松本智津夫被告第97回公判
98/11/6
(毎日新聞より)
 落田耕太郎さん殺害元信者証言
 ◇手錠され「お前が殺せ」−−母救出に失敗、捕まり
 ◇歯を見せ笑う被告



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第97回公判は6日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、元信者の落田耕太郎さん殺害事件の審理に初めて入った。松本被告が起訴されている17の事件のうち、審理に入ったのは4件目。この日は捜査にあたった警視庁捜査員3人と元信者、保田英明(31)、元教団幹部、杉本繁郎(39)両被告に対する尋問が行われた。傍聴希望者は112人だった。

 ◆出廷者◆
裁判長:阿部文洋(53)
陪席裁判官:(49)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(36)
検察官:西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら5人
弁護人:渡辺脩(65)=弁護団長
    大崎康博(64)=副弁護団長ら12人
被告:松本智津夫(43)
検察側証人:田沢秀夫(49)
      森本貢(51)
      森健(48)=以上警視庁警察官
      保田英明(31)=元教団信者
      杉本繁郎(39)=元教団「自治省」幹部(敬称・呼称略)


 午前10時、松本被告が入廷した。前日と同じ青色トレーナー姿だ。警視庁巣鴨署の田沢秀夫氏に対し検察側主尋問が始まる。1995年6月16日に行われた山梨県上九一色村の第2サティアンの検証について検察官が確認していった。警視庁捜査1課の森本貢氏、同課の森健氏への尋問も短時間で終わる。
 元信者、保田被告が入った。
 検察官「入信は?」
 証人「昭和62(87)年5月ごろです」
 検察官「どのようなことをやっていましたか」
 証人「音楽、建築関係の仕事です」
 検察官「最終的に脱会したのは?」
 証人「平成4(92)年の春ごろです。ヨガを習いたかったが、だんだん教祖のカリスマ性が強くなり、ついていけなくなった」
 検察官「落田耕太郎を知っていますか」
 証人「阿蘇で建築作業していた時の同僚です。仲よかった」
 検察官「落田さんの死亡に関与したのは?」
 証人「ここの被告に脅されてかかわりました」
 検察官「殺害したのは?」
 証人「平成6(94)年1月30日だったと思います。第2サティアンです」
 検察官「脱会したのにどうして第2サティアンに?」
 証人「療養中だった母親を落田さんと救いに行った。忍び込んでつかまった」
 検察官「父親は入信したのか」
 証人「はい。母が入院したとき。信者でないと面会できないということだったので、形だけ入信した」
 検察官「お父さんは教団にお布施しているか?」
 証人「4000万円以上と聞いています」
 検察官「当時、落田さんは信者だったのでは」
 証人「いえ。母を一人で連れ出そうとしてばれ、松本被告の脳波を電気に還元して脳に流すのを強制され、逃げ出したと言っていた」
 検察官「落田さんと話したのは」
 証人「平成6(94)年1月24日夜7時ごろ、小田急線百合ケ丘駅前の喫茶店で。母が受けていた治療が(松本)被告の脳波を電気に還元して脳に流すことで、『長時間流すのは危険で、母の生命が危ない。母も帰りたがっている』ということだった」
 検察官「救出することにしたのはなぜ?」
 証人「落田さんが私に話した時点で計画が決まっていた。他人の落田さんが私の母を助けに行くのに身内の私が行かないのはおかしい。母を入院させたのは私だし、行かないわけにはいかない状況だった」
 検察官「救出日は?」
 証人「平成6(94)年1月29日の夜。私と父と落田さんとで百合ケ丘の駅前で落ち合い、第6サティアンに向かった。着いたのは30日午前2時ごろと思う」
 検察官「それから」
 証人「父は車で待機し、私と落田さんで入った。落田さんが用意したサマナ服を着て催涙ガスを持って入った。母は3階の医務室で、鼻に管を付けられ横たわっていた。私を見てアー、アーと声を出したが、意識があるかどうか分からない。今にも死んでしまいそうな気がした。母をこんなふうにした教団に憤りを感じた」
 検察官「どうやって連れ出したのか」
 証人「2人で母を抱えて部屋を出ようとしたら、人が現れてサバイバルナイフを私の右わき腹に突き付けてきた。とっさに落田さんが催涙スプレーをかけた。男はうっとうずくまり、そのすきに医務室を出た」
 検察官「その後は」
 証人「廊下に出たあたりで男に発見された。落田さんが催涙スプレーをかけて男がひるんだすきに階段まで行った。下の階から男が5、6人上ってきて、2階に転がり落ちて手錠され、つかまってしまいました」
 検察官「お母さんは」
 証人「4、5人の女性に連れて行かれました」
 検察官「取り押さえた信者はだれですか」
 証人「指揮を執っていた中に新実(智光被告)がいた。口に粘着テープをされ、ワゴン車で第2サティアンに向かいました」
 検察官が見取り図を保田被告に見せ、「部屋はどこか分かるか」と聞く。
 証人「一番左にある尊師の部屋だった。(松本)被告がソファに座り、松本知子(被告)と村井(秀夫幹部=故人)もいた。もう1人いたが思い出せない」
 検察官「部屋に入ってからどうしたか」
 証人「私の両側に新実と井上(嘉浩被告)がいて、ソファの前に正座させられた。
後ろに数人いたがだれかは分からなかった」
 検察官「(松本)被告は何か言ったか」
 証人「『なぜこんなことをしたのだ』と。とりあえず『分からない』と答えた」
 検察官「なぜ」
 証人「張り詰めた雰囲気だった。私は手錠をされて裁かれる感じ。何か危害を加えられる恐怖があり、機嫌を損ねるようなことは言えなかった」
 検察官「母のことで何か被告は話さなかったか」
 証人「『落田は母を連れ出して結婚したかったのだ』と言い出した。『それをじゃましたら、私(保田被告)も落田は殺すつもりだった。落田の言ったことはウソだ』ということだった」
 検察官「それを聞いてどう思った?」
 証人「母がひん死の状態であるのを知っていたので、ありえないと思った」
 検察官「松本被告はどうすると?」
 証人「お前は帰してやるから安心しろと言われた。ただし条件があると。『お前が落田を殺すことだ。それができなければここでお前を殺す』と言われた。落田さんが私のことをだまして悪業を積ませた。そして母親を誘惑、戒律を破壊した。大きな悪業だからポアしなければならないと言いました
 検察官「殺害方法について具体的な指示は」
 証人「ナイフで心臓を一突きにしろと。やらなければそのナイフで自分も心臓を一突きにされるのだなとすごい恐怖で混乱した」
 検察官「結局、殺害を承諾したのか」
 証人「時間を稼ぐつもりで、『やったら帰してもらえるのか』と聞いた」
 検察官「松本被告はどう答えたのか」
 証人「『私がうそをついたことがあるか』と言って、今すぐ決めろと迫ってきた」
 検察官「そして承諾したのか」
 証人「その場でやりますと言わなければ殺されてしまうので、とりあえずやりますと答えました」
 正午、休廷。


 午後1時15分、再開。
 検察官「証人が落田さんの殺害を承諾した後、落田さんは部屋に連れてこられたのですか」
 証人「後ろの方で音がしたので振り返るとビニールシートの上に落田さんが座っていました。『落田さんの目を見ていたらできないので目隠ししてほしい』と言ったら、松本被告は『自分でやれ』と言って、粘着テープを持ってこさせました。私は落田さんのところに行き、『ごめんね』と言って目隠しをしました」
 検察官「その時、落田さんは何か言いましたか」
 証人「『いいんだ。覚悟できているから。それより君を巻き込んでしまってごめんね』と言いました」
 検察官「その後は何が用意されましたか」
 証人「松本被告は『ナイフで心臓を一突きに』と言っていたが、だれかがロープを持ってきて、受け取った新実か村井が『これでどうですか』と言うと『それでいい』と言いました。松本被告は落田さんに『お前は催涙ガスを使ったんだってな。それなら催涙ガスを使わなければならない』と言いました。村井が『袋をかぶせればいい』と言い、黒いごみ用の袋が用意されました。(袋に)手を突っ込んでガスを出すと、落田さんが暴れ出しました」
 検察官「落田さんは立ち上がろうとしましたか」
 証人「苦しくて自分でごみ袋を破ってしまった」
 検察官「その後は」
 証人「ごみ袋を2枚にしてかぶせろと指示があった」
 検察官「催涙ガスは外に漏れたりしなかったか」
 証人「私も目にしみた。周りにいた信者もそうで、窓を開けようとした。そのとき、落田さんが『人殺し。助けてくれ』と大声を出した。井上とかが『人に聞こえるじゃないか』とあわてて窓を閉めた」
 検察官「その後首を絞めたのか」
 証人「二つ折りにされたロープを手渡された。5ミリくらいの太さで長さは2メートル前後だったと思う」
 検察官「ロープを首に一巻きにしましたね」
 証人「はい」
 検察官「それからどうしましたか」
 証人「両端を交差させて、左右に開くように引っ張りました。落田さんは激しく抵抗しました」
 検察官「落田さんは何か言葉を発しませんでしたか」
 証人「『人殺し』『助けてえ』とか言ってましたが、段々苦しくなってきたのか『もうしないから、助けてくれ』と哀願するような言葉を出してました」
 うつむいて証言を続ける保田被告。松本被告は首をかしげ歯を見せて笑う。
 検察官「結局、落田さんは死んだんですか」
 証人「はい」
 検察官「松本被告から何を言われたのか」
 証人「『これからまた入信して週に1回は必ず道場へ来い』と言いました。今回積んだカルマはちょっとやそっとで落とせない、一生懸命修行しろと。それから『お前はこのことは知らない』と口止めされた」
 検察官は、証人が新実、井上両被告と父親の元に帰った際の指示を尋ねた。
 証人「『母親の具合が悪いというのは落田さんの勘違いで、すぐ退院できる』ということと、『落田さんは松本被告と話し合って修行することになった』と言えと指示された」
 検察官「家に戻ってからどうしたか?」
 証人「オウムが殺しに来るかもしれないと怖くて、逃げ出した」

 保田被告はホテルを転々として秋田でアパートを見つけたが、2月15日ごろ井上被告ら数人が訪れ、警察を呼んで保護してもらった。さらに東京などでホテルを転々とし、米国フロリダに2カ月逃げたという。
 2時10分、保田被告への検察側主尋問が終了。杉本被告が入った。
 検察官「94年1月ごろ、どんなワークを?」
 証人「麻原の運転手です」
 検察官「あなたは、落田さん殺害事件に関与していますね」
 証人「はい。『尊師が車を用意しろと言っている』と連絡を受けました。私は麻原の自宅前に止めてあった車で待機しました」
 検察官「ベンツの中で被告人は何か言いましたか」
 証人「麻原は『今から処刑を行う』と」
 検察官「それを聞いて証人はどう思いましたか」
 証人「2人を殺す、ということかと思いました。びっくりして、麻原を振り向きました」
 検察官「表情は」
 証人「かなり険しい表情でした」
 目を閉じ、松本被告は微動だにしない。
 杉本被告は「一緒に上に来てくれ」と言われ、第2サティアン3階の松本被告の部屋に行った。
 3時8分、休廷。


 3時27分、再開。
 杉本被告は、首を絞められ徐々に動かなくなっていく落田さんの様子を逐一、松本被告に報告した。続いて落田さんの遺体処理について証言する。「村井は麻原に『地下に例のものがあるので、それで処理します』と言った。麻原は『お前に任せる』と答えました」
 検察官「例のものとは何だと思いましたか」
 証人「マイクロ波を使った焼却器のことと思いました。出家信者の女性が交通事故で死んだ時、遺体を処理したことがあったので知っていました」
 松本被告は薄笑いを浮かべながら何かぶつぶつつぶやく。検察側の主尋問が終了し4時55分閉廷。