第19回ホテルオークラ東京・文芸春秋特別講演会
2006.11.4(土)
「この国のけじめ」藤原正彦
小泉内閣が推進した「行政改革」について
小泉内閣の「改革」は改革でなく破壊だった。地方も壊され、捨てられた。
経済も壊れた。「公平に」はナンセンスで、小学6年生と1年生が競争しても意味がない。
日本は米国の属国になり、太平洋戦争で戦死した人たちは悲しんでいる。
米国から導入された市場原理優先型の経営について
市場原理型の経営は誤り。会社は株主のものではない。株主を偏重する経営は誤り。
実力主義、成果主義も誤り。かって1980年代には「日本型の経営」が世界中から支持された。
最近になっていわれている「制度疲労」も本当かどうか疑わしい。
正規社員が減り非正規社員が増えている。ニート、フリーターが増えている。
半失業者が増えて、これからは生活保護者が増えるかもしれない。
「論理」中心の考え方は誤り
論理だけの経済は必ず破綻する。規制は必要。「規制」が弱者を救い、守る。
人口の80%は「中流」なのに「市場原理型の経済」は残りの20%(上位10%と下位10%)を助長する
ので、勝ち組(上位10%の人たち)はずっと勝ち続ける。以前は盛んだったが、最近は公共投資に支えられた
「内需拡大」を叫ぶ声がなくなった。
代わって「米国への投資」が盛んに行われるようになった。日本の米国国債の購入額は25兆円となり日本は
「米国の人質」になった。
日本人本来の特性について
日本の国民はもともと政治経済には「無関心」だった。所得の高低と幸福度の実感とは比例しない。
現在は経済が外に出過ぎた結果として「拝金主義」を生んだ。
日本にキリスト教を布教した
F.ザビエル
は日本人は貧しいことを「恥ずかしがらない」人種と判断した。
今は
越後長岡藩の
家老だった
河井 継之助
の行動や、
会津藩
の武士道精神、などを嘲笑する人があるが大変嘆かわしい。
「風見鶏」「日和見」的な行動や考えが礼賛されている。
最近の初等教育と教育再生について
初等教育でとりいれられた「ゆとり教育」には弊害が多い。小学校で英語を必修にすれば日本は滅びる?
外国でも真の「国際人」は数%。日本で「国際人」をそんなに増やす必要はない。
最近経済団体が英語を偏重する傾向が顕著だが、経済と言語能力は無関係。
日本の初等教育は優秀だった。識字率は世界でもトップ。諸外国には識字率がきわめて低い国が多い。
高い識字率に支えられた質の高い労働力は世界でも有数。昔は一見して無用と思われる学問にも関心が高かった。
最近は「英語必修」や「PC教育」などを導入していて、史上最低の?初等教育になっている。
安倍内閣のが進める「教育の再生」は成功しない。なぜならば「子供中心」の姿勢で取り組もうとしている。
子供に阿る(おもねる)教育ではだめ。躾(しつけ)ができない。
教壇がなくなったが、悪平等の象徴。先生は生徒よりも上位にあることが当たり前。
かって日本にあった「道徳」は素晴らしい。来日した外国人からも高く評価された。
日本は本来「国柄」がよい国
日本はよい意味で世界の中で「異常な(独特な)」国だった。
日露戦争での日本の勝利や戦後の驚異的な復興はアジア諸国から高く評価されている。
戦後に日本が驚異的な復興をとげたのは、米国に守られた「おかげ」ではなく、日本が本来もっている国柄の「おかげ」である。
日本の「国柄」は情緒や形に対する美意識によって形成されている。
日本人の豊かな感受性に基づく独創性について
日本では、花を生けることや、字を書くこと、お茶を入れること、などが皆「道」になった。
西暦500年から1500年の1000年間に発表された日本の文学作品の数は、同期間の外国での文学作品の数を圧倒的に上回っている
はず。文学の次は数学。
関孝和
の「行列式」はヨーロッパに先行して研究成果が出ている。
松尾芭蕉
や
紫式部
の創作は非常に独創的。仏教や漢字、ひらがな、も日本の「独創」。
鉄砲の製造や仏像の製作に置にも日本人の独創性やすぐれた技能が発揮された。
数学者の
岡潔
先生によれば、数学にも「美的感受性」「情緒」が必要、重要。数学の研究は高い山の頂上に咲いている美しい花を
取りに行く行動に似ている。理系の学問や研究には、すべて「美的感受性」「情緒」が必要である。
日本の自然は美しい。町並みも整然としている。来日外国人が感心する。
植物(樹木)の種類も大いに多彩、その結果「紅葉」が多彩になり美しい。外国にはない。
D.キーン
も日本(人)の独創性を高く評価している。桜の特有の「瞬間的な一過性」を尊重する国民に感心した。
ラフカディオ・ハーン
は虫の音に対する日本人の感性について欧米では詩人たちだけが有する感性を日本では庶民が有している、と感心している。
ほかにも俳句や懐かしさに対する豊かな感性など、日本人のすぐれた感性について多くの外国人たちが高く評価している。
「惻隠」
について
今の日本には
新渡戸稲造
の「武士道」で述べられている
「惻隠」が必要。「惻隠」は弱者、敗者の気持ちを「思いやる心」を
意味するが 最近の日本では「弱肉強食が当たり前」とする考え方がまかり通っていて大変嘆かわしい。
米国では古くから「自由と平等」が叫ばれているが実現していない。実現するはずがない。
もともと「自由と平等」はありえない。歴史的には「自由と平等」は英国女王の圧制に対して一般国民が求めたスローガン
である。キリスト教やヨーロッパの騎士道、英国貴族の紳士気質、などにも「惻隠」と同様な精神に基づく考え方、思想がある。
これからは「論理中心」の考え方を排除して、「情緒中心」の考え方をもっと広めるべきである。
質問:武士道の「惻隠」について。自分は侠客の末裔だが「任侠精神」との違いは?
答え:江戸時代に一般庶民の間にも武士道の「惻隠」に似た考え方が広まって「任侠精神」になったものと思われる。
質問:
山本夏彦
さんについて。
答え:大変情緒あふれる人。米国が月面着陸に成功したときに「何用あって月へ」と言った人。