フェルデンリレー妄想シリアス編
第一話(ぴんく)屈折した精霊
私、フェルデンと申します。読書が大好きです。
今日もいつものように図書室で本を読んでいました。
暗くなってきたのでそろそろ帰ろうかと思ったのですが、なぜか図書室のドアが開きません。
「困ったわ・・・あら?」
しんとした図書室で耳を澄ませてみると、何か物音が聞こえてきます。とりあえず、音のする方へ向かってみました。
音の元は・・・『樹界物語』の本でした。 でも、どうして・・・?不思議に思って、『樹界物語』に触れようとすると、突然、周囲が閃光につつまれたのです!私はそのまま、気を失ってしまいました。
どのくらい時間が経ったのでしょうか? 気が付くと、私が床に倒れているのが見えます。・・・え?私の体があそこに居るのに・・・じゃあ、私の体を見ている私は・・・?これってもしかして『幽体離脱』という現象なのでしょうか?・・・あ、また光が・・・
「こんにちは、やっとお話できるようになりましたね」
「あなたはどなたですか?」
「私は『樹界物語』の本の精霊です」
「はぁ・・・?」
「この世の全てのものには精霊が宿っています。風にも、水にも、そして もちろんここにある本達にも。」
「し、知りませんでした・・・」
「私達がこうしてお話していることと、私が『幽体離脱』してしまった事とは何か関係があるのですか?」
「ああ、あなたはやはり賢い子ですね、実は・・・」
『樹界物語』の精霊さんのお話をまとめるとこのような内容でした。
:
ある本の精霊さんが、あまりに読んでもらえないために、屈折してしまい (ありていに言えばヘソを曲げてしまい)、『とても「力」を持った本』の精霊さんであるがゆえに、現実世界にまで影響を与えようとしているのだそうです。『樹界物語』の精霊さんによれば、ここ数年の異常気象は、この屈折してしまった本の精霊さんによるもので、止めようにも同じ本の精霊さん同士ではもう止めることが出来ないところまで来てしまっており、どうしても、私達人間の力が必要だったのだそうです。普通、精霊さんと人間は会話することが出来ないのですが、『幽体離脱』すれば、会話が可能ということで、今回のような手段をとったということでした。
:
「でも、どうすれば良いのですか?」
「あなたの御自由に。」
「ええ!?」
「何しろ相当に屈折してしまっているので、通常のなだめる、脅す、 といった説得程度で納まるとも思えないのです・・・」
「・・・」
「場合によっては実力で排除することも考えなくてはならないでしょう。」
「そんな!」
「これも、世界のためです。」
「その屈折してしまった精霊さんは・・・その、お強いのですか?」
「それはもう・・・本の精霊の中でも最強・・・ですわ。」
「・・・それでは、私一人では、何とかできる自信がありません。 せめて、仲間がいれば・・・」
「お仲間もお呼びしましょうか?」
「え?呼べるのですか?」
「この図書室の本の精霊の仲間達にお願いすれば、あなたも含めて 5人はお呼びできるかと・・・お願いします!世界を破滅から救うために!」
「わかりました、仲間と一緒に、がんばってみます。 ・・・ところで、その屈折してしまった精霊さんという方はどの本の精霊さんなのですか?」
「・・・『エーベルージュ』の精霊です。」
「エーベルージュ!?」
第二話(金山)秘密の部屋のエーベルージュ
「う・・・・」
「あ、フェルデン、気が着いた!?」
聞き覚えのある声がしたので振り向いてみたら、そこにいたのはノイシュでした。それに、どうやら私はベッドに寝かされているようです。
「ここは・・・?」
「あなたの部屋よ、フェルデン。」
「私はいったい・・・」
「驚いたわ。図書室に入ってみたら、あなたが倒れてるんだもの。とりあえずみんなの手を借りてここまで運んできたけど、大変だったのよ。」
「そうだったの・・・。」
あれは夢だったのでしょうか。私は図書室で倒れたまま、眠っていたのでしょうか。
その時、私は傍らのメモ台の上に置かれている本に気付いたのでした。赤いハードカバーの本でした。表紙が下になっている上に、背表紙も向こうを向いていたので、何の本かはわかりませんでしたが。
でも、私はあんな本を借りてきた記憶はありません。
「ノイシュ、あの本、あなたの?」
「え・・・? ううん、私のじゃないわよ。倒れていたあなたが大事そうに抱えていたから持ってきたんだけど。」
「私が・・・?」
私は何気なくその本を手に取ってみました。
「!!」
驚きました。その本のタイトルは『樹界物語』。そう、あの夢?の中で私に語りかけてきた本・・・
私はノイシュが帰った後、一晩かけてその樹海物語を読破しました。お話自体は、どこにでもあるような普通の童話でした。はたして、この本の精霊が私に語りかけてきたのは、本当にただの夢だったのでしょうか。
私は何となくそんな気がしないのです。私はこの『樹界物語』なんて、読むつもりも、ましてや借りるつもりもなかったのに、今こうして私の手元にその本があるのです。ただの偶然にしては出来過ぎてると・・・ 私は夢?の中で精霊が語りかけた内容を思い出していました。
誰の目にも触れられない本の精霊が屈折し、その強大な「力」を歪め、現実の世界にまで影響を及ぼそうとしている。ここ数年の異常気象も、その本の「力」が原因。その本の精霊の暴走を止めるにはもはや彼ら他の本の精霊達の力ではどうしようもなく、どうしても人間の力が必要だ、と・・・ その本の名は『エーベルージュ』・・・
私もかなり長い間トリフェルズ学園の図書室に出入りしてますが、『エーベルージュ』なんて題名の本、見た覚えがありません。自慢じゃありませんけど、図書室に不慣れな人に『この本どこにありますか』と聞かれたら、大抵は即座に答える自身があります。でも、『エーベルージュ』・・・そんな本、あったでしょうか・・・。
・・・考えて見れば、そんなことだから精霊がへそを曲げてしまうのかもしれません。とりあえず明日もう一度図書室へ行って、『エーベルージュ』という本が本当にあるのかどうか、確かめることにしましょう。
とりあえず、今日はおやすみなさい・・・
翌日、私は授業が終わった後、図書室へ直行し、『エーベルージュ』という本を探しました。でも・・・結論から言うと、見つかりませんでした。蔵書リストを見ても、そんな名前の本は無かったのです。
これはいったいどういう事でしょう?首を捻っていた私の脳裏に、ふとよぎることがありました。
そう、この図書室には秘密の部屋らしきものがあるんです。以前、ルシヨン君と図書室の鍵を閉めに来たときに偶然見つけたのですが、その時はその部屋にどんな本があるのかも確認できないまま、戻ってきたのでした。もしかしたら、『エーベルージュ』とかいう本はその部屋に・・・。
私は、再びあの秘密の部屋に踏み込む決心を固め、部屋に戻るってランプを取ってきました。火を灯し、周囲を見渡してだれも見てないのを確認してから、私は秘密の部屋へと踏み込みました。
真っ暗な秘密の部屋は、すこしカビくさい臭いがします。私はランプを片手に、秘密の部屋の本棚をゆっくりと見回しました。暗がりの中で本棚を一つ一つチェックするのは、かなり根気の要る作業でした。が、その甲斐はあったようです。 あったのです! 『エーベルージュ』が!!
私は青い背表紙のその本を手に取りました。結構分厚い、ずっしりとした本です。
これで少なくとも、あの夢?の中で『樹界物語』の精霊が言っていた『エーベルージュ』という本の存在は確認されたのでした。
やはり、あれは夢ではなかったのでしょうか・・・・
私は秘密の部屋への入り口を閉じて、寮への帰途に着きました。そしてその間、ずっと考えてました。
とりあえず、あの『エーベルージュ』という本を読んでみることにしましょう。あの本を持ち出すわけにはいかないし、人目を避けながら読まなければならないので厄介ですが、読めば何か判るかも知れませんし。そして、『樹界物語』の精霊の言葉ではありませんけど、誰か別の人にも相談してみることにしましょう。
ただ、相談する相手は考えて選ばないと・・・。あのフォルラーツにこんなこと相談したところで笑い飛ばされるのがオチでしょうし、モリッツになんか相談したら・・・推して知るべしです。
期末試験も目の前だというのに、どうやら厄介ごとが一つ増えたようですね・・・。
第三話(n.be)影の精霊
とにかく話をしんじてくれそうな人へ相談することにした私はまず、ノイシュの所へ行くことにしました。
−ノイシュの部屋−
「あら、フェルデン。もう大丈夫なの?」
「ええ..別になんともないわ。..ノイシュに聞いて欲しい事があるんだけど...」
私はそれまでにあった事を要点を押さえ手短に話しました。
「..うーん、ちょっと信じられないけどでも..」
「でも..どうしたの?」
「何て言うか、その..妙に気になるのよね。第6感というか..アンヘル種族としてのカンというか..とりあえずやれるだけやってみるから何かあったら声をかけてね。あ、それからスタンベルク君にも声かけてみて」
「スタンベルク君ですか..なんだか不安なんですが..」
「大丈夫よ。彼は女の子に対してはとてもやさしいから、それにいろんな知識を持ってるし..」
「わかりました。ではさっそく行って来ますね。」
−スタンの部屋−
「やあ、フェルデン。剣術を習いに来たのかい?それとも勉強かな?あ、ひょとして魔法だとか..」
「あの..そういうのではなくちょっと相談したいことが..」
「君のような美しい女の子の相談ならいつでも大歓迎さ。」
私はノイシュの時と同じように話をしました。
「なるほど..つまりそのエーベルージュという本の心を元に戻したいというわけだ..。」
「はい..。あの、それでこのことは誰にも話さないでくださいね。」
「もちろんだよ。君はこの事を誰かに話したりしたのかい?」
「ええ..ノイシュには..」
「彼女なら安心だ。モリッツに気ずかれないよう気よつけたまえ。」
−廊下にて−
「もう、こんな時間。部屋へ帰らなくちゃ。」
その時突如窓から光が射し込み私は気を失ってしまいました。
...どの位経ったのか、辺り一面真っ白い所に私はいました。そして目の前に炎が現れたかと思うと炎が揺れ別の形、それは「樹界物語」の精霊に似てはいるのですが、どうも違うような独特の雰囲気がありました。
「あなたは誰なんですか?」
「私は「エーベルージュ」の本の精霊だ。」
「あなたが?それじゃあ、樹界物語の精霊さんがいっていた本の精霊なんですね。」
「それは私ではあるのだが、私ではないのだ。ねじ曲がった心の精霊、それは私と対をなすもう1人の私なのだ。」
「影の精霊と言うわけですか?」
「そう思っても構わない。私も必死で止めたのだが、怒り狂ったあいつはもはや私ですら止められない。君たち人間の手は煩わせたくないのだが、しかたがない。あいつを止めてくれる協力者が出来たという知らせを聞いてこうしてきたのだ。フェルデン、といったかな?あいつはもはや心を静めることはないだろう。だからあいつを殺してくれ。」
「でも..そんなことをしたら..あなたまで...」
「我々本の精霊はその本の存在を知る人間がいる限り不滅だ。だが、あいつを止めるにはそれしか方法がないのだ。よろしく頼む。」
そういうとエーベルージュの精霊は消え、光がほとばしった。
...気が付くと私は部屋にいました。そして脇に手紙が一通−フェルデンへ 君が気を失っていたので、部屋へ連れて行った。感謝は不要だ。−謎の人物S−
わたしは誰がここまで運んできたのかすぐに理解しました。
「まあ..もっと工夫なさればいいのに..」
そして私はもっと重大な事を思い出した。
「はやく仲間を集めないと..あと2人の....」
第四話(elthy)尊き志を邪に染めぬ事を
次の日の朝。ノイシュとスタンベルクは心配して、私の部屋まで顔をのぞかせに来てくれたんです。
私は、もう大丈夫、って所を二人に見せたかったので、二人にミルクティーを入れたんですよ。スタンベルクさんはさすがに貴族のお家のご出身ですね。優雅に紅茶を一口お飲みになられて、こうおっしゃいました。
「君は倒れていたんだけど、何だかすがすがしい顔をしていたよ。」
え?そうなんですか?そう言えば、あの時は自分の使命を知らされたのですけど、大変だと思った反面、何か目的を見つけたような・・・・
「君を送った後で、僕はあの本『エーベルージュ』を読んでみたくなってね。君の横に転がっていた『エーベルージュ』を持ってかえって読んでみたんだ。」
「あの分厚い本を一晩かけて読んだの?大変だったでしょ?」
「ところがだ、ノイシュ。何ページも読まないうちに目の前がふっと真っ白になって、本がどこにも見当たらなくなってしまったんだ。ふと前を見るとなにやらぼやっと青い炎の様なものが見えたんだ。」
私のお会いした、「エーベルージュ」の精霊様でしょうか? 「本体を見ると、なかなか気品にあふれた頑健な若者でね。こう言ったんだ。わたくしは、エーベルージュの物語を司るもの。そう。あなたには、エーベルージュの精霊と申し上げた方が分かり良いかもしれぬ。実は、わたくしが、いや、「もう一人の私」と言うべきだろう、急に悪しき考えに巻き込まれてしまい、エーベルージュの世界を壊しにかかろうと・・・・わたくしは懸命に止めたのだが、もはや一人の手にはどうにも・・・もはや邪悪に満ちた彼女を止める術はないのだろうか。
そちらの方も正道の騎士の心がおありならお願いしたい。 恥を忍んでお願いする。私に助太刀をお願いできないだろうか。僕は、ここは君たちの力も借りた方が確実だと思ったからこう言って握手して別れた。」
「同志よ。 正道を切り開くのは難しくともいつかは王道となりて太くならん。
邪道を切り開くのは易しくともいつかは悪道となりて滅らん。
正道を切り開かんとする志持つ若者たちを連れ、ここに再び舞い戻ろう。
同志よ。願わくばその日までその尊き志を邪に染めぬ事を。」
なんだか私のお会いした精霊様とは違う・・・そこまで高貴ではなくってもっと優しい、どちらかというと気弱に見える、芯のしっかりしたような・・・・
「まるでスタンベルクみたいな精霊だな。妙にもったいぶったところも、変に自信家な所も、騎士の気高い心なんかを強調するところも。意気が上がっただろう、スタンベルク?」
「ああ、なかなか気分の良い若者だった。ネルトみたいな小物な所も、ハイデルみたいなおおざっぱでがさつなところもなさそうだしな。って、君はいつからここに!!」
「あらまあ、いつのまにいらっしゃったのですか?リンデル」
「へへっ。たまに珍しく早起きすると面白い話しも聞けるもんだな。狂える精霊様とそれを愁う騎士精霊、それを収めんとする精鋭たち・・・・ね、アタシにもその本貸してよ。そんなファンタジー、読んでみたかったんだ。」
「君のような無教養に、このような本を読めるかな?」
「いったなぁ!スタンベルク!」
どうしましょう・・・・こんな所で喧嘩されても、私、困るのですが・・・
「ね、スタンベルク。私思うんだけど、ここで変に尖がっても、問題の解決にならないと思うの。それより、リンデルにも仲間に入ってもらって、一緒に精霊さんを安心させてあげた方が良いんじゃないかな・・・。ね、フェルデン。」
たしかに、ここでリンデルをはじき出しちゃうと、ある事ない事言いまわる事も考えられるよね。人に認められない事を何よりもいやがる娘だから・・・
「そ、そうよね。スタンベルクは武闘大会で闘った事もあるから知ってると思うけど、スタンベルクとリンデルが組めば、狂える精霊さんと、万が一闘うときに、心強い、と思うわ。お茶入れてくるね。リンデルも飲むでしょ。」
「アタシ、砂糖要らないから。あ、クッキーはちょうだい。」
私はポットにお湯をいれながらもう一度ゆっくり考えました。スタンベルクさんがお会いした精霊様はどうやら私がお会いした精霊様とは違うお方、でも狂える精霊様ではない・・・・・狂える精霊様はどこにいらっしゃるのでしょう・・・・リンデル、あなたはどのような精霊様に会えるのでしょうか?あの本は、あなたがゆっくり読んでも大丈夫なように出来たらな、っておもいます。
第五話(おタヌキ大明神)冒険への扉
大変だ、リンデルがいなくなった!」
「まあ、どうしたんですか、スタンベルク、そんなにあわてて、あなたらしくも無い」
いつもは落ち着き払った(ネルト君に言わせると、「尊大」なんだそうです)スタンベルクが血相を変えて私の部屋に飛び込んできたのは、その日の昼過ぎの事でした。
「これが落ちついていられるか、昼食をとりに食堂へ行ったら、いつもなら山積みの皿の中に埋もれて『飯をかき込んで』いるリンデルの姿がどこにも無いじゃないか、気になって彼女の部屋に行ってみたんだ」
「そんなに・・・気になります?くすくす」
「いや・・・気になるというわけでも・・・」
あらあら、スタンベルク耳まで真っ赤ですわ。
「ん?、今はそんな話をしている場合じゃない!彼女の部屋に行ってみたら、開いたままの『エーベルージュ』だけが残っていて、彼女の姿はどこにもないんだ!!」
「気を失っていたりではなくて?」
「そう、僕の場合も君の時も、気は失っても身体はそこにあった。しかし、リンデルの身体はどこにもない」ということは、リンデルは、『狂える精霊』に連れ去られてしまったのでしょうか。
その後、ノイシュもまじえて3人で学園中を探しましたが、やはりリンデルはどこにもいません。
やはり『狂える精霊』に連れ去られてしまった、そういう結論に達しました。ザクセン学長に相談しようかとも思いましたが、他の学園に行っておられるとのこと(当然ですよね、他の6つの学園の学長でもあられるのですから)。やはり私たちだけの手で解決するしかなさそうです。
「しかし、我々の手で解決するといっても、どうすればいいのだ」
さすがのスタンベルクも、わからないようです。
「とにかく、『エーベルージュ』の本は、もう読まない方がいいわね。」
「そうですね、何が起こるかわかりませんからね」
「それと、どうやって精霊の世界に行くか、だ」
「『樹界物語』や他の本の精霊たちの力を借りるとして・・・ただ単に図書室に行けばいいのかしら?」
「こんなお話を聞いたことがあります。『精霊たちの刻、それは夜。世界が闇に包まれるとともに彼らは営みを始める。善なる気を持つ者も、邪悪なる気を持つ者も。そして朝。東の空が白み始めるととも邪悪なる気を持つ者どもはその営みをやめ、最初の曙光が差すとともに善なる者どももその営みを休める』」
「つまり、夜明けの時間なら、善なる力を持つ精霊の力を借りることが出来る、ということね」
「よし、決まりだ。明日の未明3時、校舎の前に集合だ。くれぐれも、誰にも見つからない様に」
「わかったわ」
「わかりました」
その夜、私はもう一度、『樹界物語』を読み返してみました。そして、日記を書くと、早めに床に就きました。
翌朝はやく、私は着替えを済ませると、『樹界物語』『エーベルージュ』、そしてわが家に古くから伝わる神話の本をもって、校舎の前に行きました。まだ二人は来ていません。
「かさっ」
微かな足音に振り返ると、ノイシュがやってくるところでした。西の稜線に間もなく沈もうとする十三夜の月の光を浴びて、アンヘルの民族衣装に身を包んだ彼女の姿は、神々しいまでに美しく、光輝くようでした。
「ごめんね、待った?」
「いいえ、今来たところです。」
「ざっ、ざっ」
この力強い足音は、スタンベルク。貴族の正装に身を包み、威厳にあふれた足どりでやってきます。
「待たせて済まない」
「いいえ」
私はスタンベルクがはいている剣に目をやりました。
「スタンベルク、その剣は」
「これか、これはわが家の家督を継ぐ者だけが帯びることを許される、父祖伝来の剣だ」
「それは置いていって、お願い」
私の意外な言葉に、スタンベルクも、そして背後のノイシュも息を呑むのがわかりました。
「しかし、何が起きるかわからないのだぞ」
「大丈夫、相手は本の精霊さんです。本のことなら私は誰よりもよく知っていますから。その私が大丈夫だと思うのですから、だからお願い、その剣は置いていって。あなたには、剣よりも、その勇気と決断力をお借りしたいんです。」
「わかった、君がそう言うのなら、これは置いていこう。ちょっと待っていたまえ」
スタンベルクは自分の部屋へ剣を置きに戻って行きました・・・。『大丈夫』今の私の台詞、あれは嘘です。私が会った『エーベルージュ』の精霊さんの話、そしてリンデルが連れ去られている、という事実から考えて、おそらくただではすまないでしょう。でも、その時は、私が・・・・。
「フェルデン!まさかあなた、馬鹿なこと考えていないわよね?!自分を犠牲にしようなんて!!!」
ノイシュの鋭い声に振り返ります。
「流石はアンヘルの血を引く者ね、ノイシュ。でも馬鹿なこと?馬鹿なことなんかじゃないですわ。私はこの世界が好きです。山も、森も、風も、全てが。」
「私が会った『エーベルージュ』の精霊さんは、『我々本の精霊はその本の存在を知る者がいる限り不滅だ』、そう言っていましたが、でも、狂った精霊さんを殺してしまったら、その精霊さんが司っていた部分は変わってしまう。私はね、誰も傷つけたくないんです。そして、この世界がこのままであって欲しいんです。だから、馬鹿なことだなんて思いません。」
「わかったわ、フェルデン。でも、でもね、あなたはひとりじゃないの。その気持ちは私も同じ。だから、全てをひとりで背負い込もうなんて思わないで。お願い・・」
ノイシュはそれだけ口にすると、私を抱きしめました。なぜでしょう、母親の胎内にいるような、あたたかい気もち。
「ありがとう、ノイシュ・・・・」
目を閉じて、心を澄ませます。耳から入ってくる、風の音、木々のざわめき。そういったものが、自分のまわりに収斂し、小さくなってぱちんと消えると、そのあとには心に直接聞こえてくる精霊たちのざわめき。善なる者も、邪悪なる者も。あ、いま邪悪なる気配が消えました。
刻が満ちたようです。
「さあ、行きましょう」
目を開くと、ノイシュも、いつの間にか戻ってきたスタンベルクも同じことを感じていたらしく、無言で頷き返してきました。
「カツ、カツ・・・・」
三つの足音が階段を昇り、図書室の前で止まります。私は胸に抱いた三冊の本をぎゅっと抱きしめると、扉に手をかけました。すると、周囲にまばゆい閃光が・・・・・
第六話(がーらんど)そして滅びの呪文を
光の漏れる扉を押すと私たちはまばゆいばかりの光に飲み込まれました。足下の感覚がなくなったかと思うと、周りを包んでいた暖かな霧のような光はすっと引いていき、あたりの景色を作り出していくのでした。
私は少し怖くなってほかの二人の名前を呼んでいました。
「ねえノイシュ、スタンベルク、どこ、どこにいるの?」
しかし声は帰ってきません、辺りを見回しても二人の姿はありませんでした。
あたりの霧がすっかり晴れると、私は花の咲く丘の上に立っていまいた。鳥のさえずりが空に響き、気持ちのよう風が頬をたたきます。
状況がつかめず、ただ呆然と立っていると手に持っていた本から私に話しかけてきました。
「ここはあなたが来たいと心の中で願ったエーベルージュの本の世界です。樹界物語の本の精である私の出来るのはここまで、これから後はあなたにお任せするしかありません」
私はほかの二人のことがとても気になり本の精に聞いてみました。
「扉の前で一緒だったほかの二人はここには居ないのですか、この世界には私一人なのですか、そしてリンデルは・・・」
ここまで話すと樹界物語の本の精は私にこう話してくれました。
「ここはあなたがこうありたいと願った、エーベルージュの本の世界、ほかの二人はそれぞれのエーベルージュの世界におりたったはずです。あなたと共にほかの二人があなたのこの世界にくることを願えば、ほかの二人にもこの世界で会うことが出来るでしょう。」
「私が願えば・・・ノイシュ、スタンベルク、そしてリンデル、私の心の声を聞いて、そして願って、このエーベルージュの本の世界にくることを・・・」
私は目を閉じてこう願いました。すると私の心の片隅で誰かが呼ぶ声がします、そっと目を開くと私の目の前にノイシュとスタンベルクが現れました。それと同時に樹界物語の本の精が私たちにこう話しかけました。
「あと一人にはあなたの願いは届かなかった。悪の心に傾いたエーベルージュの本の精に阻止されてしまったようですね、それならこちらから参りましょう、あなたを信じる友達のもとに、そしてエーベルージュの本の精の元に」
その言葉だけを残して樹界物語の本の精は、その後私たちに話しかけることはありませんでした。
少しの沈黙の後、ノイシュが私の手を取りこう話しかけてくれました。
「ねえフェルデン、あなたの願いが私の心に届いたように、きっとリンデルにも何らかの方法で願いが届くと思うの、だからその方法を探しましょうよ。」
スタンベルクも私とノイシュの手を取り続けてこう言ってくれました。
「ここは君の世界だってことを、君が私の心の中に話しかけてくれた。これは君の願いが私の心に届いた証拠だ、だからノイシュの言う通り我々でリンデルの心に訴えかける方法を探そうじゃないか。」
スタンベルクのこの言葉に勇気がわいてくるようでした。
「そうね、やってみましょう」
私たちはひとまず少し歩くことにしました。こうすることでリンデルやエーベルージュの本の精に近づけるような気がしたからです。ノイシュの言葉をを借りるとこういう理由からです。
「ここはあなたのエーベルージュの本の世界よね、そうするとあなたが思ったこと、あなたの願いや想いからこの世界は出来ていると思うの。だからあなたが思ったことすべて私たちに教えてくれる?あなたが思ったことがこの世界でのすべてだろうから。」
現実にこの世界の風景は、私が思い描く心の世界そのものでした。美しいと思った風景、気持ちのよい空の青、そして鳥の声を運ぶ優しいそよ風。私が心地よいと思ったものすべてで作られているようでした。
そんな風景の中、突然前を断ち塞ぐように黒い森が私たちの前に現れました。その中からは冷たい空気が流れてきて私たちを拒絶しているような、そんな雰囲気に包まれていました。
そしてその黒い森には小道すらありませんでした。でも私の心の中に小さな小道が出来るのが見えます、すっと目を閉じてみました。
「見て、フェルデン」
とノイシュの声、私の目の前にはまっすぐの小さな小道が出来ていました。そして聞こえたのです森の奥からリンデルの声が。
「リンデルが呼んでるわ」
「この森の中にリンデルがいるのか?」
「分からない・・・でもそんな気がするの」
「フェルデンがそういうなら間違いないわ、この小道を進んでみましょう」
私たちはこの暗い森の小道をゆっくりではありますが進んでみました。進む度に背中がぞくぞくします。
どれくらい歩いたか想像もつきません、私たちは大きな黒い巨木の前にたどり着きました。ここから先はもう道はありません。
私は目の前のその巨木を見あげました、すると大きな光芒がすっと開き、私たちの前に降り立ちました。光がその輝きを半分くらいにした頃でしょうか、その中に人がいることに気づきました。
「あ・・・あれはリンデル、リンデルね!」
そうです、リンデルが私たちの前に現れたのです。しかしいつもと様子が違うことにスタンベルクが気づきました。
「フェルデン、あれは本当のリンデルじゃない!」
「じゃあ誰なの・・・」
この言葉を遮るようにリンデルは口を開きました。
「とうとうここまで来たか・・しかし君たちのこの行動もここでおしまいだ。」
「きさま・・・エーベルージュの本の精だな、リンデルは何処にやった?」
「リンデル?この小娘か?これから先こういった肉体もあった方が都合がいいのでな、ひとまず私が借りることにした。これなら君たちも手出しが出来まい。」
そうです、エーベルージュの本の精がリンデルの体を乗っ取ってしまったのです。
「私をどうしようと君たちの自由だが、自分たちの置かれている状況も少しは把握してもよいのではないかね?」
そういわれ後ろを振り返ると、今まで私たちが歩いてきた道は少しずつ消えて行くところでした。
「さあ迷いたまえ、この黒い森の中で、もう君たちに現実に戻るすべはない。」
リンデルを乗っ取った精霊は冷たいほほえみを浮かべ私たちにこう言ったのでした。
リンデルの姿がうっすらと消えようとしたその時、なぜかその顔に苦しむようなそんな表情を浮かべたのです。
「む・・・きさま・・・」
精霊はさらに苦しそうに顔をゆがめました。
「・・そういうことか、フェルデン、ノイシュ、リンデルは心の中すべてをあの精霊に支配はされてはいないようだ。」
「・・・そう、聞こえるわリンデルの声が・・・ほら心の奥で」
ノイシュはそういうと瞳を閉じリンデルの言葉に心を傾けました。
「フェルデン、分かったわこの暗黒の世界を、そしてあの暗黒の狂える精霊を取り壊す方法が!」
「私にも聞こえたわ・・・そうねやってみましょう」
「私にも聞こえた、さあ手を繋ぎこの本を囲むんだ!」
私たちお互い手を繋ぎエーベルージュの本を囲みました。
「私たちが手にしているこのエーベルージュの本は、最後の数ページが無くなり暗黒に染まった世界のまま物語が終わっているんだ。」
「だから私たちの創造魔法で明るく開いた世界が書かれたページを作り出せばいいのね。」
「さあ願いましょう、明るい未来に向かった最後のページのために・・・」
私たちは願いました、明るく広がる未来のページを。
それを阻止しようと精霊は私たちに向かって魔法をかけたようでした。でも私たちの周りはうっすらと光に覆われ、それらを跳ね返してしまったようです。
本は輝き、私たちの目の前まで浮かびました。そして大きく光ったかと思うとまた地面に落ちたのです。
「なにも起きない・・・だめだったのか?」
「・・・・まって、ページは出来てるわ」
ノイシュがその本をめくると、見たこともないページが出来ていたのです。
「・・・私たちが出来るのはここまでみたいね」
ノイシュがため息混じりにこういいました。
「どういうことだ!」
ノイシュに本を渡され私もそのページを読んでみました。
「このページに書かれている、滅びの呪文を唱えればこの世界は崩壊するのですね、ただ善にも悪にも使えるから誰もおそれて使わなかっただけ・・・」
「まて・・・リンデルの声が聞こえる・・・今は暗黒の悪の世界・・・誰か現実世界でこの本を開きこの滅びの呪文を唱えてくれれば・・・・そうか、わかったぞ!」
リンデルはスタンベルクに心の中でこういっていたのでした。
そうです、この滅びの呪文でこの暗黒に染まる世界を崩壊させてやればいいのです。
「私たちはまだ四人しかこのエーベルージュの本の世界に入っていない、樹界物語の精霊の言っていた最後の五人目はこのための・・・」
私はこのとき樹界物語の精霊の言っていた事がすっかり見えたようでした。
「ねえフェルデン、今ここにあるエーベルージュの本は現実世界でも存在するのかしら、もしそうだとしたら私たちの創造魔法で作られたページは向こうの世界でも出来ているのかしら・・」
「大丈夫よノイシュ、ちょっとはっきりしないんだけど大丈夫だって気がするの」
私の心の中で暖かな何かが開きました、絶対に大丈夫、そんな気がしました。
「フェルデンがそういうなら間違いはないわね」
「さあみんなで願いましょう、現実世界でエーベルージュの本を開き、滅びの呪文を五人目の誰かが唱えることを」
私たち三人は願いました。現実世界でこの本を開き、滅びの呪文を唱えてくれることを。
五人目の勇者の到来を・・・・
最終話(KOU)届けこの想い・・・
私の背後で何かが輝いている・・・そんな感じがしたので振り返りました。なんと、エーベルージュの本の精に体を乗り移られたリンデルが、手中にバーケットボール大の光球を作り出していたのです。それは私が見ている間にも少しずつ大きくなっていきます。
あぶない!
そう感じたとき、隣にいたスタンベルクが前に進み出て、魔法により光の壁を作り出しました。精霊の発した光線は間一髪の所で、光の壁に阻まれましたが、なおもそのエネルギーは壁に向かって注がれています。
「今のうちに滅びの呪文を・・・・」
スタンベルクが苦しそうに顔を歪めています。
うまくいくかどうかは分からない、でもこれしか方法はないのです。そう思った私はノイシュに言いました。
「これが出来るのはノイシュあなただけよ。さあ、現実の世界にいる、あなたの一番親しい人に思いを届けて!」
ノイシュは一瞬戸惑ったようでしたが、すぐに私の考えを理解してくれたようです。眼を閉じ、手を合わせ、祈り始めました。彼女の一番親しい人に・・・・。
空耳かな?
深夜、僕はベッドの上で上半身を起こしていた。確かに誰かの声を聞いたのだけれど・・・。
ナック・・・・・
今度は間違いない。はっきりとノイシュの声が聞こえる。僕は立ち上がり、部屋の扉を開けた。でも、そこにはノイシュの姿はなかった。
「ノイシュ、どこにいるんだい?」
僕の呼びかけに答えるようにして、また声が・・・・
「ナック、いますぐ図書室に来て。お願い!」
僕は何が何だか分からなかったけど、その声にただ事ではないと感じ、図書室に向け駆けていった。
私はスタンベルクに力を貸して、精霊の発する光線から魔法の壁を支えました。光線は絶えることなく壁に注がれ、このままでは二人の力は限界に達していまいます。
「そうよ、ナック。そのエーベルジュという本を手にとって」
背中越しに、ノイシュの声が聞こえてきます。どうやら呼ぶことに成功したみたいです。あと、少しの辛抱、私とスタンベルクは最後の力を振り絞りました。
「最後のページを開いて、そこに呪文のようなものがあるわね。・・・・・・そう、それ。その呪文をナックに唱えて欲しいの、今すぐ」
私とスタンベルクは残されたわずかばかりの魔法の力を、なおも壁に注ぎつづけます。しかしながら、そのかいもなく魔法の壁はみるみるその厚みをなくしていきます。
どうやら私たちの魔法の力は底をついてしまったようです。壁に小さな穴が生まれ、それは光線により広がり、ついに消滅。それと同時に、目映いばかりの光が私の目前に広がります。私たちはやられてしまうのでしょうか・・・。
だんだんと薄れゆく意識の中で最後に見たものは、私をかばおうとするスタンベルクの姿でした・・・。
真っ白な空間・・・まさにそう形容するにふさわしい場所に私は立っていました。足を付けているのでもなければ、浮いているのでもない・・・・そんな不思議な感覚でした。
そんな何もない空間で、ただ一人の男の人が私を見つめています。若い学者の卵、そんな印象を私はその人から感じました。もちろん、初めて会う人なのですが、そのどことなく威厳のある眼差しにはどこかで会ったような気がします。
「君がフェルデンかな?」
「は、はい」
突然の問いかけに、私はそれだけ答えるのが精一杯でした。
「ふふふ、そう緊張しなくていい。・・・なるほど噂通りの賢そうな娘だ」
厳しい外見とは違った、暖かみのある声に私はほっとしました。
「私はエーベルジュの本に宿る精霊だ。君たちの倒すべき敵になるのかな?」
これが本の精霊? さっきまでの邪悪な感じとはまるで違うのですが・・・。でも、今はそんなことよりも、彼に聞かなければならないことがありました。
「みんなはどこにいるの?」
「安心しなさい。君の大切な友達なら、寮のベッドの上でぐっすりねむっていることだろう。ノイシュもスタンベルクもナックも、もちろんリンデルもな。本来なら君にもこのことは夢として忘れてもらう規則ではあるんだが、何かと迷惑をかけたことだし、特別に君だけをここに呼んだという次第だ」
「ここって、エーベルージュの本の中の世界ですか?」
「その通り。さっきまで君たちの見ていた、森とか巨木は全て幻影に過ぎない。本の世界とは、こういった何もない世界なのだ。どうも私が買い物に出かけている間に、いたずら好きの精霊どもが悪さをしていたようだな。樹海物語の精も手の込んだことをするもんだ」
本の精霊が買い物だなんて・・・私はおかしくなってきました。それにしても、さっきまでのがいたずら・・・ちょっとやりすぎのような気もしますが、精霊はちょっと人間と感覚が違うのかもしれません。
「ところでザクセンは元気にやってるかね?」
唐突な質問だったので、誰のことかすぐには分かりませんでしたが、やがて学長のことだと気付きました。
「学長ですか? それはもう年齢を感じさせないくらいです。精霊さんは学長の知り合いだったんですか?」
「私のこの姿はザクセンによって作れたものだ。本が読む側の人間に影響を与えるように、人もまた本、つまり本の精霊に影響を与える。このエーベルージュの本は、まだ駆け出しの歴史学者であった頃のザクセンにより幾たびも読まれ、その結果、今の私のこの姿があると言うわけだ」
どおりで見覚えがあるわけです。若い頃とはいえ、学長だったのですから。
「本の精霊は、その本を読んだ人間のその時の感情を映し出す鏡とも言えるのかもな。ただ、精霊の側が読む人間を拒否することもある。フェルデン、君にも読んでいて眠くなってしまったり、ぜんぜん内容が頭に入らなかったりする本はあるだろ?」
「ええ、理系関係の専門書はちょっと苦手ですね」
「つまりそういったことなんだ。さっき、君が初めて私に会ったとき、どんな印象を受けたかね? なんだか気むずかしそうな感じを受けたのだろう?」
なんだか心の内を読まれているみたいです。私は頷きました。
「それはザクセンが私、つまりはエーベルージュの本を読んだときに世界に対する危機感を感じ、それにどう対処するかを悩みに悩んだ、その姿を映し出しているのさ。大体こんな姿だから、さっきみたいに他の精霊が私の名を使って、いたずらをしたがるのだろうよ」
精霊さんの愚痴なんて、初めて聞きました。
「時に、最近ザクセンは私に会いに来ない、つまりこの本を読まないと言うことだが、何らかの解決策を見つけたのかな」
そこで精霊さんは私を見て、ふっと口元を緩めました。
「・・・・なるほど、君たちがその光明というわけか。確かに君たちならこの危機を乗り越えられるかも知れないな」
「危機って何ですか? 一体、カダローラ、いえ、世界に何が起きようとしているんですか?」
「それは残念ながら言うことは出来ないのだよ、フェルデン。本はただ文字によってその知識を人間に伝えるのみなのだ。決して自ら語ってはならない、それが掟・・・・だが、君たちならいずれ自分の力でそれを知り、解決すると私は思う。聡明なフェルデンよ、その時また会おう」
ちょっと待って・・・私は口を開きかけましたが、それが声になる前に周囲は光に包まれ、私はそれにとけ込むかのように全ての感覚を無くしました。
窓から入ってくる日の光に私は目を覚ましました。見ると、私は自分のベットの上で寝ていたようです。でも、さっきまでのことは夢ではない・・・・そう私ははっきりと言うことができます。理由はないのですが。
今日は日曜日。身支度を整え、私はいつものように図書室に向かって廊下を歩いていました。
ドタ、ドタ、ドタ。
私の背後で誰かが廊下を走っているようです。注意しなきゃ、そう思ってその足音の主を振り返ろうとしたら・・・・
「おはよう、フェルデン」
それはコーでした。彼女の笑顔を見せられると、注意しようという気は無くなってしまいました。
「おはよう、コー。そんなに急いでどうしたの?」
「うん、これから体育館でみんなとバーケットするの」
「それは楽しそうね。私も仲間に入れてもらって良いかしら」
いつもなら、せいぜいみんながバーケットするのを見ているぐらいなのですが、今日は一緒にやりたい・・・・そんな気持ちがしたのです。
「もちろん。じゃあ、フェルデンは私のチームね」
コーはそう言って、時計を見ました。
「あっ、いけない。実は私、寝坊しちゃったんだ。急がないと」
「じゃあ、体育館まで走りましょう」
ちょっと学長の顔が浮かんで後ろめたかったのですが、たまにはいいですよね。
私とコーは廊下を走っていきました。
不思議の本のフェルデン (完)
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