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2003/9/9『曲想あれこれ』

演奏会のパンフレットに曲想を記すかどうか、賛否両論があるだろうが、私はやはりお客さんのためにわかりやすい曲想を記すことは大切だと思う。
今回のコンサートでも、たとえば邪馬台で生のナレーションを入れたり、パンフレットに簡単に曲想などを記したが、特に日頃マンドリン音楽になじみのない方から、とてもわかりやすかったとのお言葉を頂いた。

確かに曲を聞く前に、ある主観的な先入観を植え付けてしまうことは問題かもしれないが、感じ方は人それぞれなのだから、「なるほど、そう聞こえる」「いや自分にはこう聞こえる」「これはまちがっとる!」といろいろまぜっかえすのも演奏会の楽しみ方のひとつだろう。

私は、合奏において何よりもまず曲想(範疇のあいまいな言葉ですが)を重視する。
自分の指揮する合奏曲は、まず曲想を徹底的に煮つめることにしている。もちろん素人の悲しさ、浅学にして浅慮、間違っていたり見当違いな解釈のオンパレードだが、手が届く限りの資料を集めて歴史や時代の背景、作曲家の伝記を調べ、先達の意見を伺い、毎回試行錯誤している。

標題音楽や描写音楽は、わかりやすいのであるが、そういう音楽はむしろ少ないし、表題が必ずしもその曲の本質を表していない場合も多いのでややこしい。
だがあやまちを恐れていては、いつまでも曲の精神に近づけないので、恥をかくのを承知であえて自分流の解釈をたたき台にしていく。

妻を話し相手に曲想を練る時はいつも深夜のジョ○サン大泉店、ものすごくうるさい場所だが、心頭滅却すれば喧騒の中に真の静寂がある。
そういえば、妻のソロコンのときなど、演奏曲についていろいろ調べ、何晩もそこで曲想を語り合った。
宮沢賢治が詩想を得るため、深夜の林でレコードをかけて踊り狂ったという故事にちなみ、深夜の大泉公園で課題曲を歌いながら踊り狂ったこともあった。

曲想に関して、10年程前、ある強烈な音楽体験があった。当時、プロの先生による、マンドリン楽曲構築セミナーというのがあって、ギターTOPとしてそれに参加したのだが、演奏する曲がベートーベンの「エグモント序曲」。
割と斯界では演奏される曲で、以前演奏したこともあったのだが、うかつなことに私はゲーテの戯曲「エグモント」を知らず、「なんか地味でパッとしない曲だな〜」程度の印象しかなかったのだ。

講師の国土潤一先生が序曲の各テーマをそれぞれの登場人物やシーンに当てはめて解説しながら指揮をされるのだが、私は全くこの曲にのめりこんでしまい、最後のエグモント伯の処刑から精神的勝利を祝福する賛美歌、そしてエグモントの死を知った民衆がついに立ち上がってオランダ独立への戦鼓が巻き起こるフィナーレに至っては全身に鳥肌が立ち、涙が出そうであった。

もしかするとこれは曲想や解釈とかいう以前に一般知識とか教養といわれることなのかもしれないが、音楽に劇的に生命が吹き込まれていく瞬間を目撃でき、この上ない貴重な体験となった。

この時の感動がある限り、どんな曲にもドラマがあり、どんな音にも意思と目的があると信じ、私は今後も寄り道だらけの奇妙な素人アナリーゼを続けていくだろう。

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