岡崎一明被告
検察側論告(要旨)
 (敬称、呼称略)
1998/7/6
(毎日新聞より)


 【情状関係】

 犯行により、殺人の被害者は合計4名に及び、その結果は誠に重大である。各事件とも犯情悪質と言うほかなく、殺害の実行行為者として関与した被告人の刑事責任は極めて重大である。
 被告人は、松本の指示を断れば、松本からポアの名の下に殺害される怖さから、その指示を断ることはできなかったなどとも供述している。
 しかしながら、松本が教団信徒らに説いていた教義の内容は、もはや宗教活動の範疇に入るものではなく、狂気とも言える独善的かつ身勝手な活動と言うべきである。被告人は、常に松本に追従した行動をとってきていたために本件に加担することになったもので、本件に加担することになった経緯について、被告人に同情すべき事情は全くない。

 被告人ら実行犯は、いずれも2人ないし3人がかりで坂本弁護士及び都子の頚部を強力に絞め付けて殺害し、さらに、都子が愛児の生命の危機を察知し、「子供だけはお願い」と声を振り絞って助命を哀願したにもかかわらず、これを無視していたいけな龍彦までも殺害したものである。坂本弁護士及び都子においては、何ら非はないのに、自宅で就寝中6名の集団に突然襲われ、思うように抵抗することもできないままむなしく生命を奪われ、龍彦においては、母親の助命嘆願のかいもなく、寝入ったままに等しい状態で窒息死させられたものであり、その痛ましさは筆舌に尽くし難い。本件は、正に、冷酷非道、卑劣極まりない凶悪重大事犯と言うほかない。

 (二) 本件の動機・目的
 本件犯行の動機・目的は誠に悪質である。
 (1) 坂本弁護士が他の弁護士2名と共に、教団に出家した子供たちをもつ親から相談を受け、教団活動の様々な問題点や不正をただすため「オウム真理教被害対策弁護団」を結成し、教団に出家した未成年者が行方不明になっている事実や教団の布施の不当性を指摘し、さらに、民間放送局のテレビ番組のインタビュー収録にも応じ、出家や布施の問題点を指摘したほか、血のイニシエーションの非科学性・不合理性を指摘するなどしたこと。
 (2) 民間ラジオ局が、放送番組において、教団活動の問題点を取り上げ、週刊誌も教団活動の問題点を並べた連載記事の掲載を開始するなどし、各種マスコミは、教団における活動内容には種々の問題点があることを指摘するようになったこと。
 (3) このころ、教団は、東京都知事から教団規則の認証を得て宗教法人として成立した直後であって、右認証は1年以内であれば取り消される可能性があったことに加え、松本は、教団の勢力拡大を図るため、90年2月に施行が予想された衆議院議員総選挙に教団幹部の立候補を企図し、盛んに選挙活動を展開していたので、このような時期に坂本弁護士や被害者の会から活発な教団批判の活動がなされることを極力防ぐ必要があったこと
 などの背景事情のもとで、松本は、坂本弁護士を放置すれば、将来、教団が勢力拡大を図る上で大きな障害になるおそれがあると危ぐして、坂本弁護士を抹殺することを企て、これを被告人らに指示するに至り、被告人らは、松本の右意図を十分承知の上で本件犯行に及んだものである。これは、教団組織の存続・拡大のみをもくろんだ極めて自己中心的かつ独善的な発想と言うほかなく、本件犯行の動機・目的は誠に悪質である。

 (2) さらに、本件では、当初、帰宅途中の坂本弁護士1人を襲撃して殺害することを画策していたところ、坂本弁護士が既に在宅しており、その自宅玄関ドアに錠がかけられていないことが分かるや、松本の指示により、その妻子も含めた一家を皆殺しにすることに計画を変更したもので、被告人らは平然とこの変更に同意し一家3名を殺害している。教団にとって障害となる坂本弁護士を殺害するためには、その邪魔になる家族全員を殺害することも意に介しないとする非人間性が顕著に認められ、かけがえのない人の生命の尊厳を無視する理不尽極まりないものであって、断じて許すことができない。

 (3) 改めて言うまでもなく、人の生命は、何ものにも代え難く、何ものにもまして尊重されなければならないことは、人類普遍の基本的な道徳律である。松本は、その独善的な教義である「タントラヴァジラヤーナの教え」の名のもとに、「結果のためには手段を選ぶ必要はない」などと説き、教義を実践するために人を殺害することも正当な行為であるとして、坂本弁護士を教団に対する敵対者と位置づけ、「ポア」と称してその殺害を決意したものである。教団の存続・拡大のみを優先して人命の尊さには一顧だに与えず、坂本弁護士殺害を決意したもので殺害の動機形成過程に斟酌すべき事情は全くなく、断じて容認する余地のない、条理を踏みにじるものである。

 (三) 被告人が本件に加担した経過
 被告人が本件犯行に加担した経過においても酌量すべき事情は全くない。
 被告人は、本件犯行に関与することになった経緯として、松本に呼び出され、その指示を受けたものであり、これは松本が説く「タントラヴァジラヤーナの教え」に基づく松本の救済活動の一環であると思って本件犯行に加担した旨供述している。
 被告人は、常日ごろからあらゆる面で松本の高い評価を得て、教団内における自己の地位の向上を図ろうと狙っていたものであり、本件犯行への加担も、他人の生命を踏み台にしてまでも松本による評価を上げたいとした被告人の利己的な意図・目的によるものと認められる。同情の余地など全くなく、言語道断というほかない。

 1 坂本堤弁護士一家殺害事件について
 (一)本件の罪質
 被告人ら実行犯6人は、松本智津夫の指示を受け、坂本弁護士一家3人を殺害することを企て、未明に無施錠の玄関ドアから同人方に忍び込み、まくらを並べて就寝中の一家3人を惨殺したものである。実行犯の中で、端本悟は松本からその空手の腕前と教団内で行われた武道大会に優勝した実績を買われて実行犯の1人に加えられたものであり、新実智光は空手の、中川智正は柔道の心得をそれぞれ有し、被告人に至っては剣道の有段者であり、また、早川紀代秀と村井秀夫は、特段空手等の経験を有しないものの、いずれも腕力においては他の実行犯に比肩するところであって、このように教団内でも屈強の6人が実行犯として選ばれており、そこには、被害者のいかなる抵抗を排除してでもその殺害目的を完遂するという松本及び実行犯らの強固な意思が明確に認められる

 (四) 結果の重大性
 本件犯行の結果は、誠に重大かつ深刻であるとともに、悲惨極まりないものであり、惨殺された被害者3名の無念さは筆舌に尽くし難い。
 坂本弁護士の活動の方法及び態様には、強引さや理不尽さなど全く認められず、弁護士としての観点からの取り組みとして、その域を逸脱したものでもなければ、その活動内容において、だれからも非難されるべき点はなく、まして殺害されなければならないいわれは絶無であった。それが、悲願であった弁護士としての活動を始めてわずか2年7カ月、前途有為な弁護士が、これからという時期の若冠33歳にして、しかも瞬時にして生命を奪われたものであって、その無念の思いを表現する言葉を知らない。
 都子は、横で寝ている龍彦の生命も危険にさらされるていると察し、被告人ら実行犯に対し、最後の声を振り絞って「子供だけはお願い」と哀訴して龍彦を助けようとするなど、絶命する寸前にもかかわらず、母親としてあらん限りの行動をしており、その母性溢れる気丈な心配りは万人の涙を誘うところで、結局は、龍彦も無惨に殺害された上、遺体は無情にも別々に埋められて、その後約6年間も引き離されていたのであるから、都子の悔しさは想像を絶する。
 龍彦は、本件当時生後1歳の幼児で、両親の愛情に育まれ、また祖父母らからも大事な孫として可愛がられ、前途洋々の人生を歩み出したばかりであった。何も分からないまま、窒息させられたときの苦しさ、両親と引き離されて地中に埋まられた約6年間の寂しさ、寒さを思うとき、ただただ痛ましく、被告人ら実行犯に対し、心底から身が震えるほどの怒りと憤りがこみ上げてくるのを禁じ得ない。

 (五) 遺族の被害感情・処罰感情
 坂本弁護士の母坂本さちよは、堤ら3名と突然に連絡が取れなくなり、行方不明になってからも、ただひたすら3名の生存を心に信じて、その帰還を待っていた。法延で麻原も、その命令に従って堤たちを殺した早川たちも、全員、日本で一番重い死刑という刑罰を与えて下さい。それでも足りないくらいです。日本には昔、町中の人がはりつけにされた罪人をやりで突き刺していくという刑があったそうです。私はこれが一番残虐な刑だと思いますが、麻原たちをその刑にして私もやりでひと突きしたい、そんな気持ちですと、その心情を切々と述べている。
 都子の父大山友之は、「やはり、実行犯、あるいは命令した麻原、こういった者達は、この世にあってはいけない、そう思っております。この地球の上で同じ空気を共有している。それを考えただけでも身の毛のよだつ思いです。この犯人たちは当然死刑になると信じておりますし、また、それを要求したいと思っております」と証言し現在もなお、被告人ら実行犯及び松本に対し、処罰感情が崚烈であることを言明している。
 2 田口修二殺害事件について
 本件は、被告人ら5名が、監禁されて抵抗不能の状態におかれた信徒を集団で殺害したもので、極めて悪質である。
 被告人らは、コンテナ内の独房に入れられ、手足をロープで縛られて全く抵抗することの出来ない田口に対し、油断させるため詐言をろうし、その手足をロープで縛り直し、目隠しまでした上、田口のけい部に巻き付けたロープを4人掛かりで左右から引っ張って絞め付け、さらに田口が殺されまいと力を振り絞って抵抗するや、被告人、村井、早川の3名で田口の肩等を押さえつけ、新実が田口のけい部を強くひねって殺害したものであり、その罪質は極めて悪質というほかない。

 【教団幹部としての被告人の情状】
 被告人は、坂本弁護士方付近で待機中、その玄関ドアが無旋錠であることを探り出し、それを早川に連絡して松本の指示を仰ぎ、また、確実にしかも秘密裡に殺害行為を実行するのに最も適した時刻を提案し、これによって、その後の悲惨な結果をもたらす大きな要因を作り出したものである。他の成就者とされる早川らに対し、日ごろから抱いていた対抗心を燃やし、教団内における自己の地位を少しでも高めるなどして松本に対する帰依心を認めてもらいたい旨の熱烈な願望を有していたのであり、その利己的意図を満足させるため本件を敢行したことが明らかである。
 本件犯行に際しても、被告人は坂本弁護士殺害の直接的な実行者である。その上、被告人は殺害後も、発覚するのを防ぐため、畳の上の血を入念に拭き取り、また、早川が後方に倒れて外した寝室の襖を元に戻すなど、用意周到に罪証を隠滅する行為にも及んでいるのであって、あらゆる面で被告人が自ら率先して本件犯行に加担していた実情が認められる。
 以上のような事情を総合すると、被告人は実行犯6名の中で主要な立場にいたことは明らかであり、その果たした役割は極めて大きく、その刑事責任は重い。

 【被告人の刑事責任について】
 本件両事件の犯行の罪質、動機、態様、結果の重大性、遺族の被害感情、社会的影響といった、いわば犯罪行為とその結果またはそれと直接関連する量刑要素を考慮すれば、被告人の罪責は誠に重大であり、両事件を直接実行した被告人に対しては、まさしく極刑をもって臨むしかないと言うべきである。


 被告人の量刑において有利にしんしゃくすべき事情の有無とその検討

 1 被告人の坂本弁護士一家殺害事件に関する供述経緯と自首の成否について
 被告人は神奈川県警の捜査員から、坂本弁護士一家殺害事件と同一事実である弁護士一家拉致(らち)事件について再三にわたり取り調べを受けていたにもかかわらず、同事件に関する刑事責任があまりにも重大であることを熟知していたため、当初は同事件への自己の関与のみならず教団の関与をも強く否定していたものの、捜査員から繰り返し追及されたがこの段階においても、被告人は坂本弁護士一家拉致事件の核心に触れる供述はせず、さらに捜査員が深夜にもかかわらず取り調べを実施し、再三にわたり説得と質問を重ねた結果、初めて、被告人は、事件の概要と共犯者の氏名及び共謀の概要等を供述するに至ったものであるから、これは到底自発的告知に該当せず、自首が成立しないことは証拠上明らかである。

 2 被告人が捜査段階において本件全容を供述した事実
 被告人は、松本による本件犯行の指示内容を含め、本件の全容について供述したもので、量刑における有利な事情の一つとして指摘することについてはやぶさかでない。しかしながら、自己保身から出たことが明らかであり、このような自己中心的な動機による供述に対し、これを真しな反省に基づく供述と評価することはできず、その動機の一部に本件に対する反省悔悟の念が存在したとしても、被告人の量刑に当たり、特に有利にしんしゃくすべき事情と評価することはできない。

 3 事案の真相解明、組織犯罪の全容解明等に対する被告人の寄与・貢献の程度
 坂本弁護士一家殺害事件に関しては、その後、次々と、共犯者である新実、早川、中川らが逮捕され、しかも、早川らも供述していたため、仮に、被告人が供述しなかったとしても、犯人の特定を含め、事案の真相は早晩明らかになっていたと認められるため、被告人の前記供述が坂本弁護士一家殺害事件の全容解明に寄与貢献した度合いは、さほど大きいとは言い難い。
 被告人は、供述の機会を十分与えられていたのであるから、その段階で、心底から反省悔悟して本件を供述していたならば、前述したその後の教団内における武装化の動きを阻止し得ただけでなく、続発した各種の凶悪重大事件、さらにはサリンを使用した無差別大量殺戮テロ事件の発生も未然に防止することができたにもかかわらず、自己保身を図ることにのみ汲汲として自白をためらい、事案の真相を隠ぺいし続けたものであり、この点における被告人の責任は、誠に重大というほかない。

 4 宗教を背景とした組織的犯行であることについて
 坂本弁護士一家殺害事件及び田口殺害事件においては、松本の指示こそが真理の教えであって、世俗では犯罪となる殺人行為も魂救済の一手段であるなどと受け止め、また、ハルマゲドン・世界最終戦争による終末思想などの危機意識を植え付けられ、松本に対する盲従性が醸成されていた事情がうかがわれないでもない。しかしながら、これをもって、被告人の量刑において特に有利に斟酌すべき事情と言うべきではない。

 5 田口修二殺害事件についての自首
 被告人が、田口殺害事件を自白し、被告人自身も松本の指示により、これに実行犯として関与したとの供述は、自首に該当するものと認められる。
 しかし、しんしゃくすべき事情となり得る事項として、可能な限りさまざまな観点から検討したが、結局のところ、極刑を避けるべき特段の事情と評価し得るものは見いだすことができない。