を持つことは大変すばらしいことである。しかし、調達先に認証を要求すればどういう結果になるのか？過去の事例を見ればよく分かる。
負のスパイラルである部品メーカーの立場で考えれば、お客さんがISO認証しないと買わないという、じゃあ手近なコンサルタントを頼んで認証しなくちゃならない、早いとこ手配しろ、会社の仕事を増やさないように頼んどけ・・となるのは子供でも分かる。
だって90年代はじめに私自身、ISOとらないとイギリスに輸出できなくなると言われてとりかかったのがISOとのつきあいである。
「お客に納入するためにはISO認証しなくちゃならないんだ。」と頼まれたコンサルは環境を良くするEMSより、すぐに免状をもらうことを最優先する。お客様は神様なのだから
私が考えるのは、相手に目的を良く理解していただき、そしてその会社の文化、歴史といったものを踏まえていかにそれに対応するかを考えその企業に最適なEMSを作り上げなければ、定着することはなくすぐに形骸化し効果はなく不満だけが残るのではないかと思う。
証拠？ 既にあげました。
実は私はサプライチェーンマネジメントにわたるEMS構築とか、ISO14001認証に否定的ではなく、積極的に推進すべきだと考えている。
しかし、そういった全体像・上位目的を理解して、ビジョンを持ってシステム構築ができる人、指導できるコンサルがいないのではないだろうか。
本当に社会に役立つEMSをつくれる人、指導できる人がいればこの社会はよくなり、事故も違反も減り、パフォーマンスは必ずや向上すると思います。
