林郁夫被告無期判決は「自首」(刑法42条)を適用したのか?
1998/6/1
<質問>
date: 28 May 1998
name: N
subject: 林郁夫被告人に対する判決について
body: 初めてメールを差し上げます。貴殿のご活躍に心からの敬意を表します。
さて、林郁夫被告人に対する判決に関して2つの質問がございます。
@貴殿は、このホームページにおいて、判決が「無期懲役」であったことにつき、刑法第42条が適用されて刑が軽減されたと分析されておりますが、その論拠をお教え戴ければ幸いです。門外漢の小生が新聞報道により得た情報では、判決理由要旨の中に同条を適用したことを明示した箇所はございませんし、また、判決要旨の結論部分においては、「自首」に対して、被告人に関する諸事情の1つとしての位置づけしか与えられていないように思えます。
A判決理由要旨の結論部分には、「死刑だけが本件における正当な結論とは言い難く、無期懲役をもって臨むことも刑事司法の1つのあり方として許されないわけではないと考えられる。」とあります。 この部分を読みますと、裁判官は、「本件においては、死刑の判決も無期懲役の判決も正当である。」と言っているように思えます。つまり、本件において無期懲役を適用すべき理由が示されていないように思えるのですが、如何でしょうか。
以上、お忙しいなか,たいへん恐縮ではございますが,ご教示賜れば幸いに存じます。
<回答> by Takizawa
質問@について
なるほど、鋭いご指摘です。
刑事裁判の判決に際し、どのように条文を適用して結論を導き出すかという裁判技術的な問題です。
刑事裁判の判決書の中に「法令の適用」という項目がありまして、そこを見ればどの条文を適用したか明記されているのですが、報道されている「要旨」ではそこまで書いていないので、わかりません。司法記者クラブに配布される判決要旨でも「法令の適用」は省略されておりました。
さて、刑事裁判で法律を適用して「刑」を決めるときに、ある「罪」の法定刑として何種類かの刑が規定されている場合には、まずその中から一つの種類を選択します。そして、その選択した刑種に法的な加重減軽を加えていくことになります。
本件での「法令の適用」の流れとしては、理論上次の2つのパターンが考えられます。
A:@殺人罪(199条)適用→A法定刑[死刑、無期、3年以上の有期懲役]の中から[死刑]を選択→B[死刑]に対して「自首」(42条)を適用して[無期]に減軽
B:@殺人罪(199条)適用→A法定刑[死刑、無期、3年以上の懲役]の中から最初から[無期]を選択
*この場合は、「自首」は3種類の刑の中から[無期]を選択するための一事情ということになります。Nさんのご指摘は、こちらのBの方ではないか、ということです。
私としては、判決中に、まず「本件はあまりにも重大であり、被告の行った犯罪自体に着目するならば、極刑以外の結論はあろうはずがない」との表現があること、また「自首」という法律用語を明記して使っているということ自体、裁判所が刑法上の「自首」(刑法42条)の要件を充たしているとはっきり「認定」していることなどから、「同条を適用した」と書きました。つまり、Aパターンです。もし42条を適用しないのならば、あえて「自首」と認定する必要はなく、事後的な反省・改悛の情による真相解明への協力を指摘すれば足りるからです。
そこで、判決を下した東京地方裁判所刑事第5部に電話で聞いてみましたら、以外とあっさり教えてくれました。
結論から言うと、Aパターンということです。
つまり、まず「死刑」を選択し、その上で「自首」を認定して「無期」に減軽する、という流れをとったのだそうです。
裁判所としては、本来は「極刑以外の結論はあろうはずがない」との判断を明確にするためにも、まず「死刑」を選択することは必要不可欠であったのだろうと思います。そしてその上で、諸事情を考慮し「無期」に落とす際の法的根拠として「自首」(刑法42条)に求めるほかなかったのではないでしょうか。もちろん、直接の法的根拠は42条に求めるにしても、判決に説得力を持たせるためには、それもやむを得ないという事情をたくさん書かなければなりません。社会的関心や影響の大きな判決ですから、「無期」を選ぶのにはかなり慎重になったのだろうと思われます。
質問Aについて
確かに、「死刑」か「無期」かで迷いに迷ったという悩みが如実に現れており、歯切れの悪いものになっています。ただ、「無期懲役を適用すべき理由」としては、被告にとって不利な事情(結果の重大性等)と有利な事情(判決が言い訳がましく縷々述べている事後的な反省・改悛を示す諸事情の存在)を天秤に掛けた結果として、「無期懲役」を選んだというほかないと思います。