97〜98 駅 伝 時 評

74th 箱根駅伝予選会
【 タスキリレーのない奇妙な駅伝!  】

 予選に通ってくれなければ、死んでも死にきれない……。テレビ画面の向こう
で、日体大の合宿所で食事をつくっている74歳のヨネ子さんは言った。穏やか
な口調、顔には笑みさえたたえていたが、激しい想いのこもる物言いだった。

 54校、623人……。史上最多の参加を数えた「第74回箱根駅伝予選会」、
出場大学と選手の周囲には、それぞれ数えきれないほどのヨネ子さんがいたのだ
ろう。帝京大をひきいて初出場をめざす喜多秀喜監督は<箱根>を指して「ダイ
ナミックな大会」と昂ぶった顔でつぶやいていたのが印象的だった。予選にして
テレビ中継(録画)がある。それは<箱根>が駅伝でも、まさに<天下の嶮>で
あることの証というものだろう。

 箱根駅伝は天下一の駅伝だが、予選会はタスキのリレーというものがない。各
大学12人の選手がいっせいにスタートして20キロを突っ走る。上位10人の
合計タイムで6つの本戦出場枠を争うのである。コースも大井埠頭の周囲コース
だから、観戦するにしてもメリハリというものもない。なんとも味気ない奇妙な
駅伝である。選手はいったい何を目標にして走るのか。一人ひとりが一秒ずつ縮
めるレース……と、誰かが言っていた。見えない相手と闘うといういみでは、本
戦よりも苦しくて、あまりにも過酷なレースではあるまいか。

 タスキのない駅伝、相手が見えない……というのが予選会の特徴だが、今回は
その功罪がもろに結果を左右したといえる。最終的に予選通過は、拓殖大、日体
大、専修大、帝京大、関東学院大、日大の6大学となった。7位の亜細亜大と日
大の差はわずか26秒であった。東農、法政、国士舘、明治は10キロ地点で圏
外に落ちた。

 上位6校のほとんどは「グループ走」に徹して成功をおさめた。とくに拓殖大、
帝京大は安定した闘いぶりで危なげなかった。日体大は15キロで6位で、7位
との差はわずか1秒だった。「長距離は最後の5キロが勝負……」というのが、
セオリーだが、最後の5キロだけで、トップと3秒差の2位まで押し上げたのは
大健闘というべきだろう。日大は5キロでトップだったが、10キロでは3位、
15キロでは5位に落ち、最後は亜大に26秒差まで追い上げられ、きわどいと
ころでの予選通過だった。予選通過がきまったとき、不安に凍りついていたエー
ス山本佑樹の顔は、ほんの一瞬、表情が空白になった。そして、しみじみ喜びを
かみしめるかのように、ゆっくりと笑み顔ぜんたいにひろがっていった。

 日大に関するかぎり、タスキをつなぐレースではなく「相手がみえない……」
ということが幸いしたようである。とくに10人目以降のランナーは大ブレーキ、
最終的に後続との差がわずか26秒である。追走する相手の目標になっていたら、
とても逃げきれなかっただろう。逃げる者、追っかける者、ともに視えなかった
から明暗をわけた。

 逆にタスキをつなぐレースだったら、まちがいなく予選通過していたと想われ
るのは亜細亜大である。5キロでは3位、10キロでは1位、15キロでも3位
とつねに上位にありながら、最終的には6位日大と26秒差の7位に落ちて涙を
のんだ。個人成績でも管野が4位、帯刀が6位と上位にくいこんでいる。相手が
みえるレースだったら、きっと粘りきれただろうと思う。エース二枚をもつ個性
あるチームだけに落選が惜しまれる。

 初出場を決めた帝京大は各通過ポイントでつねに4位あたりをキープ、徹底し
た「グループ走」で最終成績も4位でゴールした。喜多監督は就任3年目でいよ
いよ箱根に登場する。関東学院大は2度目だが、初出場は記念大会のオマケ組だ
ったから、これも実質は初出場といっていいだろう。新しい顔の登場の裏で、法
政大、東農大という常連が姿を消した。名物のダイコン踊りがみられないのが、
ちょっとさみしい気がする。

 出場枠をめぐるきびしい闘いの裏で、ランナーのメンツをかけた熱い闘いもあ
った。6キロをすぎたあたりから、レースはジェンガ(流通経済大)と山本佑樹
(日大)のマッチレースとなってしまった。ジェンガは5千メートル、山本は1万
メートル、ともにインカレのチャンピオンである。しかも昨年につづいて同じ展
開になった。山本にしてみれば昨年やぶれている。ジェンガにとっては今年も予
選会こそが箱根駅伝のすべてである。ともに負けられないレースだっただろう。
結果は15キロすぎでジェンガがスパート、昨年につづき2連覇をとげた。本戦
出場がのぞめそうにない者の執念をみる思いだった。

 今年も私はひそかにオレンジの<H>マーク、法政大をマークしながらテレビ
をみていた。出身校でもないのに、どうしてそんなに肩入れするのか。かって法
政大学に坂本朋隆氏という箱根ランナーがいた。私の参加しているNIFTYの
「ランニング・フォーラム」の運営者の一人・若倉和也氏の2〜3年先輩にあた
るはずである。坂本さんは現在、中学校教諭としてジュニアの育成にあたってお
られるが、わが息子と私のランニングのコーチだったのである。そんな機縁で法
政も気にかかるのである。たまたまテレビ中継のゲストも法政出身の現役ランナ
ー・磯松大輔選手だった。皮肉にも先輩の目前で法政の後輩たちはいちども予選
通過圏内にはいることもなく惨敗した。「テレビにあまり出てこなくて……」と、
かつてのエース磯松選手は湿った声で言葉すくなげだったが、それはそっくりそ
のまま私の想いでもあった。

 昨年は予選会あがりの神奈川大と山梨学院大が本戦でも、はげしく優勝を争っ
た。今回の6校の実力はどうなのか。日大をのぞいて、エース不在の大学ばかり
である。あくまで予選会に勝つための「グループ走」という作戦が成功しただけ
ではないか。上位シード組とは、かなりの実力差があるとみる。拓殖大、専修大
あたりはシードに残れる可能性がありそうだが、私はかろうじて6位にのこった
日大に期待をかけたい。駅伝では、ひとりのエースを軸にして、チーム全員が思
わぬ火事場の馬鹿力を発揮するというケースもある。箱根にすべてをかけてきた
という伝統校・日大の復活に注目したい。

総合成績
5キロ
10キロ
15キロ
20キロ
最終タイム
日大 亜大 拓大 拓大 10:20:00
拓大 拓大 専修大 日体大 10:20:03
亜大 日大 亜大 専修大 10:21:04
帝京大 帝京大 帝京大 帝京大 10:22:53
日体大 日体大 日大 関東学院大 10:23:23
国士舘大  専修大 日体大 日大 10:25:30
関東学院大 関東学院大 関東学院大 亜大 10:25:56
明治大 明治大 明治大 中央学院大 10:28:13

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