第1講 眠っている才能、鍛錬あるのみ!

 今日から「文章の書き方」をテーマにして、私の考えを話してゆきます。「日本語表現法」なんて、堅苦しい科目名がついていますがね、ぶっちゃけた話が「文章をどのように書くか」ということなのです。だから、あまり、むずかしく考えないようにしてください。いいですね。
 講義を始めるにあたって、みなさんにちょっと訊いてみましょう。「私は文章を書くのが得意だ!」という人、どれぐらい、いますか? ちょっと手をあげてください。
 あれ、あれ、誰も手があがらない。奥ゆかしいのかな。それとも何か警戒しているのかな。まあ、いいか。
 それじゃ「私は文章を書くのが苦手だ!」と思っている人、手をあげてみてください。
おや、おや、ほとんど全員じゃないですか。でも、手をあげない人もいるね。その人はさっきの奥ゆかしい人たちなんだろう。顔をよく憶えておきましょう。
 最後にもう一つ、「文章がうまくなりたい!」と思う人、さあ、手をあげて!
 全員の手があがりましたね。おおいに結構です。みなさんは私の策略にうまくハマリまったようです。それとも裏をかいたつもりかな。たとえば私を嬉しがらせておいて、試験の採点環境を少しでも良くしよう……とか。そうだとすれば、これは高等戦術だな。まあ、そんなものは、どっちゃでもよろしい。
 私は文章を書くのは苦手だ……。みなさんのほとんどは、そう思っているようですが、「私には文章を書く才能がない」なんて、けっして思わないでください。
いいですね。
 ところで、みなさんはまだ18歳から19歳ですよね。
 おや20歳の人もいますか。ワタシはそんなに若くない……ですって、誰ですか? ボソッと言ったのは? 
 そこのアナタですよね。エッ、社会人入学のかたですか。なるほど。41歳ですって、女性にお歳までは訊くつもりはなかったんですけど……。笑ったりしてすみません。みんなが笑ったものですから、つい、つい……。軽率でした。
 はい、静かにしてください。話をもとにもどしましょう。文書を書くのが苦手だという人のほとんどは、文章を「書く才能」が、まだ開発されていない。「書く才能」が、〈ない〉というのではなくて、〈鍛錬〉されていないだけなのです。そこの社会人入学の方もね、「書く才能」は、いまだ眠りつづけているのだと考えましょう。いいですね。みなさんのその眠ったままの才能を目覚めさせて、しっかり鍛えてゆこうというのが、この講義のねらいです。

 私は小説を書いております。かつてはちょっとした雑誌の編集をやったこともあります。企業の年史や学校の歴史なんかの編纂に参加したこともあります。それこそ原稿用紙を5マンと書きつぶしましたよ。そういう経験にもとずいて文章を書くうえでの基本的な技術みたいなものを、具体的にとりあげてゆきたいと思う。そういうわけです。

 文章を書く……というのは理屈ではありません。理屈を知っただけで書けるか。ほとんど期待できません。いくら大作家の書いた『文章読本』、『文章入門』とかの本を読んだところで、それだけではダメなんです。ほとんど期待できません。
 だからこそ「文章なんとか……」とかいうハウ・ツウものの本がたくさん出ているんだ。カゼ薬と同じです。どういう意味だか解る? カゼ薬というのはやたらと種類があるのに、どんどんと新製品が出るでしょう。あれは、どれも、これも効き目がないからなんだよ。そう思わない? 
 とにかく理屈だけを知ってもダメなんです。話を解りやすくするために、野球のピッチャーにたとえて考えましょうか。ストレートは投げられるけれどカーブが投げられない。鋭いカーブをぜひとも投げてみたい。そこでカーブの投球構造を分析した研究書を読んだ。カーブというのは、投げたときに、こんなふうに空気抵抗があって……、だから打者の手もとでストンとまがる……と書いてある。なるほど……と納得する。それは理屈なんです。理屈は分かった。それじゃ、実際にカーブが投げられるかというと、そいつは別問題なんだ。現実には理屈なんか知らなくても、ブレーキの鋭いカーブを投げたものが勝ちなんです。
 わかるでしょう。それじゃ、どうすればいいんだろうね。誰かに訊いてみましょうか。窓側で眠そうな顔をしているアナタ、いま後ろ向いたキミだよ。テニス部だよね。どうしてわかったか……って? そんなの、陽焼けのしかたで、ちょんバレだよ。
 テニスをやってるアナタにひとつだけ質問しましょう。ちゃんと答えてくださいよ。いいですか。ぼくもテニスをやってるんだけど、トップスピンのボールを打ちたいと思ってるの。どういうグリップで、どういう打ち方をすればいいか。みんな分かっているんだけど、それが、うまくゆかないんだよね。どうすればいいかな? 

 1に練習、2に練習……。

 なるほど、やっぱり、それしかないか。これは一本とられたな。文章を書く場合もまったく同じなんだね。理屈も学びながら、「書く」という経験をたくさん重ねてゆく。それがいちばんの早道なんです。
 第1は練習だということです。スポーツでもピアノでもパソコンでもワープロでも練習すればかならずそれなりに上達します。文章も同じことです。初めは多少まごつくかもしれないけど、根気よく練習すれば、ちょっとした文章が書けるようになります。もちろん、いまはレベルというものを無視して話しています。
 第2は何か。たくさん文章を「読む」ことです。みなさんは、これまで、ゆっくり本を読む時間なんかなかったのでしょうね。ひたすら〈受験〉のためにしか本というものを読んでいない。それって、ひじょうに貧しい読書なんだよね。これからは、何でもいいから、興味にある分野の本をたくさん読んでください。

 それでは、この講義では、どういう文章を書くことを勉強してゆくのかについて、話しておきましょう。文章というものには大きく分けて2種類あります。
 その一つは「情報」を伝える文章です。つまり「知識」や「考え」や「思うこと」を相手に正確に伝えると言う意味で、事実を伝える「普通の文章」です。もう一つは「情緒」やある種の「感動」を相手に伝える文章、つまり芸術的な文章があります。詩とか小説とかは、こちらに入ります。
 私たちの周囲をざっとみわたしてみましょうか。さあて、文章にはどんなものがありますか。みなさん国文学コースですよね。それじゃ、文学からいきましょうか。小説、詩、童話、随筆、エッセイ、ルポルタージュ、俳句、短歌、川柳……。論文、レポート……。はい、はそうですね、みなさんは卒業するまで、この2つとの縁はきれないよね。卒業したあとはどうかな。企業に就職する人もたくさんいるでしょう。企業では文書というものがたくさんある。誓約書、辞令、休暇願、退職願、始末書、契約書、報告書、議事録、稟議書……など、数えあげたらきりがない。日常の場でもたくさんあるでしょう。新聞、雑誌、カタログ、案内書、マニュアル、手紙、電子メール、電報、広告のコピー、ガイドブック、駅の伝言板……、はい、もう、けっこうです。
 私たちの周囲には文章がいっぱいある。だから文章の洪水のなかで暮らしているといってもいいでしょう。それらを二つに分けて考えると、事実をのべる「普通の文章」と「芸術的な文章」があるというわけです。
 この講義では、最初にお話しました「情報を相手に伝える文章」「知識や思想(考え)」を相手に伝える「普通の文章」をとりあげてゆきます。いいですね。

 私は小説が書きたい……ですって、ちょっと、そこのアナタ、はっきり言っておきますが、この講義で小説作法はやりません。なぜかといいますとね、小説を書くノウハウやマニュアルなんてないんです。「小説の書き方」なんて本もありますけれどもね。大作家の著書であっても、現実には何の役にも立ちません。そ理由を話すとキリがないので、今日のところはやめておきます。それともう一つ。私が小説書きだからです。そんなにかんたんに小説なんか書かれたらこまるんです。いいですか。小説を書こうなんて、大それた考えは、くれぐれも持たないように……。いいですね。
 話を本題にもどします。「普通の文章」と「芸術的な文章」は、決定的なちがいがあります。どのようにちがうのかについては、次回に詳しくお話します。
 今日のところは共通点だけをあげておきましょう。普通の文章にしろ芸術的な文章にしろ、かならず相手というものがあります。自分のためだけに書くのではなくて、相手があるということです。文章を書くという場合、かならず相手があります。とくに「情報を伝える文章」を考えた場合、相手の存在を強く意識しなければならないでしょう。わが思いが相手にストレートに伝わらなければ、それは、もう、相手に迷惑をかけるだけです。相手の迷惑になるような文章だったら失格だというわけです。
 「相手の迷惑にならない文章」を書くには、どうすればいいのか。そういうところにマトをしぼって、これから、みなさんとともに考えてゆこうと思います。

 何か質問はありますか?
 どんな試験をするのか……って? なるほど、そこにマトをしぼって、私の話を聞こうというわけだ。ちゃっかりしているね。まあ、いいや。私の講義では試験はしません。講義の途中になんどか課題を出します。その課題にもとづいてレポートを提出していただきます。そこで「いい文章」を書いた人が勝ちというわけですから、がんばって課題に取り組んでください。ほかに質問はありませんね。それじゃ、今日はこれで終わりにします。

【課題 1】
  「私の見たこと、考えたこと」
   (タイトルは自分で別に考えること)
  〈原稿の長さ〉20字×40行
  〈送り先〉takefuku@mars.dti.ne.jp


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