このページは岩崎果樹園の岩崎さんからいただいた講演原稿(※)を元に作成しました。 ご協力どうもありがとうございました。>岩崎さん

※ 平成元年2月8日 神奈川県農業協同組合中央会主催の農業振興会においての講演


昭和10年(1935年)代

_当時は5〜60戸の農家があっただけで、松山、雑木山が茂り、集落の中には酒屋、タバコ屋、分校場がそれぞれ一つあっただけ。いろいろな種類の野菜を作ってリヤカーに乗せて町に曳き売りに行っていた(春には草団子、秋には沢庵)。


旧岩崎邸模型(岩崎健三さん作)

↓模型内部。その精巧さに驚く。

本物の家のようだ。引き戸はもちろん動く。軒下に積んである薪も精巧。

昭和16年(1941年)〜20年(1945年)

_戦時中は、野菜と穀物を供出。戦後は食糧難で作れば何でも売れる時代だった。


昭和30年(1955年)

_町に野菜を売りに行った帰り道、次の野菜の種を買おうと店にいったところ、店の隅に枯れかかった桃と梨(長十郎)の苗を見つけた。 それぞれ2本ずつもらい、庭の片隅に植えてみた。これが今日の果樹の里の第一歩だった。

_数年経っても実がならない。野菜作りの指導に来ていた農業改良普及所の先生から長十郎は他の花粉をつけないと実らないと教えてもらい、じゃあ、いっそのこと一反ばかり梨を植えてみたらということになり、菊水を植えた。7年間は実を付けさせてはならないと言われ、来る年も来る年もせっかく咲いた花を摘み捨てた。


昭和38年(1963年)

_ようやく梨の実を収穫できるようになった。この頃から梨の植え付けも3人に増え、栽培面積も25アールになった。

_その後、東京オリンピックや東海道新幹線開通など景気が良くなり、農村の近くにも都市化の波が押し寄せてきて、消費者も近づいた。取れ始めた梨を野菜と一緒に売り歩いた。菊水を試食したお客さんに「こんなにおいしい梨がこんなに近所で取れるのか」と驚かれ、やがて口コミで広まり、お客さんの方から梨狩りに来てくれるようになった。

 
一番始めに植えた菊水 (枝は接ぎ木してある)
左枝が「秀玉」、右枝が「豊水」

昭和40年(1965年)

_農家での梨の宣伝とお客さんの口コミの五分五分でお客さんが増え始め、今度はだんだんと売る梨が足りなくなってきた。そこで近所の農家に声をかけ果樹の里作りを始めた

_といっても、梨の栽培に不慣れな仲間の為に毎月1回集まってみんなで問題を解決していった。努力の結果、8人で梨50トン、梅4トン、その他、柿、栗、葡萄、りんご、ゆず、みかん等現在の果樹の里の基礎が出来上がった


昭和55年(1980年)

_東戸塚駅ができ、駅を中心に一大都市計画が計画された。自分達の地域が便利になるのはよいことだが、便利さとは裏腹に今まで緑一杯だった山が削りとられて高層住宅ビルが林立するようになった。


昭和59年(1984年)

_これ以上緑を無くしてはならない、子や孫に継ぐ故郷がなくなる、と思い、安心して果樹の里として農業を続けていくために、市街化区域だったのを市街化調整区域に逆線引きを神奈川県に陳情し成功した。 これで安心して農業ができる。後は大勢来てくれるお客さんに喜んでもらえるようがんばろう。


昭和61年(1986年)

_横浜市の農業専用地区の指定を受ける。


農業専用地区の看板


昭和62年(1987年)以降

_昭和62年から平成2年までの4年間に、横浜市の農業環境総合整備事業で道路整備、水路の整理、梨棚等の整備を実施。その事業の一環として、豊荘も完成。

 


岩崎果樹園ホームページ

 
左が浜なし、右が岩崎家の庭にある自作の水琴窟

_農業は「人の心の故郷」です。その盛衰は国の、いや人の盛衰にあると考えます。農業者と地域住民が一緒になって自然を守り、住民参加の農業を行うことが、ふるさと創世であると思います。そしてこれを次の世代へと継承していきたいと思っています。

岩崎健三さん

  • 岩崎さんは、パソコン2台を自在に操り、受発注業務を始め、ホームページ作成まで何でもこなしてしまうITおじいちゃんなのだっ!
  • 岩崎果樹園に行ったときは、旧岩崎邸の模型や水琴窟も見せてもらおう!感動モノです。
  • 東戸塚駅の開業が遅れたのは、駅舎の場所が坂の途中でそれをクリアできる技術がなかったからなんだって。
  • 果樹の里整備時に崩した山土は八景島シーパラダイスの埋め立てや平戸小の造成でつかったとのこと。
  • 岩崎さんは平戸地区で3番目に自家用車の免許を取ったんだって。当時は自動車学校なんてなかったので、先に車を買って運転の練習をしてから六角橋の試験場(当時)で試験を受けたそうな。
  • 平戸果樹の里にある豊荘ではバーベキューもできるよ。詳しくはこちらを参照。

旧東海道を保土ヶ谷から東戸塚へ!」(観光 かながわNOWHP内)

保土ヶ谷駅から旧東海道を通り、権太坂、境木地蔵尊、焼餅坂、品濃一里塚、平戸果樹の里、そして東戸塚駅に至る道のりのレポートです。岩崎果樹園とアイス工房メーリアが紹介されています。