松本智津夫被告第76回公判
1998/4/24
(毎日新聞より)



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)に対する第76回公判は24日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、地下鉄サリン事件について実行役の1人とされる元教団幹部、林泰男被告(40)に対する6回目の弁護側反対尋問が行われた。初公判からちょうど2年のこの日、雨の中並んだ傍聴希望者は115人。2月の第68回公判と並ぶ過去最低の人数で、1万2292人が並んだ初公判の100分の1以下になった。


 午前9時58分、松本被告が入廷した。紺のジャンパー姿。続いて、グレーのスーツの林被告が入った。

 地下鉄サリン事件前日、林被告が豊田亨被告、特別手配中の平田信容疑者と、サリンの容器を探した経緯を弁護側がただす。
 弁護人「京王デパートの地下食品売り場に行ったという話でしたね。何を買いましたか」
 証人「ジュースを何本か。チーズも買ったかもしれません。新宿で時間をつぶすためのものです」
 弁護人「買い物の理由は豊田さん、平田さんに説明した?」
 証人「平田君にはしましたが、豊田君には隠していました」
 弁護人「なぜ?」
 証人「豊田君は麻原のことを信じてるわけですから」
 「麻原」と呼び捨てる声がひときわ大きく響いたが、被告席の松本被告は表情を変えない。
 弁護人「平田さんは?」
 証人「平田君は私たちと同じ心持ってますから」
 弁護人が「(警察庁)長官狙撃事件について聞きます」と言うと、裁判長が割って入った。「あまり関係ないことは聞かないで下さい」。弁護人は隣の弁護人と1分ほど打ち合わせてから、質問を続けた。
 弁護人「教団内で、警察庁とか防衛庁に攻撃を加えるという話はあったか」
 証人「首相を人質にうんぬんというのはあった」
 弁護人「だれが?」
 証人「麻原が言ったと聞いた」
 弁護人「平田さんからレーザー銃で警視庁本部を狙撃する計画を聞いたか」
 証人「照射してもまばたきする程度。実験はしたと聞いた。馬ですけど」
 法廷に笑いが漏れた。
 弁護人「あなたは長官狙撃事件でも調べられた?」
 証人「はい」
検察官が異議を申し立て、裁判長もうなずいた。
 弁護人「では、あなたは荒川区南千住のアクロシティを知っていますか」
 証人「東京拘置所に行く時、高速道路上で刑事さんから『国松(孝次)長官が住んでいる所』と聞いた。その時初めて見ました」
 弁護人「(狙撃事件があった)3月30日はどこにいたのか」
 証人「川越に、別の男性信者といました」
 弁護人「井上(嘉浩被告)さんは?」
 証人「上の部屋にいたと思います」
 弁護人「その後は?」
 証人「井上と出かけました。都内へ」
 弁護人「何のため?」
 証人「わかりません」
 検察官が「3月30日は関係ない」と異議。裁判長も「関係ない話はやめて下さい」と言うが、弁護人は引き下がらない。「裁判所は事件をぶった切っているが、一連の流れに事実はある。こと細かに聞いているわけではない。もう少しですよ」と言い張った。
 弁護人「警視庁の元巡査長は、(長官狙撃)現場で林さんから指示を受けたと言っているが」 証人「とてもばかばかしい話だと思います」
 弁護人が交代、「捜査段階と法廷であなたの供述が食い違っている」と切り出した。主尋問での証言内容を細かく追及していく。
 弁護人「(地下鉄事件を報じる)テレビで、霞が関の出勤のピーク時間が何時ごろか、やってた覚えは?」
 証人「覚えています」
 弁護人「そのとき、井上さんとはどんな話を?」
 証人「新たに被害者が出たと、テレビでやってた。井上がそれを見て喜んだというか、そういうことがあって、憤りを感じ文句を言いました。テレビで警察官の出勤は9時ごろとやってた。『早く犯行を行ったから、何の関係もない人に被害が及んでしまった』と言ったのを覚えています」
 松本被告は両手を机上で組み、独り言を言っている。弁護人が後ろからつつく。別の弁護人に交代。
 弁護人「渋谷のアジトに井上さんが来た時に、興奮していたと証言されていますね。どうして?」
 証人「(自作自演の)火炎瓶事件がうまくいったからだと思います」
 弁護人「犯行声明を出すのが法皇官房幹部の役割だったでしょ。何の事件か」
 証人「地下鉄サリン事件」
 弁護人「その時、どんな話を聞いたのですか」
 証人「犯行後、渋谷アジトで井上君がこの幹部に怒っていた。犯行声明文を出す役割のこの幹部が寝過ごして、声明文を送れなかったということだった。井上君が『犯行後に出しても仕方ないだろ』と怒っていた」
 弁護人「送る先は?」
 証人「マスコミ関係だったという気がします」
 弁護人「犯行前ということは、犯行予告ですね」
 証人「そう思います」
 弁護人「井上被告とその幹部の関係は?」
 証人はしばらく考え込んだ。「どちらも同じぐらいの役割ですね。ただ井上君は裏の仕事が多く、幹部は表の仕事が中心でした」
 弁護人が「切りがいいところで」と質問を終え、11時55分、休廷。


 午後1時15分、再開。
 弁護人「サリンを持つ量が200CCから1リットルに増えたことは供述調書にありませんね」
 証人「増えたことはわかっていました」
 弁護人「それは渋谷本部で聞いたのですか」
 証人「まともなものができなくなり、量が増えたと思っていました」
 弁護人「立つ位置の話ですが、渋谷で出たのですか」
 証人「たぶん出ただろうと思います。上九に戻って練習したことを考えると出たと思う」
 弁護人「座ってやった方がいいという話も出ましたか」
 証人「そう記憶しています。絶対ではありませんが」
 弁護人「どうしてドアのわきに立った方がいいことになったのですか」
 証人「覚えていません。ドアの近くの方がすぐ出入りできるぐらいは考えたと思います」
 弁護人「まき方の説明はなかったのですか」
 証人「あまり考えていなかった」
 弁護人「どうやってまくかは重要ではないですか」
 証人「やる気のある人にはそうだと思います。僕自身は考えていなかった」
 弁護人「サリンのことを聞いた時は」
 証人「計画が中止になるのは難しいと思いました」
 弁護人は次に、上九一色村から渋谷のアジトにサリンを運ぶ際の、双方の「思い違い」について質問した。
 弁護人「上九一色村で村井(秀夫元幹部=故人)さんから『サリンは届ける』と言われたということですよね? ところが渋谷には村井さんの姿はなく、電話がかかってきた。どんな会話をしましたか?」
 証人「その時の電話は、ほかの会話でも(お互いに)とんちんかんだったような気がします。なんとなく違和感があるような……」
 弁護人「そこで、井上さんが『サリンを取りに行ってくる』と言い出したのか」
 「はい。明確に覚えています」と林被告は語気を強めた。
 弁護人「村井さんは『サリンは届ける』といった。もしかしたら井上さんが行き違いになったり、無駄足になる可能性もある。井上さんに『ちょっと待てよ』と言わなかったの?」
 証人「井上君がそう(行くと)言えば、『はあ』としか言いようがない。井上君はいろいろ考えて行動しているはずですから」
 弁護人「井上さんが無駄足を踏んでもいいと?」
 「この計画で不都合が生じることは『ありがたい』と思っていましたから」。林被告
は、サリン散布計画に気乗りがしなかったことを繰り返す。
 弁護人「2度目の村井さんからの電話は何時ごろ」
 証人「深夜の1時ごろだと思います」
 弁護人「井上さんが取りに行っている。村井さんはそれを聞いてどんな反応だったの」
 証人「うーん。2回目の時はある程度不満そうだったが、それをあらわにすることはなかった」
 弁護人「村井さんは、戻ってこいということでしたね。それであなたは」
 証人「答えませんでした。みんなで相談してみますと話した」
 弁護人「それで、村井さんは納得して、電話を切ったのですか」
 証人「無理やり切りました」
 弁護人「3度目の電話がかかってきたのは」
 証人「直後だったと思います」
 弁護人「かなり立腹していたようですね。よくあることなのですか」
 証人「その時が初めてです」
 弁護人「村井さんの言う通りにしないとヤバイなと思ったのは」
 証人「自分の不都合を麻原に報告され、何らかの懲罰の対象になるのではと思った」
 弁護人「かなり切迫した状況と認識したのですか」
 証人「村井さんの話し方から恐怖を覚えた。尋常ではないと感じました」
 弁護人が、第7サティアン小部屋の状況を聞く。
 弁護人「11袋あることの説明はあったか」
 証人「なかった」
 弁護人「皆が嫌がるなら私が、という気持ちはあったか」
 証人「引き受けさせられるまではありません。買って出たわけではない。もともと麻原に否定的に評価されていたので、それで麻原にやらされたと思った」
 弁護人「否定的とは?」
 証人「平成6(1994)年4月のキャンプで、麻原が新実(智光被告)君に私を含めた3人の不満分子がいると言ったと聞いている」
 弁護人「そういう人にシークレットワークを任せるの?」
 証人「否定的な者を、わざとそういう仕事に就かせるというのはよくあります」
 2時53分、休廷。


 3時13分、再開。
 弁護人は、第7サティアンの室内の様子を図示するよう林被告に求める。
 弁護人は図をもとに、位置関係を確認する。
 弁護人「本物のサリンはどこに?」
 証人「部屋の中央に出された。最初から部屋になかったのは間違いありません」
 弁護人「何に入っていましたか」
 証人「段ボールのような箱に袋が入っていた」
 弁護人は、村井元幹部に関する質問に移る。
 弁護人「村井さんはどういう人だったか」
 証人「いい面は科学的、物理的知識があったこと。行動に関することではロスを考えない人。思い込んだら方程式通りと思い込む。いろんな障害を考えるのが当たり前なのだが」
 弁護人「失敗ばかりと証言している人もいるが」
 証人「麻原自身が説法で、そのようなことを言ったことがあった。信者の共通認識としてあったと思う」
 弁護人「あなたの話を聞くと、信者は村井さんに対していやだなと思いながら、命令に従っていたということになる」
 証人「村井はおかしい人だけど、麻原の指示を『はい、はい』と聞くのは宗教上望ましいという信者は多かったと思います。ただ結果となると……否定的な意見が多かった」
 弁護人「プラント建設は村井さんが責任者でしょ? 失敗の中にはこのプラントも入る?」
 証人「はい」
 弁護人「工事の目的はサリンプラントと聞いてから、あなたは手を引いたということなのか?」
 証人「電気関係の仕事ではかかわっていましたが、自分はそこに近づかないようにしていました」
 弁護人「サリンプラントのことを村井さんから説明された時の状況をくわしく話してください」
 証人「そこで作られたものはすべて捨てたと」
 弁護人「どこに?」
 証人「第7サティアンの井戸に」
 弁護人「これらの計画の失敗に対する責任者の責任はとらなかったのか」
 証人「私の知る限りではなかった」
 弁護人「麻原さんは接見で3月18日から中1日しかないのにサリンなどできるわけがないと言っていますが、あなたもそう考えていましたか」
 証人「はい」
 弁護人「あなたが麻原さんを批判するようになった理由は?」
 証人「サマナが修行によって死ぬようになったこと。また、修行形態が変わり、少し不満を感じました」
 5時、阿部裁判長が林被告に「これで終わりではありませんので」と声を掛け、閉廷を告げた。