松本智津夫被告第72回公判
1998/3/27
(毎日新聞より)
オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第72回公判は27日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、地下鉄サリン事件の実行役の一人とされる元教団幹部、林泰男被告(40)に対する3回目の弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は119人だった。
裁 判 長:阿部 文洋(52)
陪席裁判官:(48)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(35)
検 察 官:山本 信一(49)=東京地検公判部副部長ら4人
弁 護 人:渡辺 脩(64)=弁護団長
大崎 康博(64)=副弁護団長ら12人
被 告:松本智津夫(43)
検察側証人:林 泰男(40)=元教団「科学技術省」次官
(敬称・呼称略)
午前9時59分、林被告への反対尋問が始まった。
弁護人「平成7(1995)年1月当時は科学技術省の次官でしたね。次官は何人ぐらいでしょう」
証人「10人ぐらい。ミーティングは毎日開いていました」
弁護人「ミーティングはだれが主宰しましたか」
林被告は「村井(秀夫元幹部=故人)。その後、私と豊田(亨被告)が主宰して、豊田が抜けて私です」と話し、さらに加えた。「主宰というのは不適当。まとめ役です」
弁護人「村井さんが抜けたのは?」
証人「第7サティアンの作業に専念するため」
弁護人「第7サティアンの作業とは」
証人「サリンプラントの建設です」
松本被告は目をつぶり、つぶやくこともない。
弁護人「麻原さんから直接指示を受けるようなことはありましたか」
証人「村井が抜けて豊田がいる間は毎日報告に行きました。自分たちで判断できないこと、例えば金額の大きな物品の購入とか」
弁護人「豊田さんがいなくなってからは」
証人「行っていません。会いたくないから」
弁護人「昨日(26日の公判で)おっしゃっていた『被害妄想』などですか」
証人「それだけではない。いろいろな事件を起こしている。とてもついて行けない。会わなくなったのは豊田が第7サティアンに行ってからです。『会わなければいけないのに会いたくない』ケースと、『会わなくてもいいけれども会いたくない』ケースがあるが、前者の気持ちになったのは平成6(94)年暮れごろです」
弁護人は95年初頭の強制捜査に対する隠ぺい工作を聞く。林被告は「はっきりしないが、隠ぺいはしていた」と繰り返した。
弁護人「サリンは?」
証人「村井はすべて捨てたと言っていた」
弁護人「捨てた?」
証人「私は途中生成物という認識でした。第7サティアンわきの井戸に捨てた、と聞きました」
弁護人「確認だが、教団はサリンの完成品はないし、中間生成物も捨てたと認識していたのか」
証人「そうです」
弁護人「平成6(94)年に松本サリン事件?」
証人「はい。富田(隆被告)君から確実に教団がやったと聞きました」
弁護人「そのサリンはどのように準備したのか」
証人「知りません」
弁護人「VXに関与は」
「ありません」。林被告はそう言った後、「いえ、すみません」と言い直した。「逃走途中に、井上(嘉浩被告)君から預かって、埋めました」と続けた。
弁護人「預かったのは?」
証人「平成7(95)年7月15日前後です」
弁護人「あなたは一定ラインの人には麻原批判をしていたのでしょ。井上さんには言わなかったの?」
証人「井上君は麻原への批判を受け入れるような思考を持っていなかった」
弁護人「井上さんと村井さんは?」
証人「同じ方向を向いていましたが、井上君の方が村井よりは、ある程度批判的見方をしていました」
弁護人「それでも井上君には言わなかったの」
証人「はい。私の心の内を悟られないように接していましたから」
弁護人は、捜査を遅らせるために事件を起こそうと準備したものを聞く。
弁護人「いくつありましたか」
証人「三つ。地震兵器、プラズマ搭載車、レーザー搭載車」
弁護人「地震兵器はだれの指示で?」
証人「村井です。地震を起こせる代物ではなかった。はっきり言って、計画自体がむちゃくちゃでした」
弁護人「プラズマ車は」
証人「プラズマ車、レーザー車は直接かかわっていません」
弁護人は教団の出版物を取り上げて、「プラズマ車とか出てきますが、どう思いましたか」と問う。
証人「麻原は自分たちのやったことを、他の者がしていると公表してしまうくせがあって。バカだなと思った記憶があります」
松本被告が不機嫌そうに背筋を伸ばした。
弁護人は、地下鉄サリン事件直前、霞ケ関駅にアタッシェケースが置かれた事件を取り上げる。林被告は「井上君がエゴで私を使おうとした」と話す。「上からの指示がないのに、私を関与させようとした」
弁護人「そういうことが教団でもあるの」
証人「……現実にはありました」
11時30分、弁護人が交代した。「科学技術省」の次官のホーリーネーム(教団名)を1人ずつ確認していく。林被告は「ホーリーネームはあまり考えたくない」と、半数も思い出せない。
弁護人「平成6(94)年4月ごろ第7サティアンに行くよう指示されたようだが」
証人「電気工事の作業をするように言われて」
弁護人「いつまで?」
証人「1カ月弱です」
弁護人「5月末に発熱や寒気を訴えたとの供述がありますが」
証人「知っています。他の施設でも、体調を悪くした人がいるのを聞いていました」
11時57分、休廷。
午後1時11分、松本被告が入廷。林被告が続く。
弁護人「第7サティアンの事故は知ってますね」
証人「はい。第7のどこかパイプの故障か破裂で、ガスが漏れたと思った。サリンプラントと知っていたので、作っている過程の何らかの事故だと思った」
弁護人「キリストのイニシエーション(秘儀伝授)を受けたとき、薬物ということは?」
証人「後で思いました。かなりの幻覚を見た」
弁護人は、「ニューナルコ」というイニシエーションについて尋ねる。
証人「ニューナルコは、特に自分で電気ショックの機械を麻原に渡したので、医学的に安全かどうか不安がありました」
弁護人「井上さんが特別な警察の情報源をもっていると認識していましたか」
証人「地下鉄事件のちょっと前、信者に警察官がいて、何らかの情報を得ていると直接聞きました」
弁護人は「ちょっとつらいかもしれないが、動機に関係するので」と前置きして、林被告と逃走、一緒に逮捕された女性信者について聞き始めた。林被告は「できたら本名を出さないでいただきたい」と小さな声で頼み、「A子さん」という表現で尋問が続いた。
林被告は94年夏、女性が教団「科学技術省」の警備小屋に配属されて知り合い、恋愛感情を持った。「警備小屋に長時間いたり、ワーク後に一緒にビデオを見たり、穴のあいた靴下を繕ってもらったりした」という。
松本被告は不愉快そうに口をとがらせて聞いている。地下鉄サリン事件の前、林被告は「在家に戻りたい」と思っていたという。
弁護人は質問を変えた。「(95年)3月の尊師通達は知っている?」。
証人「はい。一定の修行を行い、その後、正悟師に昇格すると」
弁護人「豊田さんの方が時期が早いことについてはどう思ったの」
証人「当時は精神的におかしくなっていた。他の者がどうこうということは思わなかった」
弁護人が交代する。
弁護人「国松(孝次警察庁)長官(=当時)狙撃事件、村井刺殺事件に関与したか」
証人「いいえ、していません」
弁護人「教団は関与しなかったのか」
証人「そうではないと何度も聞いていました」
弁護人「『殺人マシーン』という報道があったが、どう思った?」
証人「客観的に自分がなしたことはまさにその通りだと思います」
弁護人「教団内では誠実で後輩の面倒見がいいということだが、どうしてそういうイメージが独り歩きしたのか」
証人「それはマスコミの必要性があったのではないでしょうか」
弁護人「ワークには積極的にかかわったのか」
証人「非合法なものに関しては自分に理解できない思いでやっていました」
弁護人「麻原さんが肝硬変、糖尿病など病気がちだったことは?」
証人「肝硬変は克服したと言っていた。僕自身が麻原の所にいったときに点滴を受けており、当然、体調が悪いと思った」
弁護人「松本サリン当時も体調が悪かったか」
証人「松本サリン事件以降です」
弁護人が、当時と法廷での松本被告の体格の違いを確認するよう促すが、「見なくてもわかる」と被告席を見ようとしない。
弁護人は、95年3月17日深夜から18日未明にかけて、村井元幹部の部屋で行われた地下鉄サリン事件の謀議について聞き始めた。
弁護人「部屋に入ったのは林郁夫、広瀬(健一被告)、横山(真人被告)、あなた、村井さんですね」
証人「はい」
弁護人「検面調書に『豊田はいた』と書いてありますが」
証人「間違いです。調書全般にわたってそうなんですが、1年半の逃走中に記憶がなくなって、その後の記憶の方が正確です」
弁護人「ある意味では、検面調書の内容はいいかげんということですか」
証人「今の記憶と比べるとそう言えると思います。今はかなりのところ思い出しています」
弁護人「その場の状況を思い出せますか」
証人「皆が丸く座っていたというぐらいで、隣にだれが座っていたか思い出せません。(村井元幹部が)自分の両サイドにいなかったことは確かです」
3時、休廷。
3時21分、再開。
弁護人「村井さんの部屋で、地下鉄にサリンをまくことを君たちにやってもらうと言われた。村井さんはサリンという言葉を直接使ったのか。サッチャンとかではなかったのか」
証人「サリンという言葉が使われていたと思います。共通認識があるものは隠語で言うかもしれないが、サリンはそうでなかった」
弁護人「実行犯に5人を選んだ理由は?」
証人「わかりません。何で選ばれたのか……。ことの重大さを考えていただけだった。教団は普通の状態ではなかった。とくに村井はそうだった。狂った人に逆らうことはできない」
弁護人「村井さんは『尊師の指示』とは言ってないんですね」
証人「何らかのことで、伝えられた。言葉あるいはジェスチャーで、示されたと思います」
弁護人「村井さんが『これは』と言って、頭を上げて元に戻し『……からだからね』と言ったと、林郁夫さんが証言してますが」
証人「はっきりした記憶はありません。その話は何十回も聞いてますが、記憶によみがえってないし、なかったとも言えません」
弁護人「麻原さんはそんな細かい指示までする人ですか」
証人「そういう人だと思っていたし、今もそういう認識です」
弁護人「話し合いが終わったのは朝何時ごろ?」
証人「その後すぐに横山、広瀬が買い物に行っているので、商店が開いている時間だと思います」
弁護人「その後、井上さんに会うまでだいぶ時間がありますが、部屋に戻って休んでいたんですね」
証人「はい。『ふて寝』というか、何も考えたくないので睡眠に逃げたい、という感じでした」
弁護人「井上さんはあなたと会ったのは第5サティアンと証言しているが、第6サティアンでいいのか」
証人「はい。明確に覚えています」
細かい質問が続く。眠っている松本被告に裁判長が「被告はよく聞いていなさい。寝ているんじゃないよ。背筋を伸ばしちゃんとしてなさい」と注意する。
弁護人「あなたの部屋で井上さんとサリンをまく話をしたということ?」
証人「はい」
弁護人「井上さんはサポート役だったのですか」
証人「いいえ、そうは思っていません」
弁護人「井上さんは何をするために本件にかかわったのだと思いますか」
証人「言えるのは彼がそういうことをしましたということだけです」
弁護人「村井さんの失敗が強制捜査を招いたと考えていますか。例えば第7サティアンの失敗とか」
証人「そういう意味では村井もある程度あるが、やはり仮谷さん事件が一番の要因だと思っています」
再び、眠っている松本被告を裁判長が注意する。松本被告は「あなた方が被告人なんだよ」と言い、裁判長から顔をそむける。
弁護人「ステージでは井上さんよりあなたの方が上ですね」
証人「建前上は上だが例外はある。彼は、布施や信徒を集めたりして麻原の覚えがよかった」 弁護人「井上さんに、村井さんの部屋に先に行って報告するように言われたのに、井上さんが現れて先に入った。なぜすぐ入らなかったのか」
証人「村井、横山、広瀬がいて、路線図みたいな物が置かれていた。サリンの話だと思い、なんとなく加わりたくないという思いを持ったからです」
弁護人「東京での中心は井上さんと思ってたか」
証人「特に中心とは思っていなかった」
弁護人「村井さんも東京に来て指示すると思っていたのか」
証人「そう思っていた」
5時1分、閉廷。