松本智津夫被告第90回公判
98/9/17
(毎日新聞より)



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第90回公判は17日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれた。弁護側が審理の進行と、地下鉄サリン、松本サリン、坂本堤弁護士一家殺害の3事件の一部証拠の採否について意見陳述をした後、元教団顧問弁護士の青山吉伸被告(38)に対し松本サリン事件では初の弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は151人だった。

 ◆出廷者◆
裁判長:阿部文洋(53)
陪席裁判官:(49)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(36)
検察官:西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら6人
弁護人:渡辺脩(64)=弁護団長
    大崎康博(64)=副弁護団長ら11人
被告:松本智津夫(43)
検察側証人:青山吉伸(38)=元教団顧問弁護士
 (敬称・呼称略)



弁護団意見陳述 

紺色シャツにジーンズ姿の松本被告が入廷し、午前10時1分開廷した。
渡辺脩弁護団長が審理進行に関する意見書を読み上げる。「これまで検察側の冒頭陳述書と検察側立証に大きな齟齬(そご)があり、放置されてきた。それはますます広がり深刻化している。なぜ、このような異常さが生まれるのか。弁護人としては、オウム教団の事件であり、麻原が被告人である以上、そういうことがあってもいっこうに差し支えない、という考えがあると疑わざるを得ない」
 弁護団長は、検察の姿勢を厳しく批判する。

 まず地下鉄サリン事件について陳述が始まった。
 渡辺弁護団長は「重要な点で井上(嘉浩被告)証言と中川(智正被告)証言は真っ向から対立しており、検察側冒頭陳述に決定的な齟齬がある」と身を乗り出して強調した。松本被告も弁護団長の方を振り返り、熱心に聞き入っている。
 続いて弁護団長は、地下鉄サリン事件の動機と目的について、検察側主張に疑問を投げ掛けていく。「強制捜査の妨害という動機だけでは位置づけられない。そもそも地下鉄サリン事件だけを切り取って単なる1個の事件ととらえるのが間違いではないのか」。検察官席をじっと見据えながら主張する。

弁護団長は、続いて坂本弁護士一家殺害事件を取り上げた。
「問題はどういうプロセスで坂本弁護士に対する殺意が固まったかです」。検察側が冒頭陳述で描いた動機を読み上げたうえ、「普通は殺人には結び付かない。地下鉄サリンの場合もそうだが、殺害に至る動機、謀議が(検察側主張は)希薄すぎる」と決めつけた。

 続いて松本サリン事件についても「教団松本支部の開設と民事紛争の問題が、裁判官や反対派住民に強い反感をかっていたというのが動機になって、裁判官や住民を殺害することを決意したとある。しかし、第7サティアンのサリンプラントが未完成。
保管されていたサリン30キロを使って殺人実験を企てたとしているが、これらの点に検察側の立証はない」と厳しい口調が続いた。

 そして最後に「地下鉄サリン、坂本弁護士事件、松本サリンの証拠調べの結果、検察側の冒頭陳述の主張は屋台骨がぼろぼろだ。このままの状態で審理が進められることは許してはならない。現段階で被害者に関する立証に入ることを強く反対する。アメリカの法廷ならば審理を打ち切って公訴を棄却するケースではないか」と弁護団長は述べ、「裁判所の怠慢でもある」とつけ加えた。

 続いて弁護側は三つの事件について、医師や警視庁科学捜査研究所研究員らが作成した鑑定書などを証拠採用することに異議を述べた。88ページにわたる意見書を読み上げていく。
 弁護人は「捜査機関の嘱託による鑑定は、捜査・訴追側の人間であることが多く、公正な人選が保障されていない」と主張した。
 さらに弁護人は、鑑定手続きの不備や、「遺留物がサリンであると予断を持っての鑑定だった」などと問題点を指摘し、午後0時7分休廷した。


 1時16分、再開。
 証拠に対する弁護人の意見陳述が続く。松本被告は時折弁護人の方を向いて小声で話しかけるが、弁護人は無視する。
 弁護人は地下鉄サリン事件で現場の遺留物をサリンとした鑑定書に関し、「具体的にどのような鑑定方法をとったのか、その結果得られたデータ、それをどう評価して結論に至ったかについて十分な記載がなく、鑑定書としては極めてずさん」と断じた。
 次に医師らが作成した地下鉄サリン事件犠牲者の鑑定書について、弁護人はある犠牲者の臨床記録に触れて、「生命維持呼吸器を外したことによる窒息の典型である」
と、サリンによる中毒死を否定する。
 坂本弁護士一家殺害事件に移り、弁護人は坂本弁護士の遺体と確認する決め手となった生前の歯のエックス線フィルムについて、「生前の歯のフィルムと認める証拠はない」と主張した。
 さらに「坂本堤であることを前提に予断を持って鑑定されたことは明らか」とし、血液鑑定や身長の根拠、死因などの報告に疑問を示した。
 2時37分、25件の証拠採用に異議を申し立てた弁護人の意見陳述が終わった。

 2時40分、青山被告が入廷した。紺のスラックスに白ワイシャツ、ノーネクタイ。
うつむき加減で証言席に座る。松本被告と視線が合わないようにしているようにも見える。
 弁護人が松本サリン事件の背景として、教団が松本市に進出した経緯を尋ねていく。
「いつごろから松本市の土地とかかわることになったのか」
 証人「わかりません」
 弁護人「訴訟になってからか」
 証人「その前に内容証明が来ている」
 弁護人「弁護士から契約内容を取り消すという内容証明が来て、初めて関与したのか」
 証人「そうなると思うんですが」
 弁護人「当時のあなたの所属は?」
 証人「法務部」
 弁護人「上司は?」
 証人「上祐(史浩服役囚)」
 弁護人「書面が来てから関与したということか」
 証人「そういうことだと思う」
 弁護人「相応の広さの土地だった。なぜ一部が賃借になったのか」
 証人「前にもお話ししたと思いますが、国土利用計画法の面積内の売買だったと思います」
 弁護人「どちらの意向でしたか」
 証人「どちらかと言えば、売り主側と思います。売り主は家の新築代金が欲しくて、それに必要な範囲で売ればよかった」
 3時3分、休廷。

 3時26分、再開。
 弁護人は支部道場の不動産賃貸借契約書2通を証人に示しながら聞く。
 証人は記憶がはっきりしないことを理由に明確な回答を避ける場面が多い。
 弁護人「存続期間が20年というのは不自然ではないですか」
 証人「法律家が作った条項でなければ、そういうのもありうると思う」
 弁護人「賃貸借契約書の作成には加わらなかったのですか」
 証人「だと思うのですが。私だったら30年にします」
 松本被告は証人をけん制するかのようにぶつぶつと独り言を続ける。
 弁護人「松本ではオウムの進出に対して反対運動があったということですね。だれが中心人物ですか」
 証人「自治会長だと思う」
 弁護人「その会長に対して仮処分の申し立てをオウム真理教がしていますね」
 証人「下水道か上水道だったか、自治会長の承諾がないと工事ができず、承諾してほしいという内容と、建築妨害を禁止してほしいという内容」
 弁護人「考えたのは」
 証人「私だと思います。発案者は私だった」
 弁護人「麻原の了解は得たのか」
 証人「たぶん。でも記憶がはっきりしない」
 弁護人「食品工場では何を作る予定でしたか」
 証人「納豆とか豆腐とか。レトルト食品もあったと思います」
 弁護人「どんなレトルト食品ですか」
 証人「総菜とかカレーとかシチューもあったと思います」
 弁護人「何階で作る予定だったのですか」
 証人「正確には言えないが、1、2階が食品工場だったと思います」
 弁護人「食品工場にしては規模がでかいとの主張は相手方からされませんでしたか」
 証人「そういう主張もあったと思います。ただ、納豆工場と言っても、全国の信者を相手にするので大きな規模になった」
 弁護人「全国に工場を造る予定でしたか」
 証人「確か上九(上九一色村)に食品工場をという話もありました。ただ、豆腐にはかなり水を使うので、給排水の関係でこの地(松本)が適していると聞いています。それで上九の場合は、ラーメン工場とかになったと聞いています」
 食品工場に関連して、青山被告は教団内の食事の変化に触れた。「平成3(1991)年ごろは豆腐や納豆、根菜類が中心だったが、後になってパンやラーメンが中心となった」という。

 弁護人は、松本支部の土地をめぐり地主側が出した第1次仮処分決定の書面を示しながら尋ねる。「申請理由の要旨がありますが、賃貸契約締結の際の詐欺取り消しの意思表示がある。地主側が、詐欺による取り消しという主張。賃借人がオウムであることを隠していた。だまされたから取り消すという主張に納得できましたか」
 証人「教団側はだますつもりはなかったと聞いている。遺憾な主張だった」
 弁護人「あなたの認識として(仮処分申請は)どうなると予想していたか」
 証人「何とも言えない」
 弁護人「弁護士は通常勝ち負けを聞かれるが、そういう質問が(教団内で)なかったか」
 証人「仮処分で結論が早く出るので、どっちになるかは聞かれていない」
 弁護人「松本被告からは聞かれていないか」
 証人「覚えていない」
 弁護人「当時訴訟に関してはだれに報告していたか。上祐か」
 証人「そうですね」
 弁護人「松本被告に直接報告することは?」
 証人「あったかもしれない」
 弁護人「仮処分の認定では、『トラブルが多発し社会的に関心を集めている。そういう借り主と賃貸借契約を結ぶうえでは、オウム真理教であることを……』とあるが、どう思ったか」
 証人「やむを得ない部分もあると思った。継続的な契約関係に入る入らないの判断として、マスコミでどう言われているかということも判断材料に入ると思う」
 弁護人「反発は?」
 証人「遺憾であるということはある。教団の関係者は隠そうとは思っていなかった。不動産屋が隠そうとしたもので、教団の意図するところではなかった」
 弁護人「この仮処分がある限りは建築確認書の建物を建てることができなくなったのですね」
 証人「はい」
 弁護人「仮処分決定については麻原さんに報告したということでしたね」
 証人「はい」
 弁護人「これに対して、オウムは改めて鉄骨2階建てを建てようとして、平成4(92)年2月12日に再度建築確認申請を出して、3月23日に建築確認を得て、着工しようとした?」
 証人「おそらくその通り」
 弁護人「建築を始めたのはいつ?」
 証人「記憶がはっきりしない。3月ごろからやっている可能性が高い」
 弁護人「いままでの事実関係を整理しますよ。平成4(92)年1月17日に決定されて仮処分決定は1月22日に送達された。それに対して1月23日に即時抗告と保全維持の申し立て。改めて2月12日に建築確認申請し、3月23日に建築確認を得ている。建物の規模を縮小したのは仮処分の決定が影響したのか」
 証人「はい」
 弁護人「仮処分の決定後、直ちに縮小する決定はだれがしたのか」
 証人「代表者(松本被告)であると思う」
 弁護人「4階建ての食品工場を2階建ての道場に変更するという相談に関与したか」
 証人「結論を聞いた」
 裁判長が「明日またお願いします」と声をかけ、4時57分閉廷した。

……………………………………………………………………………………………………
 ◇弁護側が採用に異議を申し立てた検察側証拠25件は、次の通り。
 【地下鉄サリン】犠牲者の死因に関する医師の鑑定書6通▽現場の遺留物がサリンだったとする警視庁科学捜査研究所研究員らの鑑定書など8通
 【松本サリン】長野県警警察官らの実況見分調書など8通
 【坂本弁護士一家殺害】坂本堤弁護士の遺体の歯に関する歯科医の鑑定書1通▽坂本弁護士の遺体に関する医師の死体検案報告書1通▽坂本弁護士の妻都子さんの遺体に関する医師の鑑定書1通