松本智津夫被告第91回公判
98/9/18
(毎日新聞より)

 ◇核心部分「記憶にない」 青山吉伸被告に弁護側が反対尋問



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第91回公判は18日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、元教団顧問弁護士の青山吉伸被告(38)に対し、松本サリン事件に関して2回目の弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は142人だった。

 ◆出廷者◆
裁判長:阿部文洋(53)
陪席裁判官:(49)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(36)
検察官:西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら5人
弁護人:渡辺脩(64)=弁護団長
    大崎康博(64)=副弁護団長ら12人
被告:松本智津夫(43)
検察側証人:青山吉伸(38)=元教団顧問弁護士
 (敬称・呼称略)


 予定より20分以上遅れて午前10時21分、開廷。冒頭、阿部裁判長が「被告人の到着が遅れた」と開廷がずれこんだ理由を説明した。朝方の雨と週末の混雑で、拘置所から裁判所まで時間がかかったという。

 松本被告は前日と同じ紺のシャツ姿。白のワイシャツに紺色ズボンの青山被告に対し、弁護人が反対尋問を始めた。
 弁護人は長野県松本市の土地をめぐり、青山被告が関与するきっかけと証言した内容証明郵便に関係して尋ねていく。
 弁護人「あなたが作成の回答書は、平成3(1991)年10月14日付の内容証
明で、株式会社オウム並びに宗教法人オウム真理教の代理人となっていますが」
 証人「そうですね」
 弁護人「平成3年10月14日に初めて知ったのですか」
 証人「よく覚えていません」
 弁護人「これ以前に関与したことは?」
 証人「ないとも断言できません」
 弁護人は続いて、不動産取引に関与した在家信者について聴いた。
 弁護人「内容証明が来る前から(在家信者を)知っていましたか?」
 証人「たぶん」
 弁護人「仕事は?」
 証人「不動産関係だったと思います」
 弁護人「あなたが長野県の土地の取得を依頼したことは?」
 証人「あったかもしれない。記憶がぼんやりしています」
 弁護人「長野県の茅野、その後、松本に土地を探したということですが」
 証人「分かりません。途中で担当が早川(紀代秀被告)さんに代わり私がタッチしなくなったものですから」
 弁護人「交通の便のよいところ。雪の心配。2トンから4トントラックの乗り入れ。安い土地。近隣への配慮と五つぐらい条件が書いてある。だれが話したのですか」
 証人「記憶にないです」
 弁護人「ジーヴァカさん(遠藤誠一被告)は何か言いましたか。遠藤さんの意向がかなり反映していると思いますか」
 証人「給水の関係は食品担当の人が考えることですけど、安い土地や交通、近隣への配慮は常識でだれでも考えることですから」
 弁護人「雪の心配は」
 証人「納豆、豆腐ですから、早く運ばないといけないからです」
 弁護人「早川さんが中心となって土地取得を進めていたのは覚えているか」
 証人「そうだったと思う」
 弁護人「あなたから平成4(92)年1月22日に電話があったということだが。
つまり第1次仮処分決定の直後だが、そのようなことを覚えていないか」
 証人「ちょっと文脈が分からないんですが」
 弁護人「仮処分決定が1月17日に出た。その件での対応の話だろうという感じはするが」
 証人は「電話してもおかしくないが記憶が残っているわけではない」「話してもおかしくないが覚えていない」と、のらりくらりとかわす。
 弁護人「食品工場を断念したのは第1次仮処分の決定が出た直後か」
 証人「そうですね」
 松本被告が、英語で青山被告に話しかける。「アイ キャン……オーケー?」。青山被告は背筋を伸ばし裁判長を見つめたまま、相手にしない。
 弁護人「松本新道場が完成したのは、いつですか」
 証人「はっきり覚えてません」
 弁護人は登記簿謄本を証人に示し、新築登記の日付を平成4(92)年12月21日と確認。ここで、尋問する弁護人が交代する。
 弁護人「青山さんは正悟師として、どんな修行をしていましたか」
 証人「昨日も言いましたが、アンダーグラウンドサマリー。主にめい想です」
 弁護人「あなたは昭和63(88)年に入信、平成元(89)年に出家していますが、平成4(92)年当時、支部はだいぶ増えていましたか」
 証人「増えているとは、どの程度のことを言うんですか」
 弁護人「20や30も」
 証人「その程度はありました」
 弁護人「長野には当時、ほかに支部はなかったですか」
 証人「なかったです」
 弁護人「平成4(92)年3月には道場を造り始めたとされていますが、地主側から第2次仮処分が出された時には大変な思いをしたでしょうね」
 証人「記憶がはっきりしません」
 弁護人「地主側の第2次仮処分が却下された時、オウム真理教の方々は喜んだのでは?」
 証人「記憶に残っていない」
 弁護人は松本支部道場の開所式、道場開きの説法の資料を青山被告に示しながら、検察側冒頭陳述について聴く。
 弁護人「この説法ですが、検察官は冒頭陳述で『現在はまさに世紀末である。司法官が乱れ、宗教家が乱れている』と言っていたとあるが、それはノストラダムスの言葉のようだ。麻原さんの言葉として聞いたことはあるか」
 証人「特に記憶にない」
 弁護人「冒頭陳述には『裁判所などから将来、恐るべき危害が加えられるだろうという説法を行っている』と言っているが、そういうことは書いてない」
 証人「はい」
 弁護人「説法を見ていただいたが、裁判官から恐るべき危害が加えられると読めるか」
 証人「それは読めません」
 11時58分、休廷。


 午後1時18分、再開。弁護人は長野地裁松本支部で行われた民事裁判の進行状況について質問を重ねた。
 弁護人「当初は単独審理だったが、後で合議になった」
 証人「そうですか」
 弁護人「覚えていませんか」
 証人「そうかもしれません」
 弁護人「仮処分段階と異なる主張は何かしたか」
 証人「いや、特に……。同じ主張を繰り返したように思う」
 青山被告は随所に「記憶がない」「覚えていない」という言葉を織り交ぜ、推測のような証言を続けた。
 弁護人「当時、何件くらいの事件を抱えていたか」
 証人「よく分からない」
 弁護人「重要と思う裁判は麻原さんに報告していたか」
 証人「記憶がはっきりしないのが実情です」
 弁護人「この件に関して報告したとしたら、どのようになるか」
 証人「一般的にあまり詳しく報告しないのが通例だった」
 弁護人「『仮処分の通りの結果になる』と」
 証人「そうですね」
 青山被告は抑揚のない声で証言する。
 弁護人「この件に関しては、売買部分について負けることはないし、賃貸部分についてはあきらめる、と。実際に賃料も払っていないから……。そういう言い方になりますか?」
 証人「疑問があるのは、訴訟物に賃貸部分があると思っていたかどうか。書面については法務部に任せていたので、どれだけ詳しく見ていたかどうか。(賃貸部分は)実質的な争点とは考えず、勝っても意味がない部分でしたから」
 「検察側の調書、冒頭陳述によると、松本市の支部建設に対する仮処分について敗訴の可能性が高いとの報告を受け、支部建設が民事紛争化した際、本訴判決でも敗訴する可能性が高いとみて、被告人はサリン噴霧を計画……」
 ややくぐもった声で弁護人は検察側の主張を説明し、「(民事訴訟が)動機の部分で大きいのですよ。松本サリン事件について、民事訴訟が動機になっていると、あなたは理解できますか?」と尋ねる。
 「理解できません」と青山被告。
 弁護人「どうしてですか?」
 証人「これまで私が言ったことから、お分かりになってくれると思う」
 弁護人「賃貸借部分については完全にあきらめ、賃料も払っていない状態だった。
(裁判に)勝つか負けるかにはこだわっていなかった?」
 「念頭になかったということです」。青山被告はそっけなく答える。
 「ほかに動機になりそうな部分は?」。弁護人は詰めの質問に入る。
 証人「理解できませんが……。冒陳の内容がよく理解できなかったということと…私としては理解できない、としか言えない」
 弁護人の反対尋問が終わり、紺色スーツ姿の検事が立ち上がり、補充尋問の準備に入る。法廷はしばらく沈黙が続き、松本被告は前髪をかき上げる。
 検察官「先ほどの証言だと、地主が転売に無関心だったということを述べられているが、民事記録によると地主は『オウム真理教だと分かっていれば、売買はもちろん貸すのもいやだった』と言っている」
 「よく全体を読んでいただくと分かると思いますが……」。青山被告の反論が始まる。「地主は明らかに第三者任せだったということと、オウム真理教についてよく分かっていなかった、という2点があった。全体的に見れば、原告の主張は崩れていると思う」
 検察官「でも転売に無関心だった、とは言えないのでは?」
 証人「転売について、関心があったとは言っていない」
 検察官「今回の取引は、地主とオウム真理教の間に、株式会社オウムとかが介在しているが、実質的にはオウム真理教と地主の取引で、地主がオウム真理教に直接売った、という主張ですか?」
 証人「そうですね……ダミーとか、いろいろと言っていたと思います」
 松本被告はぶつぶつとつぶやくが、周りはだれも気に留めない。
 検察官「準備書面で司法権を逸脱していると主張してないか」
 証人「私自身が全部書いているのではない」
 検察官「原告に全部反論しているが」
 証人「原告が10言うのに対し1とか2言えば足りるが、できるだけ反論しようという話で、結論に関係ない」
 検察官「あなたの方で削れるのでは?」
 証人「必要ない。反論して悪いことではないから」
 青山被告は元法律家らしく落ち着いた受け答えで、尋問は平行線のままだ。
 検察官「そのほか、準備書面では裁判所は不当な宗教弾圧をすべきではないと主張しているのでは?」
 青山被告は「しています」と認め、反論を始めた。「法的に必要はないが、原告が言ってくるので反論しておかしくない。裁判官が原告の主張通り認めるかは別の問題」
 検察官「原告が強く主張するから、対抗するため準備書面を出したのでは」
 青山被告は「原告の主張は基本的に法務部の人々に書いてもらう。よろしいか」と反問する。検察官は「はい」と答える。
 証人「法務部は反論を書く」
 検察官「あなたの言うことは分かる」
 青山被告は「法務の人が一生懸命書いたものを削る必要はないと思うが」とたたみこんだ。尋問の主導権が逆転したかのようだ。検察官は質問を変えた。
 検察官「あなたは『法務省』のトップでしたね」
 証人「はい」

 ここで、弁護人が「その質問は開示されていない。フェアでない」と異議を唱える。検察官が「開示済みです」と反論するが、弁護人は納得しない。阿部裁判長が「もういいんじゃない」と検察官に手を振った。検察官も引き下がり、再び弁護側の尋問に戻る。
 弁護人「自分が作成したとされる文書で自分が作ってないのがありますか」
 証人「はい」
 弁護人「自分の名義の文書ですら、そうですね」
 証人「はい」
 弁護人「終わります」

 予定より早く、2時3分、青山被告への尋問が終わった。阿部裁判長は「もう終わってしまいました。予定を厳密に立てて下さい」と弁護側に注文をつける。弁護人が「もう少し記憶があると思ったのですが」と答えると、阿部裁判長は「だいぶ言っていたけど」。
 2時6分、閉廷。松本被告はぶつぶつ言いながら、机の上に指で字を書いていた。