松本智津夫被告第95回公判
98/10/16
(毎日新聞より)

 ◇松本サリン検察官尋問
 ◇新実被告−−突然、声なき笑い/説得され口開くが…遠藤被告も



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第95回公判は16日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、松本サリン事件の被害者の治療をした医師と、事件にかかわったとされる教団元幹部の新実智光(34)、遠藤誠一(38)両被告に対する尋問が行われた。傍聴希望者は112人だった。

 ◆出廷者◆
裁判長:阿部文洋(53)
陪席裁判官:(49)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(36)
検察官:西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら6人
弁護人:渡辺脩(65)=弁護団長
    大崎康博(64)=副弁護団長ら12人
被告:松本智津夫(43)
検察側証人:森田洋(36)=信州大医学部付属病院医師
      新実智光(34)=元教団「自治省」大臣
      遠藤誠一(38)=元教団「厚生省」大臣
 (敬称・呼称略)



 午前10時ちょうどに開廷。松本被告は前日と同じ紺色のトレーナー姿だ。
 松本サリン事件で重症だった大学生を診察した信州大医学部付属病院第3内科助手、森田洋氏の検察側主尋問が始まった。
 検察官「どういう状況で運ばれてきたか」
 証人「開智ハイツで洗濯物を取り入れる時、白い煙を見て気持ち悪くなった。(1994年6月)28日午前1時ごろ、室内で倒れているところを消防隊に発見され運ばれてきた」
 検察官「特徴的なことはあったか」
 証人「血しょう中のコリンエステラーゼ値が21、赤血球中の真性コリンエステラーゼが0・1以下しかなかった」
 検察官「最終的にどうなるのか」
 証人「けいれん発作や呼吸停止が起こり、死に至る」
 検察官「原因は何だと思ったか」
 証人「有機リン系毒物による中毒が疑われたが、通常、室内で一斉には起こりえないので苦慮した」
 検察官「神経ガスと考えなかったか」
 証人「考えたが、閑静な住宅街ですから」
 10時20分、主尋問が終わり、森田氏は退廷した。



 10時27分、新実智光被告が代わって入廷。水色のTシャツにジャージー姿だ。
 検察官「あなたはかつてオウム真理教の信者だったことがありますか」
 証人「はい」
 検察官「脱会はしてないのか」
 証人「はい」
 検察官「教団内の霊的ステージは今は?」
 証人「正大師」
 検察官「94年6月当時は」
 証人「正悟師長だったと思います」
 検察官「当時の省庁制での立場は」
 証人「自治省大臣でした」
 素直に答えていた新実被告が、松本サリン事件に質問が移った途端、証言を拒否し始めた。松本被告が何事かささやき始めた。
 証人「私自身が麻原尊師の共犯として松本サリン事件で起訴され、その公判で黙秘しているので、私の被告人質問の前の今の段階で証言を拒絶します」
 検察官「あなたはサリンを知っているか」
 証人「証言を拒絶します」
 裁判長「知ってるか知らないかくらいは言えるでしょ。聞こえてますか。被告人の方に注意向けて、聞いてないんじゃないの」
 証人「拒絶します」
 松本被告が新実被告に笑いかけ、ぶつぶつつぶやく。
 検察官は質問を変えたが、新実被告はまったく言葉を発しなくなった。再び裁判長が声をかける。「さっきは一般的な事項は話していたでしょ。被告人がさっき何か話してましたよね。あなたそっちの方を気にしてましたよね。そういうことが原因になってるんですか?」。さらに検察官も「自己の身上は正直に答えてくれたので、事件についても一部は話してくれるかと期待したんだけど、話してもらえませんか」と訴えた。だが、新実被告は身じろぎもしない。
 検察官の質問の声だけが法廷に響く。
 裁判長「さっきから大きく呼吸してるけど、黙ってんのつらいんじゃないの」
 証人は突然声を出さずに笑い、タオルで目のあたりをふいた。弁護団の一部からも笑いが漏れる。
裁判長が「どうして笑ったの。普段何をして、何を考えてんの。言うべきことは言うべきだよ」と続ける。
 検察官「今後も証言する気はないのか」
 証人「被告人質問が終わった後で証言してもいい」。久しぶりに口を開いた新実被告は時折「プッ」と噴き出すそぶりを見せ、口元をタオルで押さえた。
 ややいらだった様子で検察官が新実被告に近づき、調書を示す。「調書の署名や指印の確認も拒否するということですか」。新実被告は無言のままだ。

 検察官「証人は引き延ばしたあげく、結局十分な証言をしないのではないですか。終わります」

 裁判長が顔を伏せたままの松本被告に「しっかり起きてなさい。また机で頭ぶつけるぞ」。

 11時半、弁護人が反対尋問に立つ。検事調書に関する問いが続くが、新実被告は証言拒否ばかりだ。
 弁護人が代わる。「あなたは法廷で黙っていることが修行と思っているんじゃないですか」
 証人「もし自己の修行であるなら初めから黙っています」
 弁護人「現在も麻原尊師を尊敬してるんでしょ」
 証人「それはそうですけど……この場では拒絶します」
 代わって主任弁護人が立った。
 弁護人「どうも誤解がある。あなたがこの法廷で再び証言することはないでしょう。
調書が採用されれば検察側は証人申請しないだろうし、私たちが申請しても認められないと思う。もう昼休みだし、そのことをよく考えてほしい」
 新実被告は弁護人の方を見て、「はい」と答えた。
 弁護人は新実被告のホーリーネーム(教団名)「ミラレパ」の由来を尋ねる。新実被告はそれまでと一転して「チベットの聖者。たぶんチベットにおいて皆から愛されている人だと思います」と答え始めた。
 弁護人「そういう名をつけられた重みは自覚していたのかな」
 証人「薄いかもしれませんが自覚はしてました」
 弁護人「麻原さんの名を初めて知ったのは?」
 証人「神奈川県の丹沢セミナーに参加した85年12月の2〜3カ月前。雑誌で知りました」
 入信の経緯などで新実被告の口が滑らかになったところで弁護人が質問をいったん止めた。「さっき私が言ったことを昼休みにもう一度考えておいてくださいね」と弁護人が念を押し、午後0時5分休廷。


 1時17分、再開。
 新実被告は、丹沢セミナーで松本被告自身からシャクティーパットを受け、「神秘的体験をしました」「今まで知らなかった霊的な道が開かれたと思った」と答える。午前中の長い沈黙がうそのように、雄弁だ。
 弁護人「平成2(90)年に選挙に出た時にヴァジラヤーナという言葉は使われていたか」
 証人「記憶にない」
 弁護人「検察官の証拠によると、ヴァジラヤーナは大変危険な教えだという。人を抹殺してもいいという教えだという。あなたの理解と一致するのか」
 証人「一致しない」
 弁護人「麻原さんに対する危害は何か言われてましたか。何から麻原さんを守ったんですか」
 証人「富士山総本部に建設ユンボで損害を加えられたことがありました」
 「ユンボ事件」についての尋問がしばらく続く。検察官が異議を唱えるが、弁護人が反論し、しばらく検察官、弁護人が裁判長を巻き込んで論争を続ける。
 「一つ一つの事実を聴いているんですから。ね、そうでしょ」。いきなり弁護人に同意を求められた新実被告が「こんなことやっているより早く進めた方が」と答え、法廷に笑いが広がった。
 弁護人「教団に対し、毒ガス攻撃があると、最初に言われたのは?」
 証人「平成5(93)年ごろ。毒ガスが富士山か上九(一色村)に噴霧されているということです。サリンやマスタードガスなど」
 弁護人「毒ガス攻撃はあったのかなかったのか、あなた自身の認識は?」
 新実被告はしばらく間を置き、「今の段階では証言を拒絶します」と言った。
 弁護人「松本道場ではもともと何をする予定だったんですか」
 証人「豆腐工場を中心とした食料品製造工場で、一部を道場兼事務所として使う、と聞いた」
 弁護人「遠藤(誠一被告)が企画立案に絡んでいたという話は聞いてないですか」
 証人「食料品を扱うので、当然そうだと思います」
 弁護人「うがった見方をする人もいましてね、豆腐じゃなくて細菌を培養したんじゃないかって」
 「初めて聞きました。はっはっは」。大声で笑う新実被告。「山梨の清流精舎に豆腐の機械があって、それを持ってきて使う、というのは聞きました」
 2時55分、休廷。


 3時28分、再開。
 弁護人「松本道場の開設式での麻原さんの説法の中身は?」
 証人「きちんと覚えていない」
 新実被告に対する尋問が終わる。裁判長は証人を見つめ「これからはよく弁護人と相談して答えるように。裁判長も検察官もあなたが事実を言うことを期待してます。いいですね。よく考えて」と諭した。新実被告への尋問は12月4日に続けられることになった。

 3時42分、遠藤被告が入廷した。
 検察官「証人は平成7(95)年11月に脱会届を出しましたね。どうして」
 証人「教団の指示には従えないという気持ちが強くなったからです」
 弁護人「証人のワークはどんなものだったか。細菌の培養はあったのか」
 証人「そういう事実はあります」
 弁護人「具体的には」
 証人「証言を拒絶します。弁護人と打ち合わせしていないので不利になる恐れがある」
 検察官「松本サリン事件のことを知ってますか」
 証人「はい」
 検察官「あなたも殺人未遂罪で起訴されてますね。どのように関与したんですか」
 証人「先ほどと同様の理由で証言を拒絶します」
 検察官は説得を続けるが、遠藤被告は譲らない。
 検察官「教団でサリンができた、という話を聞いたことはないですか」
 証人「証言を拒絶します」
 検察官「ほかの法廷では証言しませんでしたか」
 証人「覚えてません」
 検察官「以前、松本知子(被告)の法廷に出ていますね。弁護人の主尋問で『サリンはいつごろ完成したか』と聞かれ、『平成5年秋ごろと思う』と答えてませんか」
 証人「かもしれません。私の証言調書なら、ちょっと見せてもらえませんか」
 裁判長「コピーでしょ。まあ、検察官に言われても記憶は喚起しないようだし、事実は一つなんだから、ここで言ってもいいんじゃないの」
 証人「お気持ちはわかりますが、今日は証言を拒絶するということで、弁護士とも打ち合わせて来てますから」
 検察官「証人は以前、事件の遺族に申し訳なく思い、謝罪したいと言いました。遺族や被害者に申し訳ない気持ちがあるのであれば証言すべきではないのですか」
 証人「永久に証言しないと言っているのではない。弁護人と相談して本日は証言拒否ということになりました」
 裁判長「どうして。真実を明らかにするのはあなたの責務ではありませんか」
 証人「本日は証言を拒否します」

 証人を説得しようと、弁護人の1人が立ち上がった。
 弁護人「遠藤さんは最初の弁護人を代えてますね。それは最初の弁護人が争うことなしに調書に同意したからか。遠藤さんとしては不本意だったか」
 証人「そういうことはありました」
 弁護人「十分に検討されていない調書より、我々としては遠藤さんに話してほしいと思っている。入信の理由は何でした?」
 証人「『聖書を超える』という本を読み感銘を受けた」
 弁護人「本のどの点に感銘を受けたか」
 証人「現代の科学に限界を感じたのがきっかけだった」
 弁護人「麻原さんとは、いつ会うことになったんですか」
 証人「大阪支部に入会して2週間後くらいです。丹沢という所で集中セミナーをやりました」
 弁護人「シャクティーパットを受けて、どうだったんですか」
 証人「光が見えてきたのは覚えてます。科学が対象としているもの以外の未知の世界があるんだ、と感じました」
 弁護人は遠藤被告自身の裁判の証拠の扱いをめぐり次回も遠藤被告の証人出廷を裁判長に求める。
 弁護人「こちらが聞きたいのは逮捕から起訴までの取り調べの状況。もう一つは調書の内容が正確か正確でないかです。それをよく確かめたうえで弁護人と相談してほしい」
 裁判長「確実に話すんですか」
 証人「先ほどの弁護人の趣旨でしたら」
 5時15分、閉廷。