97〜98 駅 伝 時 評

74th 箱根駅伝
【 地力で2連勝 神奈川大! 】

 箱根は古くから東海道の要衝である。江戸時代には関所がおかれ、芦ノ湖の本
関のほかに五か所の裏関所があったという。箱根を制する者は天下を制する……
といわれたほど要害の地でもあった。

 かつて道中の難所として旅人を苦しめた箱根峠、現在も駅伝にとってはレース
のゆくえを大きく左右するという意味で要衝だといえる。山(=箱根の)を制し
た者が箱根(=駅伝)を制する……。74回を数える今年の大会は文字通り「登
り」と「下り」を制した神奈川大学が往路・復路ともに優勝、完全制覇をおさめ
た。

 戦国駅伝……。マスコミはそのようにはやしたてていたが、出雲と全日本の結
果からみて、神奈川を中心にして、山梨、駒澤の<三つどもえ>というのが順当
な観かたであった。優勝はこの3大学のなかから出るだろうと私も思っていた。

 往路が思いがけない激戦の展開になった。私のような観戦者にとっては、近年
まれにみる面白い駅伝だった。優勝候補の神奈川と駒澤が1区でともに出遅れる
という波乱の幕あけ。主力校が下位でもがいている間隙をついて、2区からトッ
プに立った早稲田にあわや「このまま……」と思わせられた展開。箱根山中で早
稲田を逆転した駒澤を、ゴール前で一瞬にして脇役に突きとした神奈川の急襲…
…。およそ5時間あまり、テレビのまえから動けなかった。

 往路も終わってみれば、ほぼ順当な結果に終わっている。プロセスは紆余曲折、
結果は平穏……といったところに落ち着いた。<プロセス波乱>を呼びこんだの
は、「古田ショック」だろうと私は思う。往路の流れを支配する第2区の中心的
存在とみられていた山梨学院大の古田哲弘の故障による欠場が判明したのは当日
の朝であった。それはきっと他校の監督や選手たちの思惑をズタズタに粉砕して
しまったにちがいない。ヨミがくるった一瞬の空白、それが視えない心理的な揺
らぎとなって、1区からレース展開にも色濃く影を落としたのだろうと思う。

 2年連続で箱根を制した神奈川大、あらためてその地力に驚嘆させられた。ヒ
ーローは誰かと問えば、5区の山登りで中央、早稲田、駒澤をかわした勝間信弥、
6区の山下りで区間新の快走で一気に独走態勢をととのえた中澤晃の二人があげ
られる。だが、私はあえて中澤からタスキを受けた7区の中野幹生と8区の辻原
幸生の二人を真のヒーローとしてあげておきたい。かれらはともに区間最高の快
走で、追いすがる駒澤の望みをあっさり切り捨ててしまったからである。

 神奈川大、5区の勝間は1年生、5区の中澤は3年生だが箱根は初出場、そん
な二人がアッといわせる感動の走りをみせた。選手層が厚いといえばそれまでだ
が、実績ある4年生を外してまで、この二人を起用した監督の沈着な采配、勝負
への執念にも、あらためて眼をみはらされた。

 2位の駒澤は往路で13秒差に迫りながら、復路では追いきれないままにおわ
った。神大・中澤の爆走に度肝をぬかれたのか、8区の佐藤をのぞいて他の4人
は自滅してしまった。往路の前半で神奈川におおきな誤算のあっただけに、それ
につけこめなかったのが惜しまれる。4区のブレーキさえなければ、やすやすと
往路を制することができたと思われるからである。もし駒澤が往路で勝っていれ
ば、復路はもっとちがった展開になっていただだろう。

 山梨学院大の3位は来年につながるという意味で価値がある。エース古田を欠
きながらも大きく崩れなかったのはさすがである。大健闘組をあげれば早稲田、
順天堂大、日大だろう。早稲田は往路であわやと思わせた。復路も粘って6位に
のこった。順大は往路は11位だったが復路で追いあげての5位は立派。日大は
7位にくいこんでシード権を奪回した。予選で最下位だっただけに、みごととい
うほかない。

 ほかに拓大、専修大なども見せ場をつくった。8位の拓大は往路の1区、2区
でトップを争いを演じ、前評判どうりにシード権を獲得した。専修大はシード落
ちしたが、1区(湯浅)と3区(藤原)が区間賞をとった。

 1年生、初出場の選手の活躍も目立った大会だった。先にあげた神大の勝間、
中澤、さらに早稲田の佐藤敦之(1区)の走りも光っていた。2区・梅木のいか
にも4年生らしい冷静な走りもみごとだったが、早大がトップに躍り出る土台を
きずいたのは佐藤だったからである。ほかに個人的には往路の1区の区間賞をも
ぎとった湯浅竜雄(専大)の積極的な走りが清すがしく思われた。茶髪だからと
いうわけではないが、自己表現できるかれのような個性的なランナーが、もっと
出てきてほしいと思う。

 今回、大東大は危ういところでシード権をまもったが、専修と東海が予選会回
りとなった。大東大は前回3位だったが、あれは強風という条件にめぐまれたも
の、いかにも大東向きの風が吹かなかった今回の9位はまず順当なところだろう。
東海大は派手さはないのだが、毎回いつのまにか上位に残っていた。地味ながら
粘りとしぶとさのあるチームだけに惜しまれる。

 往路の1月3日は所用ができて、どうしても外出しなければならなくなった。
2時間あまりクルマを運転しながら、ラジオの実況放送に耳を凝らしていた。昔、
ラジオ放送しかなかった時代、伴走車の監督やコーチの声が遠く近くに響きわた
っていた。選手にペース指示するダミ声は、現在はもう聞くことが出来ない。フ
ァンとしては物足りなく思うが、選手の自主性、自立性を鍛えるという意味では、
伴走車はむしろマイナスなのだろう。選手は練習のときから、自分の目指すとこ
ろをしかときめて、自主管理してゆかねばならない。そういう精神面のトレーニ
ングがしっかりできているのが、神奈川の選手たちではないだろうか。神大の選
手は誰でも大きくくずれない。高校時代ほとんど無名だった選手たちだが、初め
ての大レースでも快走する。よほど精神的にタフでないと出来ない芸当である。
神奈川大は「伴走車」時代の古い駅伝を超えて、新しい時代の駅伝の「かたち」
を創ったのではないか。ラジオを聴きながら、わけもなく、そんなことを考えて
いた。

総合成績
神奈川大 5:33:48
11:01:43 5:27:55
駒   大 5:34:01
11:05:48 5:31:47
山梨学院大 5:35:23
11:08:18 5:32:55
中   大 5:36:32
11:10:33 5:34:01
順   大 10 5:40:54
11:14:20 5:33:26
早   大 5:35:17
11:15:18 10 5:40:01
日   大 5:38:11
11:17:12 5:39:01
拓   大 5:40:39
11:19:09 5:38:30
大 東 大 5:40:02
11:21:35 12 5:41:33
10 東 洋 大 12 5:45:05
11:21:58 5:36:53
11 日 体 大 13 5:47:15
11:22:40 5:35:25
12 専   大 5:40:29
11:24:29 13 5:44:00
13 関東学院大 14 5:50:04
11:30:16 11 5:40:12
14 東 海 大 11 5:44:40
11:31:18 15 5:46:38
15 帝 京 大 15 5:52:34
11:38:52 14 5:46:18

区間優勝者
1区 21.3キロ 湯浅竜雄(専大) 1:02:46
2区 23.0 梅木蔵雄(早大) 1:07:48
3区 21.3 藤原正昭(専大) 1:03:33
4区 20.9 渡辺 聡(駒大) 1:02:48
5区 20.7 横田一仁(山学大) 1:11:25
6区 20.7 中澤 晃(神大)  58:44
7区 20.9 中野幹生(神大) 1:04:45
8区 21.3 辻原幸生(神大) 1:07:12
9区 23.0 佐藤裕之(駒大) 1:09:49
10区 21.3 大崎悟史(山学大) 1:05:11
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