松本智津夫被告第73回公判
1998/4/9
(毎日新聞より)
オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第73回公判は9日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、地下鉄サリン事件の実行役の一人とされる元教団幹部、林泰男被告(40)に対する4度目の弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は132人だった。
裁 判 長:阿部 文洋(52)
陪席裁判官:(48)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(35)
検 察 官:山本 信一(49)=東京地検公判部副部長ら6人
弁 護 人:渡辺 脩(64)=弁護団長
大崎 康博(64)=副弁護団長ら12人
被 告:松本智津夫(43)
検察側証人:林 泰男(40)=元教団「科学技術省」次官
(敬称・呼称略)
証人林泰男被告
午前9時57分、松本被告が入廷した。紺のジャンパーとズボン姿。続いてグレーの背広の林被告が入る。9時59分、開廷した。
弁護人「(猛毒の)VXを井上(嘉浩被告)君から預かり埋めた平成7(1995)年4月17日の件で、『私が提案して井上の許可をもらった』と言ったが?」
証人「私の意思が強くはたらいており、私の提案で井上君の許可をもらった。井上君は反対していた」
弁護人「これは麻原の指示と言えるのか」
証人「いいえ」
弁護人「井上君はなぜ勝手に決められたのか」
証人「麻原の意思に反しないと思ったからだと思う」
検察官が異議を唱える。「このような尋問は必要ない」。
弁護人が「(地下鉄サリン事件直前の)村井(秀夫元幹部=故人)さんの話は、検察側主尋問で指示内容は明らかになっていない。麻原さんにすれば最も大きい争点となっている」と反論。だが、
裁判長は「今聞いたところで十分ですから」と認めない。
弁護人「平成7年7月ごろには、教団から心が離れたとおっしゃった。VXの場所を警察に連絡しようとは思わなかったのか」
証人「連絡すると、所在が発覚してしまうという思いがあったのかもしれない。埋めた場所が自分の実家の近くで、発見される恐れが少なく、危険とは考えられない場所だと思った」
なおも追及しようとする弁護人を、裁判長は「もういいです」とさえぎる。
弁護人「アタッシェケースの件で、井上さんがかばんを作るように言われたがやらなかったというが、このようなことはあるのか」
証人「異例とは思うが、井上君の場合はあった。ヴァジラヤーナのワークに引き入れようとしていた。新宿青酸ガス事件は麻原の指示なくして、ヴァジラヤーナに加わっている」
弁護人「(地下鉄サリン事件について)『階級が上がるためのワークだ』と他の人が証言しているが、あなたは?」
証人「その時の記憶ではありません。犯行後、それは事実だったのだな、と思ったことはありますが」
弁護人「捜査段階の調書で、記憶が誤っていたところとか、あやまちと気づきながら調書にしたところとかありますか」
証人「何カ所か。私の動機や、殺意の部分とか」
弁護人「どうして違うことを認めたのか」
証人「いろいろな事情があって、話せば長くなる。私のところ(公判)できちんと言わなければならないと思っています」
松本被告は手を机に置いたまま、不機嫌そうに背筋を伸ばした。
弁護人「地下鉄サリン事件に関し主尋問で、断るわけがない理由として、麻原さんを信じていて断れない、多くの人が(教団周辺で)死んでいったのを見て断れない、その両方から断れない、この3つがあるとおっしゃったが、あなたはどれですか」
証人「私は死んでいった人を見ていましたから。他の人は麻原の魔力に縛られて断れなかったと思う」
弁護人「何日にサリンをまく、というのは、村井さんは、あらかじめ決定していたようでしたか」
証人「日にちに関しては決められていないようでした。なるべく早く行いたい感じでした。平日の方が騒ぎが大きくなるだろうということを踏まえて、月曜日と決定したと思います」
11時58分、休廷。
午後1時15分、再開。
弁護人「村井さんの部屋で、サリンをまく方法は決まったのか」
証人「決まりました」
弁護人「最後まで全員がいたんですか」
証人「林郁夫(被告)さんは最初に出て、次に私が出ました。広瀬(健一被告)君と横山(真人被告)君は残りました」
弁護人「部屋を出て、どこで待機していたのか」
証人「第6サティアン3階で寝てました」
弁護人「サリンをまくのに強い悩みをもっていたら寝つかれないのでは?」
裁判長が「前と同じ質問じゃないですか」と口をはさむ。弁護人は「文脈の中で聴いている」と反論。
林被告は「ふて寝してた。井上君が来て起きた」と話す。
弁護人「極秘のことだから井上君に話さないという選択肢はなかったのか」
証人「井上君はそれなりの力を持っているので。井上くんが指示するということは、村井さん以上で話がされていると考えられ、それは麻原以外ない。反発すればそのまま麻原につながる恐れが考えられた」
弁護人「村井の指示で来てもいいのではないか」
証人「村井に内証で来た感じだった。『みんなに任せておいてはうまくいかないから来た』と言った」
弁護人「その時、運転手についての話も出た?」
証人「杉本(繁郎被告)、平田(信容疑者)ら3人が考えられると」
弁護人「杉本さんは自治省、平田さんは車両省次官、もう1人は自治省?」
証人「はい」
弁護人「調書で、3人が身近で親しかったというが、だれにとって?」
証人「井上君にも、私にも。親しかったからこそ私は選べなかった」
弁護人「その場では、林さんが運転手選定で悩み、村井さんに相談したがっている、林さんがためらっているから井上さんが行くと言ったんじゃないの?」
証人「絶対ありません」
弁護人「井上さんが証言しているのは知ってるでしょ? なぜだと思う?」
証人「井上さんに聞いて下さい」
弁護人「想像できる理由はある?」
ここで裁判長が「事実に基づいて質問をするように」と注意。弁護人が抗議するが、裁判長はあきれたように、「もう答えないでいいですよ」と証人に言う。
弁護人「その後に村井さんの部屋に行ったのは井上さんの指示か」
証人「そうです。話し合ったことを言うようにと」
弁護人「運転手の人選も?」
証人「そう考えた」
弁護人「林さんが反対して井上さんは?」
証人「ほかにいい人がいるのかと聞かれた。自分の提案にあまり文句を言うなというふうだった」
弁護人「村井さんの部屋にすぐ入らなかった?」
証人「はい。村井にかなり嫌悪の思いがあった」
弁護人「2回目の話し合いで何が決まった?」
証人「それぞれの担当路線、乗降駅、犯行時間、下見の指示といったもの」
松本被告は、じっと目を閉じたまま動かない。
弁護人「井上さんが、村井さん、麻原さんと話し合っていたと思う根拠は?」
証人「井上君は(サリンの量が)200CCということも知っていた。以前の行動からもそう思った」
弁護人が語気を荒らげる。「あなたは事件の始まりは何だったか、存じてないんでしょ。だれが言い出してどうやることになったか、何も知らないんでしょ」
証人「村井からいろいろ聞いてたし、知らないからといって、麻原の指示ではないということはない」
弁護人「まき方以外に麻原と村井が話し合った内容で知っていることは?」
証人「かつらのこと」
弁護人「麻原と村井が話し合った、と聞いたことはそれだけなんでしょ」
証人「そこだけ取り出されても、答えられない」
弁護人「麻原と村井と井上の話し合いで、村井はすでに亡くなっている。麻原さんは指示してないと言い、井上君もないと言えば、あなたが推測で『ある』と言っても、おかしい」
証人「そう思う根拠についてはすでに述べてきたし、それが希薄だといわれれば、仕方ないが、私の言っていることがウソとはいえないはずです」
弁護人「村井が『断ってもいいよ』と言ったということは、村井が単独で行ったとは思わないか」
証人「思わない」
弁護人「なぜ?」
証人「そういう議論をすること自体不毛で、麻原がすべてを認め、謝罪してから論じるのが本来であって……」
弁護人「そりゃ、無罪を前提にしているから」
「弁護士さんからみれば、そうかもしれないけど……」。林被告は声を詰まらせ、ハンカチをほおにあて、肩をかすかに震わせる。
しばらく間を置き、林被告は絞り出すように小声で答えた。「自分の思いは、今言ったことです」。
裁判長の提案で、2時45分、休廷。
3時5分、再開。
弁護人「『阪神大震災で強制捜査が1カ月延びた。大きなことがあればまた延びる』。麻原さんがそう言って地下鉄サリン事件は進められたんですね?」
証人「はい」
弁護人「大震災のときに、オウム真理教は神戸に行ってませんか?」
証人「物資を持って行ったと聞いています」
弁護人「強制捜査が切迫している時にそんなことするのかなあ」
証人「ペットボトルを作るように指示されました。水を詰めて被災者に売ればもうかるだろうと麻原が言っている、と平田信から聞きました。『水詰めろ、水を作る機械を直せ』と麻原から言われました」
弁護人「どう思った?」
証人「平田は『あこぎだ』と言っていました」
質問は再び地下鉄サリン事件2日前に戻る。
弁護人「あなたが第6に行ったのは何時ごろ?」
証人「夜の8時か9時とかだと思う」
弁護人「横山さんの部屋に入って容器を見ているわけでしょ。容器については関心がなかったの?」
証人「計画すべてに関心がなかった」
弁護人「夜9時以降、第6サティアン3階55号室でずっと休んでいたのか」
証人「はい。ただ、部屋にいても電話がかかってきて応対したと思う」
弁護人「だれからか」
証人「電気班や科学技術省の部下もいた」
弁護人「この時点で、地下鉄サリン事件を起こせると思っていた?」
「いいえ、思っていませんでした」。即座に林被告が答える。
弁護人「現実味がなかったということ?」
証人「ありませんでした。今までもいろいろお話ししたと思いますが」。いらだちながら、林被告は続ける。「サリンがそんなに短期間でできるという認識は持っていなかった」
質問は95年3月19日の行動に移る。
弁護人「起床は?」
証人「7時から9時ごろ。村井さんの指示で運転手、実行役の3人を呼んで、東京に向かいました」
弁護人は杉並アジトの間取りを林被告に書かせる。
弁護人「真ん中の掘りごたつに7人入ったの?」
証人「そうです」
弁護人「ほかには?」
証人「だれもいなかったと思う」
弁護人「井上さんをどれぐらい待っていたの」
証人「2時間、もしかしたら1時間」
弁護人「各自の乗降駅の確認をしたんですよね」
証人「はい」
弁護人「その後、新宿に買い物と下見に? 着いたのは?」
証人「1時前後」
弁護人「だれがよく新宿を知っていたのか」
証人「私はよく知っていた。大学が新宿でした」
弁護人「その後、タイ料理店に入った?」
証人「はい」
弁護人「それから三越に行きましたね?」
証人「新宿に行くという時点で、私が提案しました。ここで以前、かつらを買ったことがあるので」
「そうなんですか」とうなずく弁護人。服、靴、カバンなどビジネスマンを装う品を購入した経緯が聴かれた後、弁護人は再び、事件直前の林被告の気持ちを確かめる。
「本当にやりたくなかった?」「かかわりたくなかった?」
2つの問いにいずれも林被告は小声で「はい」と答えた。
5時、閉廷。