エルツリレー妄想シリアス編




第一話 (elthy) 「凱旋同窓会に真紅の薔薇は輝かず」



いつも一緒だった、そしていつも楽しそうに笑っていたあのころ。永遠に続くかのようだったあの時からもう五年という月日が経ってしまった。
 自分ではもう立派な大人になったと妄想しているあの日の少年少女たちが、今日、久しぶりにこの喫茶店に集まる。
 今入って行こうとしているマントを羽織った、一見騎士風の若者もその一人である。彼は学生時代にそうしていたように、喫茶店の扉を開ける。昔はそれなりには重かったはずだが、どうやら今の彼にはやや力があまりすぎたらしい。扉は風を切ると砕け散りそうな音を立てた。
 それは宮仕えでの活躍、そして凱旋を主張するにはこの上ない演出であった。
「おう、うわさのナック様の御成りだぜ。まったく偉そうになりやがって。」
 いくつになっても口さがないハイデルが入ってくるなり容赦のない一言を浴びせる。
 学生のころはこのせいで喧嘩しかしなかったが、今日の場合はそれも懐かしい雰囲気の良い演出だ。
「ナック君、やっぱり、王宮ってところは大変でしょう。私だったら緊張で倒れてしまいそうだわ。」
「あはは。玉の輿志願のカステルらしくない一言ねぇ。」
「言ったわねぇ、リンデル!」
「そのようなどたばたしたいつもの雰囲気の中、どちらかといえば上に近い座席に座ったナックは、左右ときょろきょろして、どうも落着かない様子であった。
 それは、初等部のころからの同級生で、彼の目当てでもある娘の顔が見当たらないからだった。
 確かに集団になれるのは苦手な方ではあったが、この場に現れないのは、どうもおかしい。それに出席の確認は取れたと聞いている。
「エルツは?」
 ナックは隣に座っていたネルトに耳打ちをするかのように話し掛ける。
 ネルトは眉間にしわを寄せ。首をひねる。この会をセッティングしたのがお祭りずきの彼であるだけに、人数が揃わないのは悔しいらしい。
 ネルトが話すのをめんどくさそうにしているように見えたのか、そのまたとなりから、口が挟まってくる。
 彼女にとっては人の噂話しにはとりあえずかんでいかないと気が済まないのだ。
「エルツはね、歌劇団の初公演の千秋楽を昨日終えたばかりよ。初めての歌劇団で役をもらえるのよって事で私には大喜びで話してくれたのよ。演劇団ではいつも主役を張ってるのに、やっぱり中央、っていいのかしら。エルツの事だから今日は自慢しに来ると思ってたんだけどなあ」
「モリッツ、相変わらず、人のことにくわしいなあ・・・・」
「やっぱり現在超売り出し中のトリフェルズの演劇の星!何ですもの。敏腕美人記者の私が調査しないわけがないじゃない。そうだ、ナック君、今度私の取材を受けてよ!『超人気!若手アイドル騎士を可憐な記者がばっちり取材』なんて・・・」
 ナックはモリッツの相手を気の毒なネルトに任せ、さらには自分でよく言うよ、とまくしたてるモリッツ本人には聞こえないよう一人ごちたあと、また居ないエルツの影を探しはじめた。






第二話(がーらんど)「置き去りの花束」 



 この日、歌劇団の舞台は楽を迎えていた。
 このカダローラ国内でも屈指の観客動員数を誇るホールは、立ち見が出るほどの盛況ぶりで、幕が落ちると大波のような拍手が館内いっぱいに広がった。
 アンコールの幕が上がり役者たちがそれぞれの挨拶、エルツは舞台の中央から少し左に役の仮面を付けたまま立っていた。
 誰もがうらやむ歌劇団の舞台、主役ではないとはいえ、彼女は観客を釘ずけにするほどのその演技力で日に日にその人気を高めていった。
 主役たちの挨拶が終わりエルツが舞台に中央に立つ、控えめなお辞儀の後彼女が見せた笑顔は、素顔とはほど遠い舞台の顔そのもの、しかし観客たちはその笑顔に惜しみない拍手を送った。
 楽屋に戻り鏡に向かう、メークを落としながら彼女は日に日に増してくる不安感に心を青くした。
 これは私が望んだこと、歌劇団の舞台は私の夢。
 そうつぶやきながらその青く染まろうとしていた心に暖色系の絵の具を溶かそうとした、でもできない、今私は誰もがうらやむ歌劇団の人気女優と認められたはずなのに。
 エルツは鏡の現実に戻る、そして舞台メークとともにローズレッドのルージュを落とした。
 舞台衣装を脱ぎ捨て軽いドレスに着替えると、彼女はため息をつきながら鏡を覗き込む。
 これが私、本当の私、舞台の上で悲劇の人生を歩んだあの私は消え去り、つまらない、どこにでもいる気弱な平凡な女の子に戻る瞬間。
 エルツはこのひとときの時間が、ほかのどんな時間よりも嫌いだった。
 お気に入りのピンクのルージュを引く、このとき何故か今まで舞台で演じていた、悲劇のあの娘の恋をふと思い出した。私にはあのような想いが、あの強い想いを持ち続けられるだろうか。
 今までいくつかの恋をしてきた、でも舞台が終わるようにこの恋も消えていった、フェードアウトで。
 でもあれは恋?ウソね、あれは恋じゃないわ、あれは舞台稽古の一つ、舞台のための恋のシュミレーション。
 こんなことを思う自分を避けるように鏡から目を離した、そらした目線の先にはファンから送られた深紅のバラ。エルツはそれもさけるように目をそっと閉じた。
 バラ?そう、そうね、あれはきっと恋、これから先ずっとずっと想いをとげることがない思い出だけの。
 なにも見たくなくて目を閉じたはずなのに、あの人の少年の頃の横顔が鮮明に浮かんできた。早く大人になりたい、彼のかすれるその言葉とともに。
「エルツさん、この後パーティーがあるから遅れないでね」
 軽く肩をたたかれ瞳をあける、すると初老の劇団員が鏡に映っていた。
「あなたがいないとパーティーも寂しくなるわ」
 そういうと、用意があるといい楽屋から消えていった。
 はっとして、鏡に映る逆さの時計に目をむけた、針は約束の時間三十分前、エルツはあきらめがちに大きなため息をついた。

 パーティ−会場は退屈そのものだった。
 シャンペングラスを手に会場の端よりに彼女は立っていた、そしてその彼女に集まってくる劇評家たちは口々にこういうのだった。
「君の舞台姿はすばらしい、次の舞台も期待してるよ」
 でもエルツの心はそう言われるたびに冷たくなる、作った笑顔で彼らに挨拶、はれない心はそのままで。
 エルツにとって今回の舞台は納得できるものではなかった。
 脚本、演出、照明、そしてキャスティング。どれをとっても非の打ち所のないもの、商業的には成功作。
 でも何かが足りない、小さな劇団で感じたあの満足感が、あの情熱が。
 この劇団の人々は確かに一流のものを持っていると思う、けどその実力故に見えない何かがあることに彼らは気づこうとしていないのかもしれない。
 そして今の自分に足りないもの、その何かが知りたい。
 過ぎていく時間、はれない心、これらが積み重なっていき苦しさを感じた。
 だめ、早くこのパーティから抜け出したい。
 エルツはうつむき加減で、静かにこのパーティー会場を後にした。

 日が沈んだ街は、その姿を人工の日にさらし新たな顔を見せていた。
 その街の中を一人、エルツは歩いていた、手にはあのバラの花束を抱えて。
 まだ間に合うかしら、そしてあの人は・・・
 足取りは無意識に速くなっていた、彼女は思うこんなことを。
 居てほしい、居ないでほしい。
 逢いたい、でも逢いたくない。
 足取りとともに募る相反する想い、でもどちらも彼女の本当の心。偽りのない純粋な心。
 交差点をを左に曲がると、同級生たちが集まるあの店の窓が見えた。
 暖かなアンバーのライトで照らされる店内に人々の声があふれる。さらに近づく、人々の集う影、エルツはその中に想いでのあの影を探した。
「いた・・・」
 大人になった彼、窓際に見た彼の横顔。
 少年の頃の面影が色濃く残るその横顔を見たら、胸にトキンと痛みを感じた。
 そして瞼が重くなる、うつむいた彼女の顔から一粒、滴がこぼれ落ちた。
「やっぱり逢えない・・・逢えないよ」
 その店の玄関にバラの花束を置き、エルツはその場を去っていった。
 霧雨が街を覆っていた。



第三話(金山)「雨に消えた彼女と憂鬱」


 どこをどう走ってきたのか覚えてない。
 気が着いたら、ここにいた。
 イカロスの丘。『この丘で夕陽を見たカップルは永遠に結ばれる』
 そんな話をマリエンに聞いて、色々理由を付けてナックをここに誘い出したのはいつのことだったか。
 刹那、風が吹き抜ける。思わず手をやった髪は、霧雨にしっとりと濡れていた。

  『大成功』に終わった今回の舞台。しかし、エルツ本人はかけらも満足していない。
 歌劇団に足りない物、それはもう判ってる。この劇団には、向上心が無いのだ。
 いつもの小さな劇団では、小さいが故に色々と試行錯誤を重ねる毎日だった。舞台の雰囲気作りから役作り、全てに試行錯誤を重ねる、まさに「手作り」の舞台だった。
 どうすれば、よりよい演技が、芝居ができるか。どうすれば、お客の心を掴めるか。そのためには、従来の配役などに大胆な新解釈を行うことなども躊躇わなかった。古典に独自解釈を加え、さらに高度なものとして昇華させようという意欲があった。
 だが、この歌劇団はどうだ。伝統に胡座を掻いているとはまさにこのことだ。先人の遺産を守ることのみに固執し、ただひたすら過去の舞台をトレースしているに過ぎない。有名どころの古典的な演劇シナリオには、古くから伝わるただ一つの「典型」が存在し、役者も演出も、それを忠実にトレースするのみ。新しい要素も、歌劇団独自の物も、何一つ無い。
 自分で役を解釈し、自分なりの役を作るのが役者だと、エルツは信じてきた。
 しかし、エルツのその価値観は歌劇団においては完全に否定された。ただ、伝統的な脚本にのみ沿った役を演じるよう、徹底的に指導された。
 エルツは、役に没頭することを一つの喜びとする。
 一度舞台に立てば、悪女を演じれば悪女になりきり、悲劇の少女を演じれば、どこまでも悲劇の少女になることができた。舞台上にいる間は、完全に舞台上の役と一体化している自分のみがいた。
 しかし、今回は違った。舞台の上で役をこなしながら、そんな自分を一段高いところから見ているもう一人の自分が常にいた。そして、その「エルツ」は、舞台の上の「エルツ」を、いつも冷めた目で見つめ、言うのだ。『あんたはただのロボットよ。女優じゃない。』 と・・・。
 そして、おそらく高いところから舞台の上の自分を見ている方の自分が、本当の自分なのだ。
 舞台の上の自分は、仮面を被った道化に過ぎない。
 しかし、そんな自分を、仮面を被った道化の方の自分を、ファンはもてはやし、劇評家達は賛美する。エルツにしてみれば、それまでの自分を否定されたも同然だった。
 嬉しくなどなかった。純粋に「ショック」があるだけだった。
 自分に自信が無くなった。自分が今までやってきたことは、目指してきたことは、一体何だったのか。
 役者から演出まで、全てを「一流」で固めた王立歌劇団。しかし、エルツは思う。「一流」って何なのだろうか? ただ、あるものを忠実にトレースすることができることを「一流」と呼ぶのか? 自分が目指していた「一流の舞台」とは、そういうものだったのか? 自分が一番なりたくなかったものだ。
 それが、「一流」なのか? 正しい姿なのか? 私は間違っていたのか?
 自信も誇りも打ち砕かれた。

 霧雨は、いつしか小雨に変わっていた。
 パーティー会場を出たときのままのドレスが、僅かに濡れて肌に張り付く。
 何もかも放り出したい衝動に駆られたとき、ふと、「彼」の横顔が浮かぶ。
『カダローラ軍に入隊して、王宮付きの近衛兵になるんだ!』
 高等部に入った頃から、彼はそんな自分の夢を繰り返し周囲に語っていた。エルツも何度となく聞かされたものだ。
 そして彼は今日、その夢を果たして戻ってきた。
 窓の外から見た彼の横顔。それは、どこかにエルツの知っている少年の面影を残しながらも、今の自分に自信を持つ者の顔だった。
 ああ、彼はちゃんと今の自分に誇りをもっているんだな・・・、それを感じたとき、エルツの胸はときめきながらも、締め付けられるように痛んだ。
 彼にひきかえ自分はどうだ。確かに、エルツもまた夢を成し遂げた。主役ではないにせよ、歌劇団の舞台に立った。人気も評判も鰻登りだ。しかし、そんな自分に誇りを持てない自分は、一体何なのだ。
 情けなかった。
 そんな情けない自分を、彼に見せたくはなかった。見られたくはなかった。
「私は・・・いったいどうすればいいの・・・・?」
 エルツはメイプルの木陰に、膝を抱えてうずくまった。涙が、その膝を濡らした。

 ベンラートの喫茶店では、既にナックの凱旋パーティーがお開きになろうとしていた。しかし、久しぶりに集まったクラスの面々だ。なかなか離れがたい物があったのだろう。別の店で続きをやろう、ということになり、一同は外に出た。
 丁度、霧雨が小雨に変わっていた。しかし、お目当ての人物に最後まで逢えなかったナックの心は、周囲ではしゃぐクラスメート達とは裏腹に、どこか空虚だった。
「あら? これ・・・」
 フェルデンが、入り口の脇に遠慮がちに置かれた花束を見つけた。
 花束の間に差し込まれたカードを手に取る。
「・・・ルシヨン君によ。」
 ナックはフェルデンからカードを受け取った。真紅のバラに映える白いカードにはただ一言、「ルシヨン・カレナック様」とのみ、書いてあった。
「誰かしら?」
 カステルが訝る。しかし、ナックにはすぐにわかった。
 どんな花よりも、真紅のバラが大好きだった彼女、この真紅のバラのような、真っ紅なリボンをいつも巻いていた彼女。
「・・・ごめん、ちょっと用事ができた! すぐに戻るから、先に行っててくれ!!」
「え? ちょっとルシヨン君!!」
 一同の声には耳もくれず、ナックは走り出した。
「もう・・・何なのよ。」
 モリッツが雨の中に消えるナックの背中を見ながら、不満げに呟いていた。




最終話(ぴんく)「魔法とさよならと二人の航海と・・・」


 雨の中をやみくもに走り回ったが、見つからない。あせる気持ちを押さえて、最近覚えた風の魔法の呪文を詠唱する。
「大気に宿りし精霊達よ、我が求める者の在処を我に示せ!」
 風の精霊に彼女のイメージを伝える。
「いた!」
 風の精霊はすぐに居場所を知らせてくれた。走れる距離だ。

                  :

                  :

 見つけた!木陰にうずくまって泣いている・・・深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
「・・・エルツ」
「!」
 精一杯微笑みかけてみたが、結果は・・・そっぽ。どうする?え〜い、小細工はやめだ!
「実は、今度、大陸に赴任することになったんだ・・・」
「!」
 あっ、驚いた顔・・・かわいい!
「任期は3年。今の大陸の状況からすると、命の危険もある。」
「!!」
 目がさらに大きく見開かれた。瞳がきれいだ。
「だから出発する前にどうしても君に会っておきたかった。」
「・・・いつ・・・出発なの?」
「来週・・・」
 顔が曇って、うずくまった膝に消えた。

                  :

                  :

「あたしも・・・一緒に行こうかな・・・」
「!」
 うずくまったまま、つぶやきは続く。
「もう、何をしたらいいのか分からないもの・・・」
「何があったか、話してみない?」
「・・・うん」
 彼女は淡々と話した。演劇のこと、劇団のこと、仲間のこと、ファンのこと、そして自分の夢のこと・・・途中、何度も「一緒に大陸へ行こう!」と言ってしまいそうになった。
でも、淡々とした言葉にちりばめられた演劇への情熱が、僕に一つの決心を促した。・・・ちょっとつらいが、彼女のためだ!
「どう思う?私、何をしたらいいと思う?」
「・・・エルツの中で、もう答えは出てるんじゃない?」
「え?」
「思ったとおりにやればいい」
「いいのかな?」
「エルツの人生だもの」
「・・・でも、それでいいの?」
 真剣な眼差し。こら!そんな目でせっかくの決心をぐらつかせる問いかけをするなぁ!
「いいさ!・・・でも・・・僕が戻るまでに、やりたいことに 一区切り付けておいてもらえると嬉しいな・・・」
 言わなきゃよかった、と思った最後の本音が彼女を明るくした。少し笑いながら、彼女は訊ねる。
「ふふ・・・どうして?」
「え?ま、まぁ、その、個人的事情ってやつかな?」
 瞳に光がよみがえった。ああ、これでいつもの彼女だ。
「わかった・・・がんばってみるわ! でも、必ず無事に戻って来てよね。 あたしの知らないところで勝手に死んだりしたら・・・殺すわよ!」
 小さな笑い声の後、二つの影が一つになった。 気が付くと、いつの間にか雨はあがっていた。

                  :

                  :

 1週間後、港町バートバイル。ナックの出発を見送る人垣の中にエルツはいた。
 急に早まってしまった時の流れ。出港が迫る。もう言葉を交わす時間はない。
一瞬交差する二人の視線。
(がんばれ!)
(そっちこそ!)
 それで十分だった。
 人々の握手攻めに合うナックを見つめながらエルツは思う。
 よ〜し!演劇界をひっくり帰してやる!あいつが何年も待てずに、あわてて飛んで帰ってくるような女優に・・・いい女になってやるんだから!見送りの人々を残して、ゆっくりと船が動き出す。
  ほんの少しのと寂しさと、抱えきれないくらいのたくさんの夢をいだいて、二人の航海が始まった。

(おしまい)


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