97〜98 駅 伝 時 評

エピローグ
【 駅伝からマラソンへ、マラソンから駅伝へ ! 】

 97-98ロード・シーズンも名古屋国際女子マラソンを最後にして閉幕となった。
その名古屋国際女子で高橋尚子(積水化学)が、日本最高記録(2:25:47)という
オマケつきで優勝、あらためて、今シーズンの日本女子・長距離陣の躍進ぶりを
象徴づけた。

 高橋尚子は今シーズンの駅伝でもベスト4にあげられる活躍ぶりであった。彼
女は千葉国際の6区(7キロ)と全国都道府県女子の9区(10キロ)で区間賞
を獲得している。京セラの永山育美(区間賞:全日本実業団女子ー3区、横浜国
際女子ー1区、全国都道府県女子ー1区)、東海銀行の大南敬美(区間賞:全日
本実業団女子ー6区、千葉国際ー4区)、大南博美(区間賞:横浜国際ー2区、
全国都道府県女子ー9区)とともに、今シーズンの駅伝でめっきり力をつけたラ
ンナーのひとりだったのである。

「駅伝を走るつもりで……」
 30キロ過ぎからの超ロングスパートにふれて、高橋尚子はそのように語ってい
る。マラソンに関するかぎり、日本の女子選手は、「スピード変化」についてゆ
けないというのが課題のひとつであった。勝負どころで「揺さぶり」をかけられ
ると、あっさりと置いてゆかれる。高橋はそういう壁を一息に粉砕した。有森型
ではなくて、彼女はスピードで勝負できる。鈴木博美につづいて、ユニークなマ
ラソン・ランナーがまた1人、爽やかに誕生した。

「楽しんで走ろうと思った」
 レース後のインタービューで高橋は、そのように応えている。日本最高記録…
…となれば、マスコミや周囲は「シドニーのホープ……」などと、紋切り型の陳
腐なキャッチ・フレーズで輝く期待の星に祭りあげる。けれども、あまり「その
気」には、ならないでほしい。周囲の思惑というものは、とかく移り気で身勝手
なものと相場がきまっている。雑音にしばられることなく、つねに「楽しく走る」
ことだけを念頭にして、いまは自分の走りというものに徹してほしいと思う。

 高橋尚子の影にすっかりかくれてしまったが、初マラソンの弘山晴美(3位)、
甲斐智子(4位)、小松ゆかり(5位)も2時間28分台で走っているから、こ
れも大健闘だといえる。駅伝からマラソンへ……。4月にはロッテルダムで千葉
真子が初マラソンに挑戦するという。女子の場合、「駅伝からマラソンへ、マラ
ソンから駅伝へ……」という波動が、いっそう活発になってゆきそうな気配であ
る。

 マラソンの延長に駅伝がある……と、宗茂・旭化成監督が言い、マラソンで強
い者は駅伝でも強い……と、若倉和也・ダイエーコーチ(NIFTY ランニングフ
ォーラム)も言う。正月の全日本実業団駅伝で旭化成の2連覇に貢献した小島宗
幸(2区で奪首して区間賞の快走)は、びわこマラソンを2時間8分台で初制覇
した。ほかに東京国際の清水昭の走りも鮮烈だった。男子の場合、世界との力の
差は、まだまだ歴然としているが、新しい胎動がはじまっていることは確かであ
る。マラソンを軸にして駅伝を考えている旭化成の選手たちの動向に、今後も注
目してゆきたい。

 昨年秋から今年の春にかかけて、10レースの駅伝をテレビで観戦した。今シー
ズンは連覇が多かった。高校駅伝(女子)では、埼玉栄が3連覇、全日本大学駅
伝の男子は神奈川大が2連覇、女子は京都産業大が4連覇、全日本実業団の男子
は旭化成が2連覇、女子は沖電気宮崎が2連覇、正月の箱根駅伝は神奈川大が2
連覇……。国内の国際レースでも千葉国際の日本女子は6連覇、横浜国際女子で
も、日本が4連覇というありさまである。

 全国都道府県対抗駅伝の男子は福岡、女子は埼玉が初優勝した。男子の場合は
実業団選手の顔ぶれによって年ごとに優勝が動く気配である。女子の場合は当分
のあいだ埼玉が突っ走りそうな予感がある。高校駅伝の覇者・埼玉栄が軸になり、
さらに強力な先輩たちが加わってくる。大森監督のいうように「駅伝王国」の地
位はしばらく揺るぎそうにない形勢である。

 テレビ観戦した10レースのなかで、とくにおもしろかったのは、やはり箱根
と全日本実業団(男子、女子)であった。ニューイヤー駅伝(全日本実業団・男
子)は、旭化成とヱスビー食品という、まったくタイプのちがうチームの激突が
みどころであった。昨年につづいて旭化成が快勝したが、両雄の対決はまだまだ
つづくだろう。来年は渡辺のもどってきたヱスビーに期待をかけたい。

 全日本実業団女子は、いわば中心不在の駅伝であった。主導権争いの動向に興
味があったが、ワコール、旭化成、資生堂というかつての3強を欠くなかで、沖
電気宮崎が昨年の経験を生かした。だが東海銀行、積水化学などの新勢力が着実
に育っている。欠場したもとの3強も巻き返してくるだろう。来年以降はまさに
「戦国駅伝」の様相、おそらく激しいレースになるだろう。

 箱根は神奈川大の強さばかりがきわだったが、来年以降もしばらく駒澤大、山
梨学院大を加えた新御三家の争いがつづくだろう。とくに山梨学院はエース古田
を欠きながら、大きく崩れることもなく3位にくいこんだ。復活の期待は十分で
ある。シード校の常連だった東海大は、とうとう予選会回りとなってしまった。
これまで地味ながら、いつも強かな闘いをしてきただけに残念である。日体大と
ともに、ぜひとも予選を勝ちあがってきてほしい。

 数年来つづいてきた駅伝ブームにも最近になって変化がきざしてきた。実業団
3位のダイエーの休部はそれを象徴的にものがたっている。長期にわたる景気低
迷、そのなかで業績不振のせいだという。企業としての決断されたことなのだか
ら、私たちは黙って事実を受けとめるほかない。

 企業がメセナやスポーツ活動支援にのりだしたのは、あのバブル経済期からで
あった。儲かって、儲かってしかたがない……。そういう経済的な余裕を裏づけ
にして、企業はこぞって「社会貢献」や「文化・スポーツ振興」に眼を向けはじ
めたのである。それゆえに景気低迷が長びく昨今は、ひとつの転機を迎えている。

 芸術・文化支援やスポーツ振興とはいえ、日本の企業の場合は、やはりソロバ
ン勘定と無縁ではない。どこかで経済効果というモノサシが働いている。そうい
う意味で「駅伝」は、十分に採算がとれた。テレビ放映による露出度からして、
広報宣伝の効果は量りしれないものがある。「社名」を背負って走った駅伝の選
手たちは、それゆえに会社にかなり貢献したといえるのである。

 だが企業にとって文化活動やスポーツ活動はメイン事業ではない。業績が悪化
すれば真っ先に切り捨てられるという宿命を背負っている。当事者にとっては理
不尽かもしれないが、「企業」にとっては即効性ある選択肢のひとつになる。

 芸術・文化支援やスポーツ活動はあくまで利潤の範囲内でやるべきこと。儲か
ってもいないのに文化・スポーツ支援をつづけたらどうなるか。その諸経費を製
品価格やサービスの質に転化しなければ、企業として存立できなくなる。良い製
品や質の高いサービスをできるだけ安く提供する……というのが、あるべき企業
本来の姿勢だとするなら、一般消費者にツケをまわすというかたちは本末転倒だ
ということになる。

 何年かまえ、ある雑誌の仕事で中内功さん(ダイエー会長兼社長)にお会いし
たことがある。「世界中に飢えた人が少しでもいれば、資源の奪い合いが起こり、
戦争がなくならない。生活必需品に事欠く人がいない世の中にしなければ……。
生活に必要なモノを豊富に、できるだけ安く提供するために……」と繰り返して
おられた。そういう企業理念をつらぬくためとはいえ、こんどの「バレー部」と
「駅伝部」の休部は、苦渋の選択だったのではあるまいか。

 景気の低迷は、まだまだ長びくだろう。ダイエーのようなケースがほかにも出
てくるかもしれない。しかたがない……と、頭では理解できても、気持のほうは
割り切れなくて、モヤモヤが残るのは、やはり私が「駅伝ファン」であるせいな
のだろう。

 3月も半ばになり、駅伝やマラソン・ランナーたちは、スパイクに履き替える
季節がやってきた。春から灼熱の夏をこえ、秋にはそれぞれが「一皮むけた」ラ
ンナーになって、またロードにもどってきてほしい。(了)
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