第4講 1に練習、2に練習!

 今日、本学の駐車場にクルマをつけたときでしたがね。トマト色のローバーミニに乗ってきたある学生、誰とは言いませんが、いまもこの教室におります。その彼女はボクの顔をみるなり、「センセイ、酔っぱらい運転はダメじゃないですか」とマジな顔つきで言うだよね。酒なんか一滴も飲んでいないけれども、そんなふうに見えたらしいんです。
 みなさん、どうですか? 酒呑童子みたいにみえますか? シュテンドウジって何かって……。まいったな。昔、丹波の大江山に住んできたといわれる鬼神なんだけど、ここでは詳しく説明する時間がないからね、興味があったら図書館で「御伽草子」でも、めくって、ゆっくり探してください。
 ボクはビール一杯でも顔に出るほうだけど、今日はそんなに赤い顔してますかね? 高血圧じゃないか……って。その傾向はあるかもしれないけど、これはただの日焼けなんです。日曜日にまる一日、テニスをしてましたからね。腕と顔だけは真っ赤になりました。テニスといえば、上手くなるにはどうすればいいだろう……と、みなさんのなかのある人に聞いたら、〈1に練習、2に練習……〉と、答えてくれました。第1回目の講義のときです。憶えてますか? それを、そっくりそのまま今日のテーマにいただきましょう。

 文章が上達するためには、どうしたらいいか。まず練習することです。それこそ〈1に練習、2に練習〉です。たとえばスポーツでも、ピアノでも、ダンスでも、パソコン、ワープロでも練習したら、みんなそれなりに上達します。文章も同じことなのです。最初は多少まごつくかもしれませんが、根気よく練習をつづければ、ちょっとした文章が書けるようになります。もちろん、今は、レベルのことをぬきにしてお話しています。とにかく、練習をすれば、誰でもそこそこの文章は書けるようになります。

 それでは、いったい、どういう方法で練習したらいいのか。最初に答えを言っちゃいましょう。はい。それは原稿用紙を使うことです。原稿用紙を使って、文章を書く練習をすること。これが上達の早道なんです。ノートやレポート用紙なんかを使っている人もありますがね、これでは絶対に上達しませんよ。文章を書くには、ぜったいに原稿用紙を使うべきです。なぜかって? 理由はかんたんです。原稿用紙は文章を書く専門の用紙だからです。ほかに理由はありません。たとえばファッション・デザインをやってる人は、だいたい方眼紙みたいな罫線のあるデザイン・ノートを使うでしょう。作曲家は曲をかくのに五線譜用紙をつかいますよ。あれと同じ理屈です。

 まず原稿用紙になれることが出発点です。原稿用紙を使って、文章をまとめる感覚をやしなっておくと、かならず役に立ちます。たとえば、みなさんがたの大部分は、やがて入社試験を受けるでしょう。試験科目のひとつに、かならず小論文があります。800字とか1200字とかの分量で小論文を書かされるケースが多い。だから、日ごろから原稿用紙を使って練習しておくと、それだけでも役に立ちますね。
 原稿用紙に書くことで、どういうことがよく分かるか。〈文章の呼吸〉というものが非常によく分かります。たとえば、自分の書いた文章が〈長すぎないかどうか〉、それから〈句読点の打ち方は、適当か否か〉、〈段落のとりかたは適当か否か〉ということが、視覚的に判断できます。それは字数と行数が決まっている原稿用紙だからこそ、よく分かるんです。
 いいですか。要するにね、文章の「流れ」だとか、「リズム」というような、いわば〈文章の表情〉というものを理解するのに原稿用紙は、うってつけのツールだといいたいのです。
 だから、レポート用紙で提出しなさい……といわれた報告書やレポートでも、下書きには原稿用紙を使う。そうして、句読点の打ち方はいいかどうか。段落のとりかたはそれでいいかどうか。まず原稿用紙のうえでよく考えてみる。そのうえでレポート用紙に清書するんです。二度書かなければならないから、面倒くさいかもしれませんが、そういう訓練をつづけていると、まちがいなしに文章はよくなります。

 それでは実際に原稿用紙のマス目をどのように埋めてゆけばいいのか。特別に教えましょう。恩に着せるわけではありませんけどね。こんなことはどの大学の講義でも、やりませんよ。いいですか。耳の穴をよくほじって聞いてください。
 原稿用紙の使い方がわからない人が、あんがい多いんです。大学の先生がたでも知らない。デタラメな書き方をする人が多いんです。ぶっちゃけた話、出版社や印刷屋さんを相当こまらせてますよ。エライ先生だから、誰も文句言いませんがね、周囲にかなり迷惑をかけています。だから、みなさんが知らなくても、これは無理ありませんね。だから、これからお話する内容をよく憶えておいてください。いいですか。
 おや、おや、みんな目つきが変わったね。リアリストなんだね。とたんにノートをひらいたもんね。具体的な「ハウ・ツウ」の話になると、がぜん背筋をしゃんとのばすのだから、これは驚きだね。まあ、いいか。居眠りされるよりマシだと考えることにしょう。

 原稿用紙の書き方には基準というものがないのも事実です。でもね。ぼくはいちおうモノ書きの端くれですから、マスコミや本造りの現場を知っています。そこでの標準的な使われかたについてお話しようと思います。
 原稿用紙とその書き方のサンプル、プリントでお渡ししてありますね。ぼくの手書きの原稿です。いいですか。よくみてください。


 原稿用紙には、大きく分けて200字詰(20字×10行)と400字詰(20字×20行)の2タイプがあります。サンプルに掲げたのは400字詰のタイプです。ほかに新聞記者の原稿用紙なんかは12字詰や15字詰になっているものもありますが、これらは例外だといっていいでしょう。
 ちなみに原稿料で「1枚いくら」というのは、400字詰を標準にしております。1枚が何万円になることもあるし、せっかく時間をかけて書きあげても紙屑になることもある。モノ書きというのは因果な商売だとつくづく思うよ。まあ、みなさんを前にして、泣きごとを言っていてもしかたがないから、余談はそこまでにしておきましょう。

 原稿用紙に記号としての文字をどのように埋めてゆくか。サンプルをみてもらえば、理解できると思いますが、おおまかにポイントだけ説明しておきましょう。
 書き出し、あるいは改行の場合、原稿用紙のマス目を1字さげて(空ける)書きはじめます。
 文字はマス目ひとつに1字です。漢字も〈ひらかな〉も〈カタカナ〉も1マスに1字です。
 「、」「。」の句読点も1字として計算します。位置はマス目のやや右上に入れるといいでしょう。
 感嘆符の! 疑問符の? もちろん1字です。
 並列の関係を表す「・」や各種の括弧類、たとえば〈 〉『 』【 】( )なんかも1字として計算します。
 そのほかでは「ーー」「……」などは2字分とります。
 英文、あるいはローマ字の場合はどうするか。大文字は1字でマス目ひとつ。
 小文字の場合はマス目ひとつに2字いれるというのが原則です。
 例外がひとつだけあります。たとえば「、」「。」の句読点が行の最初の1字目にくるときはどうするか。この場合は最後の20字目の下、つまり欄外につけます。各種括弧類 )」】』〉の場合も同じです。これらを行の最初の1字には絶対もってきません。理由は原稿が読みにくくなったり、見栄えが悪くなるからでしょう。

 最も大事なのは、「タイトル(題名)」と「氏名」の行のとりかたです。ふつうタイトルと氏名で5行分とります。原稿用紙のサンプルをよくみてください。そうなってるでしょう。
 最初の1行は何も書かない。「空け」ておきます。題名は2行目から……ですよ。2行目の2字分ぐらいさげたところから書きはじめます。大きな文字で書いていいですよ。メス目を無視してもかまわない。氏名のとなりの1行は空けておきましょう。何も書かなくて空白にしておくのです。
 そして4行目に氏名を書くのですが、文字はタイトルより少し小さく書くとバランスがよくなります。これもマス目にはこだわらなくてもよろしい。ポジションは1行を3等分したときの、「下の3分の1」ぐらいを使って書きますが、氏名が3字や5字、6字になるときは「姓」と「名」の間に少し感覚を空けます。
 本文は6行目から、1字分さげて書き出します。そうすると全体のバランスが非常によくなるんです。もっと長い原稿、たとえば50枚とか100枚とかの場合はどうするか。原稿用紙を1枚を表紙にして、そこにタイトルと氏名を書きます。
 タイトルと氏名を欄外に書く人がいますが、これは絶対にやめてください。ゆったりと余裕をもたせるために、かならず5行ぐらいとってください。そうすると不思議なことに、書き手の心までゆったりとリラックスしてくるのです。以上が「原稿用紙の書き方」の「基本」です。
 テレビコマシャルで誰かが「基本は法律より重たい」なんて言ってますがね、そこまで言いきる自信はありませんけど、私の講義ではこの基本をいちおう守ってください。みなさんに提出していただく「課題」の原稿では、もちろんチェックポイントの一つになりますからね、そのつもりで、油断しないように。

 おっと、緊急質問のカードがとどきました。このカードが講義中にきたのは初めてですね。それでは、質問カードの使い方について、もういちど確認しておきましょう。みなさんには毎回、赤いカードと黄色いカードの2枚をお渡ししてますね。これは質問カードです。何か質問がある場合、ふつうは黄色いカードに書いて、講義の終わりに提出してもらいます。その回答は原則として次回以降の講義のなかで行います。赤いカードは講義内容に重大な疑問があって、その場で質問したいという場合に提出していただくものです。講義をストップさせるから赤信号という意味でレッドカードです。それでは、さっそく読んでみましょう。
『文章を書くとき、原稿用紙を使うことの意味や原稿用紙の使い方については、よく分かりましたが、ワープロで書くときはどうすればいいのですか。ワープロで書いてはいけないのでしょうか? センセイはワープロをお使いですね。講義のレジメはワープロ打ちのようですから……。いちど原稿用紙に書いてから、ワープロで打ち直しておられるのでしょうか?』 なかなか鋭い質問です。原稿用紙で書け……と、大声で他人に言っておきながら、そういう自分はいったいどうなの? 原稿用紙なんか使ってないんじゃないの? そういうモウレツな皮肉もこめられておりますね。そういう点からも、かなり、いい質問ですよ。

 それでは「ワープロの問題」についてお話しましょう。ワープロで文章を書くというのは公私をとわず今や一般的になっています。みなさんはやがて本学を卒業して、多くの人は企業に就職されるでしょうが、オフィスで文章を書くといえば、ワープロになるでしょう。ワープロ専用機、あるいはパソコンのワープロソフトで文書をつくったり整理したりすることになります。だからワープロを使うなと私は言っておりません。ワープロで書いてもよいのです。しかし、それには、ちょっとした工夫が必要になる。それさえクリアしていれば、ワープロも大いに使ってよろしい。
 ワープロで文章を書くというのはどういうことでしょうか? 感覚的にどういうふうなイメージになるか……ということです。どうですか? 
 ボクはね、こう思います。いきなりマス目もケイもない白紙の用紙に「さあ、書け」と言われたにひとしい……とね。現実にワラ半紙を1枚配られて、800字以内で書いてください……と、言われたら、どうしますか。ちょっと困りますよ。それと同じ感じがワープロの画面にはあるのです。
 とくに文章というものを書き慣れてない人が、いきなりワープロを使って書くのは相当無理があります。なぜか? ワープロの画面というのは、たいてい1行=40字、行数は15インチのモニターの場合、20行から30行ぐらいです。これがクセモノなんです。1行が40字というのは長すぎるんですね。
 だから、あまり文章を書くことに親しんでない人がワープロを使って書き始めた文章というのは、どこか表情がとぼしいんです。同じように常用漢字を使い、現代カナ使いで書いたとしても、文章が平板になったり、どこか、まのびしていて、読みづらいケースが多いんだよな。
 なぜかよくは分からないけれど、原稿用紙に書く場合と、いきなりワープロで書く場合とでは、かなり感じがちがったものになる。そこで最初の話をよく思いだしてください。原稿用紙で書くことで何がわかってくるか。 文章の「流れ」「リズム」「句読点」「段落」など、つまり文章の表情というものがよく理解できる……と、言いましたね。それは、きっと、文章というものの表情をつくる作業には、ワープロの画面みたいなひろい空間より、原稿用紙ぐらいのスペースのほうが目配りがしやすいからだろうと思う。科学的に説明しろ……と言われても、それは、できないけれどもね。ボクはそのように断言します。

 それじゃ、ワープロはダメなのか。最初にお話したように「ダメ」ではありません。ただし、ちょっとした工夫がいります。答えから先に言いましょう。ワープロで書く場合もあくまで「原稿用紙に書く感覚」を大事にするということです。それさえクリアしていれば、ワープロを使ってもいいでしょう。原稿用紙に書く感覚というわけですから、あくまで「1行=20字」の「タテ書き」にこだわることです。
 ワープロ専用機の場合は、ほとんどの機種は「タテ書き」機能や原稿用紙モードがありますから、これを使えばいいでしょう。
 問題はパソコンの場合です。まちがっても市販のワープロソフトなんか使わないように。いいですか。「一太郎」にしても「Word」にしても、みんな落第です。どれもこれも、やたら多機能化を競うばかりで、今ではすっかりブタみたいにブクブク肥った超肥満アプリになってしまっている。私はね、市販のワープロソフトをすべてテストしてみました。自腹をきって、ぜんぶ買ったんですよ。でも、「原稿用紙に書く感覚で」という条件を充足してくれるアプリケーションは、残念ながら一本もありませんでしたから、ガックリしましたね。
 どのアプリも「原稿用紙モード」はあります。タテ書き機能もあります。けれども現実にはすべて使いものになりません。なぜかと言いますとね。原稿用紙というものを使って文章を書いたこともない連中がワープロソフトを造っているからなのです。マーケット・リサーチを何もしてない。連中、相当アタマが悪いんじゃないかな。
 最大の欠点はディスプレー・モニターで、きっちり1行=20字で折り返しができないことにつきます。その結果「原稿用紙モード」でも「縦書きモード」でも、1行=20字の全体が見通すことができない。かならず上部か下部が「切れ」た状態でしか表示されない。だから、つねに画面がウヨウヨと動いて、全体を見通すことができないというわけです。だから市販のワープロソフトは原稿書きには使わないこと……です。

 「原稿用紙に書く感覚で……」という場合の必須条件は先に言ったとおりです。タテ書きが出来ること。モニター上できっちりと1行20字で折り返しの出来ること。この2条件を満たすワープロソフトは現在のところ市販されておりません。ただしシェアウェアーのソフトならあります。いずれもエディターです。
 そのひとつは「QXエディター」(http://www2k.biglobe.ne.jp/~araken/)です。これはテキスト・エディターですが、タテ書きで1行=20字で折り返せるように設定することができる。さらに10.4インチのノート型のパソコンにインストールしても、画面がウヨウヨしないように設定できます。
 もうひとつは「縦書き原稿」(龍野光照氏のシェアウェアー  NIFTY FWINAL DL8)です。これはずばり「原稿用紙」そのものが画面にどかんと出てくる。なかなか良くできています。書きあげた文章は、原稿用紙の状態で保存することもできる。もちろんテキスト形式で保存することもできます。
 私が試してみたところ、この二つが合格です。ほかにもいろいろあるでしょう。どれがいいかは、みなさんの好みの問題です。
 文章だけを書くのだったら、エディターでいいんです。重たいワープロソフトより、エディターのほうが、はるかに軽快です。だから好みのエディターを使って、「タテ書き」「1行=20字」という「原稿用紙の感覚」で文章を書きあげる。十分に推敲したあとは、とりあえずテキスト・ファイルで保存しておく。
 もしプリントする必要のあれば、そのとき初めて市販のワープロソフトを使う。つまりテキストで保存してある作品を、たとえば「一太郎」や「WORD」といったワープロソフトで読みこむ。いろいろ文字装飾をくわえたりして再編集する。つまり文書の性格や種類によって、読みやすいようにレイアウトするというわけです。
 現在のワープロソフトはむしろそういう機能のほうがすぐれています。たとえばA4サイズの用紙なら40字×30行ぐらい、B5サイズの用紙なら、30字×25行ぐらいに設定してレイアウトする。タイトル文字や小見出しもフォントの大きさを考える。つまり市販のワープロソフトはDTPのツールとして使うというわけです。

 私はその日の気分次第で、先にとりあげた二つのエディターのどちらかを使っています。だから質問のなかにあったように「原稿用紙に下書きしてから、ワープロ打ち」しているわけではありません。けれども、今ふと考えたんだけどね、その方法はあんがいいいかもしれないね。原稿用紙に下書きして十分に推敲してから、ワープロで清書する。清書するときに、もう一度、全体に目配りできるから、文章はまちがいなしによくなるだろうね。もちろん煩わしさはあるかもしれないけど、それぐらいの丁寧さがあってもいいんじゃないかな。

 はい。もう一枚、赤いカードがとどきました。つづいて読んでみましょう。「文章についての素人はワープロなんか使うな。そういうお話ですが、私は原稿用紙のほうがかえって面食らいます。ワープロなら、わりとすらすら書けそうですが、原稿用紙だと、きっと何も書き出せないと思います。私のような人間がほかにもいるように思うのですが、どのように考えられますか」
 ワープロだと書けるけど、原稿用紙だと何も書けそうにない。ボクが今まで言ってきたことはまちがってる……と、やんわり言うんだよね。この人は……。結論から言いましょう。半分は当たってます。きっとパソコンのワープロソフトなんかを相当使いこんでいる人なんだね。この質問の主は……。電子メールなんかにも、かなり習熟している人みたいだね。
 いいでしょう。そういう人はワープロを使っても、ボクは何も心配しません。今日お話したことも、ある意味で、ぜんぶ忘れてもらってもけっこうです。ただし時間があったときでいいですから、ワープロで書きあげた原稿を、いちど原稿用紙に書き写してみてください。かなり感じがちがってくると思います。新しい発見もあるかもしれない。そういうギャップを知ることも、「書く」うえでは、ものすごく大切だとぼくは思います。
 はい。まだ時間が6分ほどありますが、喉が乾いたから、今日はこれで終わりにします。

【課題 2】
  「わが町(わが村)」
   (タイトルは自分で別に考えること)
  〈原稿の長さ〉20字×40行
  〈送り先〉takefuku@mars.dti.ne.jp


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