松本智津夫被告第77回公判
1998/5/7
(毎日新聞より)



裁 判 長:阿部 文洋(52)
陪席裁判官:(48)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(35)
検 察 官:西村 逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら5人
弁 護 人:渡辺  脩(64)=弁護団長
      大崎 康博(64)=副弁護団長ら12人
被   告:松本智津夫(43)
検察側証人:上垣外勝彦(40)
      戸田 俊邦(50)
      小笠原吉晴(46)
      岡村 繁和(41)
      宮下 秀俊(54)
      山岸 政則(43)
    =以上長野県警警察官
      林  泰男(40)
 =元教団「科学技術省」次官
      (敬称・呼称略)



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第77回公判は7日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれた。松本サリン事件に関して、捜査に当たった長野県警の警察官6人に対する証人尋問と、地下鉄サリン事件で実行役の一人とされる元教団幹部、林泰男被告(40)に対する7回目の弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は139人だった。
 午前9時58分、紺色のジャンパーとジャージー姿の松本被告が入廷した。被告席につくなり、ぶつぶつとつぶやき始める。
 証人の長野県警鑑識課の上垣外(かみがいと)勝彦氏が宣誓する間も松本被告のつぶやきは続き、裁判長から「被告は静かにするように」と注意を受ける。だが、尋問が始まってもつぶやきは止まらない。検察官が「ちょっとやめさせてくれますか」と求めるが、阿部裁判長はいったん視線を松本被告に向けた後、あきらめた表情で「気にせずにやりなさい」と尋問再開を促した。 検察官は、松本サリン事件で住人3人が亡くなった開智ハイツの実況見分の様子について、上垣外氏に尋ねた。
 上垣外氏は検察側主尋問だけで退席。事件当時、長野県警鑑識課の第2機動鑑識班班長だった戸田俊邦氏が入廷した。松本レックスハイツで亡くなった3人の遺体の状況などを確認して、弁護側反対尋問も簡単に終わる。
 続いて同課の小笠原吉晴氏が証言する。同ハイツの実況検分についてやりとりする間、松本被告は無表情で黙っている。
 小笠原氏への検察側主尋問は短時間で終了。代わって事件当時、第4機動鑑識班主任だった岡村繁和氏が証言に立った。岡村氏は事件直後、死者1人を出した明治生命寮の浴室を実況検分した。検察官は、浴室の洗面器から採取した水について、採取方法などを尋ねた。続いて弁護側が反対尋問に立つ。
 弁護人「水に色は?」
 証人「見る範囲では分かりませんでした」
 弁護人「浴室内にあったのは洗面器の水だけか」
 証人「はい」
 岡村氏の尋問が終わり、11時20分過ぎ、第3機動鑑識班班長だった宮下秀俊氏が入った。宮下氏は、現場近くの河野義行さん方の池の水などを採取した。
 検察官「採取した時、毒物混入の認識は?」
 証人「はい。池の魚やザリガニが死んでいましたので」
 尋問が弁護側に移る。
 弁護人「池の水を採取したのは午前5時10分ですね。夜は明けてましたか」
 証人「薄明るくなってたと思います」
 弁護人「本当?」
 証人「本当です」
 弁護人はたたみかける。「検証は夜明け前に実施してはいけないのは知ってますよね?」。証人はぶぜんとして答えない。弁護団から笑いが漏れた。水の採取の法的根拠など、さらに細かい質問が続く。

 11時58分、休廷。


 午後1時11分、松本被告が席につくなり「教団の金について調べてみなさい」としゃべり出す。裁判長が注意するが、「私の許可なく教団の金がどれだけ動いたんだ。1980年代だ、言っているのは。イエス・キリストと同じく……」と続ける。それにかまわず、1時14分再開。
 弁護人「水を採取した時、池の周りの植物はどういう状況でしたか」
 証人「後で枯れているのを見たが、初めに入った時には普通に緑に茂っていた。6月28日午前5時過ぎの時点では変わりなかった」
 弁護人「水に毒が入っているかもしれないという情報はどこから?」
 証人「呼び出しの時にガスの事案と言われ召集を受けたので。28日の午前2時ごろに。どんな種類のガスで、被害者がどの程度いるかという情報は、その時点で受けていない」
 弁護人「実況見分を始める時点で犯罪が起きていると認識していましたか。殺人とかあるいは事故と」
 証人「上層部は分かりませんが、事故の方が強いと思いました。殺人事件とは感じませんでした」
 弁護人「検分の目的は河野さん宅で被害が出ているからですか?」
 証人「ご家族に被害が出て病院に行っているということでした」
 弁護人「あなたは、河野義行さんに対し、容疑がかけられたのは承知していたんですか」
 証人「後になり、新聞報道でそうなっていたということは知っています。河野さん宅で水を採取している時には、流れてきていません」
 弁護人「どの段階で、河野さんに容疑を持って捜査に当たったのか」
 宮下氏はしばらく考えた後で、「私は、新聞やテレビ報道で知ったのであって、上の方から河野さんを容疑者として捜査していく、というのは聞いてません」
 阿部裁判長が「聞きたいことは分かりますけど、証人の立証趣旨とはちがうのでは?」と口をはさむ。検察側からも異議が出る。
 弁護人「あなたは河野さん宅を犯行現場と認識したの? それとも被害発生現場と認識したの?」
 証人「被害現場であり、犯行現場であると……」
 弁護人「河野さんという個人に対し、容疑を持っていませんでしたか」
 証人「持っていませんでした」
 反対尋問が終わり、宮下氏が退廷。当時、松本署の鑑識係員だった山岸政則氏が入る。河野さん方の犬小屋前の漬物樽(だる)から水を採取した状況について、検察官が尋問する。
 検察官「どういう経緯で水を採取したのですか」
 証人「飼い犬2匹が小屋の前で死んでおり、その前に漬物樽があったからです」
 検察官「その水は犬が飲んだ可能性があるので採取したのか」
 証人「はい。河野さんのお子さんに聞いたところでは、漬物用のたるの水を使っていると。それを6月28日午後0時少し前に、250ミリリットルのプラスチック容器に入れ採取しました」
 弁護人が反対尋問に立つ。「事件発生の連絡を初めに受けたのはいつですか」
 証人「6月28日午前1時ごろです。自宅で。松本署から『北深志周辺で死傷者が多数出ている。都市ガス事故かもしれないが、至急出署しろ』と。午前2時ごろに着きました。都市ガスかもしれないと連絡を受けていたので、ガス検知器を使い、側溝やマンホールのガス検知を行いました」
 弁護人「異常は?」
 証人「検知器にはなかった」
 弁護人「検証は7月5日午後6時50分まで続いている。どうしてそんなに長くなったのですか」
 証人「草木の変色状況があって遅くなった」
 弁護人「日に日に変わっていったという意味か」
 証人「全体が日に日に変わっていった。それと敷地が広かったので時間がかかった」
 弁護人「犬が水を飲んだというのは、だれが判断したのか」
 証人「私です」
 弁護人「なぜそう判断したのか説明してほしい」
 証人「死亡者が出る中、都市ガスも検知されず、何らかの有害ガスなのでは、という考えも出てきた。ガスの中には水に溶け込むものもあり、犬がその水を飲んだのではと考えた」
 弁護人「どんな種類のガスと認識していたか」
 証人「有害ガス、という認識しかなかった」
 弁護人「有機リンや、農薬ということは?」
 証人「農薬では広範囲で人が死ぬとは思えなかったので、そういう認識は持てませんでした」 弁護人に裁判長が「まだ続けますか?」と質問。弁護人が「あと20分ほど」と答え、3時休廷。


 3時20分、再開。

 弁護人「水に色やにおいなど異常は?」
 証人「ないが、表面に白い微細なものが浮いていました」
 弁護人が交代。河野さん宅の捜索について尋ねるが、検察側から「尋問の範囲を超えている」と異議。裁判長も「関連がないからやめなさい」と注意し、反対尋問は終了した。



林泰男証人
 4時、グレーのスーツ姿の林被告が入廷。弁護人は教団の修行内容について質問を始める。
 弁護人「クンダリーニの意味は?」
 証人「すべての行動を起こさせるエネルギー。生命エネルギーも含まれます」
 弁護人「そういう身体的体験は教義上はどういう説明がされるのか」
 証人「めい想によってあの世の経験をすることが目的。魂というものに近いものを、肉体から抜け出させるためのエネルギー」
 弁護人「オウムに疑問を抱くようになったのは、クンダリーニも含めてか」
 松本被告が低い声でつぶやき始める。
 証人「自分が修行によって経験したことは事実だと思っている。麻原自体がもともと宗教家としてふさわしくない。自分のエゴで教団を作っていたんだなということです。根底となる慈悲、慈愛が麻原にはなかった」
 弁護人「個人の問題と人格の問題は、教義と切り離せるのでは?」
 証人「完全には切り離せない」
 弁護人「麻原が勝手にゆがめ、解釈したところとは?」
 証人「主たる者としての能力もないのにこんな犯罪行為を行うということ」
 松本被告は、自分への批判が証人の口から出始めると、うつむいたまま動かなくなった。
 弁護人「それは犯罪行為を説いたからですか」
 証人「そうとも言えます」
 弁護人「ちょっと納得しがたいな。そういうふうにあなたが考えるようになったのは、逃亡していた(95年)7月ごろからですか」
 証人「それは複雑です。犯罪行為については、その少し前からです。マスコミの報道などで麻原の学生時代の話とかいろんな話を聞いて、おかしいな、と思うようになりました」
 弁護人「この場であなたの行った行為を弾がいするつもりはありません。あなた方の行為の内実が理解しがたいのです。質問の方向を変えますが、事件のあった3月20日以降、いわゆるヴァジラヤーナの、単純に言えば違法行為にあなたはタッチしているでしょ」
 証人「はい」
 弁護人「どういういきさつで関与したのですか」
 証人「本件の犯行後にいったん教団を離れ、といってもそれは2日だったのですが、その2日後に強制捜査が入り教団に帰れなくなり、井上(嘉浩被告)君と行動するようになって、新宿のガス事件を行うことになった」
 弁護人「青酸ガスだけでなく、ほかにもいろいろ計画はあったでしょ?」
 証人「ダイオキシンをまくとか石油コンビナートを爆破するとか。爆破は麻原の希望だったが不可能だったので、そこに向かう貨物列車の転覆、それに都庁爆弾です」
 弁護人「青酸ガスで実行に移すのは何回試みているんですか」
 証人「3度です」
 弁護人「4月30日、5月3日、5日にわたって試みている?」
 証人「はい」
 弁護人「都庁爆弾事件にはあなたも関与を?」
 証人「都知事公舎の下見に行っています」
 弁護人「井上さんとの関係ですが、最初に出会ったのは大阪でビラ配りの時?」
 証人「そうです」
 弁護人「その後、世田谷道場で2人ともインストラクターだった」
 証人「違います。私は信徒で彼の指導を受けた」
 弁護人「サマナ(出家者)が教団からいなくなった時、2人ペアでサマナを探すことが度々あった?」
 証人「はい」
 弁護人「井上さんの話だとあなたは一般の信徒から大変人望があったと」
 証人「はい」
 弁護人「オウムが大きくなってから科学技術省、村井(秀夫元幹部=故人)さんが中心でエリートが入る。上の理不尽な要求をあなたが受け止めた?」
 証人「引き受けてから、どうせだめだからさせないことはありました」
 弁護人「井上さんの言うヴァジラヤーナとは?」
 証人「犯罪行為だと思います。そのほか、兵器の密造、訓練と、そういうことをした人たちをそう呼ぶこともありました」
 教団の「ヴァジラヤーナ」に関する教えについて、弁護人は繰り返し質問を続けるが、裁判長が「本人尋問ならともかく、関連性がない」と割り込む。
 「では」と弁護人の口調がやや厳しくなる。「調書では、サリンをまいたのはオウムの教えを信じていたから、と述べているが、法廷での尋問を聞くと、重点が変わっているように思う。検察官の主尋問では、断ると懲罰を受ける、断ると殺されると述べていた」
 「はい」と淡々と答える林被告。
 弁護人「新宿の青酸ガス事件でも、引き受けないと生命の危機にさらされるから、と言っている。この点が納得できない」
 「私も調書のほうが、納得しがたい」と林被告はすぐさま答える。「捜査段階でも主尋問でも、私はそのような答えをしている。調書を作った検察官が、そのようなストーリーにしたかったのでは」
 弁護人がたたみかける。「法廷で述べていることのほうが、はるかに真実に近いのですか?」 「はい」と林被告。
 弁護人「懲罰を受けるから、というのが理由なら、逃げて警視庁にでも駆け込めばよかったのでは?」
 証人「その時は常識的な考え方ができなかったということと、もともとサリンは裁判官宿舎にまくという計画もあり、地下鉄の場合も警視庁に出勤する警官が狙いだった。教団は何でもする組織だと思っていました」
 5時、裁判長が林被告に「ではまた明日きてください」と声をかけ閉廷。