彼のひとりごと:キッチンのあの子編
何かあるといつも来てくれる君
暖かな君の手料理
僕はそんな君を見ているのはつらいから・・・
「ごめんね、こんな遅くに」
彼女は、そう言いながら僕の部屋のドアを閉めた
ドアを閉めると、外の冷たい風と、彼女の柔らかな香りが僕を包む
手に大きな買い物袋を抱えた彼女
「おなか減ってない、そうだと思って材料いっぱい買ってきたんだ」
そう言うと、いつものようになれた手つきで材料を広げた
まるで自分のうちのキッチンのように
「今日ね、彼から手紙が来たんだ」
彼女は、タマネギを刻みながら僕にこういった
聞いているのは、きっと僕で無くていいはずなのに
いつも君は、何かあるたびに僕の部屋に来たね
キッチンに響く包丁の音
嬉しそうに、料理をする君
僕はこの時、彼に少し嫉妬する
逢えない時を繰り返す彼女、きっとそのことに悲しみを抱いているはずなのに
彼女はいつも、本当の気持ちを隠している
悲しいときになぜ泣けないの?
僕はいつも言いかけては、言葉を飲み込む
遠く離れて暮らす、彼と彼女
でも、そのことによって強い絆を信じあう二人
彼女はその絆を抱え、毎日、毎日、綺麗になっていった
彼女と二人同じテーブルで食事をする僕
彼女は、楽しそうに彼の思い出を話す
君は誰のために微笑むの?
彼女はきっと自分でも、素直じゃないと感じているはずなのに
その無邪気な笑顔は、きっと、きっと、そのことを隠すため
彼女の作る料理は、少し懐かしく
そして寂しさのスパイスがきいた
そんな味がする
そんな彼女の料理が、僕をよけい切なくさせた
彼女の料理を、微笑みながら口にする僕
そんな僕は、いつも君の味方をしてきたね
彼と喧嘩をしたときも、彼が遠い世界に旅たつときも
でも君は、微笑みながら僕にこう言ったね
「もう、だいじょうぶだから・・」
そう言う君の瞳は、いつも曇っていた、まるで息を吹きかけた窓ガラスのように
僕はいつも、それをふき取ろうと彼女のために努力してきたのに
僕だったら、きっと、きっと、君の瞳を曇らすことはしないのに
それでも、彼を信じ続ける彼女、そんな想いの強さに、また彼に嫉妬する
彼の話をする彼女
その話を微笑みながら聞く僕
僕を見て微笑む彼女
そんな君を見ていられなくなる僕
きっと「もうこないで」 そう一言言えば
君はもう此処へは来なくなるのかもしれないのに
でも、僕はいつも言えない
今は君に言葉で伝えられないけど、心の中でいつもこうつぶやいているんだ
君が好きだから・・・・
「ねえ、ネルト、どうしたのぼんやりして」
そう彼女にきりだされて、僕は少しとまどう
「いつもより、少ししょっぱいね、ノイシュ」
彼女にそう言うと、僕は皿の上のロールキャベツに目を降ろした
「きっと、タマネギを刻んだときの涙の分、塩味が付いたのね」
そう言った彼女の瞳が、涙であふれていた
始めてみる彼女の涙
この時僕は、彼女の隠していた本当の気持ちを、見たような気がした
季節は冬
吐く息の白くなる、小雪混じりの
ある夜の出来事だった
恋をして綺麗になるのは女の子だけじゃないってこと、あなたは感じたことがありますか?