彼女のひとりごと:ファーストデート編


なかなか進まない時計
鏡の中の強がりな自分
それでもルージュだけは綺麗にひいた

 

「まだまだ時間があるわ」
 彼女は、今日に限ってなかなか進まない時計を見ながら
 鏡に向かいルージュをひいた

 今日あの人とファーストデート
 約束の時間まであと一時間一五分
 ルビー色の瞳は三分ごとに時計に向いた

 初めに誘ったのは彼女
 不器用だけど
 ちょっと勇気を振り絞って

 「今度の日曜日だけど・・さあ・・・」
 その言葉のあと、彼女は耳たぶにあつい物を感じた
 そして言葉は濁るばかり

 そんな彼女を目にした彼
 「日曜日ならあいてるよ」
 明るい笑顔でこう答えた

 きっと彼は、彼女の本当の心には気づいていない
 彼女はつのる想い、彼にちゃんと伝えたいのに
 いつも強がって本当の心隠した

 自分に甘えないのが彼女のポリシー
 でも、強がることで
 知らず知らずのうちに、自分に甘えていたのかもしれない

 「私ってばかね」
 鏡に向かう彼女の瞳、なぜか涙がひとしずく
 自分を見ていると泣けてきた

 今日あなたとファーストデート
 鏡の自分を置き去りにして
 新しい笑顔を、彼に見せるわ

 涙を拭き、褐色の頬を両手の平でぱちんとたたく
 鏡の中、もうそこには新しい自分
 髪にあらためてくしをとうし、自分に向かって笑顔の練習

 微笑みにあふれる彼女
 ルビーの瞳でウインクして、逆さに移る時計に目を移す
 ひととき忘れていた時間に、キュンと胸が締め付けられた

 「いっけない、あと二〇分しかないわ」
 今日のための、とっておきの服
 あなたに見せるとっておきの自分

 今日あなたとファーストデート
 待ち合わせの場所まで歩いて一〇分
 彼女は早足で、いつもの町を駆け抜ける

 ほらごらん
 あの待ち合わせ場所
 こちらに手を振る彼のしぐさ

 微笑んでいる彼
 駆け寄る彼女
 そして、きのう考えた彼女のセリフ

 「ごめん、待った?」

 二つの微笑み並んで歩く
 「もう、友達に卒業」
 彼女は彼に聞こえないように、新しい自分にささやいた

 街角のどこにでもある風景
 そして二人の肖像画
 時間はそのスピードを極端に速めた

 少し肌寒い、ある晴れた日の出来事だった


初めてのデート あのときのときめきをあなたは忘れていませんか?


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