2004-3-27
    昨年6月に開催されたNPO法人:神田雑学大学の「土曜講座」 (パネルディスカッション: まもなく定年を迎える日本の団塊の世代の 「ライフスタイルと責任を考える」) にきてくださったアートアソシエイツ「八咫」の露口さんからご案内いただきました 「千代田のご贔屓を増やす会」主催の 『御城下町神田"謎解講"(ごじょうかまちかんだなぞときこう)』という名前の講演会に 行ってきました。
    会場は昨年九月、千代田区・岩本町にオープンした「岩本町ほほえみプラザ」でした。 この敷地から、 主に江戸時代後期の町屋跡が発掘されたことに因んで、同館建物前広場には 土蔵の礎石を使った「今様くぐり門」やレンガ造りの坪庭、江戸の子供が遊んだ 泥面子などが拡大再現されていて、神田ならではの趣向が凝らされています。
    講演会では、その建物正面の柱四本に浮き彫りにされた鯰や蛙、団十郎に顕微 鏡、口々小紋、将門、本田鶴…といった題材が、どうして神田に登場するの かをレリーフの作者である坂上直哉さんや「千代田のご贔屓を増やす会」の会員さん たちと一緒に謎解きをする、という内容でした。
      当日のプログラム
      講 演:
        坂上直哉氏(作家)、木下直之氏(東京大学文化資源学研究室)、
        村田孝子氏(ポーラ文化研究所)、江戸天下祭研究会"神田倶楽部"
      内 容:
        ・ビデオ上映「岩本町」
        ・基調講和「世の途中から隠されていること」木下直之氏
        ・「御城下町神田謎解」問答
        ・懇親会(出演者や地域の方々を囲んで)

    私も一昨年の9月に神田雑学大学で 祖父・田口達三の著書「魚河岸盛衰記」を参考にして 江戸時代に日本橋にあった魚河岸について講演したことがあるので 大変興味深く聞かせていただきました。
2004-3-20
    先週七七日忌法要を済ませたので、今週から「忌明け」となりましたが 相変わらず家事、家計の管理などに追われる日々を過ごしています。
    ミュージシャンへの復帰を目指して楽器の練習も再開しなければ・・・ と思いますが、まだ楽器に触る気分にもなれずにいます。
    家内の入院に伴う看病の生活になる以前に熱中していた楽器の演奏、 特に身も心もはずむようなジャズを演奏するには、精神的にも「明るい」 気分でないとできません。伴侶を失った悲しみや寂しさが少しづつ薄まって いくには、まだ少し時間が必要なようです。
    我が家の仏間には弔問にきてくださった方や遠方から送ってくださった供花が まだ沢山ありまして、その水替えや花が終わったあとの始末などをしているうちに 以前にも増して花々の維持管理をすることが好きになりました。先日は自宅近くの 二子玉川にある第一園芸の「ガーデンアイランド・玉川店」に行って、最近ファンが 急増している第一園芸オリジナル商品のほふく性ペチュニアで「ブリエッタ」 という花の鉢植えを3種類購入してきました。いまはこの鉢植えに花が咲くのを 楽しみにしています。
2004-3-14
    昨日は家内の七七日忌法要を文京区白山の蓮華寺にて営み、墓苑への納骨も無事済ませました。
    蓮華寺は、天正15年(1587)高橋図書を開基、安立院日雄を開山として創開した寺院で明治維新までは、 塔頭が六院あったという由緒あるお寺です。近くに「蓮華寺坂」や「小石川植物園」があるところです。
2004-3-6
    奥さんに先立たれた田口(遊網人)さん、どんな日常生活を送られているのかしら?と ご心配してくださった方々からお見舞いのメールをいただきまして、ありがとうございました。 自宅に篭りがちな毎日ですが、風邪なども引かずに無事過ごしております。 そろそろ以前の生活のペースを取り戻したいとは思っていますが、家の中に いると何を見ても家内のことが思い出されて、未だに何も手につかずに 過ごしています。ミュージシャン活動に復帰できる日はまだ先になりそうです。
    日常の食生活について少しご報告しますと、 自宅がある東急大井町線・九品仏の商店街にも牛丼の吉野家系列のお惣菜屋さん「おかずの華」が できたので、おかずはそこで買い求めてきます。ごはんは次女が炊いてくれて数日分を小分けに してくれて冷凍にしてありますので、昼も夜もそれを解凍して食べています。
    あと夕方から買い物などで外出したときには独身の若い人たちにも人気があるおふくろの味の 「大戸屋」が隣駅の自由が丘にあるので夕食はここで食べることも多いです。期間限定のメニュ 「春野菜とカキの雑穀あんかけ定食」(2月16日〜3月31日)はおすすめです。
2004-2-28
    家内が亡くなって1ケ月が経過しました。 この1ケ月に起こった身の回りのできごとが夢のように思えて、現実をなかなか受け入れ難いです。 亡くなった妻に代わって家事に勤しみ、家財の整理や家計の管理にも追われる日々を過ごしていますが、 家内が引き受けてくれていた家事の種類や仕事の大きさを初めて認識して、家内への感謝の念を新たに しています。
    毎日家の中に閉じこもってばかりでは体調にもよくないと思い、社会復帰活動の第一歩?として、かねてより 噂に聞いていた都内の天然温泉として有名な世田谷区瀬田にある温泉「山河の湯」に行ってきました。 内湯、寝湯、ジャグジー、露天風呂に浸かった後で、お食事処「山海亭」のお弁当を食べてコイン・ マッサージ機で体を揉み解して、すっかり「癒されて」帰宅しました。 一方知力の方も使わなければと思い、社会復帰活動の第二歩として「確定申告」に初めて挑戦?しました。 最近は国税庁の「確定申告のページ」がとても充実していて、 インターネットで様式の入手やQ&Aのコーナーなどのサービスが容易に利用できます。
2004-2-21


2004-2-14
    家内が亡くなってからすでに3週間が経過しましたが、未だにそのことをつい忘れてしまい 家内が海外旅行にでも出かけているような錯覚をして「帰ってきてから聞けばいい」 「やってもらえばいい」という風に思ってしまう日々を過ごしています。

    平穏な生活を過ごしていた私たちに突然訪れた不幸なできごとの中でもわずかながら 楽しく過ごすことができた家内との貴重な時間が、大切な思い出として残りました。

    入院直前の昨年11月中旬(19、20日)に家族3人(家内、次女、私)で舞浜のディズニーシーに 旅行し「アンバサダー・ホテル」に1泊して、ひさしぶりに家族団欒の時間を過ごすことができました。 この旅行の最中も家内は時々腹痛を感じていたようでしたが、楽しい時間の中に気を紛らわしていました。 いまからして思えば、家内はこのとき自分が不治の病気(がん)に罹っていることやその病状 (すでに末期であること)を実感していたのではないか、と思えてなりません。 この旅行から帰ってすぐに病院での再検査を受け、その結果「すい臓ガン」であることが判明しました。

    私たち夫婦は、この数年となりあわせに座って2人だけで語らう時間を過ごすことなどなかったのですが、 病院での「闘病と看護の」日々の中で久しぶりにそのような時間を過ごすことができました。 19階の展望レストランやラウンジでは東京湾や隅田川の美しい夜景を見ながら、家族のことやお互いに 若かった時の思い出話、などをしました。 11階の患者と家族との面会用の食堂では、家内の好物を銀座のデパートの地下食料品売場で買ってきて いっしょに食べました。1階の売店では、ささやかながらショッピングを楽しむことができました。 購入できる商品といえば、日用品、飲み物、お弁当、パン、などでしたが・・・。

    ミュージシャン活動でお世話になっていた神奈川県伊勢原市にある「フォーラム246」から直営の割烹料理 「大磯倶楽部」謹製のとても豪華なおせち料理をいただいたので、今年の元旦は家族全員がそろって(病院で) おせち料理を祝うことができました。家内も「おいしい」を連発して好物を口にしました。家内にとってはこれが最後の 「おいしい食事」になってしまいました。
2004-2-7
    妻・和子永眠の報に接した方々から、ご懇篤なご弔意に溢れたお悔やみの メールを多数いただきまして、誠にありがとうございました。

    昨年(2003年)は私が3月末に会社を定年退職になりましたので、 家内と私はそれぞれの趣味の活動に自由に時間を割くことができるように なり、家内も「これまでの人生で一番楽しい年」と言って、山歩きの会、 短歌・俳句の会、ボブ・ロス画法の会、などのお仲間たちとの活動や交流を 存分に享受していました。

    8月ころから腹痛を訴えるようになり、自宅近くの病院で診察を受けたところ 「胃腸の障害」という内科医の診断で、通院治療を行いました。
    しかし腹痛は一向に治まらずに、酷くなるばかりでしたので11月になってから 再度の検査を行い、今度は内科医から外科医の判定にも委ねましたところ 「すい臓ガン」であることが判明しました。 さらにセカンド・オピニオンとして国立がんセンタ−にも検査結果を持参して 診断していただいたところ「すい臓ガン」にまちがいなく、しかもその進行が相当に 進んでいて、すでに肝臓にも転移していることが判りました。

    国立がんセンタ−への入院を希望したところ、11月28日からの入院が許可されて 「すい臓ガン」との闘病生活が始まりました。 12月は抗がん剤の投与による化学治療を行いましたが、副作用が酷く、また薬の 効果も確認できなかったために、1月は痛み止めを中心にした「緩和治療」を行いました。 他の臓器への転移に伴う痛みがどの程度「緩和」されたのか当人以外にはわかりませんが、 相当の痛みを伴う苦しい闘病生活であったことには間違いありません。

    そして、1月28日午後5時52分に私たち家族や家内の兄弟たちが全員集まるのを 待つようにして、息を引き取りました。

    家内と同じ趣味を通して親しくご交流してくださった方々には、故人になりかわりまして 厚く御礼申し上げます。 これからは残された家族3人で手を携えて生活していくことになりますが、これまでに 家内に賜りましたご厚情とご支援を私たちにも賜りたく、どうぞよろしくお願い申し上げます。
2004-2-1
    昨年11月末からすい臓ガンで国立がんセンターの中央病院に入院してました 家内が去る1月28日(水)に亡くなりました。55才でした。
    通夜、葬儀につきましては近親者のみにて29日、30日に済ませましたので ご報告申し上げます。
2004-1-24
    1月23日は32回目の結婚記念日でした。同好の趣味だったスキーがきっかけで結ばれた私たちの 新婚旅行は、新潟県・妙高高原の赤倉温泉スキー場に行きました。

    新しい週刊誌「20世紀シネマ館」(講談社)が発刊されました。昭和29年からの洋画の解説が毎週掲載されます。 洋画ファンの私も早速購入しましたが「ローマの休日」「赤と黒」「帰らざる河」などのスチール写真と詳細な解説 記事が掲載されていて満足できる内容でした。
2004-1-17
    インターネットで「すい臓ガン」「闘病記」を検索すると、相当数の該当ページが見つかります。 そういうページに掲載されている記事を読むと勇気づけられます。 「哲ちゃんのいきいきとうびょう記」という名のホームページもそういうページの1つでした。
    私は出演できませんが、バンドの仲間たちが東京・中延のライブスポット「ボナペティ」に出演しますので、お知らせします。
      1月27日(火)ピアノとクラリネットのデュオ
      1月31日(土)ベニーグッドマン・スタイルのジャズコンボ
      ライブスポット 「ボナペティ」
2004-1-10
    メール、郵便などで家内へのお見舞いを多数いただきまして、ありがとうございました。
    現在の状況ですが、先月に行った抗がん剤投与に伴なう副作用が大変強かったため、また その効果も確認できなかったため、抗がん剤を投与する治療を中止して痛みや吐き気を 緩和する治療を行っております。まだ食事が十分にとれずにいるため、点滴 による栄養剤の補給が必要です。点滴なしでも1日過ごせる状態になれば 外出、外泊も可能になる見こみです。
    家内の友人や同室の方からも勧められました漢方薬による「緩和治療」 も始めました。
    具体的には、福岡市の赤澤薬局から「星火霊芝宝」というお薬を購入して服用してます。
2004-1-3
2003-12-27
    大きな病院で行われる、最新のがん治療では著しい治療効果が認められない ケースでも、最近は「あきらめない」がん治療の方法として「代替医療」とか 「ホリスティック医療」と呼ばれる治療が盛んに行われるようになりました。 そして、そういう医療により末期がんの段階から回復された事例も多数報告されて います。 「丸山ワクチン」はバンドメンバーの松平さんの奥様(早苗さん)からご紹介いただきました。
    「玉川温泉」はバンドメンバーの小林右治さんからご紹介いただきました。
2003-12-20
    バンドのメンバーや神田雑学大学の理事の方々にはすでに お話しましたが、先月末に私の家内が「膵がん」であることが判明し、国立がんセンターに 入院して治療中です。治療は化学療法で、抗がん剤の投与と効果の検査が中心です。
2003-12-13
    諏訪中央病院の鎌田實先生の著書「あきらめない」(集英社)を 読みました。身内にがんの患者を抱えている家族にとっては支えになる好著 でした。同じ境遇の方で、未だお読みでない方に是非一度読まれることをお薦めします。
2003-12-6
2003-11-28
    都合により当分の間「ミュージシャン遊網人」のホームページを閉鎖します。
    メールは読んでいますので、ご通知、ご伝言はメールにてお願い申しあげます。
    PBB00742@nifty.ne.jp