▲HOME

「今から振り返って思う鎌田ゼミ」

 

 私は大学を卒業後に辻調理師専門学校に通い、調理師免許を取得し、現在は京都木屋町通 りにあるTHE RIVER ORIENTALというところで、調理師として働いています。

 この道に進もうと思ったのは、料理という自分の好きなことを職業にしたかったということもありますし、こじつけかも知れませんが、卒業論文で書いたメルロ・ポンティの言う、「身体そのもので世界と関わる」ということを体現したかったからでもあります。

 鎌田ゼミでの2年間を振り返ってみれば、正直挫折した面 が大きかったと思います。自分が考えたいと思っていた事を突き詰めて進めて行くために必要な(前提条件とも言えると思うのですが)文献を読んで消化して行くことが出来なかったと思っています。

 挫折した面も大きかったですが、鎌田ゼミで学んだことも多かったと思っています。特に最近感じるのが、目の前の事ももちろんしっかりやって、周りや先の事を考えられることの大切さです。鎌田先生は前線に立つ兵隊と指揮する将校という言葉を使って説明されていたと思います。例えば仕事においては与えられたものは当然やらなければなりませんが、いつまでもそのことしか考えられなければまず昇進することはないでしょう。たとえどんな仕事であっても自分だけの世界で完結することはないのですから、周りや全体の流れ、将来にその仕事がどう繋がって行くのかということを考えられなければ、極端な話いつ首を切られてもおかしくはないと思います。

 大学というのはどちらかと言えば、周りや先の事を考えるという能力を身に付けられる場所だと思います。仕事に実際入ってしまうと目の前の仕事に追われて、なかなか周りや先のことが考えられない面 もあるので、貴重な時間だと言ってもいいと思います。もちろん現実社会に即した、目の前のことをするためのツールの部分も学問の種類によってはあると思いますが、総合政策学というのは全体の流れをいかにつかむかということにウェートを置いていると思います。

 ただ重要なのは、周りや先の事を考えられるという大学で学んだ事というのも、目の前の事ができた上で初めて意味を持つものであるだろうということです。どんな業界であってもその業界の中で基本的にわかっていないといけない事がたくさんあって、その目の前の事をまずはできないと大学で学んだことというのはまさに「机上の空論」や「戯れ言」になってしまうと思います。学問でも仕事でもそうですが、その中での決まりや今までの人がやってきたことをまずは共有できるようになる、前提条件を満たした上で周りや先の事を考えられなければ本当の意味で先に進む事はできないでしょう。

 私の仕事で言えば、料理の世界でシェフと同じレベルで先の事を話せるようになるためには、単に料理を覚えるということだけではなく、この業界内での常識をまずは身につけなければいけないと思っています。今はまだまだその途上にあります。

 鎌田ゼミで学んだ事というのは私にとって「生きていく姿勢」だと思っています。それは自分というひとりの人間の持っているのは本当に限られたものでしかなくて、いかに他の人のもっているものを受け入れ、認めていくことができるか、それでも結局は限られたものしか持てないという現実を背負って生きていくという姿勢です。これからもそんな鎌田ゼミで学んだことを心の中において、先生の言うようにむやみに玉 手箱を開けることもなく、(どこかに置き忘れている、開け方を忘れてしまったということも既にあったりしますが)進んでいきたいと思っています。


少しでも共感したことがあれば、下のボタンを押して下さい。


 ご意見、ご感想は こちら で   Copyright (C) 2002 生島 卓也. all "responsibilities" reserved.