松本智津夫被告第69回公判
1998/3/12
(毎日新聞より)
オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第69回公判は12日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、坂本堤弁護士一家殺害事件で元教団顧問弁護士、青山吉伸被告(38)に対する3回目の弁護側反対尋問と、坂本弁護士の遺体を解剖した医師に対する反対尋問が行われた。傍聴希望者は149人だった。
裁 判 長:阿部 文洋(52)
陪席裁判官:(48)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(35)
検 察 官:山本 信一(49)=東京地検公判部副部長ら4人
弁 護 人:渡辺 脩(64)=弁護団長
大崎 康博(64)=副弁護団長ら12人
被 告:松本智津夫(43)
検察側証人:青山 吉伸(38)=元教団顧問弁護士
伊藤 順通(67)=東邦大名誉教授 (敬称・呼称略)
青山吉伸証人
午前9時58分、刑務官に手を引かれ松本被告が入廷。青の作務衣上下。散髪し、ひげも切りそろえている。青山被告も入廷。
検察官が追加書証を申し立てた。弁護側が第65回公判で要請したTBSの坂本弁護士インタビュービデオの内容を記したものだ。
主任弁護人は「テープの方が分かりやすい。実物を証拠申請されたらいかがか」。
検察官が反論した。「もともとこちらとしては提出するつもりのなかった証拠です。主尋問で提出した書証ならばともかく……」。結局、弁護側が改めてテープ自体の証拠採用を申請することで決着した。
検察官が証拠の朗読を始めた。「質問者『被害者からの相談は』坂本『最初は今年の5月ごろ、相談にみえたんです……』」。検察官は「えっ」「まっ」といった間投詞も、忠実に再現していく。しかし抑揚のない声で、緊張感はない。
10時15分、朗読が終わり、青山被告が陳述席についた。
弁護人は、1989年10月、坂本弁護士に会った日に、サンデー毎日にコメントした別の弁護士の自宅に寄ったかどうかを問う。
弁護人「上祐(史浩被告)と一緒でしょ」
証人「一緒に行ったのは間違いないが、私としては自分が行きたいから行ったんで、だれかに言われて行ったわけではない」
弁護人「麻原とか上祐の指示では?」
証人「ないです」
弁護人「趣旨は?」
証人「サンデー毎日の記者の書いた趣旨と、話した趣旨がズレているのではと見ていたので、記者の方に問題があるのかどうか確認したかったんです」
弁護人「訴訟の資料収集ということですよね」
証人「そう思ってました」
弁護人「(89年)11月3日当時、弁護士名簿はどこに保管していたか」
証人「持っていたかどうかもわからない」
弁護人「調書では、岡崎(一明被告)と早川(紀代秀被告)が、11月2日の深夜から3日の未明にかけて、『弁護士名簿を調べれば坂本の自宅がわかるから弁護士名簿を青山から借りましょうか』『それはまずい。青山はまだ使えない』と話したとあるが」
証人「自分以外の人の行動については何とも言えない。わからない」
弁護人「10月31日、週刊大衆へはどう行ったか」
証人「私は1人で電車で行った」
弁護人「早川の調書では、『青山と上祐と3人で車で行った。麻原から、3人で車で週刊大衆まで行き、そのまま横浜法律事務所へ向かえと指示を受けた』とあるが、どうか」
証人「私の記憶では先ほどのとおり」
弁護人「これまで麻原の指示がないという裏付けの話をされてきたわけですけど本当にないのですか」
証人「指示の記憶はありません」
弁護人は、坂本弁護士が所属していた横浜法律事務所創立25周年記念パンフレットを示し、「見たことはありますか」と尋ねる。
証人「記憶はありません」
弁護人「早川らの調書には、10月31日、上祐か早川があなたもいるところで、麻原の耳元でこの中の坂本弁護士のプロフィルを読み上げたとあるが」
証人「私の記憶では、ありません」
弁護人「坂本メモには、『教団に要求があるなら私(青山被告)が取り次ぐ』と記載されているのですが、記憶はありますか」
証人「そう言ってもおかしくはありませんが、記憶はありません」
松本被告は終始無言。天井を向いたり、法廷の後ろの方を眺め回したりするのみで、青山被告の答えに何の反応も示さない。
弁護人「7月12日付の坂本メモに、青山弁護士とあり、『世俗的なことにエネルギーを使用しない』『今忙しい』『脱会届出ていない』とある。記憶は?」
証人「いちいち覚えていない」
弁護人「では、ファクス送信部分を示します」。弁護人は証拠のファクスつづりを青山被告に見せた。
弁護人「あなたが坂本さんに送ったものですね」
証人「はい」
弁護人「計30枚とあるが、添付されているのは3枚しかない。あとは何か?」
証人「文集のようなものです。信者の親で最初は反対していたが、子供の話を聞き、本を読み、徐々に(オウムを)理解していった人のものだと思う」
弁護人「なぜそういったものを送ったの?」
証人「子供の気持ちを理解してほしい、ということだと思う」
弁護人「坂本弁護士から希望があったのか」
証人「特に希望があったかどうかわからないが、読んでほしいと」
弁護人「あなたは一方的に送り付けるのか」
証人「一方的ではない。坂本先生も主張は聞こうと思っていた、と思う」
弁護人「8月3日に女性信者と親を対面させていますね。信者は親と会うことを承諾していたのか」
証人「どちらかといえば嫌がっていた」
弁護人「対面はあなたの一存で決められるのか」
証人「オウムに連絡はした。内部的にどう決定されたのかは知らない」
弁護人「麻原さんは関与したのか」
証人「それは私には分かりません」
自分の名前が出たためか、松本被告が身を乗り出した。
弁護人「女性信者の調書によると、坂本さんが病気になったらどうするのかと言うと早川さんが怒ったように『それでも帰せない。死んでも帰せない』と言い、険悪になったとあるが」
証人「ありえない。親子が対面し、坂本弁護士も『ありがとう』と言って、終わったと思う」
弁護人は坂本弁護士の手帳のメモをもとに、別の信者の名前を挙げて尋ねた。「あなたから坂本さんに電話して、『その人の件で』と連絡した?」
証人「坂本さんに? 私はその方が男か女かも分かりません」
弁護人「あなたの発言として『家庭に問題あり。8月3日に道場に来て以来、オウムには現れていない』とメモにある」
証人「全然覚えていないですね」。青山被告の回答はそっけない。
弁護人「サンデー毎日が出た後、麻原はどう話していた記憶がありますか」
証人「一般信者として説法を聞く機会があった。すべてはカルマにのっとって外のこ
とに心を動かすことはムダということだった。不動心という認識です」
弁護人「どう理解すればいいの?」
証人「サンデーのことはそもそも心を動かすようなことではない、と」
弁護人「坂本弁護士に会った結果として、早川被告は『物別れというか、もう裁判しかない、という雰囲気だった』と証言している。坂本さんが『裁判しますよ』と言うと、『うちらもやりますよ』となったと早川は話しているが」
証人「坂本弁護士からそういう話は出ていない」
弁護人「大変なことになるとは思わなかったか」
証人「そういう認識はなかった」
弁護人「被害者の会のリーダーは坂本さんと思っていたの?」
証人「サンデー毎日の作っているものという印象でした」
弁護人「では被害者の会と坂本さんの関係は?」
証人「分かりません」
弁護人は坂本弁護士事件の冒頭陳述を読み始めた。青山被告は背筋を伸ばし、聴き入った。
弁護人「冒陳には、坂本さんの批判を抑えられないとあり、それが殺害の動機となったとあるが」
証人「私には考えられないことです」
弁護人「あなたは、麻原さんに指示されて、テレビ局の取材での発言を撤回、謝罪させるために出かけたとある。しかし、拒否され、殺害に結び付いたと」
証人「訂正も、謝罪も要求していない。そんな話題はなかった」
弁護人「冒陳は間違っているのか」
証人「私は冒陳を初めて聞いた。要求も謝罪も求めなかった。間違いない。そういう冒陳は驚いた」
「慎重で、法律家らしい発言だと思う。冷静だし」と、弁護人はうなずきながら証言態度をチクリと刺した。
弁護人「以前、あなたは坂本事件にオウムがかかわっていないと発言した」
証人「はい」
弁護人「今はどうか」
証人「今は言える立場にない」
弁護人「評論ではなく、認識を」
証人「評論家でもないし、裁判官でもない。証拠に基づかないことは言えない」
弁護人「言えないのか」
証人「証人としては言えない」
弁護人「麻原さんをどういう人と認識して入信したのか」
証人「どうと言われても、どう表現していいか」
弁護人「独断でものごとを決める人か」
証人「そういうことは考えてませんし、認識もない」
今度は早川被告について、弁護人が尋ねる。「どんな人柄なの?」
証人「分かりません。そう簡単に人のことを評価すべきではないです」
弁護人「上祐さんはどうですか」
証人「人のことを答えるのは難しい……。修行は熱心にしている人です」
弁護人「攻撃的だとか」
証人「そういうことはありません」
弁護人「早川さんらが坂本さん一家を殺害した。なぜだか分かりますか?」
証人「分かりません」
弁護人「思い当たることはない?」
証人「はい」
質問を続けていた主任弁護人はあきれたように声を出した。「あなたが理解しようとしないのではないですかっ」
証人「そう言われても困ります。分からないものは分かりません」
弁護人「動機は分からない?」
証人「私の体験した事実からは分かりません」
弁護人「納得できないわけですね」
証人「私は分からないと言っているだけです」
問いと答えがかみ合わないまま、青山被告への反対尋問は午後0時6分に終わり、休廷。
伊藤順通証人
1時18分、再開。坂本弁護士の遺体を解剖した伊藤順通(まさみち)東邦大名誉教
授が証言に立つ。
弁護人「(遺体の)顔で確認できた人は?」
証人「いません」
弁護人「歯はあなたの分野ではありませんね。どうやって特定したのか」
証人「血液型、身長、年齢等です。そのほか両方の小指がちょっと湾曲している特徴からおおむね坂本堤先生と判断しました」
じっとしていた松本被告が左右を見るように頭を動かしながら、何ごとかをつぶやきはじめた。
弁護人「どの書物も、全身死ろう化までには最大3年かかる、と読めるが」
証人「そうです」
弁護人「死後5、6年と判断したのは?」
証人「死ろう化から判断した私の見解」
弁護人「完全に死ろう化するには3年かかるとされている。それ以上の年数はわからないはずだが」
証人「私の判断だ」
弁護人「死体が坂本弁護士だというのを前提にしていたのではないか」
証人「マスコミなどの情報は耳に入ってはいたが、死体から判断している」
松本被告のいびきが聞こえる。
弁護人「『全身死ろう化で断言できないが、直接死因はけい部圧迫で窒息』とある。明言できるのか」
証人「けい部圧迫なら窒息死。そうなら他殺では、というあくまで推定」
弁護人は写真を証人に示して質問を続ける。
3時、休廷。
3時18分、再開。
弁護人が骨折の場所を尋ねる。「この右肩の部分で間違いないか」
証人「はい」
弁護人「右鎖骨が骨折したのに、出血がない?」
証人「死亡後ですから出血はありません」
専門的な話が続き、信者らしき傍聴者の中には、うとうとする人もいる。
弁護人「右胸部に広い範囲である暗黒色の部分に関して、ろっ骨の骨折は認められないということですが、ろっ骨を撮影した写真はありません。異常を感じたところだけでなく、写真を撮ったり、計測したりするものではないのですか」
証人「医学的には所見がある場合に写真を撮るのであって、所見がないところを撮っても意味がない」
弁護人「解剖の際、肺に発現していたとされるいっ血点の色は」
証人「赤褐色と言いますか、そういう色です」
弁護人は、いっ血点が写真のどの部分かにこだわり、質問を続けた。松本被告は、宙に円を描くなど、尋問を聞く様子は見せない。
弁護人「もう少し鑑定作業する時に証拠としてしっかりしたものを作るようにすべきではないか」
証人「写真技術がすべてピシッといくものではない」
主任弁護人に交代する。「組織検査はどんなことをするのですか」
証人「五臓六腑(ろっぷ)をやるのが常識です。病理組織学的検査です」
弁護人が図示を要求。松本被告は口に手をあてて大きなあくびをする。