松本智津夫被告第94回公判
98/10/15
(毎日新聞より)

 ◇松本サリンで 端本、中川被告検察官尋問
 ◇いらつき、長引く答え−端本被告



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第94回公判は15日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、松本サリン事件にかかわったとされる端本悟、中川智正両被告に対する検察側主尋問が行われた。端本被告は昨年10月、中川被告は昨年2月以来の「教祖の法廷」への出廷となった。傍聴希望者は115人だった。

 ◆出廷者◆
裁判長:阿部文洋(53)
陪席裁判官:(49)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(36)
検察官:西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら6人
弁護人:渡辺脩(65)=弁護団長
    大崎康博(64)=副弁護団長ら12人
被告:松本智津夫(43)
検察側証人:端本悟(31)=元教団「自治省」所属
      中川智正(35)=元教団「法皇内庁」トップ
 (敬称・呼称略)


 午前10時、松本被告が紺色トレーナーと同色の綿ズボン姿で入廷した。1分ほど後、端本被告が姿を見せた。白いシャツにグレーのカーディガン。口を固く結んでいる。松本被告は表情を変えない。
 「端本悟です」。裁判長に答え、審理が始まった。
 まず、入会時期やホーリーネーム(宗教名)、教団内での地位について確認される。
 尋問は松本サリン事件に入る。
 検察官「(松本サリン)事件のことは知ってますね」
 証人「かかわってます」
 検察官「かかわっていると言ったが、具体的にどういうこと」
 証人「自分が運転しました」
 検察官「何を運転していたのですか」
 証人「いわゆる噴霧車というやつです」
 検察官「どこへ」
 証人「現場に行ってます」
 検察官「事件にかかわったきっかけは」
 証人「漠然としているけど、結局は事件の前々日に新実(智光被告)さんと(長野県)松本市に行ってます」
 検察官「何のために」
 証人「サリンをまくという言葉も聞いている」
 検察官「サリンとは一般的にどういうものと考えたか」
 証人「言葉としては毒ガスということなんでしょうけど」
 検察官「毒ガスは戦争で使われるものでは」
 証人「普通はそうだと思いますが、教団の中にいると慣れっこになってしまって……」
 検察官「裁判所(長野地裁松本支部)にサリンをまくというのはどうして」
 証人「犯罪行為をやるという雰囲気はなかった。ひょっとしたら嫌がらせみたいなことをやっていたのかな。いたずらをするような感覚で、裁判所かどうかなんて考えなかった」

 また、端本被告は松本被告についても触れた。「『麻原さん』って言ってあげるけど、当時の説法では世紀末だとか、いろんなバカなこと言ってたし、頭に残るようなことなかった」
 松本被告が小さく何かつぶやく。

 検察官が事件当日の様子について「サリンをまく時の警備とか妨害排除するよう指示されたのでは」と質問した。
 証人は「警備とか排除とか絶対聞いてない。担当検事も言ってないのに、別の人の裁判で言われ、嘆息しながらチックショーって思った。きっちり言わして下さい」と大きな声で言い、いらだたしげに陳述台を指でたたく「トントン」という音が法廷に響いた。
 検察官「(事件前に)何を買ったのか」
 証人「作業着、帽子、手袋、Tシャツ。それからサングラス。ベルトも買ってます」
 検察官「作業着はサリンをまくためか」
 証人「そうです」
 松本被告は深くこうべを垂れたまま。起きているのか、眠っているのか分からない。
 検察官「着替えたのは松本市にサリンをまきに行くためか」
 証人「僕はそう解釈していました」
 証人は、着替えた後、山梨県上九一色村の教団施設「第4サティアン」横に止めてあった噴霧車のところへ移動したことを証言した。
 検察官に「(教団施設の)クシティガルバ棟にあった車を運転して、あなたが持ってきたのでは」と追及されると、「違いますよぉ。帰ってきて車突っ込んだのはそうかもしれないけど。検事さん、(取り調べの時)笑い話してて、今そんなこと急に言われるなんて心外」と食ってかかった。
 検察官「第7サティアンには7人が集まったのか」 証人「結果的には集まっているからそういうことです」
 検察官「ほかの人は何をしていたのか」
 証人「自分の車には村井(秀夫元幹部=故人)さん。残りはワゴン車に乗った」
 検察官「それぞれの役割は」
 証人「新実さんは村井さんが人付き合いができないからまとめ役に。ただしっかりしていないから、麻原側近の中川さんは目付け役。富田(隆被告)さんは運転、ほかは分からない」
 検察官「中川や遠藤(誠一被告)は治療のためではないのか」
 証人「取り調べではそうだったと言いたいのでしょうが、役割は分かっていなかった」
 検察官「(現場近くのスーパーで)何をした?」
 証人「テープをナンバーに張って偽造したり、マスクをつくった」
 検察官「サリン吸わないように、と教えてくれたんでしょう」
 証人「防毒マスクと言われたらそうですけど、冗談みたいな感じだったし、あんな装備じゃ行けやしませんよ」
 証人の答えがたびたび長くなり、裁判長が「端的に答えて下さい」と注意した。
 11時58分、休廷。



 ◇証言拒否繰り返す−−中川被告

 午後1時17分、再開。検察官が、駐車場に噴霧車を止めた場面を確認していく。証人に図面も書かせた。調書をめぐる応答の後、サリン噴霧という“核心”に入っていく。
 検察官「(現場では)村井はどうしましたか」
 証人「ビニールのようなものをかぶり、車から降りて後部の扉を開けた。それから戻って機械をいじり始めた」
 検察官「防毒マスクをかぶりませんでしたか」
 証人「かぶりました。その上から眼鏡をした」
 検察官「サリンをまくと、危険だという認識があったんでしょ」
 証人「鼻水が出るくらいの被害が出るかとは思いました。まさか死ぬなんて……」 検察官は端本被告らがサリンの毒性を十分知ったうえで、事件を引き起こしたという立場から追及する。端本被告は何度もそれを否定した。
 検察官「サリンをまいている時に何を考えた」
 証人「またバカなことをやっているなと。いたずらくらいの気持ちだった」
 端本被告は当時、事件の重大性に関する認識が欠けていたことを何度も繰り返した。松本被告は寝入っているような様子で、裁判長が「被告人は起きていなさい」と注意した。
 検察官「だれの指示と思ったか」
 証人「それは言わずもがな」
 言葉を濁らせる証人に、検察官が「それを言ってもらわないと」と促す。
 証人「ここにいる松本智津夫……当時信奉していた麻原彰晃さん……『さん』付けけど、その人です」
 検察官「被告の指示だと説明がありましたか」
 証人「それはなかったけど、言わずもがなです」
 検察官「なぜ、そうなるの」
 証人「お金とか勝手に弟子は使うことできないし、麻原さんしかできません」

 2時19分、紺色スーツに白いワイシャツ姿の中川被告が法廷に入る。弁護人が「形式的に尋問して(中川被告に)証言拒否されたら、すぐ調書を証拠として採用するよう求めるのではないでしょうね」とくぎをさした。
 検察官は「そういう意思はない」と答え、松本サリン事件について尋問を始めた。
 検察官「サリンの生成に関与しているか」
 証人「自分の裁判に不利になるので証言できない」
 硬い姿勢を崩さない中川被告に対して、検察官はいろいろな角度から質問を続けていく。
 検察官「1993(平成5)年ごろ、遠藤はどんなワーク(奉仕修行)をしていましたか」
 証人「食品の開発をしていました」
 検察官「ほかには」
 証人「それ以外には証言できかねます」
 検察官「上九一色で村井に会ったことはありますか」
 証人「あります」
 検察官「サリンの話をしましたか」
 証人「お話しできかねます」
 検察官「土谷(正実被告)がサリンを製造していたことは知っていますか」
 証人「お話しできません」
 中川被告はことごとく拒否する。松本被告のブツブツつぶやく声が大きくなり、中川被告がチラ、チラと見る。
 検察官「ずばり聞きます。松本サリン事件に関与していませんか」
 証人「お話しできません」
 たまりかねて検察官は「自分の裁判で関与自体は争っていないじゃないですか」と問いただした。
 証人「11月25日に私の法廷があり、そこで正確にお話ししたいので、今日はお話しできかねます」
 裁判長「その時に言えるなら、今言ったらどうですか」
 証人「弁護人と打ち合わせをしている最中なので」
 「村井はいたのか」「遠藤は」「サリンを中和する治療はしたのか」……。検察官の相次ぐ尋問に証人は抵抗を続けた。
 検察官はあきれた様子で尋ねた。「サリン生成、事件の謀議、準備、実行、実行後のほとんどすべての証言を拒絶するということか」
 証人「はい」
 検察官「今後も証言をする意思はないのか」
 証人「検討中です。基本的に話さないことで進んでいるわけではなく、他の法廷でも話した方がいいという方向で進んでいる」
 検察官「話を変えますが、教団時代、被告に帰依する気持ちはあったか」
 証人「一言では言えません」
 検察官「当時と今で気持ちは変わってますか」
 証人「自分の法廷で話したい」
 3時16分、休廷。

 3時38分、再開。
 検察官「あなたは以前、地下鉄サリン事件についてこの法廷で証言を求められ、95(平成7)年6月3日、6月5日、6月6日付の3通の検察官に対する供述調書を示されたと思いますが、弁護人の反対尋問には答えて『調書では完全に事実と違うことを意図して言った部分がある』と言いましたね」
 証人「きょうはお話しできかねます。有罪判決を受ける恐れがあるからです」
 裁判長が「いったん言ったことは、証言拒絶権は放棄していることになります」とくぎをさした。
 しかし、検察官がサリン中間生成物の保管状況について聞いても、中川被告はやはり「お話しできません」と繰り返した。
 裁判長はいら立ちを抑え切れないように「前に一度答えたことじゃないですか」と被告に詰め寄った。

 4時半近くになり、うつむいて寝ていた松本被告が刑務官と裁判長に注意される。
松本被告は何か言い返したが、傍聴席からは聞き取れない。
 検察官「自分の法廷で有罪になる恐れがある、不利益になるということと、打ち合わせが進むことの関係はどうなるんだろうか。打ち合わせが進むと不利じゃなくなるの」
 証人「弁護人としっかり話をしてから口にしたいというのは、当然あるんじゃないでしょうか」
 検察官「不利になる事項であっても、証言しようという気になっていますか。証言する以上は真実を言わなきゃならない」
 証人「記憶どおりに話して罪が重くなっても、それはしようがないんじゃないでしょうか」
 検察官「いつこの法廷で話せるか、もう少し確実なことが言えませんか」
 証人「基本的には(自分の法廷の)被告人質問が終わればお話しできるのではないかなと思います」
 検察官の再主尋問が終わり、弁護人に尋問が移る。
 弁護人「なぜ、事実と違うことを(調べの段階で)検察官に言ったの。他人に罪を転嫁するためなのか、自分で罪をしょいこむつもりなのか」
 証人「すみません、お話しできません。すみません、お話しできません」。ため息とともに、中川被告は繰り返した。
 弁護人は「あなたがしゃべらないことで、相当な混乱が起きていることは分かっていますか」と証言の拒絶を続ける証人に諭すと、証人は「分かります。よく分かります」と小さな声で答えた。
 今後の証言の予定を尋ねられ、中川被告は来年2月中旬から3月以降、検察側の申請で井上(嘉浩)被告の地下鉄事件の公判で証言する予定を明らかにした。
 最後に、裁判長が「真実を明らかにしないといけない。真実は一つです。苦しそうな顔をしたり、ため息をつくより、しゃべった方が楽になるんじゃないか。また、来てもらいますからね」と付け加えた。
 5時5分、閉廷。