松本智津夫被告第88回公判
98/9/4
(毎日新聞より)
オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第88回公判は3日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、松本サリン事件で長野県警科学捜査研究所員として現場遺留物の鑑定などに当たった、警察庁職員に対する弁護側の反対尋問が行われた。傍聴希望者は124人だった。
◆出廷者◆
裁判長:阿部文洋(53)
陪席裁判官:(48)
陪席裁判官:(41)
補充裁判官:(35)
検察官:西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら3人
弁護人:渡辺脩(64)=弁護団長
大崎康博(64)=副弁護団長ら11人
被告:松本智津夫(43)
検察側証人:小林寛也(35)=警察庁科学警察研究所職員
(呼称・敬称略)
午前10時3分、白いTシャツ姿の松本被告が入廷する。夏季休廷中に髪を切ったのか、少しサッパリした印象だ。被告席に着席するなり、ブツブツと独り言をつぶやき始める。
陳述席には、警察庁科学警察研究所の小林寛也氏が着席している。
検察官「前回(5月22日、第80回公判)の法廷の後、転勤されましたね」
証人「警察庁科学警察研究所です」
検察官「いつ付けですか」
証人「8月1日です」
弁護人が反対尋問に入る。
弁護人「長野県警の科学捜査研究所のスタッフは何人ですか」
証人「全体としては16人です」
弁護人「化学研究室は何人ですか」
証人「5人です」
弁護人「鑑定書には3人の名前しかないが、残りの2人が鑑定したのは、どういうものですか」
検察官が「関連性がない」と異議を唱え、阿部裁判長が認める。
弁護人「主尋問で毒劇物の分析が専門分野と答えていますが、どういう毒劇物ですか」 証人「覚せい剤、麻薬、有機リン農薬などです」
単調な質問が続く。
「気をつけの姿勢でいなさい」。裁判長が姿勢を崩している松本被告に注意する。
弁護人「原因物質について予測は持ってなかったか」
証人「分析を行っている当時の情報では、揮発性の高い毒物、有機リンの農薬のような中毒症状があるということで、有機リン系のものではないかという推測はあった」
弁護人「有機リン系のような症状というのは、いつ聞いたのですか。鑑定に入る前ですか」
証人「はい」
弁護人「だれから」
証人「テレビのニュース報道からだと思う」
弁護人「松本事件について、リン化アルミニウムは考えなかったか」
証人「具体的な名称は考えなかった」
弁護人「シアン化水素は」
証人「ひとつの可能性として」
弁護人「その理由は」
証人「ガス状のものではないかとも考えたので」
弁護人「化合物は年々新しい物ができている。証人が566号の鑑定で使った機械のデータは更新されていますか」
証人「されています」
専門用語が飛び交うやり取りに、松本被告はうつむき加減に居眠りを続ける。たまらず阿部裁判長が声をかけた。「被告、起きていなさい。ちゃんとすわっていなさい」
弁護人がクロマトグラフの図を示す。「大きな山を描いているピーク1の出量スペクトルをデータ検索した結果、『高い確率でサリンと推定された』と言っていますが、どのくらいの数値なのですか」
証人「『高い確率』というのは二つの意味があります。単純に機械が打ち出している数値と、今まで分析を行ってきた経験に基づくものです」
松本被告が左隣の刑務官に話しかけるが、刑務官は無視する。仕方なさそうに再び目を閉じた。
弁護人「サリンを合成したのは」
証人「事件の重大性を考えて正確にサリンと特定するため」
弁護人「ほかから入手できるとは思わなかったのか」
証人「あまり可能性がないので」
弁護人「どうして可能性がないと」
証人「サリンは化学兵器ですから、簡単には手に入るものではないと考えた」
弁護人「サリンを合成したのはいつか」
証人「平成6(1994)年7月の終わりから8月にかけて」
弁護人「サリンの合成は単独の判断か指示か」
証人「特に指示はない。ただ共同の鑑定人が上司ですから、協議した」
刑務官に話しかける松本被告に、裁判長が「何をやっているのですか」と注意した。さらに、右足を組んでいるため「組んではいけません。あぐらかいてちゃいけません。ちゃんと座っていなさい」とたしなめた。
弁護人「県警科捜研でサリンを合成した。科警研にも情報は行っていたのか」
証人「正式には行っていないと思う」
弁護人「科警研に対して証人が作成した鑑定書を送った、あるいは見せたことは」
証人「私個人はしていません」
弁護人「現場近くの池の水で科警研の鑑定は証人の鑑定と異なり、メチルホスホン
酸モノイソプロピルとメチルホスホン酸が出ていない。証人はこれらが(水の中でも)安定的(な物質)とおっしゃるが、検出されない理由は」
証人「結論から言うと、科警研に送った池の水の試料は、長野の鑑定の残りです。メチルホスホン酸モノイソプロピルとメチルホスホン酸については分析を行っていなくて、もともとの水にあった、ないという問題ではないと思う」
11時58分、休廷。
午後1時17分、再開。
弁護人「事件のあった94年6月27日深夜から28日にかけて、第一報をどうやって知りましたか」
証人「午前2時ごろ、上司から連絡を受けた」
弁護人「証人はどう動いたのですか」
証人「上司から現場に行ってほしいという指示がありました」
弁護人「正体不明の加害物質を『サリンではないか』と念頭に置いたのは、あなた自身か、あるいは他の情報からか」
証人「私が鑑定した結果からです」
弁護人は死亡した被害者の血液鑑定が記載された証拠書類を示した。
弁護人「主尋問によると、証人は血液を加熱して検査をしたというが、なぜそうしたのか。一般的な方法なのか」
証人「毒劇物を鑑定する一般的な方法だと考えています。鑑定書には記載していませんが」
弁護人はサリン鑑定の方法を事細かに尋ねていく。松本被告は眠そうに目をつぶったまま、手のひらを顔に当てて小さなあくびを一つ。
弁護人「それではサリン検出の鑑定書について。最初は駐車場の土砂の鑑定書ですが、鑑定年月日が平成6(94)年7月1日に着手、平成7年2月14日に終了で、鑑定書の作成は3月8日となっている。鑑定期間が長期になっているが、実際はいつごろ着手し、サリンと分かったのか」
証人「着手はその通り。実際にサリンという確信を持ったのは7月の終わりごろ」
弁護人「証人はサリンと結論を引き出したが、科警研の鑑定書が重要な参考になっているのでは」
証人「私が書いた結論は鑑定書が送られてくるまでに得られたもので、技術的に参考になったことはない」
傍聴席からいびきの音も聞こえる。弁護人が交代する。
弁護人「最初に分析したのは血液ですか」
証人「はい」
弁護人「その後に分析にあたったのは池の水と洗面器ですか」
証人「一番中心になったのは池の水。これが一番サリンだと思われたので」
うわの空といった様子の松本被告。「被告人、聞いていなさいよ」。阿部裁判長が、証人の言葉が切れるのを待ってたしなめた。松本被告は小さく2回、うなずいた。
弁護人「証人がサリンを合成したことについて。方法はいくつかあるはずだが、メチルホスホン酸リクロイドにフッ化ナトリウムを加えた方法をとった理由は」
証人「この方法が最も簡単にいくと考えた。市販されているメチルホスホン酸リクロイドが入手できた」
弁護人「できるまでの時間は」
証人「基本的に行った動作は数分」
弁護人「量は」
証人「極めて微量。得られたのはサリンを含んだ溶液で、溶液は10CCもなかった」
3時、休廷。
3時21分、再開。
弁護人「先ほど来の方法でサリンと思われる物質を合成し、それがサリンかどうか、それ自体をガス・クロマトグラフィーにかけて確認したのですね」
証人「そうです」
弁護人「100%鑑定できているかどうかは、私が疑問を持っている、と言う程度にとどめます。議論になりますから」
弁護人は続ける。「あなたがサリンを合成した時、メチルホスホン酸は出てきたんですか。そのことは鑑定書にも書いてある?」
証人「はい」
弁護人「(サリン合成の際に)例えば有機化学の専門家に話を聞いたか」
証人「一部には聞きました」
弁護人「だれですか。出身大学の先生?」
証人「そうです」
弁護側は、現場近くの駐車場で採取した土砂の鑑定方法に質問を移す。
弁護人「駐車場を27カ所に分けて土砂を採取しましたね。NO15の土砂についてはサリン付着が認められたとありますが、このNO15だけ出たというのをあなたはどう考えますか」
証人「私は土砂を採取して測定しただけですから」
弁護人「サリンが検出されたのは、駐車場の土砂、池の水、明治生命寮302号室の洗面器の水。この中で、一番最初にサリンが検出されたのは、洗面器ですね」
証人「いや、池の水」
弁護人「それは失礼。池からサリンが検出されたことを前提に、洗面器の水と駐車場にターゲットを絞ったのか」
証人「はい、注意したということはある」
裁判長が質問が終わったことを告げた。証人は一礼して退廷する。
裁判長「(弁護側に向かい)今までの証言について意見をいただくことになっているんですが、今日はできないということですね」
弁護側「ええ。17日に」
裁判長「17日には間違いなくいただくということで。今日はこの程度で。次回は明日、午前10時」
4時5分、閉廷。