草戸千軒

亀山窯

かめやまよう

 現在の岡山県倉敷市(中世には備中国)で窯跡が確認されている中世陶器で、その製品は亀山焼と呼ばれています。12世紀から16世紀にかけて生産されており、岡山県から広島県を中心とする中部瀬戸内地域に流通していました。また、亀山焼の系譜を引く製品が近世以降も生産されていたことも明らかになっています。
 古代の須恵器の系譜を強く引く灰色の焼き物で、壺・甕・擂鉢といった器種が中心です。壺や甕の表面には、格子文様の叩き具の痕跡を残すものが多く、内面には同心円文様の当て具が使われたものが確認できますが、多くは当て具の痕跡が消されています。
 12世紀から13世紀にかけては、須恵器に近い硬質の製品を焼いていますが、14世紀以降には、軟質の製品(瓦質土器と呼ばれます)が多くなってきます。しかし、生産量が減少しているわけではなく、15世紀末頃から16世紀にかけては、鍋や釜など煮沸用の器種も登場し、かなりの量が生産されるようになっています。
 このように、亀山焼は中世における中部瀬戸内地域の中世民衆生活にとっては、非常に重要な生活用具だったわけですが、備前焼のように美術的に注目されることがなかったためか、その生産・流通の研究はあまり進んでいません。


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1998, Yasuyuki Suzuki & Hiroshima Prefectural Museum of History, Fukuyama, Japan.
Last updated: May 26, 1998.