彼のひとりごと:solitaire編


窓際で本を読む少女、熱いエスプレッソ
彼はひととき街の風景だった・・・



 「すまない遅れてしまって」
 そう言うなり彼は席に着く
 約束の時間より一時間遅れの彼

 向かいに座る彼女、唇をかみ、きっと彼をにらみつける
 そして指から指輪を外しコップに落とした
 「私今日はいい勉強になったわ、この私を待たせる男がいるなんて」
 そう言うと彼女はコップをてにもつ

 ぴしゃ、音と共に水が弾ける
 彼は濡れている顔もふかず
 顔に当たって跳ね返った指輪を
 黙ってテーブルから拾い上げた

 黒髪の彼女、背を見せ言葉残さず去っていく
 その足取りに怒りを込めて
 なじみの店のなじみの店員
 「なにになさいますか、スタンベルクさん?」
 彼にとって気の利いたセリフ

 彼はため息混じりにこう言った
 「エスプレッソ、ドッピオで・・・それとハンカチだな」
 店員は軽くテーブルをふくと、ささやかないつもの微笑みを残しながら去っていった

 濡れた顔をふかない彼
 しぶきは顎を伝ってしたたり落ちた
 手に取る指輪 彼はそれを指の中もてあそび
 一人その言葉口にした

 solitaire 一つはめの指輪・・・
 solitaire 一人遊び・・・・

 指輪をその指でもてあそぶ、そしてコップの中へ
 これも一人遊び
 指輪のエメラルド、コップの中で輝いた
 揺れる水の中で

 あたたかな湯気とその香りで我に返る
 「さあどうぞ、ハンカチはサービスです」
 「かっこいいぜ」
 「ダンケ・・・」
 
 店員とのしゃれた会話
 何時もとちょっと違った

 カップを手に目線は窓際に
 窓際に座る一人の少女、手には小さな文庫を広げて
 窓からの優しいサイド光に彼女は照らされていた
 光はそのあたたかな表情をさらに引き立てる

 彼はひととき彼女を見ていた 濡れた顔をふかぬまま
 彼女がページをめくる 次の瞬間なぜか顔が曇ってきた
 瞳にたまる大粒の涙 彼女の頬で線を描いた

 サイド光に照らされて 一粒涙輝いた
  まるでコップの中のエメラルドのように

 彼の瞳に熱い物が 瞼が押さえたくなるほど熱くなった
 この涙は誰のため? 彼は自分でも分からぬ感情をこらえた
 自分の平静さを保つために

 なぜか戻ってきた、今さっき席を立った彼女
 怒った唇はそのままで、もとの席まで歩いてくる
 彼女は一言彼に言った

  「今日はおあいこね・・・」

 彼女は自分のハンカチを手に取り 彼の顔を優しくふいた
  「待ってたんだ、君がふいてくれるのを」

 二人席を立ち、そろって外にでた
 ガラスの向こうの窓際の彼女、涙のあとはまだ残っている
 彼は隣の彼女に知られないように目で言葉をおくる

  「BAY・・・・」

 その一言を残して彼と窓際の彼女は街の風景になった



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