98〜99 駅 伝 時 評

75th 箱根駅伝
【 天気は晴朗、レースは波乱! 】

  まさか総合優勝できるとは……。順天堂大学の沢木啓祐監督は、しみじみと喜
びを噛みしめているふうであった。本当はひそかに期するものがあったろうに、
まったく表情に出さないところが、いかにも名将といわれるにふさわしい。優勝
経験ゆたかな監督だなあ……と思った。

 愛すべきキャラクターの森本葵監督は、全日本が終わったあと、学生駅伝3冠
獲得を公然と宣言、往路優勝のインタービュでもその舌先は健在だった。当面の
ライバルの2校、神奈川大と山梨学大がそろって崩れるなかで、駒澤大だけは優
勝候補筆頭にふさわしい強い戦いぶりで予定通り往路優勝を果たした。「もう、
これで(優勝は)だいじょうぶですね」とマイクを向けられたとき、「それを言
ってしまうと、選手たちの気がゆるみますから……」と、頬をひきしめたが、眼
はほころび、口もとはゆるんでいた。

 眼は口ほどにモノを言い……というわけで、口で言うよりもはるかに鮮明に勝
利宣言をしていたのである。その正直さというか、初々しさに好感を覚えたが、
現実はそんなに甘くはなかった。監督のありように選手たちも浮かれたわけでも、
ことさら固くなったというわけではなかったろうが、復路の終盤に悪夢をみるこ
とになる。

 第75回箱根駅伝は往路から思いがけない波乱の幕あけだった。出雲、全日本を
制した駒澤大を中心にして、3連覇をねらう神奈川大、山梨学大が実力伯仲のレ
ースをくりひろげるだろうと予想されたが、早くも2区で神奈川と山梨が圏外に
去った。そうなれば駒澤大の独り舞台となる。4区の藤田敦史でトップに立った
のは監督・コーチの台本どおり、区間新という大きな土産つきで、あっさりと往
路を制した。

 復路も駒澤大は手固くタスキを運んでいた。初の総合優勝と学生駅伝3冠は、
ほぼまちがいないと思われたが、終盤の9区になって、にわかに森本監督や大八
木コーチを震撼させる事態がやってきた。ひたひたと追ってきたのは山梨でも神
奈川でもなく、ノーマークの順天堂大だった。順大は往路こそ2区・三代直樹の
快走で2位にとびこんだが、誰も優勝争いに浮上してくるとは思っていなかった。

 駒澤の準エース格・北田初男は順天堂の高橋謙介に追われて、58秒のリードを
すべて吐き出したのは、9区の10.5キロ地点だった。苦しげに顔をゆがめる北田、
ポーカーフェースの高橋、好対照をなす両者の表情をみるだけで、もはや勝負の
ゆくすえがみえたいた。

 復路の順大……。逆転の順大……。北田と高橋、それほど力の差があるとは思
えないが、追う者と追われる者の勢いの差が出てしまった。16.7キロで高橋がス
パートしたとき、またしても駒澤の悲願はついえた。かくして順天堂は10年ぶり
9度目の総合優勝を果たした。前哨戦の出雲は5位、全日本は8位という成績か
ら箱根を制してしまったのである。

 波乱の原因は何なのか。〈天候〉だろうと思う。今年は往路の2日、復路の3
日ともに穏やかな天候にめぐまれた。快晴のうららかなコンディション、ランナ
ーにとっては寒くも熱くもなく、ほとんど風もなかった。スピード力が生かせる
絶好の気象条件だったというわけである。絶好のコンディションだったから、波
乱を呼んだのである。区間新記録が4つも出たのはその証左だろう。

 つまり大砲といわれるエース・ランナーがいかんなく実力を発揮できる環境が
ととのっていた。区間新記録が4つも出たのがその証左になるだろう。大砲を持
つチームがだんぜん有利、そしてチームの柱になるエースのデキの良し悪しが勝
敗の分かれ目になったとみる。

 そういう意味で今大会の流れを決定ずけたのは第2区である。超スローペース
ではじまった1区を制したのは拓大の東勝博だったが、トップから40秒までのあ
いだに10位の法政までがはいっていた。ほとんどダンゴ状態でタスキは2区に引
き継がれ、そこから、もういちど再スタートというかたちだった。混戦のなかで
積極的に仕掛けて、主導権を握ったのが順天堂大の三代直樹だった。

 ギア・チェンジに対応できたのが主力どころでは駒澤の佐藤裕之と東海の諏訪
利成、流れの変化に反応できずに失速したのが山梨の古田哲弘と神奈川の渡辺聡
だった。頼みとするエースの好・不調によって、はっきりと明暗がわかれてしま
ったのである。

 優勝した順天堂大は三代直樹と高橋謙介というエースが実力をフルに発揮した
ことが最大の勝因だろう。とくに渡辺康幸の区間新記録を破った三代の快走によ
って、チーム全体に勢いがついた。復路は高橋と宮崎展仁が区間賞、他の3人も
区間4位以内をキープして、しっかりつなぎの役割を果たしていた。

 駒澤は何が足りなかったのだろうか。往路では佐藤裕之、藤田敦史(4区で区
間新)の両エースが期待通りにはたらいた。復路は重圧につぶれたのだろうか。
往路ほどのエースがいなかったせいもあるが、あまりにも無難な走りにこだわり
すぎていたような気もする。それで最後までリズムをつかめないまま終わってし
まったような感じなのである。

 3連覇がかかっていた神奈川大は往路6位が誤算だったろう。2区のエース渡
辺聡が区間12位、昨年のヒーロー・5区の勝間信弥が区間11位というありさまで
はチーム全体に勢いがつかない。復路はいくぶん持ち直した。6区の山下りで、
中澤晃が今年も区間新の快走、それがきっかけで最後まで順天堂と復路優勝を争
った。最終的に総合3位まで押しあげた地力はさすがと思わせるものがあった。


 山梨学院大は往路8位、トップから11分も遅れたのは意外だった。やはり2区
・古田哲弘の大ブレーキがチーム全体に沈滞ムードをもたらした。復路は順大、
神奈川大についでの3位にくいこんだが、総合6位まで押しあげるのがやっとと
いうありさま、3強の一角といわれながら、とうとう最後まで優勝争いに絡めな
かった。

 駒澤には学生駅伝3冠、神奈川大には箱根3連覇、いずれもプレッシャがある
から、今年はもっとも気楽な立場にある山梨学大が勝つのではないか。ひそかに
プルシアンブルーに期待をかけていた。それだけに往路での脱落は意外だった。
山梨の戦線脱落が、大波乱を呼ぶ伏線になってゆくのだが、その原因は2区の古
田にある。

 出雲でも全日本でも不発におわった古田だが、箱根では爆発するのではないか
と、ひそかに期待していた。だが、みごとに裏切られた。タスキを受けてから、
まったくピッチがあがらなかった。もどかしそうに顔をゆがめるばかり、5つも
順位を落ちして区間成績も最下位である。14位でタスキを渡すのがやっとという
ありさま、誰の目からみても、まともに走れる状態ではなかった。

 風の噂によると古田は全日本のあと、またしても右ふくらはぎの異常を訴えて
いたという。練習量も落ちていたらしい。あえてそんな古田を2区に起用したの
はなぜなのか。歴戦の知将・上田誠仁監督には、深い理由があったのだろうが、
明らかに判断ミスである。スピード駅伝といわれる昨今、名前だけで戦えるほど
甘くはない。もちろん古田にも責任はあるが、それ以上に監督の責任は重い。

 古田にとって、今年は長い1年になるだろう。屈辱と悔しさをバネにできるか
どうか。その壁を乗りこえなくては、ランナーとしても、人間としても将来はな
い。

 健闘したのは往路3位、総合5位の東海大だろう。もっとも東海は昨年の大会
で予選会まわりになったのが、何かのまちがいだったのである。往路でつくった
勢いで復路も乗りきってしまった。日大も2区・山本祐樹が思ったほど伸びなか
ったが、総合8位に食いこんだ。確実に地力がついている。中央大学は往路、復
路ともに4位と堅実、大東文化大の7位はまずまずの部類だろう。意外だったの
は拓大(総合11位)である。3強に次ぐ勢力といわれていたが、ムラが多すぎた。
往路の1区でトップに立ちながら、4区で大きくくずれて失速した。まだ安定感
のあるランナー10人がそろわないようである。

 いつもながら今回もシード権争いが熾烈だった。早稲田、日体大、拓大、東洋
大が最終10区まではげしく競い合った。昨年は東洋大が泣きをみたが、今年はそ
の悔しさをバネにして最終区で早稲田を逆転、念願の9位にすべりこんだ。今年
は日本橋架橋88周年記念とかで、最終区のコースが変更されていた。1.3 キロの
距離延長に東洋大は笑い、早稲田は泣いたようである。

 駅伝は力だけでは計れない。持ちタイムやレース経験がそのまま生きるわけで
もない。その日の気象条件やレース展開によって大きく左右される。今回の箱根
駅伝によって、あらためて駅伝の怖さ、奥深さ、おもしろさを思い知らされたよ
うな気がする。

☆順天堂大学
 往路 岩永嘉孝、三代直樹、入船 満、大橋真一、佐藤功二
 復路 宮井将治、政綱孝之、奥田真一郎、高橋謙介、宮崎展仁

総 合 成 績

順天堂大 2 5:34:13
11:07:47 1 5:33:34
駒   大 1 5:32:23
11:12:33 5 5:40:10
神奈川大 6 5:40:29
11:17:00 2 5:36:31
中   大 4 5:37:47
11:17:15 4 5:39:28
東 海 大 3 5:35:45
11:20:51 9 5:45:07
山梨学大 8 5:43:25
11:22:00 3 5:38:35
大 東 大 9 5:44:15
11:26:28 6 5:42:13
日   大 5 5:40:20
11:28:17 12 5:47:57
東 洋 大 12 5:46:44
11:29:07 7 5:42:23
10 早   大 7 5:41:38
11:29:47 13 5:48:09
11 拓   大 13 5:46:51
11:30:13 8 5:43:22
12 日 体 大 10 5:44:25
11:30:35 10 5:46:30
13 中央学大 15 5:50:51
11:38:18 11 5:47:27
14 法   大 11 5:45:58
11:39:32 15 5:53:34
15 帝 京 大 14 5:50:05
11:40:45 14 5:50:40

区間優勝者
1区 21.3キロ 東 勝博(拓大) 1:04:01
2区 23.0 三代 直樹(順大) 1:06:46
3区 21.3 野々口修(駒大) 1:04:18
4区 20.9 藤田 敦史(駒大) 1:00:56
5区 20.7 柴田 真一(東海大) 1:12:35
6区 20.7 中澤 晃(神大)  58:06
7区 21.2 吉田 行宏(拓大) 1:04:41
8区 21.3 相馬 雄太(神大) 1:06:07
9区 23.0 高橋 謙介(順大) 1:09:17
10区 23.0 宮崎 展仁(順大) 1:11:08
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